立命館大学×アイシン 共同研究PROJECT DESIGN SCIENCE WORKSHOP立命館大学×アイシン 共同研究PROJECT DESIGN SCIENCE WORKSHOP

”内”と”外”の視点でジレンマを乗り越えろ

vol.17&18

イノベーション:「新しいこと」をいつでもどこからでも創る方法

たとえば今、手のひらの上にアイデアの種が乗っていたとしても、それを育んでいくには数々の制約や障害がついてまわる。組織が大きくなればなるほど説得すべき相手は多くなり、アイデアが革新的であればあるほど理解を得るのは難しくなる。まだ形になっていないアイデアを価値づけし、推進するための資源を得るにはどうすればいいのだろうか? イノベーションを実現するための道筋を探求してみよう。

立命館大学と株式会社アイシンは、「人とモビリティの未来を拓く」というテーマを掲げて共同研究に取り組んでいる。その一環として、心理学から航空宇宙工学の専門家まで、多様なバックグラウンドを有する立命館大学デザイン科学研究所の研究者が、同社社員の皆さんにデザインサイエンスに関する考え方やノウハウを共有するのが「デザインサイエンスワークショップ」である。

今回は、第16回・17回に引き続き、立命館大学 客員研究員・神戸大学 経営学研究科 准教授の原 泰史が登壇。イノベーションに関する理論を学ぶオンラインレクチャーと、アイシン本社でのワークショップの2回にわけて実施した。

原 泰史

講師プロフィール

原 泰史立命館大学 客員研究員・神戸大学 経営学研究科 准教授

国立豊田工業高等専門学校を卒業後、株式会社クララオンライン、一橋大学 イノベーション研究センター、パリ社会科学高等研究院(EHESS)などを経て2022年より神戸大学 経営学研究科に着任。エンジニアリングをバックグラウンドとして、経営やイノベーションといった事象にデータサイエンスからアプローチしている。

クローズドイノベーションからオープンイノベーションへ

デザインサイエンスワークショップでは、これまでもさまざまなアプローチでイノベーションを起こす方法について学んできた。今回の目標は、イノベーションを促進する要素や足かせになる要素、さらには外部リソースの活用について考え、実現性の高いビジネスプランをつくることだ。オンラインレクチャーでは理論編として、イノベーションに関する基本的な理論を学んでいく。

「経済学・経営学の世界では、いかにイノベーションを起こすのかというテーマについて100年ほど前から議論されてきました。今回はその理論を包括的に説明し、次回のワークショップでそれをもとにビジネスプランを考えていただきます。『机上の空論』のように思われる学術議論を、みなさんの職場に持ち帰って役立てていただければと思います」

これまでのワークショップでも学んできたとおり、イノベーションとはなにかを説明するなら「世の中に変革を起こすような新しい価値を提示し、普及させること」といったふうにまとめることができるだろう。しかし一般的には、アップルのiPhoneやテスラの電気自動車など「モノ」にまつわるイメージが強い。イノベーションの定義について、その概念の生みの親である経済学者のシュンペーターは「新規の、もしくは、既存の知識、資源、設備などの新しい結合」と説明している。原によると、1958年の経済白書で「技術革新」と訳してしまったことが誤解の始まりだという。「イノベーション=技術革新」という思い込みを頭から追い出して、その潮流の変遷についてざっと振り返ろう。

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シュンペーターによるイノベーションの定期

20世紀に主流だったのは「クローズドイノベーション」、つまり、技術開発や製品開発を自社内に集約するモデルだ。自動車で考えると、多岐にわたる部品製造の技術を持つ工場をグループ化して一気通貫の生産体制を敷き、大量生産によってスケールメリットを得る。もう少し踏み込んで説明するなら、製造工程を原料の調達から生産・マーケティングまでを垂直統合することで取引コストの最適化をめざすモデルだと原は言う。たとえば、新製品の開発にあたって、外注先から新しい部材を調達すれば、その度に価格交渉や品質管理のコストが発生する。また、そうした新しい部材がどのような質なのかも不確かである。工程を内製化するとともに多数の製品で共通の部材を用いるようにすれば、ある程度コストを最適化できるだろう。しかし、大量生産・大量消費を前提とするモデルには当然ながら限界もある。

