QUESTION 敵対的買収は「悪い」か。

KEYWORD #商法

「敵対的企業買収」「敵対的買収」と聞いて、どのようなイメージを持たれますか?「敵対的」という語の印象、過去の事例とその報道からの印象、「買収防衛策」なるものがあることなどから、なんとなく悪いイメージをお持ちの方が少なくないのではないでしょうか。ここでは、一般にそうしたイメージを持たれ易いと思われる「敵対的買収」が「悪い」のかどうか、「商法」の一分野である「会社法」の立場から検討したいと思います。なお、ここでは「企業」として、株式会社を念頭に置きます。

この問題を検討する前提として、まず、株式会社の特徴を確認しておきたいと思います。株式会社は、出資者(株主)が、予め出資を引き受けた額に限定して責任を負い(有限責任。会社法104条)、会社の債務(例えば借入金の返済義務など)について何ら責任を負わないという特徴を有します。この場合、会社の業績が悪化し、会社が破綻してしまったとしても、株主が負担する損失は出資した額に限定されます。このような仕組みにしておけば、投資家は自らが負うリスクの限界を予め知ることができ、安心して出資をすることができますので、会社としては、多数の者から出資をしてもらうことができ、資金を集め易くなります。他方で、このような仕組みの下では、出資者の数は多数に上りますので、それら出資者が集まり、自分たちで会社の経営を行うことは難しくなります。そこで、株式会社では、出資者とは別に経営を担当する者(取締役)を置くこととなっています(会社法326条1項)。このようなことから、取締役は、株主総会の決議により、株主の多数決で選任・解任されることとなっています(会社法329条1項、339条1項、341条)。取締役の選解任をはじめ、会社の基礎的事項の多くは、株主総会において出席株主の議決権(原則として、1株につき1議決権が与えられる(会社法308条1項))の過半数の賛成により決せられますので(会社法309条1項参照)、総株主の議決権の過半数に相当する株式を有する株主は、会社の物事の大半をその一存で決められることになります(このことを指して、会社の支配権を有していると表現することがあります)。

以上を念頭に置いたうえで、企業買収に話を戻します。(企業)「買収」は、一般に、他の会社が行う事業や他の会社そのものを取得する行為を指します。すなわち、①会社が他社からその事業を承継する、②合併により他社を自社に取り込む、③他社の株式を、当該会社を支配できるだけ取得して、当該会社を自社の傘下に置くなどの行為です。このうち、買収の対象となっている会社(対象会社)の経営陣の賛同を得ないで行う買収を「敵対的買収」と呼ぶのが一般的です(例えば、田中亘『企業買収と防衛策』(商事法務、2012年)など)。反対に、対象会社の経営陣の賛同を得て行われる買収を「友好的買収」といいます。つまり、「敵対的買収」という場合の「敵対的」とは、対象会社経営陣(取締役、取締役会)にとって「敵対的」という意味であることになります。前記①や②の方法による「買収」は、対象会社との契約を前提とし、事実上「敵対的に」は行い得ません。他方、前記③の形での「買収」は、対象会社の株主から株式を譲り受ける方法によれば、対象会社経営陣の同意がなくても(つまり「敵対的に」)行うことが可能です。

では、「敵対的買収」は、対象会社経営陣以外の者にはどのような影響を与えるでしょうか。買収を試みる者からすれば、たとえば、その者が新規分野への事業拡大を計画している場合、当該分野の事業を行う他社を買収により自社の傘下に入れる方法によれば、すでに軌道に乗った事業を自社の傘下に入れられるのですから、(敵対的)買収は、一から新規分野を開拓するコストを削減する手段として有用ということになります。対象会社やその株主からみるとどうでしょうか。第一に、真摯な経営を目指す者による買収であれば、買収前より対象会社の企業価値が向上する可能性があります。第二に、買収者が買収に成功すると、対象会社の経営陣を自己(買収者)に都合の良い者に交代させる可能性があります。そうすると、敵対的買収の可能性があることは、経営者にとって脅威となりますが、こうした脅威があることで、経営者は、敵対的買収がなされて自己が解任されるのを避けるため、自らの経営の改善を図ることが期待されます。以上の効果は、社会全体の利益にもつながり得ます(詳細は、柳川範之『法と企業行動の経済分析』62-67頁(日本経済新聞社、2006年)参照)。

このように、敵対的買収には、対象会社やその株主、さらには社会全体から見れば、メリットもある、つまり「必ずしも悪くない」のです。一方で、経営者(取締役)個人の利益から見れば、自分の解任につながりうる敵対的買収は「悪い」ということになります。それでは、敵対的な買収者が現れた場合に、経営者の判断で「防衛策」を講じてよいでしょうか。買収防衛策は、対象会社(の経営陣)に友好的な者に株式(や新株予約権)を割り当てて、買収者の持株比率を低下させることで、買収者による会社支配権の確立を阻止するという形で講じられるのが典型です。

ここまで読まれた方は、敵対的買収が対象会社やその株主、社会全体に利益をもたらす可能性がある以上、経営者の独断で防衛策を発動して買収を阻止することを認めるのは適切ではないのではないかとお考えになるのではないかと思います。会社法の世界においても、原則として、経営者(取締役)の判断で買収防衛策を発動させることはできないというのが有力な考え方です。なぜそのように考えるかというと、株式会社において、取締役の選解任は株主総会決議によるという権限分配がなされているところ、被選任者である取締役が選任者である株主の構成を変更させることは、このような権限分配秩序に反するからです(森本滋「新株の発行と株主の地位」法学論叢104巻2号17頁(1978年)、神田秀樹編『会社法コンメンタール5』118頁(商事法務、2013年)〔洲崎博史〕など)。

ここまでは、敵対的買収は「必ずしも悪くない」という点に焦点を当てて話を進めて来ました。それでは、敵対的買収は対象会社やその株主にとって「絶対に悪くない」、すなわち、「悪い」(対象会社の企業価値を低下させるとか、社会全体の利益を害する)敵対的買収はあり得ないのでしょうか。この点につき、日本で実際にみられた例として、会社の株式を買い集め、その影響力を利用し経営者に圧力をかけ、買い集めた株式を会社や経営者に高値で買い取らせようとするもの(グリーンメイル)があります。このような、買収者の利益獲得を狙うだけで対象会社の企業価値を低下させる濫用的買収もみられるのです。裁判例はそうした買収として、グリーンメイルのほか、対象会社の事業上必要な知的財産権、ノウハウ、企業秘密情報、主要取引先や顧客などを当該買収者等に移譲させる目的での買収、対象会社の資産を当該買収者等の債務の担保や弁済原資として流用する予定で行う買収、対象会社の事業に当面関係しない高額資産を売却させ、その処分利益により高配当をし、または株価の急騰した対象会社株式を高価売却する目的で行う買収を例示しています(東京高決平成17年3月23日判時1899号56頁)。そして、濫用目的で株式を取得した買収者は株主として保護に値せず、これを放置すれば他の株主の利益が損なわれるから、対抗手段として必要性や相当性が認められる限り、例外的に、取締役会の判断で買収防衛策を発動することが許されるとします。

以上は、会社法の立場からの敵対的買収に関する議論です。会社法学は、言うまでもなく法学の一分野ですが、上記でご覧になったとおり、取り上げる事象が経営学と共通している部分があり、また、経済学的な分析も組み入れるという特徴を持っています。「経営」という事象に関心を持っている場合に、それにどのような観点からアプローチするのであれ、会社法学の視点を持つことは有益ですし、反対に、会社法学の観点から取り組む場合には、法学的視点だけでなく、経営学・経済学における議論にも目を向けることが必要となります。