立命館大学×アイシン 共同研究PROJECT DESIGN SCIENCE WORKSHOP立命館大学×アイシン 共同研究PROJECT DESIGN SCIENCE WORKSHOP

まだ見ぬ未来のメタファーを求めて

vol.13&14

意味を革新するデザイン態度

世の中の風景を変えてしまうようなイノベーションは、一体どこからもたらされるのだろうか。先端技術、市場のニーズなどさまざまな要素があるが、デザインという視点で考えると、既存のモノの意味のなかにその答えを見出せるかもしれない。意味を問い直すイノベーションに必要なのは、あなた自身のビジョンと態度、それから、それらを人に伝えるための「メタファー」というちょっとした魔法だ。

立命館大学と株式会社アイシンは、「人とモビリティの未来を拓く」というテーマを掲げて共同研究に取り組んでいる。その一環として、心理学から航空宇宙工学の専門家まで、多様なバックグラウンドを有する立命館大学デザイン科学研究所の研究者が、同社社員の皆さんにデザインサイエンスに関する考え方やノウハウを共有するのが「デザインサイエンスワークショップ」である。

今回は立命館大学 経営学部 教授の八重樫 文が登壇。「意味のイノベーション」と、それに必要な「デザイン態度」についてオンラインでレクチャーを行う前編と、アイシンPT技術センターでワークショップを行う後編の2回にわけて実施した。

八重樫 文

講師プロフィール

八重樫 文立命館大学 経営学部 教授

武蔵野美術大学卒業、東京大学大学院 学際情報学府 修士課程修了。2007年に立命館大学に着任し、2014年より現職。デザインと学習科学をバックグラウンドに持ち、さらに経営学の視点を加えて多角的なデザインマネジメント研究に取り組んでいる。また、学校法人立命館 総合企画室 室長として、2026年4月に向けて立命館大学 デザイン・アート学部、デザイン・アート学研究科(仮称)設置の指揮を取る。

世の中にものごとの「意味」を問い直すというイノベーション

学生時代には武蔵野美術大学でデザインを学び、研究者でありながらデザイナーとしての視点ももつ八重樫。前半のレクチャーは、改めて「なぜデザインを学ぶのか」という点を確認することからスタートした。これからのビジネスは単なる技術革新ではなく社会全体の価値観や構造の変革に対応する必要がある、と前置きしたうえで、八重樫は次のように語る。

「なぜ、社会の変化やビジネスについて考える際にデザインを学ぶ必要があるのでしょうか。それは、デザインというものが単にモノの形つくることではなく、新しい『意味』をつくり出してゆくプロセスだからです。今日は、デザイナーに共通する思考方法である『デザイン態度』を通して、この『意味』を革新するプロセスについて学んでいただきます」

キーワードは4つ。「意味のイノベーション」、「デザイン態度」、「ビジョン」、「メタファー」だ。

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まず、「意味のイノベーション」とはどういうものだろうか。ミラノ工科大学のロベルト・ベルガンティ教授によると、イノベーションには3つの種類があるという。ひとつはテクノロジー・プッシュ・イノベーション。その名の通り、技術の進歩によって社会にもたらされるイノベーションだ。2つ目は、マーケット・プル・イノベーション。社会や市場のニーズ主導で引き出されるイノベーションのことをいう。そして3つ目が、デザイン・ドリブン・イノベーション。これは、作り手である企業が社会に対してものごとの「新しい意味」を提起することでもたらされるイノベーションだという。

八重樫は身近な例を挙げて説明する。任天堂のWiiとソニーのPlayStation 4は、ともに2000年代後半から2010年代前半に登場した家庭用ゲーム機だ。映像表現などのスペックを拡充することで既存ユーザーに訴求したPS4に対して、Wiiは家族で楽しむ、遊ぶことで健康になるという、それまでのゲーム機にはなかった新しい意味を提案するものだった。その他にも、サラダを「料理の付け合せ」から「食卓の主役」に変えたキユーピーのドレッシング、ジーンズを「作業着」から「ファッション」に変えたリーバイスなど、革新的なものづくりはいつも「意味」を刷新していることがわかってくるだろう。

2015年に開設した立命館大学大阪いばらきキャンパス(OIC)も、大学の意味を問い直すところからデザインされているという。大学が学問として社会課題を扱ったり、社会に新たな知見をもたらしたりする場であるならば、そのキャンパスも社会に開かれているべきだ。そんな考えのもと、同キャンパスでは敷地を塀や門で囲ってしまわず、隣接する地域の公園と一体化した開放的な造りとなっている。さらには、施設内部のロビーや廊下を含むあらゆる場所を「学びの場」と捉えることで、調度品やサインなど空間全体がデザインされているそうだ。

