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新刊『小津安二郎 大全』の執筆に携わった映像学部卒業生中村紀彦さんにインタビュー!

2019.04.19

2019年度がスタートし、「13期生」が入学してきた映像学部。
2011年に初めて卒業生を送り出し、彼らの活躍によって、各業界で「立命館大学映像学部出身」というフレーズを本当によく見かけるようになりました。また、学部にも卒業生からの報告が続々と寄せられていて、充光館で蒔いた種がいろんなところで花を咲かせていることを実感します。

映像学部では、今年度そんな卒業生の活躍をこのEIZO VOICEや学部SNS(facebooktwitter)にて積極的にご紹介しています!

今回は第4期生中村紀彦さん(北野ゼミ出身)のご紹介です!中村さんは映像学部卒業後、現在神戸大学大学院で映像研究をおこなっており、日本で唯一、タイの映画監督アピチャッポン・ウィーラセタクンを専門にする映像研究者として活躍されています!現在の研究内容や、彼も執筆に関わり先月新刊された本についても紹介いただきました!

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「アピチャッポン監督を専門にする映像研究者」として様々な執筆や企画を展開している中村さん。映像学部在学時は卒業研究で韓国のドキュメンタリー映画『アリラン』に関する論文を修めた中村さんが、タイのアピチャッポン監督の研究を進めようと思い至った経緯などを教えていただきました。
 
 「大学院ではアジア圏のドキュメンタリー映画について研究しようと考えていました。ですが、ある日京都市内で開催されていたアピチャッポン・ウィーラセタクンの個展に駆けつけたときのことです。そこで見た彼の作品は、美術館やギャラリー展示するインスタレーションなどでした。彼は2010年に『ブンミおじさんの森』という長編映画作品でカンヌ映画祭の最高賞を獲得していますから、てっきり映画監督だと思っていたわけです。ところが映画は、アピチャッポンを構成する一要素に過ぎません。東北タイという凄惨な歴史が埋れる土地で、彼は映画だけでなくインスタレーションやMVや写真まで制作することで、はじめて複雑かつ広大なネットワークをつくりあげたのです。正直にいうと、それらの展示作品は理解不能でお手上げでした。ですが、私はその異次元の複雑さにこそ惹きつけられたのです。その見たことも体験したこともないイメージのネットワークを紐解いてみたいと思いました。そこでドキュメンタリー映画研究ではなく、ひとりの作家に焦点をあてることを決意したのです。」

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なるほど。衝撃的で運命的な出会いがあったというわけですね。

在学時、中村さんはインターンシップ科目である「学外映像研修」を受講し、山田洋次監督『東京家族』(2012)の撮影現場で3ヶ月間みっちりプロの研修を受けました。撮影助手「見習い」として、キャメラのレンズ交換や荷物運搬などをおこないました。もっとも重要な役目は、キャメラが何を映しているかを山田監督が確認するためのモニターの設置でした。監督のもとで緊張と刺激の中、目の回るような3ヶ月間を経験しました。
 
そして、その経験が卒業から5年後、巡り巡って1冊の本への執筆に繋がりました。
 
それが今年3月に朝日新聞出版社より刊行された『小津安二郎 大全』(松浦莞二、宮本明子/編著)です。

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本書は生誕115周年を記念して発行された、日本を代表する映画監督小津安二郎についての「永久保存版」資料集&論考集で、この「第二章 小津安二郎を知る」の「『小津』を継承しようとした男」を中村さんが執筆されています。この本には他にも、坂本龍一、香川京子、岩下志麻、立川志らく、加瀬亮、内田樹、四方田犬彦、佐藤忠男、周防正行など、各界の大御所が執筆に参加。 なぜ、「学外映像研修」の経験が巡り巡ってこの大著への寄稿に繋がったのでしょうか。
 
「『小津安二郎 大全』は、映画監督小津安二郎をさまざまな観点から味わい尽くす本です。だからこそ、小津にかんしては素人同然の私に寄稿の依頼が来たことに驚きました。そもそも山田監督と小津を比較すること自体がナンセンスだと思われているからです。あえてその観点を取り入れたのは編者の皆さまの英断だと思います。ともあれ重要なことは、山田監督が小津安二郎という巨大な存在に取り憑かれていたということです。

『東京家族』は、小津の傑作『東京物語』(1953)をリメイクした作品です。3.11以降の日本と若者のありかたを新たに織り込んでいます。一般的には、『東京家族』は賛否両論です。ですが現場の観点からすれば、本作はとても興味深い作品なのです。”小津さんならどうするかなぁ”と山田監督は現場で呟きました。『東京家族』があの傑作のリメイクであることも、小津監督の手法を取り入れることで本作品のバランスが崩壊することも、すべて山田監督の懸念事項であったはずです。その事態をどのように乗り越えたのか、そして映画監督にとって小津とはどのような存在かを書いてみました。

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そしてなによりも、本書全体は学生の皆さまにも読みやすい本です。小津の貴重な写真、詳細な作品解説やデータなども掲載されています。それはときに映像制作のアイデアへと密接につながるでしょう。もっといえば、アニメーション、マンガ、ゲーム…あらゆるジャンルのクリエイターが振り返る人物こそ、小津安二郎なのではないでしょうか。」

日本映画界を代表する監督と言われていますが、実は小津安二郎のことをよく知らないという方も若い方々にはいらっしゃると思います。是非ご覧ください!

それでは、最後に中村さんから後輩へメッセージをお願いします。

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「ぼくは就職経験がないので、『社会に役立つ』人材が要求される現在の状況はわかりません。『社会に役立たない』と一般的にみなされていることを突き進めることに、ぼくはもっと時間をかけたいと思っています。何ともだらしないのですが、ぼくはこれまで地平線ギリギリをふわふわ飛んで生き延びることしかできなかったし、これからもそうだと思います。ぼくが常にヒリヒリと感じ取ってきたのは、周囲には自分より優秀な人が必ずいるという事実です。それを受け入れることが重要です。そして『あなたはわたしじゃない』、と割り切って考えてみる。そのうえで自分のできることを少しずつやってみる。それだけでいいと思います。

もうひとつ言えるのは、映画作品を見て、テキストを読み、とにかく考え続けること。そして、思考を文字にすること。この重要さは北野ゼミで徹底して教えていただいたことです。研究でも仕事でも趣味の時間でも、どんなときでも徹底して通用することだと今も確信しています。ふとした画面の細部にあなたの概念が揺さぶられる経験、ひとつの文章にあなたの身体がかき乱されるような瞬間は、いずれどこかからめぐってやってきます。ですが、こちらが受け取れる準備をしておかないと、それはきっと取り損ねてしまうものなのです。

わたしたちはフィルムのように、わずかな光でも像をつくりだすように鋭敏であるべきです。ですが『カメラを止めるな!』という意気込みでは、なにも面白いものは撮れません。撮るべきとき以外はキャメラなんてどこかに置いておけばいい。ある決定的な瞬間に、キャメラをもっているあなたがただそこに立っていること、そして目前の現象を捉えることこそが重要なのです。映像学部でそうした機会が皆さまにめぐってくることを祈っています。」

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在学生の皆さんも、この学部での経験がいつどのようなところにつながるのか今はわかりませんが、将来良い結果につながるよう、日々「今」を精一杯過ごしてほしいですね。中村さん、今後も研究活動頑張ってください!!

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