サブメニューを開く
サブメニューを閉じる

立命館大学

  • TOP
  • interview
薬学研究科博士課程後期課程4回生/渡邉美樹也さん

薬学研究科博士課程後期課程4回生渡邉美樹也さん

電気生理学的手法を駆使して視力回復に挑む

 ~iPS細胞を活用する再生医療の最前線へ~

 修士時代のインターン先に入社。学位を取るべく働きながら大学での研究も進めている。渡邉美樹也さん(薬学研究科 博士課程 後期課程4回生)が筆頭著者として研究成果をまとめた論文は2025年2月、『Stem Cell Reports』オンライン版に掲載された。
 研究テーマは、難病の網膜色素変性症に対してiPS細胞などの幹細胞を使った治療法の開発だ。学部3回生のときに、専門性を磨いて道を切り拓くと決めて、網膜研究に特化した研究室を選んだ。その流れで網膜治療に欠かせない電気生理学を学び、専門家として企業から招かれた。渡邉さんがめざすのは、まずは研究成果の治療法としての確立であり、その先には患者さんの視力回復を見すえている。

2025.07.25

  • 将来性を考えて薬学部、さらに専門領域へ
  • 研究で磨いた力を評価されインターンから就職へ
  • 博士課程4年目で専門誌に論文掲載
  • 基礎研究と臨床研究をつなぎ、治療の実用化へ

将来性を考えて薬学部、さらに専門領域へ

 「高校時代は山口県の田舎の方にいたので、まわりに大学生などいませんでした。そのため、そもそも大学がどういうところなのかも、よくわかっていなかったのです。ただ、高校の理科で生物を選んでいたので、大学で学部の選択肢が薬学部や生物系の学部に限られていました」と語る渡邉さん。薬学部を選んだ理由は将来性を評価したからだ。少子高齢化の進行により今後、薬に対する需要は高まるはずで、薬学部出身者なら就職にも有利ではと考えたそうだ。


「とはいえ、正直なところ大学に入ってびっくりしました。理系は勉強しなければならないと聞いてはいましたが、これほどとは思っていませんでした。でも、続けていると面白くなってきます。やがて3回生になると研究室を決めなければなりません。そこで選んだのが神経発生システム研究室、網膜研究に特化した研究室です。何かに特化して学んでおいたほうが、今後の職業選択の際に自分の強みになると考えたからです」


 卒論のテーマは「網膜細胞の電気的な活動に着目した研究」。電気生理学や分子生物学の知見をベースとする研究であり、マウスを使った実験なども欠かせない。学問領域そのものが決して簡単な内容ではなく、さらに実験の際には高度な技術力が求められる。


「専門性を極めた職人技とまではいきませんが、きめ細かなテクニックを必要とされる部分が多いので、技術習得にかなり苦労しました。けれども結果的には、一連の訓練が自分の専門性を高めてくれたのです」

研究で磨いた力を評価されインターンから就職へ

 修士課程に進んだ渡邉さんは、神戸にあるバイオベンチャー、株式会社ビジョンケアからインターンに招かれる。同社は特に眼科領域での再生医療に取り組む企業であり、社長を務めるのは、世界初のiPS細胞による網膜治療臨床研究チームを率いた高橋政代博士(RARAフェロー)だ。


「ビジョンケアではiPS細胞でつくられた網膜を動物に移植し、電気生理学を駆使して、その機能などを測定する実験が行われていました。ところが機能測定の担当者が辞めることになり、誰かできる人はと探していたところ、同社の研究者と私の先生が知り合いだったので、私に声がかかったのです。ちょうど私が取り組んでいたのと同じ実験でしたから、インターンとして引き受ける流れとなりました」


 同じ実験をやっていたとはいえ、企業での実験を任されるとなると生半可な知識では対応できない。渡邉さんは研究内容の全体像を理解するために、関係論文の徹底的な読み込みから始めた。そのうえで実際に取り組んだ電気生理学の実験には面白さを感じた反面、ものすごく難しくもあったという。


「大学の研究では、『パッチクランプ実験』という細胞膜にあるイオンチャンネルの活動を電流で直接測定する実験方法をおこなっていました。たった1個の細胞を、顕微鏡を使って拡大してモニターに映しながら、電極を接触させて結果を記録していく実験です。細胞1つといえば大きさにしてわずか10マイクロメートル程度ですから、扱いがとても難しい。だからこそ細胞の活動を正確に測定できたときには、とても達成感があります」


