立命館大学×アイシン 共同研究PROJECT DESIGN SCIENCE WORKSHOP立命館大学×アイシン 共同研究PROJECT DESIGN SCIENCE WORKSHOP

仕様書に載らない「熱」を分かちあう

vol.26&27

アジャイル開発とスクラム:製品とチームづくりの実践知

ビジネスの場面で「アジャイル」という言葉を耳にすることが多くなった。プロジェクトを走らせながら柔軟に修正を加えてゆくというなんとなくのイメージは思い浮かぶものの、実際にはどんなもので、今なぜ多くの企業が必要としているのだろうか。アジャイルによる製品開発の手法を踏まえつつ、さらに一歩踏み込んで、ビジョンを共有するチームづくり、そして人から人へ思いを手渡す「実践知」としてのあり方に迫ってみよう。

立命館大学と株式会社アイシンは、「人とモビリティの未来を拓く」というテーマを掲げて共同研究に取り組んでいる。その一環として、心理学から航空宇宙工学の専門家まで、多様なバックグラウンドを有する立命館大学デザイン科学研究所の研究者が、同社社員の皆さんにデザインサイエンスに関する考え方やノウハウを共有するのが「デザインサイエンスワークショップ」である。

今回担当するのは、株式会社永和システムマネジメント 社長の平鍋健児。アジャイル開発の代表的手法であるスクラムの基礎を学ぶオンラインレクチャーと、アイシン本社でのワークショップの2回に分けて実施した。

平鍋健児

講師プロフィール

平鍋健児株式会社永和システムマネジメント 社長

アジャイル開発の草創期からその思想に惚れ込み、書籍や自らの実践を通じて日本に紹介してきた。現在はソフトウェアの受託開発を手掛ける永和システムマネジメントにおいてアジャイル開発を推進しながら、国内外でモチベーション中心チームづくり、アジャイル開発の教育普及に努めている。アジャイルに影響を与えた経営学者・野中郁次郎氏とも親交が深く、共著に『アジャイル開発とスクラム 顧客・技術・経営をつなぐ協調的ソフトウェア開発マネジメント』がある。アジャイルジャパン初代実行委員長。

「アジャイル」が選ばれる理由――迅速に試行を繰り返し、市場のニーズを形にする

今回講師を務める平鍋は、2000年にアジャイルの創始者の一人であるケント・ベックの著書を通してアジャイルに出会い、普及に努めてきたアジャイルの伝道者だ。現在はシステムの受託開発を行いながら、アジャイルの手法のひとつ「スクラム」の実践と教育普及にも携わっている。今回は、そんなアジャイルとスクラムについて、実践例を交えて学んでゆく内容だ。

「システムを開発するとき、誰のためにつくって、それがどう使われるのかという、言語化されていないゴールを把握しておくことが非常に重要だと思っています。それと同時に開発に用いる技術もどんどん移り変わっていて、着手してみないとわからないことが非常に多い。市場・ユーザーの側も技術の側も変化し続けている中で、どんなふうにものづくりをやっていけばいいのか……という気づきをみなさんと共有できればと思っています」

1990年代後半のアメリカのソフトウェア開発の現場で生まれたアジャイルは、2010年代から日本でもウェブサービス開発を中心に急速に広まっている。「まずはアジャイルのイメージを掴むために、こちらをご覧ください」と平鍋が用意したのは、アメリカの大手百貨店・ノードストロームの開発チーム(Nordsrtom Innovation Lab)による実験的なアプリ開発の様子だ。

驚くことに、チームは百貨店内のサングラスショップに1週間常駐して、顧客がサングラスを選ぶためのアプリを店頭で開発するという。チームメンバーは顧客の購買までの行動を観察し、付箋に書いてボードに張り出す。紙にアプリのラフを描いて顧客に触ってもらう。そして、基本機能のみを搭載したアプリのプロトタイプを作成する。このとき作成したのは、店頭のサングラスをかけた顔写真を何枚か撮影して画面上に並べ、どのサングラスが自分に似合うかを見比べることができるというものだ。顧客の反応や店員の使い勝手を考慮しながら、必要な機能を順次追加してゆく。ダイレクトにニーズを吸い上げ、短期間での実装を繰り返す。開始から5日ほどで、必要な機能が一通り揃ったアプリが出来上がってしまった。

極端な例ではあるが、これこそアジャイルの名前のもとにもなっている「機敏さ」だ。顧客に接近し、実際のプロダクトを見せながら開発を進める。

WORKSHOP REPORTイメージ
アジャイルを提唱した技術者たちが、その価値観を示した「アジャイルソフトウェア開発宣言」。平鍋は日本企業の従来の価値観も尊重して、「右側は『重要』なこと、左側は『いま重要なこと』」と説明する

