琵琶湖固有種を素材にバイオセンサーを開発
現代生活にあふれる多種多様な化学物質は、さまざまな効能をもたらす反面、人体をはじめ、生物への悪影響が懸念されています。特に化学物質の影響は、分化した後の細胞より、分化能を持つ幹細胞、あるいは細胞分化過程にある細胞において顕著に見られることが知られています。しかしこうした化学物質の影響を適切に評価するシステムは、いまだ存在しません。本プロジェクトでは、幹細胞をバイオセンサーとして用い、化学物質が細胞分化に与える影響を精密に評価するシステムを構築することを目的としています。
中でも私たちの研究の独自性は、水棲の琵琶湖固有種の細胞を用い、化学物質がヒトだけでなく固有種に与える影響に関しても細胞レベルで解析し、比較する点にあります。京阪神地域の水がめとして太古から重要な役割を果たしてきた琵琶湖においても、現在、化学物質による水質汚染が深刻化しています。この影響は、人はもちろん、琵琶湖固有の在来種にも及びます。ニゴロブナ、ホンモロコ、ビワマス、セタシジミといった琵琶湖固有種は、生物多様性を考える上でも、また地域の食料、生活文化においても貴重な生物資源です。本研究では、こうした琵琶湖固有種を素材に研究を進めることで、バイオセンサーによる評価システムの構築と同時に、琵琶湖固有種の保存と増殖にも寄与したいと考えています。また固有種の細胞解析によって、その特異性をはじめ、普遍的な細胞分化やリプログラミング現象の解明にも新たな知見を提供できるかもしれません。
ホンモロコ、セタシジミ由来の細胞株を樹立
プロジェクトではまず、琵琶湖固有魚類であるホンモロコ、固有貝類であるセタシジミを材料に体細胞および幹細胞の樹立を試みます。すでに細胞株樹立の予備実験を行い、ホンモロコ、セタシジミ両方の細胞が培養可能であるという結果を得ています。幹細胞の樹立に成功すれば、多能性解析、網羅的遺伝子発現解析によって多能性維持に必要な遺伝子を特定し、機能、さらには生物間における普遍性や相違点を明らかにしていきます。いずれは幹細胞を用いた固有種の人工増殖方法の開発にも着手することを展望しています。個体復元可能な細胞として固有種を保存できれば、固有種の保存と増殖に大きく近づくことになるでしょう。
バイオセンサーの確立がもたらす
自然環境維持、有用物質探索への貢献
幹細胞を用いたバイオセンサーの開発においては、マウスのES、iPS細胞、およびヒトのモデルとして霊長類カニクイザルのES細胞の生殖細胞へのin vitro分化を評価系として用います。
まず生殖細胞特異的に発現する遺伝子のプロモーター制御下で、GFP、RFP等の蛍光タンパク質遺伝子を連結させたベクターを構築し、ES細胞に導入します。これをマウスおよびサルのES、iPS細胞に導入し、レポーター細胞株(バイオセンサー)の樹立を図ります。次いでビスフェノールAなどの化学物質の存在下でレポーター遺伝子導入幹細胞を生殖細胞へ分化させ、蛍光タンパク質発現細胞数を解析してその影響や危険度を明らかにする予定です。幹細胞を用いた生殖細胞分化バイオセンサーの確立と化学物質評価系の構築が可能となれば、より直接的に水質の影響を受ける琵琶湖固有魚貝類の細胞でバイオセンサーを作製し、固有種への影響を直接調べることも可能となります。さらにES細胞を用いた他の機能細胞への分化、例えば脂肪細胞分化、および骨芽細胞分化のバイオセンサーの確立も目指します。これらのバイオセンサーにより、化学物質が特定機能細胞分化に与える影響が明らかになるだけでなく、脂肪細胞への分化を抑制する物質などの有用物質探索にも活用し、創薬研究への展開を試みます。
このプロジェクトは、生物および食料資源として貴重でありながら、細胞生物的研究について報告のほとんどない琵琶湖固有種に関する学術的空白領域を埋めるとともに、細胞レベルの知見と自然環境保全、さらには地域産業を結びつけ、それらに貢献することを目指します。
ホンモロコ、セタシジミ、バイオセンサー、幹細胞、細胞分化

1988年 東北大学大学院農学研究科博士課程修了。農学博士。'88年 神戸大学助手、'90年 National Institutes of Health (USA) 研究員、'95年 国立小児医療研究センター研究員、'03年 滋賀医科大学助教授、'07年 准教授、'09年 立命館大学薬学部教授、現在に至る。International Society for Stem Cell Research、日本分子生物学会に所属。

琵琶湖固有魚貝類の細胞株樹立とバイオセンサーへの応用
(高田達之 教授)

窒化物半導体をもちいた環境エレクトロニクスの構築
(青柳克信 教授)

低炭素社会実現のための基盤技術開発と戦略的イノベーション
(周 瑋生 教授)

天然テトラピロール分子を基盤とした環境調和型光応答材料の創製
(民秋 均 教授)

元素資源を基盤とした機能性ソフトマテリアルの創製
(前田大光 准教授)

自然共生型機械材料高効率利用プロジェクト
(飴山 惠 教授)

創薬ならびに有用機能性有機分子創生を志向するサステイナブル精密合成研究
(北 泰行 教授)

アンチセンス転写物による発現調節機構を用いた創薬の研究
(西澤幹雄 教授)

糖鎖工学による再生医学新領域の開拓
(豊田英尚 教授)

IRTが拓く超臨場感遠隔協働環境の研究
(田中弘美 教授)

多次元医用データの統計モデリングと診断補助支援(CAD)システムの開発
(陳 延偉 教授)

生体機能シミュレータと解析ツールの研究開発
(野間昭典 教授)

統合型スポーツ健康イノベーション研究
(伊坂忠夫 教授)

暮らしを支える安全・安心のインビジブル・セキュア・プラットフォーム
(毛利公一 准教授)

対人援助学の展開としての学習学の創造
(望月 昭 教授)

応用錯視学のフロンティア
(北岡明佳 教授)

「法と心理学」研究拠点の創成
(佐藤達哉 教授)

電子書籍普及に伴う読書アクセシビリティの総合的研究
(松原洋子 教授)