人は、行動を始動したり、停止したりすることを意図的にコントロールする(intentional control)「行動調節機能」を持っています。注意、記憶、思考など調節機能がつかさどる範囲は、多岐にわたります。それをコントロールするにあたっては、発達的にみて、行動を起こすことより、行動を抑制することの方が困難であることが分かっています。自分では「こうしよう」と思っているのに、意に反して違うことをしてしまうような「誤り」を日常生活で誰しもが経験するでしょう。これまでの研究で、子どもや高齢者はこうした「エラー」を起こしやすく、加齢によって行動調節機能は変化することが明らかになっています。
私は、実験的な手法を用いて行動調節機能、とりわけ抑制機能の加齢変化を研究しています。最近の成果の一つとして、加齢によるエラーの起こしやすさ、すなわち抑制機能の変化が、反応形態の違いによって顕著になることを見出しました。
反応形態の差異を比較するために、指先で軽く押すだけで感知するスイッチ(マイクロタイプ)と、ある程度の力を入れて握らなければならないスイッチ(グラスプタイプ)の2種類を用意し、大学生と65歳以上の高齢者の2グループに対して実験を行いました。当初は、マイクロタイプのスイッチの方がエラーを起こしやすいと予想していました。ところが実験によって、大学生はスイッチの形態に関係なくエラーの頻度が低いのに対し、高齢になると、強く握るグラスプタイプのスイッチの方が、かえってエラーを起こしやすいことが判明しました。人は脳の神経興奮が高まると、行動を抑制できなくなることが知られています。実験の結果は、そのことと関連しているのではないかと分析しています。
研究の面白さを実感するのは、実はこうした想定外の結果に直面した時です。「当たり前」だと思っていた人間の心理や行動が想像だにしないメカニズムに支えられていることを知り、それを解明することが、研究の苦しみであり、醍醐味でもあります。
また私は現在、人間科学研究所のプロジェクトとして、高齢者支援にも参画しています。その一環として、認知リハビリテーションによって抑制機能に改善・変化が見られるかも調べました。行動抑制に前頭葉が重要な役割を果たしていることは、既存研究で報告されています。実験では、高齢者を2グループに分けました。一方は音読計算といった学習課題を中心に他者とのコミュニケーションを積極的にとるグループ、もう一方は定期的に査定だけを行うグループです。そして3年間の経過を評価しました。その結果、音読計算課題を中心に他者とのコミュニケーションを積極的にとるように働きかけた高齢者は、抑制機能が維持されることが分かりました。このことから、認知リハビリテーションによって高齢者の認知機能の可塑性が十分期待できることが推察されました。
産業分野と手を携え、研究成果を社会に役立てることも重要だと考えています。例えば、スイッチやボタンを押す必要のあるさまざまな機器のインターフェースの開発や、自動販売機やATMといった多くの人が使う機器の開発などに、有意な基礎データを提供することが可能です。さらに、効果的な認知リハビリテーションによって、高齢者の健康維持の可能性が高まれば、高齢者にかかわる医療や福祉といった財政負担の軽減にもつながります。
人間の行動や心には、まだまだわかっていないことがたくさんあります。若い皆さんには、躊躇することなくさまざまな実験や調査に挑戦してほしい。挑戦には失敗はつきものです。しかし、多くの失敗の中から、些細なことでも、新しいことを発見したときの喜びはとても大きいものです。
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企業のみなさまへ
さまざまな機器、福祉機器のメーカーと共同で製品を開発できたらと考えています。スイッチやボタンを押す必要のある機器、とりわけ自動販売機やATMといった多くの人が使う機器の開発に有意な基礎データを提供することができます。
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若手研究者のみなさまへ
人間の行動や心には、まだまだわかっていないことがたくさんあります。躊躇することなくさまざまな実験や調査に挑戦してください。新しいことを発見したときの喜びはとても大きいものです。
土田宣明
Noriaki Tsuchida
文学部 教授
2005年 大阪大学大学院人間科学研究科適応認知行動学講座博士後期課程修了。博士(人間科学)。2006年 立命館大学文学部教授、現在に至る。日本心理学会、American Psychological Association、International Psychogeriatric Association、日本発達心理学会、Internation Association of Applied Psychology、日本老年行動科学会、日本教育心理学会、関西心理学会、日本行動分析学会に所属。