従来の一般的な開発手法(ウォーターフォール)は、企業がユーザーの要求を分析し、仕様を決めて開発者に発注をかけ、調整を繰り返して完成させるというものだが、ここには2つの問題があると平鍋は指摘する。まず、ユーザー、企業、開発者の間に発生する壮大な「伝言ゲーム」に時間を取られて、市場の変化速度についていけないという問題。もうひとつは、ユーザーではなく仕様書中心に開発が進むことで、ともすれば発注側と受注側が敵・味方に分かれてしまうという問題だ。

「結局、答えは市場が持っている。市場の側を向いていないと、せっかく開発しても全く使われないものになってしまいます」

アジャイルはこうした問題を乗り越えるために誕生したという。システムを使う側と作る側がひとつのチームとなり、作っては使ってみて、また作るというループを短いスパンで回してゆく。大きなお城を土台から順番に建てるようなウォーターフォール型の開発と違い、積み上がった完成品が手元にあって、それが徐々に成長してゆくイメージだ。市場とのミスマッチのリスクを最小化しながら、関わる人全員が同じ方向を向いてプロジェクトを進行する点にアジャイルの大きなメリットがある。

チームワークでアジャイルを実現する「スクラム」とは

それでは、アジャイル開発は具体的にはどのように進んでいくのだろうか。最もよく使われる「スクラム」というフレームワークについて平鍋が解説する。

WORKSHOP REPORTイメージ
スクラムの流れ

スクラムは、スプリントという時間単位の繰り返しで進行する。ここでは、1回のスプリントを1週間として見ていく。

まず、左端にあるプロダクトバックログ。これは、製品に搭載したいすべての機能を、必要な順に並べた製品機能リストだ。このリストから1回のスプリントで実装する機能を抜き出し(スプリントバックログ)、1週間かけて順次実装してゆく。週が終わった時点で実装された機能がインクリメント(製品増分)となる。毎週積み重なってゆくインクリメント全体がひとつの製品というわけだ。スプリントの最後に、顧客や関係者に製品を見せてフィードバックを得る(スプリントレビュー)。その結果を踏まえて、プロダクトバックログで優先すべき機能を検討して並べ替えるとともに、チームのやり方についてのふりかえりも行う(スプリントレトロスペクティブ)。このほかに、毎日のデイリースクラム(朝会)で進捗を確認しあうことも大切だ。

スクラムにはチームリーダーがいないかわりに、3つの役割がある。最も重要なのはプロダクトオーナーだ。これは市場のニーズを最も把握している人で、機能リストの優先順位を並べ替える権限をもつ。文字どおり、製品の行く末を左右する役割だ。この他に、実際に製品を開発するさまざまな技能を持った開発者、スクラムのルールに則って進行を調整・支援するスクラムマスターがいる。これら関係者全員が情報を共有して、プロジェクトが順調にゴールに向かっているかを常に確認し、互いに協力しながら進行する。

WORKSHOP REPORTイメージ
スクラムは3つの役割をもつメンバーで構成される

以上がざっくりとしたスクラムの構成要素だ。

「アジャイル全体で見るとこの他にもさまざまな手法があるので、サラダバーのように自分たちに合った手法を付け加えて、スクラム自体を成長させていくことも大切です」と平鍋は言う。たとえば、進捗状況をチーム全体に向けて可視化するには、ホワイトボードに付箋でタスクを張り出してできたもの/できていないものを管理する「タスクかんばん」が有効だ。

チームの数だけ違ったやり方がある。大切なのは決まった型を守ることではなく、ひとつの目標に向かってコミュニケーションを促進し、柔軟さをもつことだ。近年では、組織づくりの観点からスクラムを導入する企業も多いという。

日本で産声を上げた「実践知」としてのスクラム

レクチャーの最後、平鍋はアジャイルにおけるスクラム手法に多大な影響を与えた経営学者・野中郁次郎氏について触れた。野中氏は、竹内弘高氏とともに1986年の論文でスクラムという概念を提唱している。その論文の中で、従来の開発工程が上流から下流へバトンを渡してゆくリレー競技ならば、スクラムは各工程が前へ前へと折り重なるようにオーバーラップしながら進むラグビーのような開発手法として紹介されている。

「前後の工程が重なりあって進むスクラムのイメージは、人についても当てはまります。ウォーターフォールでは、仕様書や設計図が文書として下流工程に受け渡されます。けれど、スクラムは工程間で関わる人もオーバーラップするので、めざす姿が人から人へ直接伝わってゆく。文書にするとこぼれ落ちてしまう思いや夢、経験、暗黙知のようなものも引き継がれてゆきます。野中先生はまさにそういうものにこそ価値があると考え、組織内で知的創造を実践する知のあり方としてスクラムを提唱されたのです」

