細胞生体機能シミュレーション

  1. 研究の背景

    近年,細胞内部の微細構造であるイオンチャネルやポンプ等の機能が急速に解明されており,従来定性的にしか把握されていなかったそれらの機能が定量的にモデル化されるようになってきている.当研究室では,生体組織、特に心臓の機能をモデル化してシミュレートする研究を進めている.

    生体組織のシミュレーションに関する研究は,世界的にも緒についたばかりであり,アメリカ,ニュージーランドなどで全身の臓器に関するシミュレーションのプロジェクトが計画されはじめたところである.特にアメリカのプロジェクトはポストゲノム計画として,フィジオーム(Physiome)プロジェクトと称して大規模に研究が進められようとしている.

    このような生体機能のシミュレーションは,機能や構造の最適性などが理解されていない生体組織の機能を解明するツールとなるばかりでなく,薬物に対する反応を評価できるため,創薬支援などに応用できると期待されている.また, 医師が治療方針を決定する際に,投薬の影響をシミュレートできるため,患者 一人一人に合わせた投薬計画をたてることが可能であり,オーダーメイド医療の強力なツールとなることが期待されている.

  2. 心臓シミュレーション

    当研究室では,心臓を対象として,臓器全体の運動機能を再現するシミュレーションモデルの構築を行っている.guineapigheart

    心筋細胞を含む一般の細胞には,細胞膜上に各種のイオンチャネルやポンプと呼ばれる構造があり,Ca Na K イオンは,それぞれの濃度と細胞膜電位や ATP 濃度などに従って,これらの構造を通じて細胞内外でやり取りされ,細胞の状態を変化させている.また,心筋細胞などに特有の構造として筋小包体と呼ばれる,Ca イオンを蓄えておく構造や,アクチンフィラメント,ミオシンフィラメントと呼ばれる,収縮力を発生させる構造が存在する.これら単一細胞レベルの構造は,それぞれ特有の微分方程式でモデル化されており,現在利用しているKyotoモデルと呼ばれる心筋細胞モデルでは独立変数および方程式の数がそれぞれ50個程度になっている.ventricularcell

    心臓という臓器全体をモデル化する場合,この心筋細胞を臓器一つ分並べれば良いことになる.しかしながら,心筋細胞一つの収縮率が15%程度であるのに対し て,左心室内腔の体積変化率は70%にも及び,単純に心筋細胞を並べただけでは 心臓の機能が再現できないことがわかる.実際には,心筋はシート状の構造をしており,シート間の結合は若干ゆるくなっていると考えられており,さらに,心臓の内壁部のシートと外壁部のシートでは心筋細胞の配向方向が異なることがわかっている.このような構造によって、心臓全体の収縮運動は,全体として回転運動を伴いねじれるように収縮しているといわれている.しかしながら,このよ うな運動を実現する心筋細胞の配向構造はまだ完全には解明されておらず,本研究では,MRIによる断層像や顕微鏡を用いた組織学的研究によって明らかにされている心筋細胞のらせん配向情報などを用いて実際の運動を再現する心臓モデルの構築を行っている.MI

  3. 網膜内細胞モデルの構築

    視覚は,人間にとってもっとも重要な外界の認識手段であり,視覚機能の障害は,非常に大きな生活の質の低下をもたらす.本研究室では,視覚の初期の情報処理を担う網膜における光信号の処理部分のモデルとして,特に医療応用が可能なレベルの生理学的モデルを構築することを目指している.

    具体的には,現在,光を受容して細胞膜電位の変化をもたらす視細胞における光電位変換機構について,詳細な分子メカニズムに基づき,実験データを高精度に再現できるモデルを構築している.視細胞の光電位変換機構については,元大阪大学の河村悟教授が,詳細な生化学的実験結果を報告しており,本研究室では,可能な限りこれらの結果を忠実に再現するモデルを実現することを目標にしている.

    また,視細胞からの信号を中継する双極細胞についても,信号経路を考慮したモデル化を行っており,最終的に,臨床で検査に用いられる網膜電図(ERG)の再現を目指している.

  4. 生理学電子教科書 e-Heart

    立命館大学バイオシミュレーション研究センターのプロジェクトとして,野間昭典先生を中心に,生理学分野の定量的なモデルをコンピュータプログラムとして教材化する e-Heart プロジェクトを実施している.現在は以下のモデルを公開している.

    1. ヒト心室筋モデル
    2. 洞房結節ペースメーカー細胞モデル
    3. 心房筋細胞モデル
    4. 細胞膜の電気的等価回路の計算
    5. 簡略モデルで作る自発活動電位
    6. 単一Kチャネル活動シミュレーション
    7. 単一Caチャネル活動シミュレーション
    8. NaKポンプモデル
    9. NaCa交換モデル
    10. 活動電位伝播
    11. 活動電位伝播とギャップジャンクション
    12. 二次元シートにおける活動電位伝播
    13. 興奮伝播異常
    14. 簡易型・血液循環シミュレーション
    15. 毛細血管シミュレーター
    16. ミトコンドリアモデル
    17. 酵素反応
    18. 酵素反応の拮抗阻害・非拮抗阻害
    19. 筋収縮
    20. 細胞内イオン濃度制御

    現在,完成した教科書は,丸善より DVD として出版されている.下記ページより購入可能である.
    心筋細胞フィジオーム理解のための電子教科書“e-Heart”

    また,続編として,心筋細胞のより詳細なメカニズムに関する電子教科書も出版した.下記ページより購入可能である.
    心機能フィジオーム理解のための電子教科書“e-Heart”