地球が誕生して46億年、その長い歳月の中で生物が多様な環境の変化にどう適応し、進化してきたかに関心を抱いています。現在注力しているのは、シアノバクテリアを材料に、生物時計の分子機構を探ることです。シアノバクテリアは、約27億年前には地球上に存在したといわれ、光合成を行う微生物の中でも最古の生物です。長い年月を生き抜く間、激動する環境変化を乗り越えるために身につけた「戦略」が、その遺伝子に組み込まれています。生物時計もその一つです。生物にとって昼夜の変化は、日常的に起こる最も大きな環境変動です。それに適応するために、地球上に住むほとんどすべての生物が、生理反応に24時間周期の振動、すなわち生物時計を備えています。中でもシアノバクテリアは、細胞内に生物時計を持つ最もシンプルな生き物です。
生物時計の周期がどうして常に24時間に維持されているのかは、長らく謎でした。それが近年、kaiA、kaiB、kaiCという生物時計において中心的な働きをする3つの遺伝子が発見されたことで、解明の道筋が見えてきました。さらにシアノバクテリアのKaiA、KaiB、KaiCタンパク質とエネルギーを供給するATPを用いて、24時間周期で振動する生物時計を試験管内で再構成する系が構築されたことで、生物時計の本質に分子レベルで迫ることが可能になりました。
生物時計のメカニズムを解明するには、次の3つの性質を分子レベルで明らかにする必要があります。一つは24時間周期であること、二つ目は温度を変えても周期が安定している(温度補償性)こと、そして三つ目は光などの外界の刺激によってリセットされることです。
私は生物時計の再構成系を詳細に解析し、生物時計の24時間周期が、KaiCによるATPの加水分解速度によって決められていることをつきとめました。非常に複雑だと考えられてきた生物時計のメカニズムは、実は、KaiCという一つのタンパク質の化学反応によって起こることが分かったのです。さらに同時に、たとえ温度が変化しても、ATPの反応速度は変わらないことも見出しました。この結果は、ATPの加水分解活性こそが生物時計の温度補償性の分子基盤であることを意味します。これらの発見は、生物時計がどのようにして温度に依存することなく24時間周期を維持しているかという長年の問いに、答えを提供する画期的な成果です。
生物時計のメカニズムの解明は、多様な応用可能性を秘めています。Kaiタンパク質を使った極微小の分子時計「タンパク質ナノタイマー」を作製し、シアノバクテリア以外の生物で駆動させることもその一つです。有用微生物を用いた物質生産におけるタンパク質の制御や代謝物量を変化させる技術において、「時間を自由に制御する」という発想は、これまで追究されてきませんでした。生物時計の解明は、「必要な時」に必要な量を生産するという新規時間制御型の物質生産技術の開発につながります。実現すれば、医薬・薬学分野、農業分野、生物工学分野など幅広い分野に大きなインパクトを与えるに違いありません。
どうして地球の自転周期を生物内のタンパク質が知っているのか。生物時計については、まだわからないことがたくさん残されています。とりわけシアノバクテリアの生物時計の研究は、日本が最も進んでいます。今後ますます重要性が増すだろうこの分野で、先頭を切るおもしろさを実感しながら「生命のメカニズムの謎」を解明する。心躍るテーマだと思います。
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企業のみなさまへ
極微小の分子時計「タンパク質ナノタイマー」や新規時間制御型の物質生産技術などを開発できる可能性を秘めた研究です。医薬・薬学、農業、生物工学といった分野の方々と、創薬や製品開発において協力し合えたらと考えています。
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若手研究者のみなさまへ
シアノバクテリアの生物研究は、日本が最も進んでいます。今後重要性が増すだろうこの分野で、先頭を切るおもしろさを実感しながら「生命のメカニズムの謎」を解明する喜びを感じることができます。
寺内一姫
Kazuki Terauchi
生命科学部 准教授
1999年 東京大学大学院大学院総合文化研究科博士課程修了。博士(学術)。1999年 Indiana University (USA) 研究員、2002年 名古屋大学理学研究科研究員、2008年 同特任講師、2009年 立命館大学生命科学部准教授 、現在に至る。日本植物生理学会、日本生化学会、日本光合成学会、日本ゲノム微生物学会に所属。