WORKSHOP REPORTイメージ
平鍋が野中氏らとともに手掛けた共著書『アジャイル開発とスクラム』では、スクラムを組織と人の観点で定義している

「ふりかえり」のグループワーク、アジャイルの疑問に講師が答える

後日、アイシン本社に参加者が集まりスクラムを体験するワークショップが開催された。ワークに入る前、平鍋はレクチャーの内容をふりかえりつつ、アジャイルが全く受け入れられなかった20年前の状況や、さまざまな産業に普及した最近の事情にも触れた。今や戦闘機すらアジャイルで開発されているというから驚きだ。

そしていよいよ、グループに分かれてワークに取り組む。

まずはアイスブレイクだ。レクチャーを通して「アジャイルについてわかったことや、良いなと思ったこと」、「疑問に思ったこと」を付箋に書き出して、ホワイトボード上で共有する。スクラムではスプリントごとのふりかえりが重要なので、その練習というわけだ。

わかったことは「ウォーターフォールとの違い」「ふりかえりですぐに修正するのが大事」「スプリントで区切ってどんどん反映してゆく手法」など。良いことは「ユーザーの声をすぐに反映できる」「意思決定が早くなる」と、付箋が次々貼られてゆく。

WORKSHOP REPORTイメージ
手持ちの情報や疑問点を貼り出して見える化するのも、アジャイルの基本的な手法のひとつだ

この中で挙がってきた疑問の付箋に、平鍋が回答してゆく。「アジャイル開発を始める際、最初に全体を俯瞰すべきか?」という問いについてはこんな答えだった。「もちろん最初に『製品機能リスト』の全体像があったほうがいいです。でも、開発が進んで製品が見えるようになると、そこから優先順位を入れ替えて行く。常に最も有効な機能が先に手に入る状態を保つのです」

「社内の障壁を乗り越えてアジャイルを進めるには?」という疑問には、「アジャイルの価値は技術者に響きやすいので、会社の上層部にいる技術職出身の人を味方につけるべし」と具体的なアドバイスが返ってきた。

トランプゲームでアジャイルの真髄に迫る

アイスブレイクも終わり、次のグループワークだ。各グループに1組のトランプが配られた。

「次のワークでは、アジャイルでのコミュニケーションの大切さを体験していただきます。人間、手を動かして初めて気づくことがあるんですよね。ですからアジャイルでは、脳と手を分離してはいけない――つまり、使う人とつくる人が同じチームにいないといけないんです。

それを踏まえてこれからトランプを使ったゲームをやっていただきますが、はじめは何をやっているかわからないと思います。今やっていることが顧客に価値を提供しているのか、次々と変化し続ける要求に応えるためにはどういうふうに仕事をすればいいのかを、手を動かしながら考えてみてください」

WORKSHOP REPORTイメージ
ゲームでアジャイルを体験する

ゲームのねらいはまだわからないが、まずは役割を決める。何をつくるのかを決めるプロダクトオーナーが1人、それをつくる開発者が3人、円滑に進むように全体を調整するスクラムマスターが1人だ。各グループのプロダクトオーナーだけが平鍋に呼び出されて、このゲームのゴールを知らされる。

ゲームの流れは難しくない。プロダクトオーナーが「ハートの10を出してください」などと要求を出す。開発者とスクラムマスターは各自の手札から、プロダクトオーナーの要求に沿うことができそうなカードを1枚ずつ出してゆく(要求通りのカードが出せることのほうが少ないので、その場合は別のカードを出す)。プロダクトオーナーはそのうち1枚をキープして、あとのカードは捨てる。これが1スプリントで、スプリントを5回繰り返す。最終的にキープされた5枚のカードが成果物となる。

まずは練習で一度プレイすることに。プロダクトオーナー以外のメンバーは、何が何やらわからないままカードを出していく。次第に、なんとなく集めたいカードの法則性が見えてきたところでゲームが終了。要するに、プロダクトオーナーが希望する「役」を揃えるのが目的だったのだが、一度目はまったくうまくいかなかった。しかし、どうやらカードを出すタイミングを開発者間で示し合わせることがポイントになりそうだ。ここで、ふりかえり、が行われる。全員でこのゲームで勝つための方法について、体験をもとに知恵を絞るのだ。そこで出たアイディアをもとに、2度目を迎える。

2度目のプレイでは「今、このカードは出さないほうがいいんじゃないですか」「あのカードがあれば役が揃いそうですね」と声を掛け合いながら進めて、なんとか役を揃えることができた。なるほど、ゴールの役を全員で設定して、手持ちの情報を共有することがこのゲームの肝なのだ。

