アスベスト被害と救済・補償・予防制度の政策科学 | アスベスト問題の解明が、未来、世界の新たな被害を防ぐ。

将来にわたって被害が予想される アスベスト災害・公害

アスベスト災害・公害は史上最悪の産業公害であり、人類が世界規模で直面する緊急課題の一つです。アスベストによる健康被害は、曝露してから発病するまでに15年、長い場合は40年以上もかかるといわれます。またアスベストは、生産・流通・消費・廃棄といったすべての経済過程で被害が発生し、しかも長期間分解されずに被害をもたらし続ける「複合型ストック災害」です。

現在、早くからアスベストを使用してきた先進国でこそ公的規制や被害の公的補償・救済制度の構築が焦点となっていますが、アジア各国では、いまだにアスベストの大量消費が続き、被害は確実に広がっています。将来予想される甚大な被害を防ぐためにも、一刻も早い解決策の提案が待たれています。

アスベスト被害の実態を解明し経験を世界に発信する

本プロジェクトでまず取り組むのは、日本はもとより、各国のアスベスト被害の実態と発生メカニズムの解明です。アスベスト被害はなぜ起こったのか、原因と責任の所在を確定することで、はじめて救済制度の充実化も図れるからです。そこでアスベストの使用状況、アスベスト関連企業の立地、生産、取引動向、アスベスト災害・公害の実態、労働・環境保全政策や社会保障制度の実態について、現地調査に基づく学際的な分析を行います。

その一つとして、アスベストが建材として最も多く使用されてきたことに鑑み、建設労働者のアスベスト被害と原因の解明を行ってきました。また世界的にも類を見ない環境曝露被害をもたらした尼崎市のクボタ旧神崎工場周辺の調査も実施しています。たとえば、この工場の近くにあった尼崎市役所小田支所の予備調査でも、同工場がクロシドライド(青石綿)を使用していた時期に働いていた職員500名の中に、環境曝露による中皮腫の死亡者が見つかっています。この結果は、10万人に1人という中皮腫発症率から比べると、かなりの被害が出ている可能性を示唆するものです。

また国内のみならず、アジアのアスベスト災害と公的政策の調査も実施しています。その結果、アスベスト関連企業は、経済成長や公的規制の早かった日本から韓国へ、さらにインドネシア、中国へと移転した実態が明らかになりました。また日本のアスベスト規制法令がほとんどそのまま韓国および台湾に導入されていることも判明しました。さらに、アジアの国々で現在も有害なアスベストが使用されている政策上の論理は、まさに高度成長期の日本の経験を引き写したものです。すなわち、アスベスト災害とそれに伴う法規制の両方ともが日本からアジア各国へと受け継がれているということです。

だからこそ次なるテーマとして、日本における経験とそこから得た数々の研究成果を海外、とりわけアジア地域に発信することも私たちの役割だと任じています。研究成果の英語による出版や国際シンポジウムの開催なども今後、積極的に進めていく予定です。

被害を防ぎ、被害者を救済する仕組みの確立を目指す

アスベスト被害に関する日本の公的制度は、認定する疾病の範囲が狭い、給付金額などの救済水準が低いといった課題を抱えています。世界各国の経済的、社会的状況と公的制度に関しても十分に検討して、被害と公的制度の多様性と共通性を析出し、日本の制度の充実に寄与したいと考えています。

以上のように多岐にわたる課題に対応すべく、プロジェクトでは、政治学、行政学、財政学、経済学、法律学、建築学、医学など多様な領域から学際的にアプローチします。将来的には、アスベストに留まらず、土壌汚染など様々なタイプの複合型ストック災害が起こると予想されます。その被害を未然に防ぎ、被害をこうむった人を救済する仕組みの確立に成功するか否かは、私たちの研究成果にかかっている。そうした使命感を持って研究に取り組んでいます。

アスベスト、公共政策、学際的研究、複合型ストック災害

森 裕之 教授

森 裕之 教授

1993年 大阪市立大学大学院経営学研究科後期博士課程中退。博士(政策科学)。'93~'97年 高知大学人文学部助手、専任講師。'97年~'03年 大阪教育大学教育学部専任講師、助教授。'03年~'08年 立命館大学政策科学部助教授、准教授。'08年~'09年 同副学部長。'09年同教授、現在に至る。日本地方財政学会、日本財政学会、日本地方自治学会、環境経済・政策学会、社会・経済システム学会、国際財政学会に所属。'09年 第9回日本地方財政学会佐藤賞(著作の部)を受賞。

研究者の詳しいプロフィール
立命館大学研究者データベース:森 裕之

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