2010年5月28日更新

人機一体の関係構築を目指し、未来を現実化する「ロボティックツール」

金岡 克弥
総合理工学研究機構 先端ロボティクス研究センター教授(チェアプロフェッサー)
マンマシンシナジーエフェクタズ株式会社 代表取締役 社長
博士(工学)。1971年生まれ。1995年京都大学工学部化学工学科卒業。同大学院工学研究科化学工学専攻修士課程修了、機械工学専攻博士課程認定退学。2002年から立命館大学理工学部。助手、講師を経て現職。2007年に立命館大学内において、ロボットベンチャー企業を設立。「人の幸せに貢献しない研究は工学ではない。工学は実用化出来てナンボなんです」

見かけはゴツい金属の塊だが、手を入れて操作すれば驚くほど軽く、その「指先」でスチール缶を簡単にグシャリとつぶせる。これは快感とすらいっていい。金岡克弥がアクティブリンク(株)と共同で開発した「パワーエフェクタ」は、腕の力なら約百倍、握力では約千倍まで増幅可能である。一方で生卵やスポンジボールをそっとつまみ上げる。指先にセンサーの類は一切なく、あくまで「人間の感覚」で、生卵つまみからスチール缶つぶしまで機械の力を直接的に使えるわけだ。脚力を7倍に増幅して歩行出来る「パワーペダル」も2007年に発表した。このスーパーパワーを発揮する腕と指先、そして脚が合体すればどうなるか。SF映画やアニメで様々に描かれてきた、人間が乗り込む人機一体型ロボットが完成するのである。

「ロボットではなく、人間と機械の力学的な相乗効果を目標としてマンマシンシナジーエフェクタという言葉を使っています。人工知能には限界があるので(鉄腕アトムのような)自律型のヒューマノイドは遠い未来の夢。それよりも、人間の能力を物理的に拡張する『ロボティックツール』を作れば確実に役に立つ。機械は脇役に徹し、人間が自らの身体能力を十二分に活用出来る機能を提供すればよい。これがマンマシンシナジーエフェクタです」

こうした「ロボティックツール」が実現すれば、少なくとも建設・防災などの作業は一変する。生産性が飛躍的に向上するだけではない。肉体労働そのものが、人間にとって辛く厳しい「量」の世界から、スキルとしての「質」の世界に変化してゆくだろう。それは、労働から人間を排除するのではなく、労働を人間の手に委ねることによる「働く幸せの増幅」にも寄与するはずだ。

「プロトタイプの研究開発を通して、基礎技術は完成しつつあります。資金さえあれば全身バージョンはいつでも実用化出来ますよ。もはや技術的課題については問題ではありません。いわゆるデスバレーをいかにして越えるかです」

AERA 2009年2月16日号掲載 (朝日新聞出版)
運命の出会いは
ありましたか?
理系への憧れを決定付けたのは、ホーガン『星を継ぐもの』という小説です。SF なのですが、スペースオペラではなくむしろミステリといった方が......(→続きを読む)
Q1

AERAでご紹介した研究を始められたきっかけは何ですか?

昔から科学や技術が気になる子供だったと思いますね。また、普通の男子程度には、ロボットにも興味はありました。そういえば小学校の授業参観で「大きくなったら何になりたいか」という質問に対して、友達が「プロ野球選手!」とか言う中で一人「学者になりたい」と答えて大人達に笑われ、いたく傷ついた覚えがあります。今考えても理不尽ですね(笑)。まあ、ちょっと変わった子供ではあったのでしょう。 でも実際には、それから高校生になっても、大学生になっても、自分が本当に研究者になるとは全く思っていませんでしたし、ましてやロボットの研究をするなんて、想像もつきませんでした。いわば、キッカケは成り行きですね。もちろん、その時々で一生懸命やってはきましたが、研究者になれたのも、この研究を始めたのも、運が良かったとしか言えないように思います。流れに棹さし、なるべくしてなったと。

Q2

今までに運命の出会いはありましたか?