そこで、21世紀のはじまりから提唱されているのが「オープンイノベーション」だ。オープンイノベーションといえば、とくに大学が有する研究成果を企業が取り入れて製品・サービス開発につなげるような産学連携がまず思い浮かぶが、実はそう単純ではないと原は言う。

「オープンイノベーションには、イノベーションの種を外から取り入れるだけでなく、自社から外に出すという側面もあります。自社で開発したものをうまく市場に乗せることができなかった場合、他に市場を持っている企業に渡してしまう。あるいは、社内ベンチャーのような形もありえます。そうすると、企業が外部の知見を取り入れる吸収能力はもちろん、組織自体の流動性や知的財産の扱いも議論に入ってきます」

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オープンイノベーションを成功させるには、企業の吸収能力が求められる

入口、出口ともにオープンであることが重要なのはわかった。しかしそうすると、自社の何をイノベーションのよりどころと捉えれば良いのだろうかという次の疑問が湧いてくる。これにはリソース・ベースド・ビュー(Resource Based View)という考え方があり、自社のリソースの希少性・模倣困難性が自社の優位性につながるという。つまり、長い時間をかけて蓄積されてきた技術や、人間関係や社会的関係に依拠したノウハウなど……他で代替することが困難なリソースが自社にあればこそ、オープンイノベーションにも価値が生まれる。

イノベーターのジレンマと、それを乗り越える2つの理論

話題はイノベーターが直面するジレンマへと移る。イノベーターのジレンマとは、ある業界で成功を収めた企業がその成功体験ゆえに、後発の企業によるイノベーションに遅れを取ってしまうことと説明される。大企業にとっても、場合によっては致命傷になりうる問題だ。

破壊的イノベーションの代表例として、原はアップル社のiPhoneやテスラの電気自動車などを挙げる。2000年代の後半、iPhone の登場時「ガラケー(フューチャーフォン)」を開発していた多くの日本の電機メーカーはiPhone の性能や商品価値を軽視していた。それ故に、日本の携帯電話市場は変化しないと考えていた。しかし、iPhoneは従来市場に存在していたガラケーに性能面で劣っていたかもしれないが、新たな価値を提供することで既存の顧客や、従来製品やサービスを受益していなかった顧客層をも満足させてしまった。長年の蓄積を持つ企業が技術開発によって性能や品質を向上させるよりも圧倒的に速いスピードで、顧客の行動そのものを変えてしまったのだ。

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破壊的イノベーションは顧客の価値観を変えることによって起こる

すでに市場で成功を収めた大企業がイノベーションに手を出しづらいのには理由がある。新たに小規模な市場を開拓しても、大企業の成長ニーズを満たせないこと。世の中にまだ存在しない市場は分析のしようがなく、意思決定の秤に乗せられないこと。すでにある価値を無価値に転換してしまうおそれがあること……。

こうしたジレンマを乗り越える処方箋はあるのだろうか? 原はここで、2つの理論を挙げた。ひとつは「両利きの経営」。企業経営において、専門領域外の知見を積極的に取り入れる知の探索と、専門領域をさらに深め・伸ばす知の深化の両軸が必要だとする考え方だ。人も企業も自分が知っていることの方が注力しやすいため、知の深化に固執してしまう傾向がある(コンピテンシートラップ)。これを乗り越えるためにあえて普段とは違うことをしたり、普段は会わないし、あるいは合わない人に会いに行ったりすることで、知の探索のほうに舵を切る。新しい刺激を得ることでイノベーションにつなげる、ここまでは想像しやすいだろう。けれど、実際に「新しいこと」に着手するのは、組織内では簡単ではない。資源を投入するに足る正当性があるかを常に問われるからだ。そこでもう一つの処方箋、「資源動員の正当性」だ。

「良い技術を開発すればそこに投資してもらえると考えるのは、技術者の希望に過ぎません。イノベーションに必要な資源を社内で得るには、『正当化』のプロセスが大切になります。一方で、周りの誰もが反対するようなアイデアこそ、実現すれば大きな成果につながるという傾向もあります。いろいろなヒット商品のアイデアが生み出されてから実際に発売されるまでの期間を調べてみると、開発段階で寝かされている期間が長いものが意外と多い。それだけ敵だらけの状況を乗り越えてきたといえます」

