2010年5月28日更新

日本映画黎明期の全てを、 アーカイブとして発掘・保存

冨田 美香
映像学部 准教授
1966年生まれ。文学修士。日本大学芸術学部映画学科を卒業後、早稲田大学大学院文学研究科芸術学(演劇)博士前期課程修了。東京国立近代美術館フィルムセンター客員研究員などを経て、2000年立命館大学着任。2007年から現職。「資料を提供いただいたご遺族から昔の苦労話を聞いて、思わずホロリと涙したこともありますね」

冨田の研究室で、まず見せられたのはモノクロの古い映像だ。三揃いを着た紳士たちの徒競争や、モンペ姿のご婦人による借り物競争など、実に楽しげでにぎやかな光景が続く。

「昭和12~13年頃に、日活京都撮影所で行われた出征記念の運動会を記録したフィルムです。オープンセットを作る場所ですが、とても広いですよね。その向こうは平屋のスタジオ。あ、この人が永田雅一(後の大映社長)で、もうすぐ片岡千恵蔵も出てきます」

冨田美香は映画史を専門としてきたが「立命館大学の衣笠キャンパスは、マキノ省三の撮影所があった地域。そこで日本映画史の原点であるマキノ映画を調査して細部を明らかにしていくと共に、東京中心ではない、京都という映画発祥の地からの視点で映画史を紡いでいきたい」と言う。冨田は監督だけでなく、助監督や小道具などのスタッフから興行関係者まで含めた、人と街と風景と文化の全てをテーマにしている。歴史では無視されがちな庶民の生活や流行なども、記録として残ることになるからだ。

「こうした古いフィルムや写真はまだまだ出てくる可能性があります。その出会いも喜びの一つ。学生にも得難い経験になります。私たちはそれを収集・整理・保存し、お話も聞いてオーラルヒストリーとして残すことで、次の世代に継承するアーカイブ活動をしているのです」

当初はマキノ映画が中心だったが、明治末期の無声映画から戦後の大映へと時間軸は前後に延長。映画関係者が海を渡った頃の朝鮮半島や中国大陸にも調査の手は拡大してきた。

「オリジナルの一次資料は手を入れずにそのまま保存。オーラルヒストリーも必ずビデオで撮影します。そのビューイングコピーを活用し、分野の枠組みを超えた成果の創出を目指したいですね。例えば地理学だと、現存しない地形や街の姿が見られます。そうすれば単なる映画研究というだけでなく、デジタルアーカイブを基盤にした複合的な知の成果が生まれるのです」

AERA 2009年3月16日号掲載 (朝日新聞出版)
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