立命館大学大学院文学研究科修了生座談会
大学院生のキャリア、どう考える?
進学・研究・就活・仕事…経験者のリアルな声を聴いてみましょう
「大学院は研究者養成機関」まだそんなイメージがあるかもしれません。
しかし実際には、大学院で“未知の世界に挑む手法とマインド”を身につけた人が、
その強みを活かし、社会のさまざまな分野で数多く活躍しています。
モデルケースとして、文学研究科博士前期課程を修了し、実社会で活躍中の修了生2人に
大学院での学びが社会でどう活かされているかなどを話していただきました。
人材採用に関わるプロからの最新情報やアドバイスも交えた座談会。
学部生はもちろん、高校生の皆さんにとっても大きな視野で自分のキャリアを考えるうえでのヒントになるでしょう。
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石川 大我 さん
(2021年度東洋史学専修 修了)
株式会社早川書房大学院では中国殷周時代の文字を中心に研究。現在は株式会社早川書房書籍編集部に在籍。主にノンフィクション作品の編集に携わりながら、白川静記念東洋文字文化研究所の客員研究員として研究も続ける。
修了生の声を見る -
髙田 千尋 さん
(2022年度西洋史学専修 修了)
株式会社日本政策金融公庫大学院では銀行業も手掛けたメディチ家と教皇庁の関係について研究。2023年日本政策金融公庫入社、中小企業へ融資を担う事業部などに勤務。
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久保 潤一郎 さん
株式会社マイナビ
就職情報事業本部 大学支援推進統括部 統括部長2006年の入社後、十数年にわたり、様々な企業の採用業務に関わる。立命館アジア太平洋大学卒業、立命館大学大学院政策科学研究科修了。
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井上 充幸 先生
文学部副学部長(大学院担当)
立命館大学文学部教授。京都大学文学研究科 歴史文化学専攻 東洋史学専修 博士後期課程単位取得満期退学。博士(文学)。専門分野は東洋史。特に中国近世の文化・社会を中心に研究。
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文学研究科の改革 #01就職を目指す人に、より多様で自由な学びを提供
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今日はお集まりいただき心より感謝申し上げます。文学研究科の東洋史学専修で中国の歴史を専門としております井上です。
この座談会は、大学院での学びと修了後のキャリアパスについて具体的なイメージを持っていただけるようにと企画しました。「大学院は研究者養成機関でしょう?」という世間のイメージに反して、実社会でご活躍中の修了生である石川さんと高田さん、そして人材採用のプロとしてマイナビの久保様にもお話しいただこうと思います。どうぞよろしくお願いたします。
まず自己紹介からお願いできますでしょうか。
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株式会社早川書房の書籍編集部でノンフィクションの書籍編集をしている石川です。昨年までは海外のノンフィクションを翻訳出版する仕事が多かったのですが、今年からは日本人著者によるノンフィクションの書籍の編集にも携わっています。
大学院では、東洋史学専修で中国の歴史、特に殷周時代を研究していました。研究対象は、そのころに使われていた文字、亀の甲羅や動物の骨に刻まれた甲骨文字や、青銅器に鋳込まれている金文です。私はそれら古文字の研究や、資料そのものの整理をメインテーマにしていました。
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この春に西洋史学専修を修了したばかりの高田です。株式会社日本政策金融公庫という政策金融機関で中小企業への融資を担う部署に勤務しています。まだまだ勉強中で、今は請求書や決算書の整理、融資のために必要な事務的な手続きなどを担当しています。
大学院では、中世イタリアのメディチ家と教皇庁の関係について研究しました。私は企業の歴史に興味があったので、銀行業も営んでいたメディチ家をテーマにしていました。
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株式会社マイナビの久保です。私も立命館の卒業生で、立命館アジア太平洋大学を1期生として卒業後、立命館大学の政策科学研究科に進学。大学院ではNPO活動支援などを通して場所のアイデンティティについて研究していました。
2006年にマイナビに入社、新卒採用の法人営業として十数年間さまざまな業種の採用広報や選考活動に携わってきました。本日は私自身のキャリアをもとに、2人のお話に補足する形で意見を述べられればと思っています。
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ありがとうございます。文学研究科は、人文学を深く広く探求する力を養うことによって優れた研究者を育成することを1つの柱としていますが、もう1つの柱として、実社会において、高度な専門性を備え、高い能力を発揮して活躍できる人材を育成することも掲げています。
しかし大学院、とりわけこの文学研究科が、将来の就職に至るキャリアパスの1つとして積極的に選ばれていたかと言えば、必ずしもそうではない現状がありました。そこで、修了後に企業への就職を考える学生に対し、多種多様な2専攻14専修を擁する文学研究科のメリットを活かした幅広い学びを提供できるよう、来年度から新しいコース・専修・カリキュラムがスタートする運びとなりました。私としては、文学研究科を、高度教養人としてのあり方も追求できる場所にしたいと考えています。
企業に就職された2人には、これから文学研究科で学ぼうとする方々にとってのロールモデルとして、入学前、在学中、その後のキャリアについてお話しいただきたいと思います。
大学院で学んで良かった? #02幅広くものを見る。深く掘り下げる。両方の姿勢が身につく
- まず、高田さんと石川さんが大学院に行こうかなと最初に思われたのはいつでしたか?