WORKSHOP REPORTイメージ
最終的にプロダクトオーナーがつくりたいものは伏せられているので、各自が手探りでカードを出してゆく

「途中で進め方のコツに気づいて進め方を変えたチームもありましたね。実はこれがすごく重要なことなんです。与えられた指示に従うだけではなく、現場での気づきを活かして自発的に進め方を変えてみる。そして、思いついたやり方がルールに沿っているかで迷ったら、私に聞きに来てください。実際の業務であれば上長や顧客、そして品質部門の方ですね。変えても問題ないルールというのは、実は沢山あるんです」

ワークを終えて、各チームでゲームを振り返って簡単な発表を行った。高得点の役を揃えたチームは、チーム全員で手札を見せ合いながら積極的に役を作りに行っていたようだ。実際のプロジェクトに置き換えると、手札は各自の持っている情報やスキル、役は目標やビジョンの設定だ。それらがいつも見える化されていれば、カードの揃い具合によってめざす役が変わっても、全員で柔軟に対応することができるというわけだ。闇雲にルールに従うのではなく、まずは目標と手段と現状をオープンにして、全員で同じ方向を向く。アジャイルで大切な意識の持ち方の一端を体験することができた。

最後に、平鍋は野中郁次郎氏の理論を引用しながら、体験することの価値を語った。

「野中先生が提唱されたSECIモデルによると、人間は、暗黙知と形式知を行き来するように伝達しながら新しい知をつくっていきます。今日のように一緒に何かを体験するのは、言葉になっていない経験を暗黙知として全員の脳内に残すフェーズですが、今ではこれを録画してAIを使ってまとめれば形式知として残すこともできる。知識の伝達においてAIが担う領域はどんどん大きくなってきているからこそ、体験の領域を大切にしなければいけないのではないかと思います。

ソフトとハードをつないで新しい価値を生み出すことは、まだまだ人間にしかできない仕事です。言葉にできない感覚をつかんで形にすることがものづくりだとすれば、みなさんはこの時代に大きな強みを持っていらっしゃることになります。ぜひアジャイルを取り入れて、その強みを発揮していただければと思います」

conclusion

ワークショップを終えて

参加者の声

前田武さん

車体製品企画部

前田武さん

車体の開発に携わっているのですが、設計から量産、フィードバックまでのスパンの長さや、縦割り組織ゆえの柔軟性のなさといった課題を抱えています。そこで今回、アジャイル開発やスクラムの知見を得るために参加しました。平鍋先生にお聞きしたところ、自動車部品の開発にアジャイルを取り入れた例はあまりないとのことで、ならば私たちが先頭に立って進められれば、と気持ちを新たにしました。ルールや進め方は変えてもいいということも良い勉強になりましたね。部署の若い人たちにもぜひ体験してほしいです。これからもAIに負けないように、人の感性を武器に製品開発に取り組んでいきたいと思いました。

森和紀さん

営業管理部

森和紀さん

社内の基幹系システムの統合・刷新に携わっており、アジャイルの手法を取り入れてはいるのですが、効果的に進めるためのヒントを掴むために参加させていただきました。オンラインレクチャーで出てきた、「従来の進め方では発注側と開発側が対立するようなコミュニケーションが始まってしまう」というお話にはとても共感しました。今日のワークでも、「脳と手を一緒に動かす」というアジャイルで求められることを体験できて頭ではなく体で理解できたのが非常に良かったです。コミュニケーションについては業務でも課題に感じていたのですが、工程間で伝言ゲームするのではなく、集まって話すということが必要なのだと実感しました。

講師の声

平鍋健児

株式会社永和システムマネジメント 社長

平鍋健児

今回は、アジャイル開発の教科書には載っていない、私自身の経験に基づいたお話をさせていただいたつもりです。用語やプロセスよりも、「モチベーションを持った人たちがどう集まったらいい仕事ができるか?」ということがアジャイルの本質だからです。
もうひとつ、ワークを通して、自分自身で体験することではじめてわかることがある、ということもお伝えしました。これは開発プロセスではもちろん、社内でアジャイルを推進するときにも大切なことです。従来のやり方を大切にする人と対立するのではなく、一緒に何かを体験して、「なるほど」と思ってもらう。このプロセスを踏まなければ人の考え方はなかなか変わりません。
今日は皆さんが抱えていらっしゃる課題についてたくさん質問もいただいたのですが、表層的な方法論ではなく、専門性を持った皆さんで答えを出していただくしかないのかなと思いました。ただ、変化する要素が大きく絡む問題であれば、アジャイルを取り入れるのがきっと効果的なのではないかと思います。
そうは言っても、現実はなかなか簡単には進まないでしょう。諦めずに進みつづけるためには一緒に考えてくれる仲間が必要です。アジャイルは、仲間づくりの旅でもあると私は思っています。ぜひ、情熱を持った仲間づくりに挑戦していただきたいです。

レポート一覧へ戻る

トップへ戻る