私の幸運は、ここまで導いてくれた、先生、家族、友人、同僚たちとの出会いにあります。先程も言いましたが、私は自分の将来についてのビジョンなど何も考えていませんでしたから。出会いは、良いものも悪いものも含めて、すべて運命だったと思います。その中で、一つお勧めできる出会いを挙げるとすれば、本かもしれません。

理系への憧れを決定付けたのは、ホーガン『星を継ぐもの』という小説です。まぎれもない SF なのですが、よくあるスペースオペラではなくむしろミステリといった方がいいかもしれません。舞台はほとんど室内という地味さ。でも、そこで展開される科学的・論理的思考の壮大さと痛快さは、子供の私を理系人として運命付けるに十分すぎる衝撃でした。この小説に登場するハント博士やダンチェッカー教授らは、今でも理想の研究者像として私の脳裏に焼き付いています。受験のための勉強をする前にこの本に出会えたのは、運命といっていいでしょうね。

Q3

最近の気になるニュースは何ですか?

理科離れ、理系離れ、ですね。最近に始まった話ではないですが。受験勉強で嫌気が差すのか、環境問題や戦争は科学技術のせいだと誤解されるのか、はたまた理系の人間の不祥事が原因なのか…。

解決策があるとすれば、一つは教育。理系の本当の意義と面白さを伝えることでしょう。もう一つは、実際に社会で報われるようにすること。これはなかなか難しいですが、隗より始めよ、まずは私自身が自らの社会的地位を(政治的手法でなく)正面から科学技術を以て向上させることがそれに繋がると思っています。簡単に言えば、世の中に役立ち、皆が喜んでお金を払ってくれるようなロボット技術を作る、ということですね。立命館での研究で技術はかなりできてきましたが、地位向上は…これから頑張ります(笑)。

また、理科離れの当然の帰結として、一般の人々の科学リテラシーの低さも気になるところです。過去から現在、未来に至るまで、人はニセ科学・ニセ研究に騙され続けます。これについては、研究者としてどう関わっていけばよいか、まだ正直分かりません。しかし、ニセ科学に騙された人々が、科学そのものを嫌いになってしまうことは由々しき事態ですから、できることをやっていこうと考えています。

Q4

最近、何かオススメはありますか?

もちろん一つは『星を継ぐもの』です。理系に興味があってもなくても、ただのエンターテインメントとして単純に楽しめます。理系にしようか迷っている中高生諸君や、その親御さんには特にお勧めです。「科学者になってオレが未来を拓くんだ!」という、現代ではナナメに見られかねない夢を、もう一度「論理的に」抱かせてくれます。乱暴に例えれば『名探偵コナン』の壮大スケール科学小説版だと思えば読みやすいかと思います(主人公は幼児化しません。念のため。コナンと似てないやないか!という苦情はナシでお願いします)。

また、科学リテラシーを育み、ニセ科学に騙されないようにするためには『メディア・バイアス』のご一読をお勧めします。これはエンターテインメントではありませんが、ニセ科学や、それを伝えるメディアの実態を理解しておく上で、理系か文系かにかかわらず、学生から社会人、主婦の方まで、現代に生きる上では必読の書です。

ジェイムズ・P・ホーガン『星を継ぐもの』
創元SF文庫

松永 和紀『メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学』
光文社新書

Q5

休日はどのように過ごされていますか?

いろいろです。研究していることもあれば、団欒していることもあります。ぼーっとしていることだけはないですね。時間が勿体ないので。

Q6

先生が未来に残したいものは何ですか?

未来より、今やらなければならないことがたくさんありますから、それをします。まずは自分の研究によって、世界をほんの僅かでも良い方向に変えること。言うは易しですが、不可能ではないと思います。そして何かを成せば、自ずと何かを未来に残せるのではないでしょうか。だから、質問にあえて答えるなら「私が未来に残したいと思うものは、皆が残したいと思ってくれるもの」ということでしょうね。

Q7

職員に聞きました 先生ってどんな方ですか?

市原岳洋さん
立命館大学 研究部 理工リサーチオフィス

金岡先生は、「マンマシンシナジーエフェクタ」という概念を提唱し、研究を推進されています。日本語に訳せば、人間機械相乗効果器。人間のみ、機械のみでは実現できない人間と機械の相乗効果(マンマシンシナジー)によって、人間特有の臨機応変かつ大局的な判断能力と機械特有の俊敏性・強靭性を兼ね備えた高機能なロボティックツールの実現が期待できます。たとえば、人の数万倍のパワーを発揮する機械を人間が直接「持って使う」あるいは「乗って使う」というような、スーパーロボティックツールが実現する――金岡先生が新しい「次世代ロボット」の定義を創り出すかもかもしれませんね。


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