立命館大学×アイシン 共同研究PROJECT DESIGN SCIENCE WORKSHOP立命館大学×アイシン 共同研究PROJECT DESIGN SCIENCE WORKSHOP

DXで人と組織を変革する

vol.15&16

データサイエンスとDX:データで「新しさ」を作る方法を考える

DXという旗印のもと、ビジネスにおけるデータ活用の重要性が盛んに叫ばれるようになっている。遡ればIoT化、IT化、OA化と、ビジネスを「デジタル化」しようという声自体は何十年も前から叫ばれ続けているが、日本社会の隅々にまでは根付いているとは言えなさそうだ。組織の中に眠るデータをつなぎ合わせ、課題解決やイノベーションにつなげるために、本当に必要なものは何だろうか?データに対する基本姿勢と、それを人や組織に広げるための方法について考えよう。

立命館大学と株式会社アイシンは、「人とモビリティの未来を拓く」というテーマを掲げて共同研究に取り組んでいる。その一環として、心理学から航空宇宙工学の専門家まで、多様なバックグラウンドを有する立命館大学デザイン科学研究所の研究者が、同社社員の皆さんにデザインサイエンスに関する考え方やノウハウを共有するのが「デザインサイエンスワークショップ」である。

今回は立命館大学 客員研究員・神戸大学 経営学研究科 准教授の原 泰史が登壇。データサイエンスとDXの考え方を学ぶオンラインレクチャーと、アイシン人材育成センターに集まってデータ活用についてディスカッションするワークショップの2回にわけて実施した。

原 泰史

講師プロフィール

原 泰史立命館大学 客員研究員・神戸大学 経営学研究科 准教授

国立豊田工業高等専門学校を卒業後、株式会社クララオンライン、一橋大学イノベーション研究センター、パリ社会科学高等研究院(EHESS)などを経て2022年より神戸大学 経営学研究科に着任。エンジニアリングをバックグラウンドとして、経営やイノベーションといった事象にデータサイエンスからアプローチしている。

「デジタル化=外付けするもの」はもう古い?

「デジタル化をしていきましょう、データを活用しましょうという話は何十年も前から、あちこちで耳にします。けれどずっと達成できておらず、言葉を変えて同じ議論が繰り返されているように感じます」

冒頭、原はこう切り出した。たしかに、「デジタル=新しくて良いもの」という観念が繰り返し唱えられる中で、私たちはデジタル化、データ活用あるいはDX(デジタル・トランスフォーメーション)という言葉の意味について深く考えることもなくなっているのではないだろうか。今回のオンラインレクチャーは、データを分析・解釈するデータサイエンスの基本的な姿勢やツールについて学び、そのうえでデータをどう活用するか、すなわちDXの勘どころに触れてゆく内容となっている。

本題に入る前に、日本における「データ化」の現状をおさらいしよう。ソフトバンクの人型ロボット「pepper」、さまざまな企業が取り入れ始めているAIを用いたチャットや電話対応など、日本企業でも「データ化」は進みつつある。しかし一方で、多くの企業はITシステムを内製化せずに外部調達している/したいと思っているという調査結果もあり、「多くの日本企業にとって、ITは面倒くさいもので、あくまで『外付け』するものになっているのでは」と原は指摘する。新しくシステムを導入しても、いまいち活かしきれずにお荷物になってしまうという「あるある」も、こうした傾向と関係しているだろう。

WORKSHOP REPORTイメージ
システムを外部調達する企業が多く、社内にデジタルスキルが根付いているとは言い難い

データ活用を実のあるものにするには、データを分析するとはどういうことなのかを知っておくことが必要だ。まずはその基本的な考え方やツールを知っておこう。

バラバラのデータをつなぎ、分析し、ストーリーに落とし込む

データ分析は今や企業の意思決定にも不可欠だ。以前は、経営学の文脈においては、企業や製品の成功要因を探るために、現場に足を運び、人に話を聞き、文献を調査するという定性的調査が主流だった。しかし最近では、「ひと、もの、かね、情報」という要素にまつわるさまざまなデータセットをつなぎ合わせて、定量的に成功要因を分析する手法が再び主流になりつつあるという。「ビジネスは現場に足を運ばなければわからないという声もありますが、私から見れば、現時点でデータがあればかなりいろいろなことがわかるようになっています。現場を見ることももちろん重要ですが、データ分析の技術を修得しておくに越したことはありません」。

