サブメニューを開く
サブメニューを閉じる

立命館大学

  • TOP
  • interview
人間科学研究科人間科学専攻博士課程後期課程2回生/長谷川綾音さん

人間科学研究科人間科学専攻博士課程後期課程2回生長谷川綾音さん

見えない世界を共に遊ぶ

 ~視覚の境界を超えるゲームの研究~

 視覚障害者でも、『ポケモン』や『ストリートファイター』などのゲームで普通に遊んでいる。そんな話を聞いて「一体どうやって?」と思ったのが、長谷川綾音さん(人間科学研究科 人間科学専攻 博士課程 後期課程2回生)の研究の原点だ。当初のゲームクリエイターをめざした学びは、視覚障害者の人でも遊びやすいゲーム創りへ、さらにはその理論研究へと発展していった。
 単に研究に使うだけではなく、視覚障害者と晴眼者が一緒に楽しめる……そんなゲームを創りながら研究を進めていく。長谷川さんの研究は、ウェルビーイングの向上までを視野に入れている。

2025.07.15

  • オーディオゲームとの出会いが開いた世界
  • 視覚障害者はどのようにして遊び、楽しんでいるのか
  • 研究が広げてくれた世界の見え方
  • ウェルビーイングを高めるゲームとは

オーディオゲームとの出会いが開いた世界

 ゲームで遊び始めたのは小学校の5年生ぐらいだったと、長谷川さんは振り返る。少し遅めのゲームデビューながら『Wii Sports Resort』を弟と楽しむようになり、やがて最も強く影響を受けたのが『ゼルダの伝説』シリーズだった。


「元々は絵を描くのが大好きで、何かモノづくりもしたいと思っていました。だからビジュアル面の多彩な表現が魅力的な、ゼルダに惹かれたのです。映像学部に入った理由も、最初はゲームクリエイターになりたかったからです」


 ビジュアルの魅力、つまり目に見える世界に長谷川さんは興味を持っていた。にも関わらず、今では目の見えない視覚障害者とゲームのつながりに、関心を持つようになっている。そのキッカケは何だったのか。


「ある日、家族とサッカーの話になったとき、母がサッカー選手は試合前に緊張を解くためにゲームをすることがあるのだと話してくれました。それならブラインドサッカーの選手もゲームをするのかな、もし遊ぶのならどうやるのだろうと気になったので調べていくと、オーディオゲームというジャンルにたどり着きました。ビデオゲームとは違って画面がなく、音だけで遊べるゲームです。さらに調べると、画面があって晴眼者と視覚障害者が一緒に遊べるインクルーシブゲームや、その研究者の存在も知りました」


 そこからの動きが機敏だった。大学2回生だった長谷川さんは、筑波技術大学の当事者研究者にアポイントを取り、話を聞きに行った。指先に振動を与えて使うコントローラーなどを見せてもらっているうちに、自分も何か創りたい、それも視覚障害者を含めていろいろな人に遊んでもらえるゲームを、と考えるようになるのに時間はかからなかった。

視覚障害者はどのようにして遊び、楽しんでいるのか

 視覚障害者も、ごく普通にゲームを楽しんでいる。ただし目の見えない分、それなりに苦労はしている。たとえば『ポケモン』シリーズで遊ぶときなどはいくつかの工夫と訓練が必要だ。


「パソコンなどのスクリーンリーダーや音声読み上げ機能を用いるそうです。さらに一匹一匹異なるポケモンの鳴き声を手がかりに種類を見極めていく。ポケモンの全種類の鳴き声を覚えてプレイする、という方もいらっしゃいます。遊ぶためにワンクッションが必要になってくる。そのワンクッションをゲームクリエイターが工夫すれば省けるのではないか。実現できれば、いろいろな人に楽しんでもらえるゲームをつくれるはずと考えるようになりました」


 誰もが遊べるゲームをつくる。そんな思いを実現するために、長谷川さんはゲーム関連企業への就活にも一度取り組んでいる。ただ、残念ながら少し時期尚早だったようだ。


「企業の方とのお話では、制作サイドのリソースが限られているために、現状で障害者対応までは難しいといわれました。でも、それで気持ちの整理がついたというか、クリエイターになる前にまず研究に打ち込もうと決心できたのです。視覚障害者がどのようにゲームを遊んでいるのか、その実態はほとんど明文化されていません。ニーズがあるのに、それを知られていない状況を何とか変えたい。研究を突き詰めていけば、いずれ制作にも活かせるのではないかと思ったのです」


 実際のところ、視覚障害者はどのようにゲームを楽しんでいるのだろうか。音を聞き分ける能力の高さがゲーマーの特徴だという。たとえば格闘技ゲームの『ストリートファイター』では、視覚障害者ながら晴眼者の世界大会に出場する人もいるという。


