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2007年度研究会報告

第6回(2008.3.7)

テーマ 「大東亜国際法」論の構想力―「近代/超近代」の交錯とその帰結―
報告者 佐藤 太久磨(文学研究科)
報告の要旨

本報告は、「大東亜共栄圏」構想の法的表現である「大東亜国際法」論を議論の対象に据えることによって、同時代における国家と国際社会の相関原理―国家の自己充足的性格(主権論)と国際秩序との架橋ないし相互の相克―がいかに言説化されたのか、この点を主題化する試みである。

端的にいって、「大東亜国際法」論がそれ自身の至上課題としたのは、「指導国」原理を法的枠組みにおいて弁証することにあった。ただ留意すべきは、「大東亜国際法」論のイデオローグの多くが認めるように、近代国際法秩序を全面的に否定することにその目的があったのではなく、むしろ従前の国際法秩序を認めつつも、事態の変局に即した国際秩序の形成が目指された点である。この意味において、「大東亜国際法」論とは、まさしく「近代」と「超近代」が交錯した新規の国際法論議に他ならなかったのである。

指導国原理の来歴もまさにこの点に求められる。「大東亜国際法」論における「相対主権」論、「国家不平等」論の提起は、従来絶対不可侵とされてきた国家主権の至高性に相対化を促す論理であると同時に、近代国際社会の原理的構造とその矛盾を析出した論理でもあった。こうした論理に担保された指導国原理はまさしく「近代」に由来する歴史的産物に他ならなかったのである。

かくて導出された指導国原理とその思想母体たる「大東亜国際法」論は、しかし、その平和機構論においてみずから「戦後」を予見する状況を産出してしまう。普遍的国際秩序が特殊的広域秩序の上位に位置づけられた地点において、「指導国=日本」の定式はみずからその存立条件を喪失するという事態に直面せざるをえなかった。

かくして「大東亜国際法」論は敗戦を迎える。だがここで重要なのは、「戦後」において「大東亜国際法」論のイデオローグがそれぞれ異なる形態で「民主主義」を語り出した点である。「民主主義」の精神については積極的に認めながら、自主憲法制定の緊要性を訴えた神川彦松、同じく「民主主義」の必要性をいち早く提唱しながらも、あらゆる国家は米国の世界化に包摂されるより他ないことを論じた松下正寿。「果たして日本は主権国家か」「日本は米国の従属国家か」という戦後の世俗的議論は、まさに「大東亜国際法」論の構想力によって規定づけられていたのである。そうであればこそ、「大東亜国際法」論は「戦前」と「戦後」を横断する思想論議に他ならないのである。

佐藤 太久磨

テーマ 「近代公娼制度に於ける人身売買的要素に関する一考察」
報告者 真杉 侑里 (文学部)
報告の要旨

872年「娼妓解放令」により再編された近代公娼制度の人身売買的要素を検討する。
近代公娼制度に於いて娼妓の身体の自由は、娼妓規則等の法規に就廃業の自由が明文化される事で確保されており、この実現を以って他人の意思による拘束=人身売買的要素を排斥していた。この主張は1931年に行われた国際連盟調査に対する政府回答からも明らかであり、この点に関して政府主張は一貫している。

同主張に対しては、国連調査団から「理論の欠陥」「実行性に対する疑問」などの意見が提出され、政府主張の実行性の無さを挙げる向きも大きい。しかしながら、明治憲法下最高の司法裁判所たる大審院の判断は、政府主張を踏襲するかたちが採られており此処に政府主張の存在を見る事が出来る。大審院判断に於いては「娼妓稼業と前借金を無関係である」とする事により就廃業場面での娼妓の意思を確保し、その上で尚身体を拘束する事態を違法であると選別しており、政府主張の「就廃業の自由」を阻害する事例に関して修正を加えようとするものであった。この判断は政府主張に副うものであり、この点で(実効性を疑問視された)政府主張は法的に運用され得るもの=実行性が認められるものであったと言えよう。

では、この政府主張はどの程度の範囲にまで浸透していたのであろうか。下級審に於ける訴訟の内容を見るに、廃業に関する事例では「前借金」の存在が焦点となっており、完済に至ったとしても契約形態如何で廃業を雇主が承知しないという事例が見られた。殊に後者は、「年期制」という「一定年限の稼業終了を以って前借金消滅とする」契約に関する事例であり、(完済に至る裁判事例が稀有なものであったとしても)契約自体が前借金がどの程度補填されたかという点を問題としないものであるが故に「娼妓稼業―前借金」の関係はより密接なものである。これら事例に示される通り、稼業現場では依然として「娼妓稼業―前借金」両者の関係は強固なものとして認識されており、政府主張は稼業現場にまで浸透する事は無かった。

この様に、近代公娼制度の人身売買的要素を巡る情況は「政府主張」と「稼業現場意識」の二層に分離した状態であり、裁判所はその中間で政府主張の実現を図っていた。この二層構造は「娼妓稼業―前借金」関係の解釈にその根源を見る事が出来るのであるが、政府主張は国連調査団や廃娼団体の言葉の通り形骸化されたものではなく、法的に運用され得る一定の実行性を持ったものであった事を忘れてはならない。

真杉 侑里

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