QUESTION 体罰やいじめは
犯罪にならないの?

KEYWORD #刑法

懲戒と体罰

学校における体罰やいじめがニュースになることがあります。これらは犯罪として処罰されるのでしょうか。まずは、体罰について考えてみましょう。学校教育法では、体罰と懲戒という用語が使い分けられています。

学校教育法

第11条 校長及び教員は、教育上必要があると認めるときは、文部科学大臣の定めるところにより、児童、生徒及び学生に懲戒を加えることができる。ただし、体罰を加えることはできない。

授業中に先生が生徒に対して指示をすることがあります。たとえば、歩き回っている生徒に対して叱って席につかせたり、遅刻をしてきた生徒に課題や清掃活動を課すといったりすることが考えられます。生徒本人は望んでいないとしても、懲戒としてこのような強制が許されています。ただし、あくまでも教育上必要があると認めるときに限ります。

それに対して、体罰を加えることは、たとえ生徒本人のためであったとしても禁止されています。体罰には、身体に対して、殴ったり、蹴ったりといった攻撃を行う場合だけでなく、トイレに行かせなかったり、正座を長時間にわたってさせるといった肉体的な苦痛を与える場合も含まれます。このように、生徒に苦痛を与える体罰は、生徒の生命や身体を危険にさらすという観点から、法律上許されない行為と位置づけられています。体罰と懲戒の例については、文部科学省の以下のページを参照してください。
学校教育法第11条に規定する児童生徒の懲戒・体罰等に関する参考事例

ただし、体罰罪という名前の犯罪が存在するわけではありません。生徒を殴ったり、蹴ったりした場合は暴行罪(208条)、生徒が傷害を負った場合には傷害罪(204条)というように、個別の犯罪に該当すれば処罰されます。

正当な行為

しかし、先生が生徒の身体に対して何らかの侵害を加えた場合には、常に処罰するということで問題はないでしょうか。たとえば、生徒同士でケンカになった場合に、先生がやむを得ずに、これを制止して生徒の安全を確保するために、暴れている生徒の背後に回って両肩を押さえつけたような場合はどうでしょうか。この行為は暴行罪に当たりますが、生徒本人ないしは他の生徒の身の安全を守るためにやむを得ずに行ったと言えれば、刑法35条の法令行為ないしは36条の正当防衛として「罰しない」ということになります(刑法学ではこの場合「違法性が阻却される」と表現します)。ただし、言うまでもありませんが、生徒の身の安全を守るためなら、先生は何をやってもいいというわけではありません。「罰しない」とされるためには厳しい要件が課されており、やりすぎて生徒にけがを負わせてしまったような場合には処罰されることになります。

刑法

(正当行為)第35条 法令又は正当な業務による行為は、罰しない。

(正当防衛)第36条 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。

このように、処罰されるかどうかを考えるときには、暴行罪や傷害罪といった条文に当てはめる作業をするだけではありません。なぜ、その人が暴行や傷害といった行為をするに至ったのか、その背景にある原因や事情も探ったうえで、本当にその人が処罰されるべきなのかということを慎重に検討していきます。授業では、実際に裁判官が判断した事例(判例ないしは裁判例と言います)を教材にしますので、より問題をリアルに考えることができます。

いじめと刑法

それでは、学校の児童・生徒間で行われる「いじめ」はどうでしょうか。いじめ防止対策推進法2条によると、「いじめ」は以下のように定義されます。

いじめ防止対策推進法

(定義)

第2条 この法律において「いじめ」とは、児童等に対して、当該児童等が在籍する学校に在籍している等当該児童等と一定の人的関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているものをいう。

この法律によれば、「いじめ」には、殴る蹴るといった物理的な影響を与える行為だけではなく、仲間はずれ、無視、陰口といった、相手に心理的な影響を与える行為も広く含まれます。ただし、この法律には、「いじめ」を処罰する規定(罰則)はなく、刑法にもいじめ罪という犯罪はありません。被害者の身体に攻撃が行われた場合には、暴行罪や傷害罪はもちろんですが、監禁罪(220条)や強要罪(223条)といった犯罪が成立します。さらに、被害者の財産を奪えば窃盗罪(235条)や強盗罪(236条)といった犯罪、また、脅した場合には脅迫罪(222条)、公然と人の社会的評価を下げるような行為をすれば、名誉毀損罪(230条)や侮辱罪(231条)の成立も考えられます。なお、行為者が少年の場合には、少年法という特別の規定に基づいて、手続きが進むことになります。

刑法は最終手段

ただし、すべての「いじめ」が犯罪として処罰されるわけではなく、重大な被害が出たときに限定されています。教育の場である学校に、警察がやってきて生徒を逮捕するといった強権的な措置をとることは、いわば最終手段として位置づけられているのです。刑法という強力な手段を使わずに問題が解決できるのであれば、それが望ましいと考えられます。

「いじめ」という問題に対しては、犯罪として処罰するという方法だけではなく、他の法律による手段を使うことも考えられます。まず、被害者は、民法の損害賠償請求を行為者に対してすることもできます。また、「いじめ」問題を解決、防止するために、国や地方公共団体がとるべき手段を法律に定めるということも有効と言えるでしょう。たとえば、教育委員会がいじめを調査するようにしたり、体罰を行ったり、いじめを放置した教員を懲戒するというルールを定めるといったことも考えられます。これらは行政法という分野で検討されます。「いじめ」という社会問題に対して、どの法的手段を使うことがより有効なのか、法律家はより広い視野で検討することが求められています。

体罰やいじめを解決するために…

もちろん、法的手段だけでは、体罰やいじめの問題を解決することはできません。たとえば、被害者をはじめとした生徒たちの心の傷のケアが必要となれば、児童の教育や心理に関する専門家の知見が必要となります。また、生徒が被害を訴え出やすくするように、相談窓口を増やすといったことも重要になります。学校だけではなく、教育委員会、児童相談所、法務局、警察といった関係者がより緊密に連携し合って対応することが必要です。体罰やいじめを根絶するためには、法律で規定するだけではなく、日本における教育のあり方自体を議論する必要があります。以上のように、法律は、社会における問題解決のための一つの手段であり、他の関連する専門分野と深く関わっています。