- 最初に進学の可能性を考えたのは3回生の時だと思います。取り組んでいた研究テーマがすごく面白かったので、果たして卒業までに1つの結論に持っていくことができるだろうかと考え始めたんです。就活もしながら考え、最終的に決めたのは4回生の夏でした。
- 東京出身の私が立命館大学に進学したのは、甲骨文字や金文の研究ができる大学を考えた時、関連資料の奥付を見ると、どの本にも立命館の先生のお名前があったこと、それが最初のきっかけでした。立命館大学で大学院に進学すれば、古文字について多くのことを学び、研究もできるだろうと考えたんです。実際に進学を決めたのは3回生の時でした。関西圏の古文字の研究者の方々が主催している研究会に誘われ、皆さんの研究内容を見て、やはり進学したいと思ったからです。実家とも話し合い、前期課程修了後に就職すると決めたのもそのころだったと思います。
- 大学院に行って良かったと思うこと、逆に、想像とは違ったことはありましたか?
- 2年という限られた時間の中で、自分のやりたいテーマを突き詰め、論文という1つの形に完成させていく経験ができたのがすごく良かったと思います。何もわからないところから少しずつ積み重ねて、苦手だった英語の論文にも向き合い続けた結果、何かを完成させるところまでこぎつけることができた。その経験は、すごく大きな財産だと思っています。
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例えば1つのテキストがあった時に、それを読んですぐ答えを出すことをしなくなったというのが、大学院で得た一番のものかなと思います。テキストができた背景や事情など、さまざまなことを勘案しながら、この部分はどういうことを勉強すれば読めるようになるんだろうとか、言葉の意味としては分かるけどどう解釈すればいいんだろうといったことを、しっかり腰を据えて取り組んだ2年間でした。その経験は今の仕事にも直接つながっていると思います。
また、自分がやっていること以外にも視野を少し広く取って仕事をしなければ、やっていることを理解することはできないだろうなという感覚、言い換えれば一種教養的なものの見方と、ここを突き詰めていけばうまくいくだろうという専門的なものの見方、その両方が身につくのが大学院での学びだと思います。その姿勢は、仕事でもすごく役立ってるんじゃないかなと思っています。
- 今、大事なことをお聞きできてすごく嬉しかったですね。幅広くものを見て、ここという点を深く掘り下げる、その両方を経験してこられたことが、今のキャリアにつながる部分が形成されていたという点です。文学研究科が目指すべき1つの形として、これから学ぶ人にもぜひ自分のものにしてほしいと思いました。
- 出版をはじめマスコミ業界では、たとえば社会問題について背景や原因を専門的に突き詰める姿勢と、様々な事象に好奇心を持って読者や視聴者のニーズをキャッチしていく姿勢、その両方が求められていると思います。マスコミには、企画職だけでなく営業や経営に関わる人もたくさんおられるので、別の視点で仕事をしている人、違う価値観を持っている人とコミュニケーションが取れることも大事かなと思います。
就活について #03研究の成果をしっかり話すことで評価される
- 就活についてお聞きします。そもそも、高田さんが金融機関への就職を志望されたのはどうしてですか?