 難易度の高いパッチクランプ実験だから、うまくこなせる人がそもそも多くない。その中で網膜を専門的に扱える人材となると、さらに限られてくる。まさに専門性を極めていた渡邉さんだからこそ、成立したインターンである。そして、ビジョンケア社にとっては得難い人材であったこともあり、インターンからの自然な流れで就職を決めた。ただ、将来の選択肢を広げるために博士課程に進んで学位を取得することをすすめられたため、働きながら進学することにした。

博士課程4年目で専門誌に論文掲載

 ビジョンケア社での研究は、基礎研究の臨床における実用化を目標としている。具体的にはiPS細胞やES細胞などの幹細胞からつくった網膜の組織を使って、網膜色素変性症という難病を治療する。


「いま取り組んでいるのは、視細胞の一部が失われたマウスの目に、ES細胞からつくった網膜シートを移植し、それがどのように働くのか観察する研究です。さらに移植により視力が回復する仕組みについても詳しく調べています。観察しているのはシナプスのつながりです」


 網膜色素変性症を発症する理由は、細胞が死んで機能しなくなるからだ。その部分に新たに網膜シートを移植すると、機能しなくなった細胞の一つ下の層の細胞と、移植されたシート内の細胞がシナプスによりつなげられていく。この再結合をいかに増やすかが、視力回復のカギを握ると考えられている。


「だから再結合のメカニズムを解明し、再結合を増やす方法を見つけるのがいまの課題です。もちろん簡単には再結合しないのですが、移植すると一部は勝手に結合したりします。結合すれば神経伝達物質、具体的にはイオンをやり取りできるようになり、引いては視力回復の可能性が高まります。ただ再結合にはかなりバラツキがあり、再結合ができたりできなかったりする理由がまだわかっていないのです」


 変性している細胞とは弱っている状態の細胞を意味する。そこに新たに加えるiPS細胞やES細胞由来の細胞は、まだ正常な網膜細胞ではなく、網膜へと発達していく途中段階にある細胞だ。すでに変性してしまった細胞と、発達段階の細胞が共存するような状態は、自然には起こり得ない。あくまでも人工的な状況のなかで、それぞれの細胞がどのように変化していくのか。研究に対する興味は尽きないという。


「実験の結果、非常に面白い現象が見つかっています。新しい細胞を入れると、変性して弱っていた細胞の一部が、なぜか再び活性を取り戻すのです。移植する細胞シートの中には、膨大な数の新しい細胞が含まれています。その影響によって活性化されているのだと思いますが、このような現象についてはまだほとんど知られていません」


 iPS細胞やES細胞の移植により、活性を失っていた細胞が再び活性化されるのであれば、この研究の学問的意義は極めて大きい。渡邉さんを筆頭著者とする論文は2025年2月、科学学術雑誌『Stem Cell Reports』オンライン版に掲載された(https://www.cell.com/stem-cell-reports/fulltext/S2213-6711(24)00353-9)。

基礎研究と臨床研究をつなぎ、治療の実用化へ

 渡邉さんの研究は、網膜色素変性症や加齢黄斑変性などの目の病気の治療法につながる可能性を期待されている。ただし、決して簡単な研究ではない。


「研究を進めるうえでの困難はいくつもありますが、第一にはロングスパンであり、かつ複雑でもある点です。1つの実験にかかる期間が、2カ月から3カ月ぐらいです。ES細胞の培養から始めて、移植して網膜を回収して観察する。この間のどのプロセスでミスをしても、実験として成立しなくなります。さらに細胞の状態変化や個体差などにも着目しておく必要があります」


 困難を乗り切るために大切にしているのは「マインドセットの切り替え」と「最後までやり切る意志」だという。自分の頭でひたすら理屈を追求し「この考え方にしよう」と納得できるレベルまで考え抜く。いわば一人壁打ちでマインドセットを切り替えるのだ。壁打ちの相手としてChatGPTもフル活用している。そのうえで最後までやらざるを得ない環境に、自分の身を置く。


 「もう一つ大切にしているのが、言葉です。何かを考えるときには、思考に使う言葉の定義や関係性を精査するよう心がけています」と語る渡邉さんには、これからぜひ実現したいテーマがある。


「網膜オルガノイドシートを使う移植治療の実用化です。そのために必要なのが、大学・企業・病院と異なるセクター間の橋渡しです。大学では基礎研究、企業は研究の実用化、病院では治療と、同じテーマを追求しているようでいて、それぞれ関心が異なっている。だからお互いをなかなかわかり合えないのです。そのつなぎ役を果たしたのが、ビジョンケア社長の高橋政代先生であり、自分もそのような役割を果たせるようになりたいと思います。実現できれば、きっと患者さんの役に立てるはずですから」