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立命館大学OICでは、ロビーや廊下までキャンパス全体が「学びの場」としてデザインされている

そんな意味のイノベーションにおいて重要な点は、アウトサイド・イン(外部の資源・ニーズを取り入れる)ではなくインサイド・アウト(自社の内部にある資源・ビジョンを外部に発信する)型のイノベーションであることだ。次は、内なる資源・ビジョンをイノベーションにつなげるいくつかの視点について学んでいこう。

インサイド・アウトで意味のイノベーションを導くヒント

デザイン・ドリブン・イノベーションの肝となる考え方を、ベルガンティは次のように示している。曰く、「もしあなたが人々に愛されるモノゴトを創造したいのであれば、問題解決からは離れた方がよい。愛について考えるのだ」。つまり、親密な相手を喜ばせるためのプレゼントを考えるようなものだ、と八重樫。プレゼントを考えるときに、相手が欲しがっているものをそのまま渡すのでは物足りない。相手のことを思うからこそ、自分が何をしてあげたいのか、相手にどんな反応をしてほしいのかを真剣に考えるのではないだろうか。

けれど、これだけでは少々抽象的すぎるかもしれない。そこでヒントになるのが「デザイン態度」だ。デザイン態度とは、八重樫らの調査で明らかになった「優れたデザイナーに共通するものづくりの態度」のことだ。問題解決や合理的選択を指向するのがマネジメント態度ならば、デザイン態度は既存の枠組みを解体して、そこに新たな意味を見出すことを指向する。具体的には、不確実性や曖昧性を受け入れること、人だけでなく、ときにはモノや環境に対しても深い共感によって対象への理解を深めること、視覚以外の五感をフル活用すること、遊び心をもつこと、そして複雑性から新たな意味を創造すること。これらの態度が「愛について考える」こと、つまり意味のイノベーションを導いてくれるという。デザイン態度は職場環境や業務のなかでも発揮されるものなのだそうだ。実際にどんな場所で見出だせるのかを考えてみよう。

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問題解決のための意思決定を志向するマネジメント態度に対して、デザイン態度は問題を再定義し、新たな意味を見出すことを志向する

さて、考え方や心構えは万端だ。それではどこから手を付けようか。いきなり大勢で集まってアイデアを出し合うのではなく、まずは自分のビジョンから始めることが大切だと八重樫は言う。

「意味のイノベーションに必要なのは、市場調査やユーザーリサーチではありません。問題解決の発想から距離をおいて、一人で悩むことです。つまり、自分自身が今どこに向かおうとしているのか? という未来のビジョンから始めるのです」

10年後どこに住んで働いているか、何時から何時まで働いているか、そのときに人生で最も価値を置くことは何か、自分のどんなスキルが高く評価されるようになっているか……というふうに、ありたい自分の姿を具体的に思い描いてみる。自分自身の望みと向き合い、思い浮かべること。それは自分自身に愛を向けることかもしれない。もしもそんなビジョンを他者と共有できたなら、そこに今はまだ存在しない、新しい価値観が生まれるだろう。

ビジョンが見えてきたら、どんなふうに仲間を増やし、広めてゆけばいいのだろうか。意味のイノベーションを導く最後のポイントは、メタファーを活用することだ。

メタファーとは隠喩、つまりものごとを何か他のものに見立てること。ビジョンに沿った「新たな意味」を説明する際にこれほど便利なものはない。たとえば、ブルートレインの愛称で親しまれた寝台特急あさかぜの開発コンセプトは「走るホテル」のような特急列車というもの。単なる移動手段を超えた高級感や体験の上質さが直感的に伝わるだろう。メタファーを用いるメリットは、開発のプロセスでめざすべき方向性を共有しやすいこと、そして市場において、人々に「新しい意味」を広めやすいことがある。未来の新たなモビリティを思い描くとき、その姿はどんなメタファー(〇〇のような〇〇)で言い表すことができるだろうか?

オンラインレクチャーの最後に、4つの課題(アサインメント)が出された。

  • 身の回りにある意味のイノベーション事例
  • 会社の日常の中でデザイン態度が発揮されている例
  • 自分のビジョン:10年後の理想の社会はどんな姿?
  • 未来の新たなモビリティにはどんなメタファーが考えられるか?

