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立命館大学

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理工学研究科環境都市専攻博士課程後期課程2回生/吉良成美さん

理工学研究科環境都市専攻博士課程後期課程2回生吉良成美さん

地球環境を守るために

 持続可能な介護サービスの実現に向けた研究

 始まりはボリビア・ウユニ塩湖の写真だった。こんな素敵な場所をいつか実際に訪ねてみたい……、そう思って調べていくと現地では汚染の進んでいる現実がわかってきた。このまま放置していると、せっかくの景観が失われてしまう。美しい地球を守るために、自分にも何ができないか。その答えを見つけるために吉良成美さん(理工学研究科 環境都市専攻 博士課程 後期課程2回生)は、大学進学に際して環境分野を選んだ。
 やがて大学院で学びを深めていくにつれて、地球温暖化の問題を解決するためには、「温暖化」だけに着目していては不十分であり、その他の社会課題も同時に考慮することが必要だと気づく。博士課程から立命館大学へ進学することを選んだ吉良さんはいま、「環境と介護」に焦点をあてた研究に取り組んでいる。

2025.12.05

  • 美しい風景を守りたい
  • 温暖化を防ぐために「皆さん健康でいてください」
  • 環境と介護の両分野で孤軍奮闘
  • 政策提言につなげて社会課題を解決したい

美しい風景を守りたい

 「最初は環境を守るなどという大げさな話ではなく、ただ単純にきれいな景色を見たいと思っただけなのです」と、吉良さんは今につながる出発点を教えてくれた。


 天空の鏡とも称されるウユニ塩湖の絶景を自分の目で確かめたい。とはいえ自分でお金を稼ぎ、南米へ行けるようになるまでには時間がかかる。少し調べていくと、観光客によるゴミの放棄などで環境の悪化が止まらない現地の状況を知った。この神秘的ともいわれる風景を保つために役立つ学びとは何だろうか。考えた末に長崎大学の環境科学部へと進んだ。


「環境問題のなかでも地球温暖化の解決に対する興味がさらに深まったのは、学部2年生のころに参加した、2018年に発生した西日本豪雨の被災地ボランティア活動のときです。家族や友人が被災地の近くに住んでいて不安な思いをしたこともあり、自分にも何かできないかとボランティアに参加しました。そこで罪のない人々が被災している状況を目の当たりにし、異常気象増加の原因の一つでもある気候変動問題の解決を図ることでその影響に苦しむ人を一人でもなくしたい、と強く思うようになりました」


 卒業論文に取りかかろうとするタイミングで、世界がコロナ禍に見舞われた。そこで『COVID-19の感染拡大が家計消費由来サプライチェーン温室効果ガス排出量とその平等性に与えた影響の解析』をテーマに選んだ。さらに同大学で修士課程に進み、絶えず変化するコロナ禍の状況を捉えながら英語で修士論文をまとめた。この内容は、環境科学分野のトップジャーナルの一つであるResources, Conservation and Recycling誌にも掲載されている。


「次は博士課程に進んで、引き続き研究を深めていきたいと考えていたところ、研究室の指導教員の重富陽介准教授が長崎大学から立命館大学に異動されることになりました。もともと修士課程1年生の秋ごろから、いずれは重富先生のもとで博士号を取得したいと考えていたので、進路選択に悩みました。もしも立命館大学に進学して滋賀に行くとなると、経済面での不安もありますから。ところが調べてみると、立命館大学では大学院生を支援する制度が充実しているのがわかりました。経済面での支援も後押しとなり、立命館大学の理工学研究科に進学することを決め、重富先生のもとで研究を続けられることになりました」

温暖化を防ぐために「皆さん健康でいてください」

 環境問題を解決するためには、その他の社会問題も同時に解決しなければならない。さまざまな社会問題の中でも、吉良さんが注目したのは「高齢化」だ。


「医療需要全体が及ぼす環境負荷については先行研究が出されていて、その中で介護需要が一定の割合を占めているということが明らかになっていました。しかし、その具体的な負荷構造まで突き詰めた研究は見当たりませんでした。それなら、私がやろう、幸い日本は高齢化が喫緊の課題でありデータが充実しているから介護に着目する価値はある、と考えました」


 博士課程では、高齢化が進む日本において環境・社会・経済の観点から、持続可能な介護サービスを将来的に維持していくための方策を考えることにした。吉良さんは次の3点から考えていこうとしている。