- 就活でも聞かれたのですが、私の中ではしっかりと軸があります。もともと歴史と経営に興味があったので、歴史を切り口に経営を勉強しようと考えて文学部に入学しました。企業の発展の歴史に興味があったので、メディチ家を研究して大学院にも進みました。企業の経営に興味があるので、いろんな企業と関わることのできる今の会社に就職しました。私の中では全部軸が通っているんです。
- 文系の学生の方から、自分の興味関心をどのように仕事選択に繋げていけばよいのかわからないという質問をよく受けますので、今のお話は非常に興味深いと思います。
- 就活の面接でも、大学院で何をしていたの?という質問は必ずありましたが、しっかりした答えを準備していれば評価していただけると実感しました。
- 大学院入学時には企業に就職することを決めていたのですか?就活を始めたのはいつですか?
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私は学部の時に就活を経験した上で大学院に進学したのですが、真剣に研究と向き合った結果、この道で生きていくことはできないと痛感したので、就職を前提に2年間で研究を完成させることが明確な目標になりました。真剣に向き合い、覚悟を決めてやるという経験は貴重でしたし、社会人としての自信にもなっています。
就活は、大学院1年目の4月から始めました。学部卒の友人がみんな就職をしていたので、その話を参考にできるのはアドバンテージだったと思います。
- 学部の時に就活を経験するのは大事ですよね。大学院に進学予定であっても経験しておいた方がいいと思います。
- 私の就活は、甲骨文字に詳しいだけではできる仕事がないということに気づくことからスタートしました。この当たり前のことに気づくのに1年かかってしまったんです。それで、自分のできるところからやろうと思って、図書館の地下1階に置かれている業界誌を片っ端から見ていきました。歴史を研究していたので、業界誌を何十年分も読んで業界の流れを勉強することは苦になりません。しかし、いくら読んでも分からない業界があります。たとえば物流の業界誌を読んでもよく分からなかったので、この仕事はできないと判断しました。そして残ったのが出版だったというわけです。文章の校正など、大学院での基礎的なスキルをそのまま使える仕事でもありますので、後輩の皆さんもぜひ志望していただきたいと思います。
大学院での学び、仕事にどう活きる? #04ファクトを見極め解釈し、分かりやすく伝える
- 大学院で学んだ考え方や物の見方が今の仕事で役に立ったというお話を聞かせてください。
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企業を訪問する時は、決算書を読んでその企業に対する仮説を立て、経営課題を把握しなさいと指導を受けています。その姿勢は大学院でやってきたことに似ていると思いました。
研究でも仕事でも、何もわからないところから始めなければならない場合があると思うんです。その時に、とりあえず動いてみる、手を動かしてみるという姿勢も身についたと思います。論文をめくって読んでみて、分からないところを洗い出し、人に聞いたり自分で勉強したりして深めていくという姿勢ですね。それは仕事でも非常に大事だと思います。
大学院では、先生から「高校生にも分かるように研究のレジュメを作りなさい」と常に言われていました。西洋史は、分野や国が違うと常識が違うこともあるので、相手がどんな理解度で聞いているのかを考え、どんな流れで、どの言葉を説明するか、その点をすごく鍛えられました。今の仕事で言えば、相手の中小企業の社長様と同じ目線に立って考えお話をするという姿勢は、とても役に立つと思います。
- 大学院生に対して求められるものとして、多くの情報の中から必要なファクトを集める力、それを自分の視点で解釈する力は非常に大きいと思います。加えて、今のお話のように、分かりにくいことを分かりやすく伝える力も求められています。いずれにおいても大学院での深い経験が活きてくるでしょうね。
- 決算書を読んで仮説を立て、仕事につなげるという高田さんのお話を聞いて、業種は違っていても似ている部分があると思いました。我々も、売れている本の情報をリサーチして、どうして売れているのか、自社ならどう仕掛けるべきかを考えています。今ある情報をもとに「こうだろうな」というビジョンを立て、現実的なラインに修正していくというのは同じだと思います。
後輩へのメッセージ #05腰を据えて好きなことに取り組めるのは得難い経験
- 石川さん、最近のお仕事の成果をお持ちいただいていますね。
- ありがとうございます。早川書房は海外の翻訳出版、特にSFやミステリー、ノンフィクションを主に手掛けてきた出版社なのですが、6月に新しく「ハヤカワ新書」を創刊し、私も編集に携わっています。新書は割とファストなメディアなので、これまでの書籍の編集とはまた違う経験をしています。担当した『ChatGPTの頭の中』はファストの極致で、版権の取得から3ヶ月弱で発売までこぎつけました。一方で、私の担当作ではないですが、ソース焼きそばの歴史を明治維新のころから丹念に追い続けた『ソース焼きそばの謎』は、企画と執筆に長い時間をかけています。話題性と自分がやりたいことのバランスを見ながら取り組みたいと思っています。
- 今後やってみたい仕事など、将来のビジョンについてお聞かせいただけますか?