そんなデータ分析に必要なものは3つある。すなわち、「データもしくはデータベースそのもの」「分析手法」「分析を行うためのツール」だ。

ビジネスに関わるデータベースは、論文データベースや特許データベース、POSデータやSNSなど有償・無償でアクセスできる商用データベースだけではない。企業内に蓄積されている仕入記録、機器の稼働状況、各種の業務ログ、メールや電話のやり取り記録なども重要なデータだ。もちろん、日々蓄積するデータの多くは、整理されていない非構造データ、あるいは半構造データと呼ばれる状態である。こうした雑多なものを含め、あらゆる社内データを一元管理する仕組み、例えばデータレイク(Data Lake)が必要だと原は言う。「数字になっていない、扱い方のわからないデータであっても、適切につなぎ合わせることで、経験と勘の世界から脱却することができるのです」。

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社内外のさまざまなデータを組み合わせることで、エビデンスに基づいた企業の意思決定が可能になる

分析手法やそれを実行するためのツールにはさまざまな種類があるが、ここではデータを扱う上で注意すべきポイントに触れておこう。そのひとつが「因果の識別」だ。よく用いられる例として、科学技術予算の推移と自殺数の推移のグラフがある。グラフに示された時系列データの変遷だけを見ると両者はよく似ていて、まるで「科学技術予算が増えれば増えるほど、自殺者数が増えている」ように見えるのだが、ちょっと待った。その2つの事象に本当に因果関係があるのか、あるいは偶然の一致なのかを見極める必要があるのだ。その見極めには専門的な手法を用いるわけだが、少なくとも、「グラフの形が似ている」だけでは因果関係があるとは言えないということは覚えておきたい。

これでデータ分析に必要なものは揃ったとしよう。さて、分析した結果を活かすためにもうひとつ足りないものがある。少し意外かもしれないが、それは「ストーリーテリング」だという。データから何らかのエビデンスを得られたとして、それを社内で共有するには、統計的な知識を持たない人にも伝わるような筋書きに落とし込んで伝える必要がある。こうした社内のコミュニケーションこそ、ITを内製化していくうえで見落とされがちだが最重要な要素といえそうだ。

DXとは、組織と人を改革する手段

さて、ここで話は最初の問いに戻る。これまでさまざまな用語でデータ活用の必要性が叫ばれてきたが、そのなかでも私たちが現在直面しているDX(デジタル変革)とはどんなものなのだろうか? 総務省によると、データ活用によって確立された産業を補助するデジタル化ではなく、「社会の根本的な変化に対して、既成概念の破壊を伴いながら新たな価値を創出するための改革」というのがその定義だ。これまで組織内でシステムを担ってきたデジタル人材が一線を退いていく一方、現実とデジタル空間を高度に癒合するSociety5.0の到来は待ったなしだ。まさに今年、2025年がDX実現のタイムリミットだとされている。

WORKSHOP REPORTイメージ
既存産業のデジタル化と、DX(デジタル変革)の違い
引用: McKinsey & Company「デジタル革命の本質: 日本のリーダーへのメッセージ」https://www.mckinsey.com/jp/~/media/McKinsey/Locations/Asia/Japan/Our%20Work/Digital/Accelerating_digital_transformation_under_covid19-an_urgent_message_to_leaders_in_Japan-jp.pdf [2025.03.11閲覧]

古くなった既存システムを外から持ってきた新しいシステムに丸ごと入れ替えることで変革が達成できるのであれば話は簡単だが、そうはいかない。ここまでで触れてきたようなデジタルスキルを持った人材を内製化し、企業組織自体を変革することがDX実現の重要なポイントとなる。原は個人的な理解として、〈データ活用によって社内を変革して、取引コストを最適化すること〉がDXの本質だとまとめた。であればこそ、組織を構成する一人ひとりがデータサイエンスを理解しておくことが重要になりそうだ。