新たな機能やサービスは、はじめは限られた誰かにとって切実に必要なものであることが多いかもしれない。だが、それ故に、それ以外の人にその重要さを説明するのは難しい。そこで、「創造的正当化」が必要だと原は言う。イノベーションに必要な資源は、「潜在的な支持者の数」「支持者の出現率」「支持者一人あたりの資源動員量」の掛け算で決まる。資源の総量を増やすには、たとえば以下のようなアプローチが考えられる。

  • アイデアの汎用性を高め、より多くの人の支持を得る
  • 新たな支持者に出会うため、これまでとは違った場所に訴求しに行く
  • 特定の支持者にとっての「推し」になることで、より多くの資源を動員してもらう

極端に言えば、ごく少数であっても強い力をもった支持者を味方につければ実現性はぐんと高まる。企業であれば、経営層に訴えかけることができるかどうか。あるいは、意外なところでつながった意外な支持者が強い味方になってくれる展開もありうる。そう考えると、イノベーションはアイデアのみにあらず、支持者との相互のやり取りによって徐々に形を成してゆくものとも言える。

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イノベーションに必要な資源動員量は、掛け算で決まる

イノベーションに関する理論をざっと教わってみると、優れたアイデアを出すばかりではなく、実現に向けて足元を固めていくのがいかに大切かということがわかってきた。次はいよいよ、実際にビジネスアイデアを考えるワークショップだ。

現場のモヤモヤやアイデアの種から、実現可能なビジネスプランを考える

アイシン本社で開催されたワークショップは、アイシンで新しい事業を始めることを想定し、実現可能なビジネスプランをグループで作っていくというもの。レクチャーで学んだとおり、核となるアイデアだけでなく、社内で予算や人員を得るに足る正当性を説明することも必要だ。

グループワークに入る前に、道具立てとしてさまざまなフレームワークを紹介。PEST分析、3C分析、SWOT分析などなどフレームワークを用いることで、自社の強み・弱みや競合の存在など市場環境を整理しながらビジネスプランの土台をつくることができる。ぜひ活用したいポイントだ。

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グループワークの出発点として、各自が持ち寄った職場でのモヤモヤやアイデアの種を共有して、グループ分けしてみる。参加したグループでは、地域課題をモビリティで解決するアプローチや水素ステーションに関する課題など、ビジネスに直結しそうなアイデアの種も出てきたが、より身近で普遍的な日常業務に関わる課題に注目してみることになった。

  • 社内でオープンイノベーションのマインドをどう作っていくか
  • 通勤時のストレスを解消したい
  • 社内でギグワーク(単発的なスキルの貸し借り)をできる仕組みを作りたい

これらの案に絞って話していく中で出てきたのが、「提携企業と駐車場やサテライトオフィスをシェアすることで、通勤時のストレスを減らす」というアイデア。外部と接点を持つことで社内にはない刺激を得ることにもつながりそうだ。けれど、ここで競合他社が問題になる。県下では名古屋にできた大規模なオープンイノベーション拠点がコワーキングオフィスを提供しており、単に場所をシェアするだけではアイシンとしてどんな価値を提供できるのかがいまいち明確化できない。

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思いついたアイデアや課題を付箋に書いて出してゆく

ディスカッションが進むきっかけになったのは、「いっそのこと、生産ラインを貸し出してしまえば……?」というあるメンバーの一言。なるほど、それならアイシンの強みを活かすことになる、と納得した他のメンバーもこのアイデアに乗っかっていく。スタートアップやフリーランス向けに、オフィスだけでなく社内の空いている生産ラインや試作工場を貸し出せるようにする。設備だけでなく社員が持っているノウハウもギグワーク的に提供する。社内に眠っているリソースを活用して利益を生み出す仕組みなので、導入のハードルは低そうだ。スタートアップを通して新しい価値を社内に取り入れることにもなるから、オープンイノベーションの新たな拠点を社内に持つことにもなる……とトントン拍子に話がまとまっていった。

サービスの名称は、レクチャーで登場したリソース・ベースド・ビューから取って「Resource Base」だ。

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当日のグループワークをもとに、ビジネスプラン「Resource Base」を3C(Company, Customer, Competitor)に落とし込んでみた

