機能性薄膜材料の創成とデバイス応用
本研究室では材料科学を応用して光と電気と機械を組み合わせたものづくりに力を入れています。
グラフェン(などの原子層材料)とその応用
鉛筆の芯でなじみのある”炭素原子を六角形格子状に原子1層でシート状に形成したものをグラフェン”といいます。これは地球上に存在する最も薄い物質で、高い強度、伸縮性を持ち、電子の移動度が極めて高く、光も通す興味深い物質です。ガラスをイメージすればわかるように、従来の透明な無機材料は一般に脆い性質を示しますが、グラフェン系材料は柔らかく曲げられる上、導電性を持ちます。太陽電池やLEDのようなオプトエレクトロニクス素子を曲げられるフィルム型にすると様々なメリットがありますが、一般に無機系の半導体や透明導電材料は脆いことが課題となります。例えば太陽電池では光電変換部に光を到達させつつ、効率よく電子を取り出し輸送するために透明導電膜が必要です。しかしながら透明導電膜として従来よく用いられるITO(酸化インジウムスズ)は脆いため曲げると容易に亀裂が入り導電性を損ないます。以下は銀ナノワイヤとグラフェンをハイブリッドしたフレキシブル透明導電膜の一例です。自由自在に曲げられる透明導電膜は様々なフレキシブルデバイスへの応用が期待できる機能材料です。
参考文献
[1] 赤阪美保、野口雅彦、小林大造、 "銀ナノワイヤ/グラフェンを積層した透明電極の作製とフレキシブル光発電デバイスへの応用"、 第40回「センサ・マイクロマシンと応用システム」シンポジウム、2023年11月6日 (奨励賞を受賞)
ピエゾフォトトロニクスの研究 -曲げると光起電力が変化-
ピエゾフォトトロニクス効果(圧電-半導体-光励起の相乗効果)を用いて “曲げると起電力が変化する薄く柔らかい光発電デバイス”(立命館大学研究シーズ集リンク)の研究に取り組んでいます。以下グラフ内の写真の例は、引張ひずみを加えると発電が増強し、圧縮ひずみを加えると発電が減少する曲がる太陽電池です。フィルムを曲げる方向と曲げの大きさを変化しながら光発電を行うと、曲げに対応して開放電圧が変化しています。従来の主流なひずみゲージでは”ひずみによる抵抗変化”を計測する方法が用いられています。抵抗変化を計測するには抵抗に電流を流すための外部電源やブリッジ回路などが必要です。一方、ピエゾフォトトロニクス効果を用いるとひずみに応答して起電力そのものが変化するため外部電源やブリッジ回路などがなくてもひずみや変形をセンシングすることが可能になります(ピエゾフォトトロニックひずみセンサ)。また、ひずみによって光発電を増強した高効率なエネルギーデバイスを目指した研究にも取り組んでいます。
このデバイスは太陽電池の片側の層に圧電性半導体(ひずみを加えると分極が生じる材料)を用いたものです。ひずみ印加時には圧電性を持つZnMgOの内部で電気的な偏り(圧電分極)が生じます。このため太陽電池の光電流の取り出しに関わる障壁の大きさが変化し、光起電力が変化します。本研究のSeとZnMgOのように異なる材料の接合における電子・正孔の輸送をスムーズにするためには不純物の添加や混晶化が用いられています。しかし不純物の添加や結晶構造の調整により材料の性質が過剰に変化し、性能低下を起こす場合があります。そこで本研究ではZnO系圧電半導体にひずみを印加して圧電分極電荷を接合界面に発生させて、P型結晶セレンに対するバンドオフセット(電気的な接続)を調整する手法をに取り組んでいます。これまでにPETフィルム上に酸化亜鉛系窓層/結晶セレン光吸収層による薄膜光発電デバイスを形成し、基板を曲げることで光起電力を顕著に変化させることに成功しています[1]。 2023年度 研究助成A(公益財団法人 立石科学技術振興財団)、2024年~2026年度 科研費基盤研究(B) 24K01422の助成を受けております。ここに謝意を表します。
参考文献
[1] J. Fujimura, Y. Adachi, T. Takahashi and T. Kobayashi, "Impact of piezo-phototronic effect on ZnMgO/Se heterojunction photovoltaic devices" Nano Energy, Vol. 99, 107385 (2022)
セレン薄膜を用いた屋内照明光による太陽電池
結晶セレンは可視光での光吸収係数が従来Siの約100倍と極めて高いことが特徴です。室内照明環境下での光電変換効率の理論限界は単接合の素子では最大(約55%)になると期待されています。200℃以下という比較的に低温な工程で作製可能なため、ポリマーフィルムの上にでもデバイス形成が可能であり、照明を利用した軽く柔らかい発電素子への応用が期待されます。(立命館大学研究シーズ集リンク)
