創部70年以上の歴史を誇り、毎年100人以上を超える部員が所属する立命館大学応援団吹奏楽部(以下、吹奏楽部)。「学年の枠を超えた仲の良さと自主性の高さが持ち味」と部長の都築芙実さんは特徴を語る。「関西吹奏楽コンクール」で 7大会連続の金賞受賞を果たし、関西の大学吹奏楽を盛り上げてきた吹奏楽部は、13年ぶりに「全日本吹奏楽コンクール」に出場。創部初となるGOLD金賞を受賞する快挙を成し遂げた。初の偉業を達成するまでの道のりはいかなるものだったのか。歴代最高の結果を残した部をまとめあげた彼女は、どのように音楽と向き合ってきたのか。彼女の音楽人生に迫った。

「人前に立つのが苦手」それでも100人を超える部を束ねる立場に

本格的に音楽を始めたのは小学4年生のとき。マーチングバンドをやっていた従姉妹の影響を受け、小学校のマーチング部に入部。中学校では吹奏楽部に所属し、卒業後はマーチング・吹奏楽の両方のコンクールに出場できる環境を求めて、地元の強豪校に進学した。入部後は強豪中学出身の部員との差を痛感する日々が続いたが、地道に基礎練習を継続。自由参加の昼練習は一度も休まず、練習の振り返りをノートに記録し続け、苦手とする演奏技術の克服に取り組んだ。

積み重ねた努力は実を結び、2年生でコンクールメンバーに選出されると、その年の秋には顧問や先輩から次期部長の推薦を受けた。「もともと人前に立つのは苦手で、家族にも『やめたほうがいい』と心配されました」と苦笑する都築さんだったが、仲間を大切にする人柄や音楽へのひたむきな姿勢が高く評価され、120人に及ぶ大所帯を束ねる立場となった。

しかし最後の吹奏楽コンクールを控えた初夏、部に危機が訪れる。3年生部員の間に亀裂が入り、部内の雰囲気は悪化。その影響は大きく、最後の吹奏楽コンクールは東海大会銀賞という結果に終わった。秋には「全日本マーチングコンテスト」が控えていたものの、部の雰囲気が良くなる兆しはなかった。

それでも都築さんは、諦めることなく再出発を期した。「後輩に良い伝統を残していくためには、最後の大会前にもめている場合ではない」。誰よりも部のことを考えてきた彼女が思いを伝え続けたことで、部は徐々に本来の姿を取り戻した。 迎えたコンテスト当日には、『表彰式でみんなの笑顔が見たいから、やってきたことを出し切ろう』と自ら仲間たちを鼓舞。思いが一つとなったパフォーマンスで見事に金賞受賞を果たした。人前に立つという最も苦手なことに挑戦した日々は、後の彼女の音楽人生を支えとなる財産となった。

「この部をもっと良い部活にしたい」

当初、卒業後は保育士を養成する専門学校を希望していたが、顧問の先生の勧めで立命館大学への進学を考えるように。最終的な決め手となったのは、オープンキャンパスで見た吹奏楽部のパフォーマンスだった。「生き生きと音楽を楽しみ、のびのびと演奏をしているだけでなく、演奏がすごく上手いことに衝撃を受けました。『この環境で大好きな音楽を思いっきりやってみたい』と思ったことが決め手でした」。

しかし大学生活の滑り出しは思わぬものとなった。コロナ禍の影響で活動は自粛となり、先行きの見えない日々で意欲を失うことも少なくなかった。 だが彼女はこの逆境を糧とし、吹奏楽への思いを一層深めた。「1回生の秋に対面での活動が再開して、久しぶりに合奏をしたら本当に楽しくて。苦しい時期が続いたけれど、やっぱり吹奏楽っていいなと思ったんです」。仲間と吹奏楽ができる喜びを噛み締めた彼女は、3回生になると次期部長に立候補。「この部をもっと良いものにするために貢献したい」と新たな一歩を踏み出した。

「危機を乗り越え、13年ぶりの全日本吹奏楽コンクールへ

ところが4回生が引退して間もなく、部の自主的な運営について部内で考えのすれ違いが生じるようになった。「『こんな状態で1年間やっていくのは難しい』という声も上がるようになり、このままではまずいと思いました」。危機感を募らせた彼女は、新たな運営方法を模索するために奔走。「本音を言い合える関係性を築き、全員が納得いく形で自分たちの音楽を追求できる環境を整えたい」と、大学職員や顧問の先生らにも協力を仰ぎ、話し合いの場を設けた。

彼女の奮闘は実り、話し合いの場は部の変革をもたらした。「それぞれの本音をしっかりと理解したことで、これまで以上の信頼関係ができたと感じています」と語る都築さん。「『自分たちはどういう音楽を表現したいのか』ということを、先生の助言をもとに各自が突き詰める先に、自分たちが納得するだけでなく、聴く人も良さを感じられる音楽を創る道があるはずだと考えるようになっていました」。

危機的な状況を乗り越えた吹奏楽部は「関西吹奏楽コンクール」で際立つ輝きを放った。表現の細部までこだわり抜いた演奏で関西代表1位の座を射止め、13年ぶりとなる「全日本吹奏楽コンクール」の出場権を獲得。全てを出し切った演奏後、思わず涙を流す部員の姿がそこにあった。

より多くの方々に感謝の思いを届けたい

コンクール後に彼女たちが最も力を入れたのは、演奏会や応援活動だった。「13年ぶりの全日本だからといって、コンクールの準備だけに時間を費やすことはしたくありませんでした」と語る都築さん。背景には、感謝をより多くの場で伝えたいという思いがあった。「今年は演奏会などの出演依頼を例年以上に多くいただきました。そうしたオファーをいただくなかで、自分たちが多くの方々に応援してもらっていることを改めて実感したんです。だからこそ声をかけてくださった方々への感謝の思いを大切に、依頼をいただいた活動にこそ力を入れていこうと思いました」。より多くの機会を通じて、支えてくれる方々に感謝の思いを伝えたい――。その誠実な姿勢は、彼女たちの演奏に一層の深みをもたらした。

待望の「全日本吹奏楽コンクール」当日。吹奏楽部は圧巻の演奏を披露し、創部初となるGOLD金賞を受賞。70年を超える部の歴史上初の快挙を成し遂げた。「あっという間の12分間でした。楽しかったという一言に尽きます」。そう晴れやかに語る都築さんは、表彰式で見た景色に思わず笑みがこぼれたという。「実は対面での結果発表は大学生になってから初めてだったんです。観客席から笑顔で手を振ってくれるみんなの姿を見ることができて本当に幸せでした」。

ともに快挙を成し遂げた頼もしい後輩たちに、都築さんはバトンを託す。「これからも出演依頼を積極的に引き受けて、大学吹奏楽を盛り上げてほしいです。そして自分たちがやりたい音楽をとことん追求して、音楽を心から楽しんでくれたら嬉しいです」。大学吹奏楽の歴史に新たな1ページを刻んだ吹奏楽部。都築さんがもたらした変革は、吹奏楽部を黄金期へと導く礎となるはずだ。

PROFILE

都築芙実さん

安城学園高等学校卒業(愛知県)。音楽に親しむようになったのは、幼稚園のときに通ったリトミック教室がきっかけ。立命館大学応援団吹奏楽部に在籍していたときは、衣笠キャンパスでの学業とOICキャンパスでの週6日ほどの練習に励みながら、2つのアルバイトに従事するなど、私生活でもアクティブな日々を過ごした。卒業後も音楽を続ける予定で、出身校のOB・OGバンドの活動を通じて、これからも感謝の気持ちを届けたいと語る。

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