立命館大学×アイシン 共同研究PROJECT DESIGN SCIENCE WORKSHOP立命館大学×アイシン 共同研究PROJECT DESIGN SCIENCE WORKSHOP

創造的な組織は計画よりも価値観で動く

vol.24&25

創造性を組み込んだ経営管理の在り方を考える

経営管理、あるいは管理会計という言葉を聞いてどんなイメージを思い浮かべるだろうか。デザイン思考やイノベーションとは距離があるように感じる人もいるかもしれない。一方で、イノベーションを育む土壌としての組織の在り方が何より重要であることは、これまでのワークショップで何度も触れられてきたとおりだ。ものづくりから少し視野を広げて、組織をデザインすることについて考えてみよう。

立命館大学と株式会社アイシンは、「人とモビリティの未来を拓く」というテーマを掲げて共同研究に取り組んでいる。その一環として、心理学から航空宇宙工学の専門家まで、多様なバックグラウンドを有する立命館大学デザイン科学研究所の研究者が、同社社員の皆さんにデザインサイエンスに関する考え方やノウハウを共有するのが「デザインサイエンスワークショップ」である。

今回は、立命館大学 経営学部 教授の堀井悟志が登壇。経営管理に創造性が必要な理由やその設計方法について学ぶオンラインレクチャーと、アイシン本社でのワークショップの2回に分けて実施した。

堀井悟志

講師プロフィール

堀井悟志立命館大学 経営学部 教授

京都大学大学院で経済学博士の学位を取得。2008年に立命館大学に着任、2016年より現職。専門は管理会計論、予算管理論。顧問を務める株式会社メイドー、尾張精機株式会社をはじめ、実際に多数の企業に赴き、課題の整理とその解決策の検討・提言を行っている。そのなかでも近年力を入れているのが、経営管理にイノベーションやDXといった創造性をいかに組み込むかというテーマである。

経営管理に創造性を組み込むことで、高付加価値な新領域を開拓する

これまでのワークショップでは、組織の問題を「イノベーションを起こすために乗り越えるべき課題」として扱う場合が多かった。しかし、経営の視点に立つと、企業にとってのイノベーションの必要性や、組織内で創造性をどう活かしてゆくかという視点も非常に重要だ。今回、前半のオンラインレクチャーでは、「創造性」をキーワードに、日本の企業の現状や経営管理の設計方法を学んでゆく。

本題に入る前に、アイシンの経営の現状や今後の方向性はどうなっているのだろうか。堀井は「あくまで、外から見た場合にどう見えているのか、ということです」と前置きして、アイシンの財務データや決算説明会資料から現状を整理した。

アイシンの営業利益率は4%程度で、製造業全体で見るとやや低いが、自動車業界としては一般的な水準である。そこで気にかかるのが、利益をどのように投資しているかだ。堀井がまとめた資料によると、意外なことに設備投資には保守的な一方で、研究開発費に積極的に投資していることが伺えるという。

「生産それ自体よりも、研究開発で優位性を生み出していこうとする姿勢が見て取れますね。HEV、BEVなどをはじめ、今後成長が見込まれる分野に投資することで、将来的に高付加価値・高利益率化につながってゆきそうです。ともあれ現状としては、その原資はスケールの大きな既存ビジネスが担っているので、まさに今、組織として創造性の強化が求められている局面なのではないでしょうか」

事業や活動ごとの利益率の違いは、企業活動にとって重要な指標となる。かつてはバリューチェーンの中間に位置する加工組立が高い利益率を生むとされてきたが、昨今はそれが逆転して、むしろ川上の素材・資源、企画や川下のサービスで利益率に差がつくとされているという。組織に「創造性」が求められるのはまさにこのためで、企画力やサービスの独自性こそが利益率に直結するからだ。製造業であっても基本は変わらない。企画・サービスそのものを顧客に提供するわけではなくても、企画力を発揮してビジネスプロセスを変革することが利益率の向上につながる。

WORKSHOP REPORTイメージ
今日の利益率の分布は、にっこり笑った口元のような「スマイルカーブ」を描く
出典:山根・太田・村上(2019)『ビジネス・アカウンティング』(第4版)

