- TOP
- interview
テクノロジー・マネジメント研究科博士課程後期課程2回生山口陽恵さん
宇宙を漂うごみが、さらに新たなごみを生み続ける
スペースデブリ問題の解決に税を活用する研究
スペースデブリとは、宇宙を漂うごみである。一般にはあまり知られていないが、役目を終えた人工衛星やロケットなどの一部や、それらが衝突してできた破片などを指し、地球はすでに膨大な量のごみに取り囲まれている。その数は少なくとも3万個あるとされ、ごみ同士が衝突して今この瞬間にも増え続けている。スペースデブリを放置すると、やがて宇宙空間を利用できなくなるおそれがある。この国際的な問題解決のために山口陽恵さん(テクノロジー・マネジメント研究科 テクノロジー・マネジメント専攻 博士課程 後期課程2回生)は、宇宙環境税の創設を視野に入れた研究に取り組んでいる。
2026.09.24
- 半世紀前に危機を予言していた、NASAの研究者・ケスラー
- 問題解決に欠かせない制度設計と、その社会実装
- どの政策を、どのように組み合わせるか
- 人類としての集合知が試されている
半世紀前に危機を予言していた、NASAの研究者・ケスラー
ケスラーシンドロームと呼ばれる現象がある。1978年にNASAの研究者だったドナルド・J・ケスラー博士が唱えた「宇宙空間を飛び交う人工衛星、使用済みロケット、故障した衛星、これまでに衝突によって発生したそれらの破片などが、さらに衝突を繰り返してごみ(スペースデブリ)がごみを加速度的に増やす」現象だ。地上から遠く離れた宇宙での出来事とはいえ、このまま放置していると、取り返しのつかない事態に陥る恐れがある。
「宇宙といえば遠い世界と思われがちですが、決してそうではありません。宇宙空間は、今や私たちの日常生活と密接な関係を持っています。情報網を支える衛星通信、GPSなどの測位情報、気象観測や防災情報、さらにはテレビ放送から金融、物流、安全保障にいたるまで、生活に欠かせないさまざまな分野の産業が、宇宙空間を飛び交う衛星に支えられているのです。その人工衛星に秒速数km、時速に換算すれば2万kmを超える猛烈なスピードでスペースデブリが衝突すれば、わずか数cm程度の破片でも深刻なダメージを与えます。このままスペースデブリが増え続ければ、最悪の場合、人工衛星を活用する主要産業が成り立たなくなり、私たちの日常生活にも甚大なダメージをもたらすリスクを否定できないのです」
このようなリスクはすでに世界各国で共有されている。国連にはスペースデブリ問題に関する常設委員会が設置されており、米国のNASA、欧州ではESA(欧州宇宙機関)、日本でもJAXAが問題解決に向けた取り組みを始めている。
「スペースデブリ処理のためには、巨額のコストが必要となります。スペースデブリを回収して地球に戻すためには、専用の衛星を打ち上げなければならないからです。スペースデブリを見つけて捕まえ、大気圏内に持ち帰ってくる。そんな機能を備えた、いわばレッカー車のような衛星を打ち上げようとすれば、1機あたり少なくとも100億円規模の費用が現状必要になります。そこまでしても、1機でスペースデブリを何個持ち帰ってこられるのか。スペースデブリを回収して、安全な宇宙空間を確保するために必要なコスト、その途方もない大きさを理解してもらえるでしょう」
すでに放置できないレベルに達しつつあるスペースデブリ。その解決には効率的な回収法の開発に加えて、膨大なコストという難題もクリアしなければならないのだ。
問題解決に欠かせない制度設計と、その社会実装
スペースデブリ問題解決の先行きは、決して楽観できるものではない。とはいえ自己増殖し続けるスペースデブリに対して、巨額のコストをかけてまで取り除こうとするインセンティブなど今のところどの国も持ち合わせてはいない。むしろ日本も含めて米中などは、競い合うように相次いで衛星を打ち上げ続けている。そんな状況の中で、スペースデブリに対する責任を誰が取るべきなのか。
「スペースデブリ問題は日本だけで解決できるものではありません。何より求められるのは、持続可能な軌道利用を実現するための国際的な制度設計です。その際に、私の研究方法の原点となっているシステムダイナミクスの学びを活かせると考えています。これはスペースデブリのように複雑な要素の絡み合う問題を、一つのシステムとして捉えて解決策を考えていく手法です。具体的な解決策としては、打ち上げ事業者に対して一定の負担を求める課税制度を考えています。そこで得られた財源をデブリ除去や軌道環境の管理に世界で活用していく。いわば国際的な宇宙環境税の創設です」
課税については、打ち上げそのものに関する課税と、衛星軌道の利用に関する課税の2タイプが考えられるという。山口さんがまず研究対象としているのは、打ち上げに対する課税だ。