「まず現状の介護に伴って国内のサプライチェーン全体で排出されている温室効果ガスを、定量的に明らかにし、将来予測までを行います。そのうえで温室効果ガスを減らすために、介護の供給サイドと需要サイドそれぞれ採るべき対策を明らかにします。次に介護が必要となる状態を未然に防ぐ 介護予防を進めることで生じるコストと温室効果ガス排出量の関係を明らかにして、コベネフィットが得られるような介護予防とするために必要な方策を検討します。さらに、厚生労働省が現場の生産性向上や労働者の負荷軽減のために導入促進を打ち出している介護ロボットの普及にも焦点を当て、サプライチェーンを通じた温室効果ガス排出量と労働力への影響を定量的に明らかにします」


 高齢化への対応と環境問題の解決を両立させる施策、吉良さんはその立案のための道筋を示そうとしている。その考え方は長崎大学在学時に出会った地球と人間それぞれの環境を共に良くしていこうとする考え方、Planetary Healthが根底にある。


「私の考え方を広めるために思いついたメッセージが『温暖化防止のために健康でいてください』です。自分自身を含めて身近な人たちが健康でいれば、それだけ国全体を通して温室効果ガス排出量の削減につながる可能性があるのではないか、と考えているためです*」


環境と介護の両分野で孤軍奮闘

 これまで医療活動による環境負荷は、エネルギー産業や製造業と比べると注目されていなかったが、昨今では病気や手術方法などに焦点を当てた環境負荷は分析されるようになってきた。


「ただ、私が着目している介護の環境負荷については、参考にできる先行研究がなく手探りで研究を進めています。できるだけ多くの学会などに参加して発表し、さまざまな分野の研究者から意見を聞かせてもらい、議論しながら自分の考えをまとめている段階です」


 吉良さんの研究では、介護に最も関わる厚生労働省以外のデータも参照されている。その一つが、総務省統計局が公表している「全国家計構造調査」であり、これは家計の消費・所得・資産と負債の実態を総合的に把握するために行われている調査だ。さらに自治体にデータ提供を求めて直接問い合わせたりもした。


「61市町村に直接電話やメールをしてデータの提供を求めました。そのうちの15市町村がデータを提供してくれて、統計に使用できるデータを集められました。依頼して初めてわかったのが、自治体の現状です。介護予防の政策評価などは想定外なため、データ収集をしていないところがほとんどだったのです」


 データのほかにも研究を進める難しさはある。研究テーマが、環境分野と介護分野の両方に関わっている点だ。


「介護研究を専門的に扱う公衆衛生分野の研究者からは、介護の環境負荷とはどういう意味かというそもそも論から始まり、介護に伴うサプライチェーンの環境負荷をどうやって求めるのかと手法についても尋ねられます。一方で環境分野の方からは、介護予防が大切だというけれど、それは実現可能なのかなどと問われたりします。ただ、いずれもそれぞれの関係者にとってのリアルな声と受け止めて参考にしています」

政策提言につなげて社会課題を解決したい

 吉良さんのゴールは、単に博士論文をまとめるだけにとどまらない。論文を通じて、介護予防政策の策定や実施に関わる関係者に対して、環境の観点から介護予防が採るべき方策を明らかにする、すなわち政策提言である。そのため公衆衛生分野の学会にも参加し、そこで出会った研究者に自分の研究を紹介してアドバイスを受けている。


「先行研究を参考にするのが難しいテーマであるだけに、対外発表の機会を大切にし、できるだけ多くの人と議論するよう心がけています。また、最終的には実際の政策に活用できる政策提言をするという目標を常に心に留めておくことも意識してもいます」


 他大学の学部・大学院出身で博士課程から立命館大学にやってきた吉良さんにとって、立命館大学が博士後期課程の学生を対象に展開している独自の研究者育成支援プログラム「立命館先進研究アカデミー(RARA)学生フェロー」は、大きな支えになっているという。


「経済面の支援をはじめとして研究生活をさまざまな側面から支援してくれるのが、何よりありがたいです。たとえば、『RARAコロキアム』は、さまざまな研究科の学生や研究者の方たちと知り合いになれる場であり、同時に若手研究者としてのあり方を学べる場として活用しています。『RARAコモンズ』は、自分の研究を研究に馴染みのない人にわかりやすく伝える練習の場でもあります。」


 立命館大学の制度を活用しながら、自身の「人の健康と温暖化の問題の解決に貢献する」という目標達成に向けて取り組む吉良さんの政策提言に期待したい。