組織に創造性を取り入れ競争力を高める手段として、堀井はDXに注目する。しかしその現状は明るいとは言えない。

DXと一口に言っても、その内実はデジタル技術の話とデータ活用の話に大きく分けられると堀井は言う。日本企業においては、DXのお題目のもとでデジタル技術を使うことが目的化してしまっており、データ活用によるビジネス変革の視点が抜け落ちていることが多い。実際に堀井が2022年に行った調査では、生産ラインで画像認識技術、研究開発系で機械学習が使われているものの、それ以外ではDXはあまり進んでいないということが明らかになった。とりわけ、データ活用は多くの日本企業にとって苦手分野のようだ。

調査から3年経った今、AI活用が進んでいる企業では、全社的なデータプラットフォームや外部データベースに接続したAIが自動でデータを分析し、その結果を意思決定にフィードバックするという流れができつつある。一方で、AIを何のために使い、そのためにどんなデータベースやアルゴリズムを整備するかという構想を描くのは人間の仕事だ。創造性をもった「人」と「組織」をいかに培ってゆくか、課題はやはりそこに行き着くのである。

計画よりも価値観やコミュニケーション。変化に柔軟に対応できる組織とは

さて、本題はここからだ。経営管理の視点で組織に創造性を根付かせるには、どうすればよいのだろうか。言い換えれば、創造性を生み出すような行動パターンを組織に根付かせるための仕組みづくり、ということになる。

組織設計は「タスク」「権限」「責任」の3つの要素に分けられる。「タスク」の設計は、ビジネスモデルの策定、中期計画、資源配分などを思い浮かべるとわかりやすいだろう。それに比べて「権限」と「責任」の設計は見落とされがちだ。ただ権限を与えてそれに見合った責任を負わせるだけでなく、「情報の流れ」をいかに設計するかがポイントとなる。判断材料となる情報が得られてこそ、権限を有効に行使できるからだ。そういった意味で、会議や飲み会といった情報が流通する「場」のデザインが重要だと堀井は指摘する。

これを踏まえて、創造性を発揮しやすい組織について考えてみよう。

組織のあり方は、「機械的組織観」「有機的組織観」の2つに分けられるという。誤解を恐れずに、極端に言えば、機械的組織観とは、トップの意思決定を従業員が実行する組織のあり方で、従業員のミスを最小限にするためのマネジメントが求められる。月や年で区切られた計画を遂行していくため、将来の予測が立つ環境に有効だが、従業員それぞれが主体的に動く必要がなく、創意工夫が生まれづらい。一方、有機的組織観は、将来が見通せない不確実な状況で価値を発揮する。トップダウンの計画ではなく、基礎となる考え方を共有したうえで、従業員それぞれのアイデアや能力を積極的に活かすことで変化に柔軟に対応するタイプの組織だ。価値観の面では、金銭的な達成よりもやりがいを、結果よりも過程を重視する。

WORKSHOP REPORTイメージ
計画を重視する機械的組織観は、整然として安定的だが創造性が生まれる余地が少ない。変化の激しい環境では、有機的組織観を取り入れることが必要だ

従来より、多くの日本企業は言うまでもなく機械的組織観を中心に回っていた。しかし、不確実性が高い社会環境にあって、有機的組織観に舵を切る必要性は高まっている。となれば、AIでタスクを効率化するだけでなく、「権限」「責任」「情報の流れ」を再設計して従業員それぞれが能力を発揮できる環境をつくることこそ重要であることがわかるだろう。

「有機的な組織では、予算管理のあり方も変わってきます。年度ごとに達成度を測って評価の指標とするだけでなく、達成できなかった場合に、そのことにどんな変化を見出し、これからどういう方向をめざすべきかを話し合う、双方向型のコミュニケーションの機会にすることが肝心です。固定的な計画や目標ももちろん必要ではあるのですが、計画どおりに進まない場合に、柔軟に目標を立てなおす、言い換えると、将来を描く場を設けることで、組織の新しい能力が発掘されるのです」