目新しいデジタルツールを導入することは手段のひとつにすぎない。DXでめざすべきは、あくまで組織、そして人のあり方を改革することなのだ。

社内に眠るデータを活用し、課題を解決する方法を考える

オンラインでデータ活用とDXについての基礎を学び、組織の課題に目を向けることの重要性がわかってきた。続いてはいよいよ実践編。アイシン本社にて、社内でのDXの可能性を考えるワークショップが開催された。

「企業の中にはデータという宝が眠っています。これをただの石にしておくのではなく、ダイヤモンドにしていただきたい。今日はグループに分かれて話し合っていただきます」

というわけで今回は、以下の2つのテーマについて議論することになった。

  • データやデータ分析から、どのようにイノベーションを起こすか?
  • データやデータ分析によって解決したい事柄はなにか?

グループでいずれか1つのテーマを選び、まずは解決すべき課題や達成すべき目的を設定する。どんなデータをどう分析すればよいのか、それを実行するために社内のどんな要素が必要か(あるいは、障害になるのか)を考えてゆく。最終的に、社内の関係者を納得させられるだけのストーリーに落とし込むことも重要だ。

筆者もひとつのグループに参加させていただいた。アイシン社員であるメンバーの業務内容は、生産技術、職場風土の改善、業務効率化、新規事業開拓とさまざま。自己紹介がてらそれぞれが考えてきたテーマを出し合うなかで、業務上の課題や困りごとを中心に話題が進んでいった。たとえば、生産ラインでは、材料の特性から加工の際に加える熱の温度までさまざまなパラメータが存在する。最終的には完成した製品を計測にかけて性能を保証するが、各工程のパラメータと完成品の計測データを連結して分析することができれば、品質管理がより容易になるだろうとある参加者は言う。

WORKSHOP REPORTイメージ
ホワイトボードに課題を書き出してゆく

全員の関心を引いたのは、職場風土の改善に取り組む部署からの参加者の困りごとだ。現在の業務では主にマネジメント層への研修を行い、その成果を社内アンケート調査で測定している。社員一人ひとりの踏み込んだデータがあればさらに細やかな施策が可能になりそうだが、現在の部署では、人事評価や勤務時間などのセンシティブな情報にアクセスするハードルが高いのだと説明する。職場風土はどの部署にとっても身近なテーマだ。それでは、職場風土について各部署で共通する課題は何かと掘り下げていくと、中間管理職であるグループ長がとにかく忙しくて大変そうだというところで意見が一致した。

「どんな企業でも言えることですが、中間管理職が多忙を極めていると、一般社員の昇進へのモチベーションも下がります。逆にここを改善できれば、製品の品質向上にもつながる。この課題をもう少し噛み砕くと……、『グループ長が生き生きと働けるような職場風土づくり』、ということになるでしょうか」

ひとまず、解決したい課題が定まった。次はどんなデータを用いるかだが、グループ長の働き方の現状を把握するためには、まずは勤務時間や健康に関するデータが必要になりそうだ。さらに、各グループ長の経歴やグループメンバーのスキルに関するデータがあれば、グループ全体の風土や業務効率を知る手がかりになるだろう。

しかし、実際にデータを集めて分析するとなるといくつか問題がありそうだ。先程も話題に出たとおり、部署を横断して人事情報にアクセスするのはかなりハードルが高い。勤務時間のデータが取れたとして、そもそも各部署で業務内容が違うので、長い短いで単純比較できるようなものではない。経歴やスキルなどの情報は、まとまった形でデータ化されていない可能性もある。

情報へのアクセス権を含めた社内の体制を見直さなければ、この課題に本気で取り組むのは難しいのではないか……と議論が煮詰まってきたところで、グループワークはタイムアップとなった。