これらに関するものを写真に撮るか、あるいは画像を集めて次回のワークショップに持参すること。グループワークの前に、各々が〈一人で悩む時間〉をつくることがこのアサインメントの目的だ。

それぞれのビジョンを創発的に統合し、新しいメタファーを生み出す

後日、アイシンPT技術センターで行われたワークショップでは、参加者が3~4人のグループに分かれてそれぞれにアサインメントの成果を持ち寄った。

「本日は、みなさんの4つのアサインメントの成果から創発的統合によって新たなモビリティのメタファーを生み出していただきます。
創発とは、単純に1と1を足して2にするのではなく、それ以上のものを生み出すこと。さらに大事なのは、統合です。グループで意見をまとめようとするとき、誰かの意見が採用されて、誰かが採用されない『支配』や、自分のビジョンを諦めてしまう『妥協』に陥らないように要注意です。異なる立場、違う考え方をもつそれぞれの主張を損なうことなくまとめ上げることに挑戦してください」

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カレーが食べたい人と豚カツが食べたい人、それぞれの意見を統合すると、カツカレーで合意できるかもしれない

グループワークでは、各自が考え集めてきたアサインメントを模造紙に貼り出して、それぞれの関係性をみつけてゆく。最初は「身の回りにある意味のイノベーション」だ。筆者の参加したグループでは以下のような事例が挙がった。

  • 折り紙(記録媒体としての紙→子どもの遊び→和を感じさせるアート)
  • 間接照明(部屋を明るくする→あえて仄暗くすることでリラックスや空間演出に)
  • スマートウォッチ(時間を知る→情報を得る、健康管理など多様な意味が付与)
  • レコード(音声の記録媒体→音をつなぐ、編集することで新しい音楽を生み出す)
  • 保育園(子どもをあずかる→育てる場所に)
  • 会社組織(指揮系統のもとで一斉に動く→個々のつながりから何かを生み出す)
  • 食品パッケージ(おいしそうなイメージを伝える→より踏み込んだ情報を伝える手段に)

見たところバラバラな事例だが、話し合っているうちにおおよそ「もとの意味から違う意味へ転換しているもの」「もとの意味が拡張して別の意味が付け加わったもの」に分けられることが見えてきた。さらに、その新たな意味が行動や体験によってもたらされるか、情報によってもたらされるか……という観点でも分類できそうだ。

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模造紙の上に持ち寄った写真を貼り、関係性を見つけて書き込んでゆく

そんな調子で、続いては「デザイン態度が発揮されている例」を貼り出して関連性を見てゆく。
ここでまず挙がったのは、従業員向けポータルサイト内のキャラクターだ。堅い内容の記事もキャラクターを介すことで親しみやすくなっているというから、デザイン態度のうち、遊び心や共感性が活かされている例と言えるだろう。ほかには、オフィス内に固定席を設けず、各々が好きな場所で仕事に従事する「フリーアドレス制」にもデザイン態度が見出せそうだ。曖昧性や不確実性を許容し、場所の移動という五感を刺激する行動を伴う仕組みである。また、仕事以外の場面にも目を向けると、遊び心で子どもの食欲を刺激する「キャラ弁」、化粧水の本来の用途をずらして、寝癖直しスプレーとして使う裏技……などの例が挙げられた。
これらをデザイン態度の主体と目的に着目して分類すると、ポータルサイトのキャラクターの例は組織が個人をマネジメントするため、キャラ弁や化粧水の例は、個人が主体的に行う工夫といえそうだ。興味深いのはフリーアドレス制で、部署を超えてプロジェクトごとに仕事を進めやすいというマネジメントの側面と、従業員が主体的に快適な環境を選べるという個人の側面が両立している。

続いては、それぞれが考えてきた理想のビジョン、どんな社会を実現したいのかを共有する。このグループでは、以下のようになった。

  • 所属や役職などの立ち位置に関係なく個人と個人がネットワークでつながり、それぞれの役割を全うできる社会
  • コミュニティの中で子どもたちが健やかに成長できる社会
  • 時間や場所にとらわれず自由に働き、余暇も含め自分らしく生活できる社会

次に行うのは、これらの関係性を見出すだけでなく、統合していくという作業だ。バラバラに思えるそれぞれのビジョンだが、共通点や相違点に着目すると、既存の壁や枠組みを取り払うという側面と、個人対個人のつながりを大切にするという側面がありそうだ。

それでは、そんな社会に必要な未来のモビリティは、どんなメタファーで表すことができるだろうか。ワークはいよいよまとめに入ってゆく。

グループでは、二人の参加者が子どものいる家庭を想像していた。家族の中で誰も疎外感を感じなくてよい、こたつのようなモビリティ。あるいは、子どもの安全と親の安心を両立し、小回りのきく自転車の進化版のようなモビリティ。一方で、個人として自由に暮らしたいという観点からは、住居と移動手段を兼ねるゲストハウスのようなモビリティという案も出た。これらを統合することはできるだろうか?