ここで一度、創造性を組み込んだ経営管理のポイントをまとめておこう。

  • 固定的な目標に対する達成度それ自体よりもビジョンや価値観を共有し、そのなかで各々が視野を広げ、意思決定にコミットできるようにすること
  • 水平的コミュニケーションによって新しい関係性を構築すること
  • それらを実現する目標設定や、制度、場、スタイルを構築すること

企業、人、情報、それらの有機的な結びつきをデザインすることこそ、経営管理の設計の肝といえそうだ。

組織を変革する、新しいマネジメントの仕組みを考える

オンラインレクチャーで学んだ経営管理という視点を踏まえて、後日、アイシン本社でワークショップが開催された。アイシンの各部署から集まった参加者に向けてレクチャーの内容を振り返りつつ、堀井は改めて2つのことを強調した。

「組織に変革を取り込むには、まずは視野を広げることが大切です。これまでにいろいろな経営者の方々と話をしてきて感じたのは、とにかくなんでも知っている、よく勉強されているということです。それだけの知識があればこそ、いろいろなものごとをつなげて考えることができます。普段から、生活の中でさまざまな情報を収集するような意識をもつことが大事なのだと気付かされます。

あとは、覚悟を持てるかどうかです。誰にとっても変化は怖いことかもしれません。そこにあえて飛び込む覚悟を会社として持つのはもちろん、従業員に当事者意識を根付かせるということが必要です。そのために、レクチャーでもお話ししたようなビジョンや価値観、コミュニケーションが必要なのです」

全員が経営者の視点を持って動くことができるかどうかがマネジメントの基本であり、その手段として経営管理がある、と堀井は言う。というわけで、グループワークでは、経営管理の仕組みのデザインについて考えることになった。

WORKSHOP REPORTイメージ
アイシン本社で行われたワークショップ。レクチャーの内容を改めて振り返り、参加者からの質問も飛び交った

グループワークでは2つの課題に取り組んだ。最初の1つは、アイシン社内のマネジメントの新しい仕組みを考えるというものだ。会議体など情報共有の場、ビジョン、人事評価、あるいは部門間のデータ連携など、実現方法はなんでもいい。グループに分かれて現状の課題を整理して、あるべき姿から必要な手段を考える。

筆者が参加したグループでは、例えば新しい社内システムを導入するなど複数の部署が関わる場面で、意思決定に時間がかかることが課題として挙げられた。これを突き詰めてゆくと、各部署が日常的にどんな課題を抱えていて、社内システムに何を求めているのかという情報が見えづらいことに問題がありそうだ。これを解決するために、イメージとしては、各部署のオペレーションに関わるデータに課題感や愚痴のような情報をタグ付けして集約することを考えた。各部署から日常的に上がってくるデータをAIで要約することで、最終的な意思決定を補助することができないだろうか……。

この発表への評価はいかに。堀井は、製造データや設計データを他部署と連携していかに使いこなすか、という点に見どころがあると評した。会計管理の視点では、実は、会計データとそれ以外の現場のデータをうまく連携している例はあまり見られないという。ここがつながれば、原価や利益率と現場のオペレーションの相関関係が明瞭になり、素早い意思決定にもつながるかもしれない。

他のグループからは、従業員のエンゲージメントを上げるために部署間ローテーションや社内アンケートの方法を変える案、本来の業務とは別に、他部署とコラボして新事業をつくるための余白の時間を毎週1日設ける案などが挙がった。それぞれの提案に対して、堀井は注目すべき着眼点や他社の事例を紹介してコメントを返してゆく。そこから参加者が抱えている課題感や社内ですでに始まっている取り組みにも話が及び、短時間ながら濃い意見が交わされた。

WORKSHOP REPORTイメージ
グループ発表にコメントする堀井

経営視点でサステナビリティの戦略を考案する

2つ目の課題は少し変化球で、価値の対立をきっかけとして創発的に戦略を生み出すというもの。具体的には、サステナビリティをいかにビジネス戦略に結びつけるかを考える。CO2排出量の削減目標をはじめ、サステナビリティは製造業を取り巻く環境に大きな存在感を発揮している。しかしここで、経営者の視点として考えるべきは、「サステナビリティを推進することでどんなメリットを得られるのか」だ。顧客へのアピール、自社のコスト削減、さまざまな視点が考えられるが、アイシンではどんな戦略が有効だろうか?