内部と外部の視点を持ち、調和させることで企業は強くなる

いよいよ各グループによる発表だ。生み出されたビシネスプランは、工場から出る排熱の再利用、駐車場の空きを案内するシステム、部署を横断した社内の総合案内システム、DXと組織変革のコンサルティングといった内容。社内課題の解決手法を外部に展開することで収益化する、という点で共通する結果となった。「Resource Base」の発表に対しては、「明日にでも実現できそうなプランですが、社内で障害になりうる要素はありますか?」と原。外部の人に社内設備を貸し出すということで、セキュリティなどの課題を洗い出すことができそうだ。ともあれ、実現性の高そうなプランにまとめることができて、一同胸をなでおろした。

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発表の様子

頭をフル回転させたワークショップの最後は、原からのコメントで締めくくられた。

「社内のリソースを外に展開してゆくというアプローチは大企業ならではで、市場に足りないものに注目するスタートアップのイノベーションとは真逆の発想です。どちらが良いというわけではなく、どちらも視野に入れたうえで、どうやって自社の優位性を高めてゆくのかを考える必要があります。それと、今回はみなさんの現場の視点が活かされていましたね。日々の業務で感じる課題感を自分たちの行動様式や企業の課題とつなげ、その先の市場とどうハーモナイズさせるかという視点も重要です。
『イノベーションとは、現状と理想のギャップを埋めてゆく作業にほかならない』という言葉があります。それを他社に先んじて行うことで、チャンスが生まれ、企業として成長できる。本日の学びを持ち帰って、実践していただければと思います」

conclusion

ワークショップを終えて

参加者の声

加藤尊美さん

製造統括部

加藤尊美さん

仕事で抱えているいくつかの課題を解決するヒントをつかめればと思い参加しました。原先生のお話を聞いて、「イノベーションを外から取り入れる」という発想や「市場に足りないものを提供する」という視点が自分の中に足りなかったことに気付かされました。どうしても「車」中心に考えてしまうところがあるので、今日の反省を活かして抜け出したいですね。こうして一堂に集まってみると、同じように考えてすでに行動し始めている参加者の方とつながることもできて刺激になっています。もっといろいろな部署から参加する方が増えて、社内にイノベーションの考え方が浸透しくることに期待しています。

本田 勲さん

E-VC事業戦略部

本田 勲さん

新規事業を考えるヒントになればと思ったのと、イノベーションという言葉でどんな人が集まってくるのかにも興味があって参加しました。グループワークを通じて参加者のみなさんが「会社をどうにかしたい」というマインドを持っているのが伝わってきて、十分何かを起こせそうだと思いましたね。実際に何かを始めるとして、原先生のおっしゃる「正当性」の大事さは自分も実感するところがありました。あとは、フレームワークをうまく使いこなせるようになりたいですね。今回の内容を参考にさせていただいて、自分の部署でもグループワークをやってみたいと思っています。

講師の声

原 泰史

立命館大学 客員研究員・神戸大学 経営学研究科 准教授

原 泰史

アイシンさんのような大企業では、うまくいくかどうかわからない、既存のビジネスを毀損してしまいかねないイノベーションはなかなか起こりづらいのが現実でしょう。けれど、外部の変化に対応するためには、内部から新しいものを生み出す力を持っておくことが必要です。今回は、どうすれば新しいものが生み出せるのかを考える力をつけていただければと思い、レクチャーとワークショップを組み立てました。
前半のレクチャーは、実際に神戸大学のMBAで教えている講義内容をほぼそのまま持ってきて理論を学んでいただきました。後半は、業務の中のモヤモヤやアイデアの種を軸に考えていただいたので、実感を持って取り組んでいただけたのではないでしょうか。そこで課題として見えてきたのは、「知の探索」の部分でした。どのように外部の視点を持ってきて内部のリソースとつなぎ合わせるのかを課題として持ち帰っていただくと、良いビジネスアイデアを生み出すヒントになるのではないかと思います。
もうひとつ、こうした場をきっかけにして、多様な視座を持つトレーニンをしていただくといいでしょう。自分の部署だけでなく会社全体の動きを見ることができる人が増えれば、組織としてさらに成長できると感じました。

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