IoT用途で様々な屋内エネルギーを応用した発電デバイスが盛んに研究されています。このような用途に求められる重要なことは、給電する対象と比べて、充分に安く、軽く、小さい発電デバイスで必要な電力を賄えることです。セレン薄膜による光発電デバイスは安価な材料による簡単な積層構造なので屋内エネルギーを応用した給電用途の範囲が広いと考えられます。これまでに接合界面の精密な組成比制御のための蒸着膜の積層方法の検討等を行い、光発電の高効率化を進めてきています[1]。
実はセレンは世界最古の固体光電池に使われた材料です。1883年にアメリカの発明家のCharles Frittsがセレンを半透明な薄い金箔でサンドイッチした構造を用いて世界初の固体光電池を開発しています。光導電効果の発見についても1873年にW. Smith がセレンを用いて発見しています[2]。関連の研究について2024年度天野工業技術研究所による研究助成および池谷科学技術振興財団による研究助成の支援を受けております。ここに謝意を表します。
本研究室では太陽電池以外にも微細加工および薄膜物性の特徴を活かした光センサの小型化およびアレイ化に取り組んでいます[3]。比較的低い外部電圧(約3V)をセレン薄膜に印加すると電子なだれ増倍現象(アバランシェ効果)が起こり高感度フォトダイオードが得られます。このため、次世代ハイビジョン用イメージセンサ材料としても期待されています[4]。比較的低温 (約200 ℃) で蒸着成膜できることから、異種基板や信号処理チップ上への集積化への応用も期待されます。本研究は文部科学省 科学研究費 基盤研究(C) 18K04914による助成を受けております。ここに謝意を表します。
参考文献
[1] T. Kobayashi*, T. Miyamoto, R. Ogata, Z. Jehl Li Kao, “TiO2/Se heterojunction photovoltaic device made from Se/Te/Se stacked precursor”, Solar Energy Materials and Solar Cells, Vol.277, 113120 (9Pages), (2024)
[2] W. Smith, “Effect of Light on Selenium during the passage of an Electric Current” Nature(1873)
[3] Y. Adachi and T. Kobayashi*, "Formation of micro-patterned Ga2O3/Se heterojunction and its application to highly sensitive avalanche photodiode", Physica Status Solidi A: Applications and Materials Science ,Vol.220, Issue 5, 22006 (8 Pages) (2023).
[4] S. Imura et al., : “High-sensitivity image sensors overlaid with thin-film gallium oxide/crystalline selenium heterojunction photodiodes”, IEEE Trans. Electron Devices., Vol.63, No.1, pp.86-91 (2016)
画像AIのための人工シナプス素子の研究
網膜が取得する視覚の情報を脳で処理して画像を認識する仕組みは、エネルギー消費が少なく、高速な信号処理を可能にしています。このため、網膜と脳による視覚を人工的に模倣した画像認識が注目されています。その実現のためにはセンサへ入力された光信号の強度や周波数に応じて、信号の重みを不揮発的に増強して伝達する人工シナプス素子が重要となります。これまでに取り組んできたCu(In,Ga)Se2薄膜太陽電池やSe薄膜太陽電池では、光照射処理を行うことで不揮発的に性能変化を起こすことが分かっています。そのメカニズムとしては、バンド間欠陥の電気的状態が一時的に変化する“ライトソーキング効果”が寄与しています。光入力の強度や時間に応答して生じる不揮発的な光発電性能の増強とシナプス可塑性の類似性を活かした光応答型の人工視覚シナプス素子の研究に取り組んでいます[1]。
[1] Z. Jehl Li-Kao, K. Tiwari, S. Giraldo, M. Placidi, A. G. Medaille, A. Basak, E. Saucedo, T. Kobayashi "Investigating The Interplay of Piezoelectricity and Synaptic Plasticity in Se-Based Photodiodes for Optically Controlled Memristors on Flexible Substrates", 2024 MRS Spring Meeting, Seattle(USA), Apr 24, (2024) カタルーニャ工科大学(スペイン)との共同研究
酸化チタン光触媒薄膜の研究