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大きなビジョンとしては、どんな本の編集でもできるようになりたいと思っています。特にノンフィクションは本ごとにテーマのバラつきが大きい分野です。ChatGPT、ソース焼きそば……入社して初めての企画はヒッグス粒子の本(『宇宙に質量を与えた男 ピーター・ヒッグス』)でした。それぞれ求められるスキルが大きく違うのですが、面白そうだなと思ったらどんな企画でも尻込みせず「できると思います」と言える編集者になれたらと思います。
近い目標としては、新書という新しい箱ができましたので、なんとか中国史の本を出したいと考えています。今、大学院での人脈を活かしていろいろとお声がけをさせていただいているのですが、井上先生、明日お時間ありますか?(笑)
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書けと言われているような気がしなくもないんですけれども(笑)。たくましいビジネスマンとして育ってくれているということがよく分かりました。
ところで石川さんは、今も立命館で古文字の研究を続けておられるんですよね。
- 白川静記念東洋文字文化研究所の客員研究員として研究も続けています。仕事があるので時間を作るのが大変ですが、2年に1回は論文を書きたいですね。こういったコミュニティや研究会に所属できるのは大学院進学のメリットの1つだと思います。仕事をしながら研究が続けられるのは非常にありがたいことです。
- 高田さんの将来の目標は?
- 一番の目標は「高田さんに任せてよかった」と言ってもらえるような融資担当者になることです。まだ融資課には配属されていませんが、業務の中でその難しさを痛感しています。今はお客様に信頼していただける仕事ができるよう、業務の中でも外でも少しずつ知識を積み重ね、研鑽して、できることを増やしていきたいと思っています。
- 最後に、これから大学院に行こうかなと考えている人に向けてメッセージをお願いします。
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2年間、しっかり腰を据えて、自分の興味のあること、好きなことに集中して取り組めるのは得難い経験になると思います。「迷ったら行く」ぐらいの気持ちで来ていただきたいですね。
そして、これは繰り返しになるのですが、私は「甲骨文字に詳しいだけでできる仕事はない」という当たり前のことに気づくまでに1年かかったんです。大学院では好きなことをやればいいし、それによって得難い経験ができるのは間違いありません。でも同時に、自分の「好きなこと」は、社会のどこで活かせるかな?どうすれば人の役に立てるかな?という問いを頭の隅にいつも置いておくと、いい進路選択ができるのではないかと思います。
- 私の推しは、大学院生専用の施設、究論館です。他大学の先生方にも「大学院生の居場所があるのはいいね」と言っていただける環境が整っています。「文系の大学院生の就活は難しいんじゃないの?」という話を聞くことがあると思いますが、私はあまり感じなかったということをぜひ伝えたいと思います。自分のやってきたこと、得てきたものを分かりやすく伝えることができれば大丈夫です。安心して自分の進みたい道を選んでください。
- そうですね。大学院生の皆さんには、時間をかけて研究テーマを突き詰めてみようと決意したきっかけと、研究論文の完成など目標に向けて努力したプロセスがあると思います。その経験やご自身の成長を大切にしていただきたいと思います。企業の人事担当者が「文系の大学院生だから」という理由でネガティブな評価をされるところを、私はこれまでに見聞きしたことがありません。そこは自信を持っていただきたいと思います。
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大学院に固定観念を持っているのは、むしろ大学の中にいる人なのかもしれませんね。
教員の意識から変えなければならないと痛感しました。
今後、皆さんのお話をヒントに入学してくれる人が必ず出てくると思います。またその続きを作ってくれる人、受け継いでくれる人が出てくることを期待したいと思います。
皆さんのご協力にあらためて感謝いたします。今日はありがとうございました。