「現時点で打ち上げ許可は国際法上、各国の独自許可により規制されています。したがって、各国が協力すれば打ち上げに対する課税は実現の可能性が高い。最終的には軌道利用税もミックスして、より包括的なスペースデブリ対策を目指す必要がありますが、まずは打ち上げ税の導入から早急に取り組むことが重要です」
税制導入のために考えるべき要素はいくつもある。軌道環境の物理的な変化、衛星打ち上げに対する需要、事業者が負担するコスト、政策面での財源、さらにはスペースデブリの除去能力などさまざまな課題が絡み合っているからだ。スペースデブリ問題を根本的に解決するためには、これらの複合的な要素を全体的に捉える必要がある。
「そこでシステムダイナミクスのシミュレーション手法を使って、宇宙利用の成長、衝突リスク、事業者の行動、政策財源からスペースデブリ除去などの要素が、長期的にどのように影響し合うのかを分析しています」
どの政策を、どのように組み合わせるか
人工衛星を安全に飛ばすための軌道環境は、国際的な共通資源と考えられる。その管理に関わるのは各国政府や国際機関、そして民間事業者だ。それらの関係者が勝手に、自分たちだけにとって最適な行動を優先すれば、結果的に衛星の軌道環境そのものが大きく悪化するリスクを避けられない。個別最適を積み重ねても、決して全体最適とはならないのだ。
「軌道環境の物理的な変化と打ち上げに対する需要、事業者が負担する費用、そしてデブリ除去にかけられる各国の政策財源、さらにスペースデブリ除去能力までを一つの動的な仕組みとして統合した分析はありません。この課題を解決するためのカギとなるのが、システムダイナミクスのシミュレーション手法です」
本来システムダイナミクスとは、社会、経済、環境など多くの要素が相互に影響し合う複雑な問題を、時間の経過とともに分析するための手法だ。山口さんは学部生時代から、この手法を用いて企業の財務分析やマクロ経済モデルの構築へと研究を発展させてきた。
「そもそもスペースデブリ問題と巡り合うきっかけとなったのが、ノルウェーで開催された国際学会でした。そこで現在の指導教員である湊教授とお会いして、スペースデブリ問題を教えてもらったのです。その頃私が取り組んでいたのは、政府債務の問題でしたが、問題の背後にある原因やシステムの構図が債務とスペースデブリと似ているのではないかと直感しました。日本の政府債務残高もスペースデブリも右肩上がり、いわゆる指数関数的に増えています。このような問題解決に自分の研究を適用するため、2025年4月に本学の博士課程後期課程に入りました」
ただし解決策を実装するのは決して簡単ではない。仮に打ち上げ税を導入できれば、スペースデブリを除去するための財源は増えるが、その結果として打ち上げ需要が減れば、それに伴って税収も減りスペースデブリ除去は進まなくなる。逆に除去が進んで衝突リスクが下がってくれば、今度は宇宙利用が再拡大してスペースデブリが増える可能性もある。決して一筋縄ではいかない問題なのだ。
人類としての集合知が試されている
システムダイナミクスの特徴は、単にどの方策がよいかと考えるのではなく「いつ」「どのような組み合わせ」を導入すれば、最も効率的に機能するかと時間の流れを踏まえて思考する点にある。
「問題解決にはさまざまな政策が考えられます。それらを時系列も踏まえたうえで、どのように組み合わせるのかが今後の課題です。その際には各国の宇宙機関が公表しているデータに基づいて、いくつものモデルを組んで定量的に評価していく思考プロセスが欠かせません。解決法を考えるうえで欠かせないのは、個々の現象の背後にある全体構造を常に意識する視点です」
宇宙の観点から地球の持続可能性を考える。これは壮大な研究テーマだ。極めて複雑な問題だからこそ、その解決に何とか貢献したいという強い思いが、山口さんを突き動かしている。
「軌道上の物体数や衝突などの物理系の変数と、打ち上げ需要から税制、スペースデブリ除去への投資と事業者の意思決定など社会経済系の変数を統合して、政策の時間的・内生的な作用を分析していくのがシステムダイナミクスの方法論です。今後は、分析の精度を高めるために公開情報だけでは分からない不確実性も考慮する必要があります。また、何らかの解決策を導き出せたとしても、国際社会に受け入れてもらい、社会実装までこぎつけるのは相当に困難であることも理解しています」
まさに人類の未来のために、人類の集合知が試されるようなテーマである。そんな取り組みに挑戦する山口さんは今後、実際の政策形成にも携わりたいと語ってくれた。
未踏の地を自ら切り拓くように、宇宙利用の未来を支える新たな制度のあり方を探究する山口さん。その挑戦は、スペースデブリ問題解決に向けた研究の最前線を切り拓いている。

