Research Story 〜つながる研究、つなげる研究〜

  • prev story
  • Story #12
  • next story

Story #12 谷 徹

「純粋経験」を重視する現象学的視点で社会を見つめる。

私が青春時代を送った1970年代は、安保闘争や学生運動が終焉を迎え、一見経済も社会も安定していながら、言葉にできない閉そく感が蔓延していました。そうした先の見えない息苦しさの中で心惹かれたのが、人間の「自由」を重視し、「実存」を強調したサルトルの思想でした。大学で哲学科に進み、そこでサルトルの思想を育んだ現象学に本格的に触れることになりました。

現象学は、20世紀初頭、ドイツの哲学者フッサールによって提唱された後、ハイデガーに継承され、サルトル、メルロ=ポンティ、デリダといったフランスの哲学者に多大なインパクトを与えました。その潮流はヨーロッパ全土、そしてアメリカ、日本へと広がっていきました。1世紀を経た今なお、韓国・台湾・中国など東アジアにも研究者を増やし、世界中で展開しています。私はこの「現象学的」方法によって、現代の諸問題を照らし出そうと試みています。

現象学的思考の特質は、あらゆる先入観を排し、意識に直接現われるもの、あえて言えば「純粋経験」を基礎に置くことです。例えば、私たちのいる世界、あるいは目の前にあるコップが「それ自体で客観的に存在する」という思い込みを脇へ置き、それが私に見えている限りにおいて、つまり「経験」の範囲において、それを分析します。

現象学的アプローチで「間文化性」を考える。

現在私が関心を持っているのは、「私」という言葉でしか指示できない唯一無二なもの、「自然」という言葉でも表現される根源的な動詞的なるもの、「他者」と呼ばれる何か不定なもの、これらが互いにどう関わるかということです。「私」はまずもって「世界」を自然なものとして経験していますが、しかし、「他者」の経験の仕方は、私のそれとは異なっているらしいという経験もしています。こうした「他者」との関わりにまつわる問題は、「間文化性」に広がります。文化人類学や比較文化論といった枠組みでは、異なる文化は「外側」から観察する手法によって捉えられます。一方、現象学的なアプローチは、「私」たちの「経験」の内側からその意味を分析していこうとするところに独自性があります。「異文化」と「自文化」が遭遇する時――ここに間文化的な「経験」が生じますが、実は両者はいつもすでに遭遇しています――、そこには、異文化の捉え方、それへの関わり方によっては、文化摩擦から民族紛争などの暴力にも発展する危険がはらまれています。これは、「外側」から見られる「余所事」ではなく、「私」たちの経験の「内的な」問題です。現象学的に「間文化性」を考えることは、グローバル化が進む現代社会において、国際関係や異文化理解といった文脈でも示唆に富んだ知見を提供するに違いありません。

研究では、多岐にわたる間文化的現象を「言語」「離合」「精神」「共存」「時間」の5つの領域に分け、それぞれの構造を解明しようとしています。言語の間文化性においては、そもそも言葉は、客観的に存在する事物の単なる記号ではなく、それを話す人々の価値観や考え方を含む「文化」を形成しています。とはいえ、自分の文化・言葉に規定されているからこそ、逆説的に外国の文化や言葉を理解する可能性が見えてきます。もし何にも規定されない「純粋無垢な私」が存在するとしたら、そんな「私」はきっと、石庭に配された石の美と砂漠にころがる石を区別することはできないでしょう。こうして現象学的な視点から、違うものを「違う」と認めながら、「共存」していくすべを探ろうと考えています。

アジアにおける間文化現象学の拠点を立命館に。

言葉は「現われさせる」機能をもっています。さらに言えば、新たな言葉が創造されると、それまで存在しなかったものが「存在してくる」ことがあります。例えば、日照権という言葉ができて初めて、それまで現われていなかったことが「権利」として立ち現われてきました。このように、経験の中のまだ現われていないある本質的なものを際立たせるような新しい言葉を創り出すことも、研究者としての役割だと任じています。

2009年、立命館大学に「間文化現象学研究センター」を創設しました。アジアにおける間文化現象学研究の拠点として、アメリカ、ヨーロッパの研究機関とも連携しつつ、しかしまた、研究機関という枠組みを超え、新たな文化・思想を「創り出していく」アトリエとして、「世界」に貢献していきたいと考えています。新しい言葉、新しい概念、そして新しい文化を創り出したいという気概を持った若い世代の人たちが、数多く集ってくれることを願っています。

  • 若手研究者のみなさまへ

    新しい言葉、新しい概念、そして新しい文化を創り出したいという気概を持った若い世代の人たちが、数多く集ってくれることを願っています。


谷 徹

Toru Tani

文学部 教授

1985年 慶應義塾大学大学院文学研究科哲学専攻博士課程単位取得満期退学。博士(文学)。1986年 九州歯科大学歯学部講師、1994年 城西大学女子短期大学部助教授、1996年 城西国際大学人文学部助教授、2003年 立命館大学文学部教授、現在に至る。日本現象学会、日本哲学会、日本倫理学会、実存思想協会、Gesellschaft fuer interkulturelle Philosophieに所属。

  • PDFダウンロード
  • 立命館の研究シーズ
  • 産学官連携の申請方法
  • 研究者学術情報データベース
  • お問い合わせ

  • PDFダウンロード
  • prev story
  • Story #12
  • next story

ページの先頭へ