データを味方につけ、周囲を巻き込みながら組織の慣習を打破していく

いよいよグループ発表だ。他のグループが挙げた課題は「部署間や社内外の壁をなくしたい」「個々人のスキルをデータベース化して人員配置を最適化したい」「情報共有によって業務をよりスムーズに、高い成果を出したい」など。一方、イノベーションをテーマに選んだグループは「データ探索によって新規事業創出の狙い目を明らかにしたい」という目標のもと、特許や論文の引用数からアイシンの強みを客観的に明らかにするという内容で、こちらも説得力があった。

WORKSHOP REPORTイメージ
グループ発表では活発に意見や質問が飛び交った

最後に原は、組織や人の課題を扱ったグループが多かったことに触れて、次のようにワークショップを締めくくった。

「DXやデータ活用について考えていくと、結局は人や組織の問題に行き着くんです。とはいえ、これまでずっと続いてきた組織内の慣習を根本的に変えるのはなかなか難しい。だからスタートアップや社内ベンチャーといった形が議論されているわけです。一方、社内から組織を変えていこうとされるなら、皆さんが見つけた課題に周囲を巻き込んで、いかに組織のなかで正当性を担保していくかという視点が重要になります。統計的な厳密さはもちろん必要ですが、やってみないとわからないことも多い。まずは始める!という姿勢を持っていただけたら、今回のワークショップを開催した意味があったかなと思います」

組織の課題と向き合うことではじめて、データやツールを活用することができる。当たり前のことではあるが、変革に近道はないということがよくわかった。とすれば、組織という大きな岩を動かして新しい価値を生み出すには、さらに強力な武器を用意する必要がありそうだ。次回も引き続き原が登壇し、大企業でイノベーションを起こすための理論と実践をレクチャーする。

conclusion

ワークショップを終えて

参加者の声

永井一光さん

試作部

永井一光さん

業務でDX推進に関わっていて、ちょうど今回のテーマがDXだったので上司を説得して参加させていただきました。原先生のおっしゃるようにITやDXを冠した商材は多いですが、そうしたトレンドワードに惑わされない知識や判断力、それに目的意識をしっかり持つようにしたいです。グループワークを通して他部署の方々と共通の課題を共有できたのも良かったです。いくつかのグループで部署間の壁が課題として挙がっていましたが、実際に部署内でも情報の壁のようなものを感じることがあります。自分から進んで発信していくことで、そうした壁をなくしていけたらと思います。

久保孝行さん

ソフトウェア戦略推進部

久保孝行さん

実は以前からソフトウェア関係部署のスタッフのスキルデータベースを作っていて、現在は範囲を広げて2000人ぐらいのデータが集まっているのですが、ちょうどそれを分析していきたいというタイミングでこのワークショップを知り、参加しました。どの部署でもスキルがデータになっていないことに問題意識を持っていらっしゃる方が多くて、共感できました。原先生がおっしゃった「とりあえずやってみる」を実現するには、まだまだ組織としての柔軟性を高めていかなければいけないのかなと思います。今取り組んでいる人材の可視化をさらに進めて、次につながるひとつの成功例になるとうれしいですね。

講師の声

原 泰史

立命館大学 客員研究員・神戸大学 経営学研究科 准教授

原 泰史

データサイエンスやDXについての議論は、どうしても統計的な処理を行うためのソフトウェア・ソリューションや分析技法の話が多くなってしまいます。けれど、それだけでは実際に企業で働いている方々に響きません。最後に「DXは人の問題」という話もさせていただきましたが、まずはデータ活用が組織や人の働き方にどういう意味を持つのかを考えていただくのが今回の大きなねらいでした。
グループワークでは、企業内の課題から議論していただきました。普段はあえて口に出さないような身近な課題を言語化して共有すること自体に、まず大きな意味があったと思います。どの部署でも意外と同じような課題を抱えていることがわかったのは、新しい発見だったのではないでしょうか。その次にはじめて、どんなデータをどうつなぎ合わせればいいか、そのための障壁は何かという道筋が見えてきます。
DXを一朝一夕で実現することはできませんが、今回集まってくださったような現場の方々からのボトムアップの改善と、トップマネジメントによる全社的な改革がうまく噛み合うとうまくいくでしょう。アイシンの皆さんにはそのポテンシャルがあると感じています。

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