光触媒は水素エネルギーのゼロエミッション生成やバイオメディカル応用に有望な機能材料です。光触媒材料である酸化チタン薄膜は、紫外線照射により発生した光生成キャリア(正孔、電子)とラジカルが表面で各種反応を起こし、例えば、水の吸着サイトとなる酸素空孔が増加して超親水性を示します。他にも光照射による酸化還元反応を利用した水分解反応(水から水素、酸素を生成)や抗菌反応(菌、ウイルスの有機膜を破壊し、不活性化)も有用なアプリケーションです。本研究では、光生成キャリアの表面の局在化を促進して光触媒反応を制御する試みや、これらの光触媒反応の活性化のための膜構造制御(例えば表面積を増やす)、組成比の制御、結晶構造の制御に取り組み、新規で高性能な光触媒の研究に取り組んでいます。光触媒による濡れ性制御の研究については文部科学省 科学研究費 若手研究(B) 16K17505による助成を受けております。光触媒を用いた水素生成の関連の研究については第37回マツダ研究助成(公益財団法人マツダ財団)および2024年度 研究開発助成(公益財団法人八洲環境技術振興財団)の助成を受けております。ここに謝意を表します。
参考文献
[1] 瀬川悠太,小林大造,”分極制御によるTiO2薄膜の光応答型濡れ性変化の促進 ”, 電気学会論文誌E 141 (7) , 141巻 7号、 pp.222-227, (2021)
[2] 瀬川悠太,小林大造,”TiO2 薄膜の分極制御による光応答型濡れ性変化の促進” , 第37回「センサ・マイクロマシンと応用システム」シンポジウム ,2020年10月27日 (速報特別賞)
[3] 佐伯翔, 山本健輔, 小林大造, "多孔質TiO2光電極を用いた水分解リアクターの高効率化", 電気学会全国大会 2020年3月13日
[4] 瀬川悠太,小林大造,”Se/TiO₂光電池を用いた電圧印加による光触媒表面の光誘起親水化反応の促進”,第36回「センサ・マイクロマシンと応用システム」シンポジウム,2019年11月19日
[5] K. Takatsuki, R. Takahashi and T. Kobayashi*, "Water-splitting Reactor Comprising a Combination of TiO2-based Photoelectrochemical Cell and Serially Connected TiO2/Se Heterojunction Photovoltaic Devices", Sensors and Materials,Vol.36, No.8(3), pp. 3367-3380 (2024)
- 謝辞 -
これまで下記の科研費による助成を受けております。ここに謝意を表します。
2024 – 2026年度, (文部科学省 科学研究費 基盤研究(B)) 力学的エネルギーによるセレン光電変換デバイスの光発電性能増強メカニズム, 研究課題番号24K01422(研究代表者:小林)
2022 – 2023年度(文部科学省 科学研究費 挑戦的研究(萌芽)) ピラミッド光電変換層が拓くギガ秒イメージング, 研究課題番号22K18797(小林は研究分担者として参加、研究代表者:安藤妙子先生)
2018~2020年度, (文部科学省 科学研究費 基盤研究(C)) 結晶セレンヘテロ接合の微細加工によるマイクロ光センサの高感度化, 研究課題番号18K04914(研究代表者:小林)
2016~2017年度, (文部科学省 科学研究費 若手研究(B))光触媒の表面構造制御とキャリア制御による高性能濡れ性スイッチングの開発, 研究課題番号16K17505(研究代表者:小林)
2017~2019年度, (文部科学省 科学研究費 基盤研究(B)) 細胞代謝解析のための機能デバイスを組込んだバイオハイブリッドシステムの構築, 研究課題番号17H02091(小林は研究分担者として参加、研究代表者:小西聡先生)
これまで下記の財団助成を受けております。ここに謝意を表します。
2024年度 (公益財団法人 天野工業技術研究所)セレン薄膜を用いた軽くて薄い高効率照明発電デバイスの研究開発 (研究代表者 小林)
2024年度 単年度研究助成 (公益財団法人池谷科学技術振興財団)セレン薄膜を用いた高効率照明発電デバイスのための高品質窓層の開発(研究代表者 小林)
2024年度 研究開発助成(公益財団法人 八洲環境技術振興財団)振動による反応増強メカニズムを備えたオンチップ光触媒リアクタ (研究代表者 小林)
2023年度 研究助成A(公益財団法人 立石科学技術振興財団)セレン薄膜を用いた軽く柔らかいピエゾフォトトロニック型ひずみセンサの研究 (研究代表者 小林)
2022年度 単年度研究助成(公益財団法人池谷科学技術振興財団)傾斜組成制御による結晶セレン光電変換デバイスの高性能化 (研究代表者 小林)
2021~2022年度 第37回マツダ研究助成(公益財団法人マツダ財団) 室内照明に高感度なセレン光電池を一体化した高効率な光触媒型水素生成マイクロリアクタ (研究代表者:小林)