「ストリートファイターの最新版にはアクセシビリティ機能が付いているので、それを活用して晴眼者と対等に遊んでいます。格闘技系のゲームは、繰り出す技によって効果音が異なるし、左右のどちらかに動けば何かに当たって音が出る。それで相手が何をしたのかを判断しているそうです。ただし私自身が目隠しをして聴覚を鍛えれば、彼らとまったく同じように遊べるといえば、それは難しい。晴眼者としての理解の限界を超えるためには、どうすればよいのかと悩むようになりました」


 考えを突き詰めていくうちにたどり着いたのが、長谷川さんらしさを象徴する答えとなった。要するに視覚障害者と晴眼者が同じように楽しめるゲームを自分がつくればよいのだ。そのための研究だから、障害を持つ人と一緒に進めていく。方向性が決まり、次のステップへと踏み出していった。

研究が広げてくれた世界の見え方

 晴眼者と視覚障害者が同じゲームを共に楽しむ。楽しみ方は違っていても、楽しい感覚を共有できる。ゲームを通じてお互いにウェルビーイングを高めあえる。そんな一種の理想を長谷川さんはゴールとした。その背景にあるのは、研究リサーチを通じて得てきた知見だ。


「もちろん楽しみ方は違うのですが、結局はみんなゲームを楽しんでいるわけです。遊んでいれば仲間も増えて楽しい、だからゲームをやり続けるぞといったノリは、晴眼者も視覚障害者も変わりません。それなら障害があるからといって、ゲームをわける必要はないと思うようになったのです。作り手をみれば、視覚障害者でもゲームクリエイターはいますから」


 実際にゲームをつくりたいから英語を勉強し、プログラミングも自習してゲームクリエイターになった視覚障害者がいる。


「オーディオゲームのジャンルでは、当事者による作品がとても多いのです。ただし、この系統のゲームで晴眼者が遊ぼうとしても、そう簡単にはいきません。特に聴覚の使い方に特徴があるので、かなり練習しないと、楽しんで遊べるレベルにまで到達できないでしょう。逆に考えれば、普段は視覚優位の世界で生きている私たちが、聴覚をもっと使えるようになれば、世界観が変わってくるような気もします」


 研究を進めていく中で、もともと文系だったという長谷川さんはプログラミングを学び、ゲーム作りに必須となる数学も三角関数などを中心に使いこなせるようになった。そして修士課程にも進学し、さらに研究を突き詰めようと決める。ところが映像学部には博士課程がないため、人間科学研究科人間科学専攻に進んだ。


「心理学の領域でゲームに関する研究に取り組んでいる人は珍しいようで、学会などに行くと興味を持って話を聞いてもらえます。いわゆる学際領域というジャンルに当てはまるのだと思います」

ウェルビーイングを高めるゲームとは

 視覚障害者用のゲームをテーマとする研究者は、決して多くはないものの世界中にいる。そんな研究者たちと長谷川さんの間には決定的な違いが一つある。それはクリエイター思考に基づいた、自ら積極的に手を動かす姿勢だ。


「研究者としては変わったタイプ、なのだと思います。実は、調査や実験を行う上での題材としてゲームを自作する研究者もいます。けれども、そうやって作られるゲームは、基本的に研究用です。何らかの研究テーマを解き明かすためのゲームですから、娯楽としては作られていません。けれども私は、研究用のゲームでも楽しんでほしい。最終的に実現したいのは、みんなが一緒に楽しめるゲーム創りであり、ゲームを通じたウェルビーイングの向上です」


 楽しむゲームの基本は、ストーリー性にある。ポイントはストーリーの世界に、ゲームをする人をいかに引き込めるかにある。そのための具体的な方法について、長谷川さんの研究は進められている。


「まず注意すべきは、必要な情報が何かを見極めて、それを確実に提供する姿勢です。その意味では最も気を使うのはメニュー画面です。さらにカーソルを動かせば必ず音を出すなど、細部の情報量を充実させる。視覚障害者の方の協力を得て研究を進めているうちに、さまざまな事実が明らかになってきました」


 これまで明文化されていなかった内容が、研究を通じて発表されている。障害者へのインタビューで印象的だったのが「見える」という表現だ。


「遊んでいる世界が見える、と語る人がいます。つまり視覚障害者もゲームを通じて、世界を見ているのです。この事実を踏まえるなら、ゲームは彼らにとって、何らかの心の拠り所になっているとも考えられます。そんな視覚障害者の楽しみ方を文章化し、論文にまとめるのが現在の課題です」


 研究成果は、これからのゲーム作りにとって貴重な参考資料となるはずだ。そんな長谷川さんは今後の進路について「研究者であると同時に、アカデミアでの知見をリアルなゲームの世界に還元できるクリエイターでもありたい」と語ってくれた。