グループ内で挙がったのは、一度使い終わった製品を回収してリサイクルする、生産ラインの排熱をエネルギーとして活用するなど、モノとエネルギーを循環させるアイデアだ。限られた時間だったため戦略というレベルまで話を進めることができなかったが、堀井からは「問題は自動車部品の回収を自社で行うことができるかどうかですが、サプライヤーとしていかに最終消費者と接点を持つかという切り口で考えると、面白い戦略が生まれそうです」というコメントをもらった。逆転の発想だ。

他のグループからは、実現性が高そうなアイデアや意見も挙げられた。たとえば、アイシン社内ではすでにサステナビリティに資するような製品開発も進められているが、技術力のPRがまだまだ追いついていないとの指摘だ。たしかに、「耐久性が高いアイシンの製品だからこそ、再利用が可能」ということが言えるようになれば、自社で回収せずとも大きなメリットを生みそうである。このように少し視野を広げてみると、やるべきこと・できることはいくつでも見つかりそうだ。

最後に堀井は、「経営管理の視点を、日々の業務や生活で捉える際の参考にしていただけるとありがたく思います。同じ業界で顧問をしているので、今後も皆さんとご一緒できることを楽しみにしています」と締めくくった。

conclusion

ワークショップを終えて

参加者の声

大井康平さん

解析技術部

大井康平さん

製品開発プロセスにデジタル技術を取り入れて効率化する取り組みを行っていて、今回のテーマがまさにマッチしそうだと感じて参加しました。管理や計画にこだわりすぎると創造性を邪魔してしまうという話はまさに自分が感じていたとおりで、専門家の先生から聞くことができて納得できました。創発的な取り組みをどう評価すべきかという点も、まだはっきりと答えがでていないのだと知れて良かったです。グループワークでは設計部署の方がとてもたくさんのアイデアを出してくださったのが印象的でした。こうしたアイデアをもっと活かせる仕組みの必要性について改めて考えるきっかけにもなりました。部署に持ち帰って実践していきたいです。

古河 晃さん

ソフトウェア基盤技術部

古河 晃さん

自分は管理職なので、方針管理などについて改めて学ぶ機会になればと思い参加しました。私は何事も実際に体験して理解したいタイプなので、レクチャーでアイシンの現状分析から話してくださったのが、とてもわかりやすくて助かりました。ワークショップでも、要所で他社の事例を取り上げてお話してくださったのが勉強になりましたね。グループワークはいろいろな人の話を聞けるのが面白いところですが、自分自身ももっと発信できるようにならなければと改めて感じました。目標を柔軟に変化させることと長期的な視点を持つことを両立させて、仕事に活かしていきたいと思います。

講師の声

堀井悟志

立命館大学 経営学部 教授

堀井悟志

経営管理については、すでにある整えられた仕組みが唯一の正解だと思われがちなのですが、必ずしもそうではありません。機械的な組織にはネガティブな側面もあるし、逆に、そうした枠組みを取り払った経営のあり方も存在します。それが価値観やコミュニケーションといったところに現れるのですが、それだけでも不十分で、ベースとなるのは従業員の方々一人ひとりに視野を広げていただくことだと思っています。今回のワークショップをとおして、そうしたことに気づいていただけたなら嬉しいです。
グループワークでは皆さんのいろいろな声を聞くことができて、私自身とても興味深かったです。ただ、アウトプットとしてはまだ既存の枠に収まってしまっているように感じるところはありましたね。一人ひとりがもっと自由に考えを表現できるような仕組みや組織の仕組みがあれば、企業としてもさらに大きく羽ばたくことができるのではないでしょうか。今日参加いただいた皆さんには、そんなふうに組織を変える起点の一人になっていただきたいと思います。障害は多いと思いますが、立ち止まるのではなく、それを乗り越える方に一歩踏み出されることを期待しています。

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