話し合いの中で見えてきたのは、既存の施設や職場にとらわれず、人が集まったところが自然と仕事場や保育施設になる、あるいは逆に、家という単位で移動して好きな場所に住んだり、誰かに会いに行ったりするというイメージだ。それぞれの移動の自由を高めることで既存の場所や集団がもつ意味が解体され、その先に人と人との共感にもとづくつながりが生まれるのではないか。ここで思い出されたのが、デザイン態度のワークで議論したフリーアドレス制だ。社会の要請と個人の自己実現を両立し、フリーアドレスのように暮らすモビリティ社会……こんなメタファーはどうだろうか。

最後はグループ発表だ。他のグループからは、植物の根のような人と人のつながりを大切にする社会、回転寿司のようなモビリティ社会、カウンセリングのような車と、ユニークなメタファーが次々と飛び出した。

今回のワークショップでは、一見して関係がなさそうな、あるいは対立しているかもしれないもの同士のつながりを探るために、自然と視野が広がっていったのが印象的だった。それはつまり、ものごとや自分の願いの新しい側面、新しい意味に触れられたということかもしれない。ワークショップの終わりに、創発的統合によってもたらされる未来のメタファーについて八重樫は次のように語った。

「これからの社会や未来のモビリティについて、この短い時間だけではまだまだ想像しきれないと思います。統合のメタファーとして、カレーと豚カツを足してカツカレーにするというふうによく言われるのですが、私たちのめざす社会は単なる足し算ではないんですよね。上位概念になるようなものをみんなで考え続けていきたい。カツカレーのかわりに、どんなメタファーで表せるでしょうか。ぜひ考えていただいて、いいものがあれば教えていただきたいと思います」

WORKSHOP REPORTイメージ
カツカレーに代わるメタファーは?

conclusion

ワークショップを終えて

参加者の声

大類 恵さん

CCS本部ビジネスプロモーション部

大類 恵さん

マップマッチングの共同研究のメンバーで、それと並行してワークショップにも定期的に参加しています。今回一番印象的だったのは、「創発的統合」という言葉です。業務では子どもをもつ親御さん向けのサービスを考案していて、メンバーでアイデアを出し合う場面があるのですが、それぞれの意見を取り入れながらアイデアをブラッシュアップしていくことにいつも難しさを感じています。ワークショップに参加してみて、そこを乗り越えることの重要性や、そのためのヒントを学べました。参加者同士が交流することで意欲を高めあったり、情報交換ができるのもいつもありがたく感じています。

國本 篤矢さん

CSS本部シェアリングソリューション部

國本 篤矢さん

今まさに、部署内で意味のイノベーションを取り入れて新しい企画を立ち上げようとしていまして、今回はそのヒントをいただくために参加しました。デザイン態度をはじめ新しく知ることが多く、いろいろな知見や視点を持ち帰ることができそうです。支配や妥協をしないという前提があったおかげで、グループワークではみんなの意見をどうにかして取り入れようというポジティブな空気感が生まれていたと思います。誰かのものをみんなで作るのではなく、いろいろなバックボーンをもった人が集まって、それぞれが主体性を高めてゆくプロセスとして取り組めたのが良かったですね。

講師の声

八重樫 文

立命館大学 経営学部 教授

八重樫 文

どうしても技術や機能の話が中心になりがちなイノベーションというものについて、今回は意味の側面から考えるためのいくつかの観点をみなさんにお示ししました。その中でメタファーを取り上げましたが、実際にワークの説明の中でもカツカレーなどのたとえを使って、感覚的に理解していただくことを意識しました。何かの方法論を身につけるというよりは、メタファーを通じて今日この場でみんなの共通理解をつくることを重視する、センスメイキングと言いますが、そういう議論のあり方を学んでいただけたのではないかと思います。
グループワークでは、お互いに支配しない、妥協しないということもポイントでした。意味のイノベーションは個人の内発性から始まると言いましたが、結局のところ、組織の中でそれぞれが自分の意見に責任を持つということが仕事への自信につながり、ひいては企業の独自性というものにつながっていきます。今日の参加者の中には組織開発やマネジメントに携わる方もいらっしゃると思いますが、個人の内発性を軸としてどのように組織をまとめていくかという点でも、今回のワークショップをヒントにしていただければ幸いです。

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