是枝裕和客員教授 特別講義(第2回)

Posted on 2010.12.17

12月2日(木)に是枝裕和客員教授による特別講義
「対論:是枝裕和監督と4人のクリエーター~表現の可能性を求めて~」
第2回目が開催されました。(第1回目の模様はコチラ

今回はゲストに作家の川上弘美氏をお招きし
「言葉でしか表現できないもの」をテーマに
作家になった経緯や私生活の話、文学・文章ならではの魅力について
また映像と文章、制作方法の違うお二人の共通点などを対談していただきました。

koreda1.JPG

 

作品はどのようにうまれるのか?
生み出すきっかけとして
『日常の中に異物が"フッ"と入ってくると何かがみえてくる』という話になり
川上氏は「自分の中にある言葉やストーリーだけで制作すると限りがある。
自分が普段使わない言葉や考えつかない単語、面白そうなフレーズなどを
使用する(=「異物が入ってくる」)といいものができる」と語られました。

kawakami.JPG

こういった制作法から川上氏の文章には独特な雰囲気がうまれていると是枝監督。
「川上氏の小説は作者と作品の距離感が心地よい」と述べられ、
川上氏は「自分が思っているほど他人は自分のことを意識していない。自分にとっては
すごい事でも他人にとってはそれほどでもない。そう気付いて、双方から物事を
捉えるようになり両方の価値観から書く。だから距離感をもってストーリーが描ける。」
と答えられました。
その人間観が川上氏の書く小説の登場人物に反映されており
そこが一番ワタシの出る部分だそうです。

また、制作において川上氏が心掛けていることは
「生きていくのはくだらない、生きていくことがつまらない。といった事は
 絶対にかかないこと。私は自分を肯定する、そういう価値観で作品をつくっている」
と語りました。

kaijyo.JPG

そして質疑応答では、集まった参加者から多くの質問があがり
中には執筆をしている学生のとても本質的な質問もありました。

「文章にできて映像にできないこと/映像にできて文章にできないことは?」
という質問を受けて
是枝監督は「文章は人物の繊細な気持ちや内面を言葉にして描くことができる。
カメラは人間の外側からしか撮れない、内面を撮ることができない。
だからこそ『外側(物体)に焦点をあて、内面を創造させる』そういう撮り方をしたいと思っている」
と自身の映像制作に対する想いを伝えました。
また、ドキュメンタリーなどの映像は二人称(私とあなた)の関係を描いているが
一人称や三人称は小説で描いたほうがいいのでは、と語っておられました。

 

また、「行間」について
川上氏は
『自分の作った物語の役割分担に登場人物をあてはめた時に発生する、
 描かれていない作者の突っ込みや、作者の気持ち』であるという。

是枝監督は
『映像のフレームを切り取った時、そのフレームの外側で
 登場人物が生きているのをどれだけ実感させられるか
』。
例えば、映画の映像は終わるけれど家族は続く、その先をどう過ごしていくのか・・
映画が始まる前にも、この家族はどう過ごしてきたのか・・
それを創造させるのが映画の行間と述べました。

koreda2.JPG

現代の映像は、受身的で楽に見られるものや、感情移入のしやすい映像が増えてきて
「行間」を想像する受け手も減少しているといいます。

「行間」を読めるようになるには、普段の生活の何気ない場面でも、
他人の関係性を観察し創造することで身に付くと教えてくださいました。
例えば、レストランや電車の中で隣に座っている人達には、どんな関係性があって、
どんな生活をして、そこにどんな物語があるのか・・。
お二人は常に人間観察・行動観察を行っていると自身のエピソードも交え
『色んなことを、色んな可能性を想像してほしい。』と講義の最後を締めくくりました。

文章と映像、表現方法は違いますが、お二人とも読者・視聴者に考えさせるもの、想像させるもの
といった読ませ方をもって作品を生み出していることを知りました。
今回の講義では、お二人の世界観に引き込まれ、とても貴重な時間となりました。


 

□■□■□■
次回の特別講義は・・・
           □■□■□■

senden.jpg

2010年12月23日(木)14:40~16:10
ゲスト...コミュニケーションディレクター/アートディレクター
     森本千絵氏

 

 

 

このページの上部へ