QUESTION ロボットが裁判官の
自動裁判はアリ?

KEYWORD #法哲学

近年のAI(人工知能)の発達には目覚ましいものがあります。SF映画に描かれるような、AIを実装した色々なロボットが人間社会に溶け込んでいる未来も、そう遠いものではないかもしれません。

ところで、ロボットが仕事をするようになれば、人間の仕事がなくなってしまうのではないか、という予想があります。実際、ある研究所の発表によれば、日本の労働人口の約49%はAIやロボットで代替できるようになるそうです※ 。配達員の代わりに配達ロボット、運転手の代わりに運転ロボットというように、裁判官という仕事を裁判ロボットに任せて自動化することはできるでしょうか?法学部では、問題を細分化して検討する技術を学びます。そこで、いくつかの問題に切り分けて考えてみましょう。

[出典]
株式会社野村総合研究所「日本の労働人口の49%が人工知能やロボット等で代替可能に~601種の職業ごとに、コンピューター技術による代替確率を試算~」ニュースリリース(2015年12月2日発表)

まず、ロボットの頭脳すなわちAIが、裁判業務を処理できるかという問題があります。裁判官の仕事は、法律の条文に書いてあることを、目の前の事件にただ当てはめるだけではありません。たとえば、事件に関係する当事者たちの話をしっかりと聞き、その中から確かな事実を選びだすこと。難解な法律の条文を整合的・合理的に解釈し、その意味するところを明らかにすること。目の前の事件について、関係する当事者たちが納得できるような形で、妥当な判決を下すこと。こういった技術は、一朝一夕で身につくものではありません。AIを実装したロボットは定型的な単純作業を得意としていますが、裁判のような複雑な業務を遂行することはなかなか難しいでしょう。

しかしながら、AI研究における機械学習の進歩は、すでにチェスや囲碁の世界チャンピオンを打倒するまでになっています。いずれは、ロボットにも裁判業務をこなせる日が来るかもしれません。そのとき私たちは、裁判ロボットによる判決を、人間の裁判官による判決と同じように受け容れることができるでしょうか?これが次の問題です。

実は、裁判という制度には、判決を下して事件に決着をつける以外にも、重要な意義があります。それは、事件の関係者を法廷に呼んで、コミュニケーションの場を用意することです。裁判の手続が展開する中で、関係する当事者たちに議論と交渉の場が与えられ、時には和解に至ることもあります。または、和解に至らなくとも、「主張すべきことはすべて主張したのだから、どんな判決であっても納得して受け容れよう」という心構えが当事者たちに芽生えます。このように裁判官には、判決を下すだけでなく、当事者たちに十分な手続が保障されるよう配慮するという役割があります。

ところが裁判ロボットは、入力したデータに対して判決を吐き出すだけです。たしかに、そのように自動化されれば裁判は迅速になり、処理するスピードは飛躍的に上昇するでしょう。しかし、そのプロセスに納得感はあるでしょうか。人間の裁判官の前で精いっぱい主張を述べ、それでも力及ばす敗訴判決が下される状況と比べて、主張をピピピと入力したらパッと「敗訴」の文字が点滅するという状況の、なんと味気ないことでしょう。このように、裁判という制度の意義を考えたとき、ロボットによって裁判官を代替するのは時期尚早と言えるでしょう。

さて、最後の問題です。さらに技術の発達が進んで、もはや人間と同じように思考し、会話し、行動する人間型ロボット(ヒューマノイド)が登場したらどうでしょうか。たとえばアニメ作品に出てくる「人間くさい」ロボットは、人間と全く同じように生活しています。それでも、私たちは「彼ら・彼女ら」に裁判官を任せない方がよいでしょうか?この点は、みなさんへの宿題にしたいと思います。

このように法哲学は、様々な分野の知見に支えられながら、時にユニークな、時にラディカルな問いを立て、法というものの可能性を探っていくスリリングな営みです。法哲学とひとたび対峙したならば、法律の条文やその解釈だけでなく、何でもありのフリースタイルで知的な格闘を試みることになります。その際の武器は、みなさんが日々の学習において獲得している、法律とは全く関係のなさそうな知識かもしれません。法学部には、多様な知識を活用できる場が用意されているのです。