■ 錯視とは何ですか?
錯視とは、目や脳に異常がないのに、図形などが実際の物理的特徴と違ったものに知覚される現象です。錯視とだまし絵の違いは、だまし絵は視覚としては機能的であるのに対し、錯視は機能的でない(生存の役に立つ働きではない)という点です。例えば、「蛇の回転」は動いて見えますが、紙に描かれたものであるから動くはずがないという知識・推論と、この見え方が何かの役に立つとはとても思えないという考察から、この作品は錯視に分類されるのです。
パソコンが普及する以前の錯視図形は、紙にペンと定規で描いたものです。動きの錯視も、紙に描いた図形を動かすことで見ることが多かったのです。例えば、約100年前から知られている『ベンハムのコマ』は、回転させることで紙に描かれた黒い線が色付いて見える現象です。ある方向に回転させると内側から赤・黄・緑・青に見え、逆に回すと先ほどとは逆に内側から青・緑・黄・赤に色づいて見えます(下図参照)。
錯視の研究は、近年パソコンが普及し進歩していくにつれて、さらに発展してきています。私の運動残効作品である「視野の波打ち」[→リンク]は、パソコンで描いた8枚の連続の渦巻きの絵を、フラッシュというソフトウェアでアニメーションにして拡大・縮小運動を実現していますが、昔は渦巻きの絵を実際に回転させることで拡大・縮小運動を作り出していました。
また錯視研究者には若い人が少ないという現状があります。それは、錯視の研究では論文が出にくく、研究費も獲得しにくいからだと思われます。しかし、私はそれなりの数の論文を書いて頑張っています。特に、静止画が動いて見える錯視の研究に限定すれば、世界的にも高いレベルの研究ができているという自負があります。
■ 第9回ロレアル 色の科学と芸術賞 金賞受賞に関して、出品内容ときっかけを教えてください。
私は「錯四季」および「口紅の錯視デザイン」という作品集と、”The effect of color on the optimized Fraser-Wilcox illusion”という論文で、第9回ロレアル 色の科学と芸術賞の金賞を受賞しました。論文では、「蛇の回転」の基本錯視である最適化型フレーザー・ウィルコックス錯視は、「暗から明の方向」に動いて見える錯視と「明から暗の方向」に動いて見える錯視から成っており、前者には赤と青、後者には黄と緑が促進的に働くことを示しました。
■ 錯視研究のきっかけを教えてください。
私は筑波大学大学院の心理学研究科修了後に、東京都神経科学総合研究所というところに就職しました。この研究所では電気生理学的にサルの脳の研究を行っていました。その研究を行う中で、私はこれからの脳研究に役立つのは錯視だと考えたこと、当時コンピュータが使いやすくなったことで製図の腕がなくても正確な錯視図が描けるようになったことと、何より自分が研究していて楽しいと思ったことから錯視研究に取り組むようになりました。2001年に私が研究所から立命館大学に来たのは、錯視研究をもっと中心的にやりたいと思ったからです。2003年ごろから、本格的に作品作りや論文執筆に取り組めるようになりました。
■ 先生にとって研究のやりがいは何ですか?
私にとって研究は好物で、趣味のようなものです。もちろん、公の場で人様に申し上げる時は、研究は仕事ですと言います。しかし、私は、よい研究をするには心に遊びの部分が必要であると考えています。ここでいう「遊び」には、文字通りの遊び(娯楽)という意味以外に、「ブレーキの遊び」という意味での遊び(緩衝空間)という意味もあります。錯視デザイン作品は私の心の遊び部分から生まれてきます。これらの作品は出版物だけではなく、ホームページでも日本語版と英語版で公開していますが、今までに両者合わせて累計で500万件のアクセスがありました。1日に10万件超のアクセスがあったこともあります。これからも錯視のメカニズムを順次明らかにし、新しい作品を作り続けていきたいと思っています。
■ 学生に向けてメッセージをお願いします。
学生諸君には、「学問は楽しいものである」ということを言いたいと思います。もし、やっていて楽しくないなら、それはきっと学問でないことをやっているのです。ただ、研究を楽しめる状態になるまでには経験と知識の蓄積が必要で、そのためには得意でない勉強もしなければなりません。
現在取り組んでいる勉学の先に楽しいことが待っているとわかっていれば、どんな苦難も乗り越えられると思います。何ごとも行動を起こさなければ成功することはないので、ゼミ生には自分のやりたい研究を自由にやらせています。自分が本当にやりたいことを見つけ、そのことに一生懸命取り組んでもらいたいと思います。
|