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政策科学研究科博士課程後期課程2回生阪井士紋さん
日本とモンゴルの安全保障協力に関する研究
まだ世界で誰も取り組んでいないテーマへの挑戦
先行研究が限られている「日本とモンゴルの安全保障協力」という領域に、あえてチャレンジしている阪井士紋さん(政策科学研究科 政策科学専攻 博士課程 後期課程2回生)。参考になる資料が限られている中で、自分で道を切り開いていく。阪井さんは、その覚悟を「清水の舞台から飛び降りるつもり」と表現する。2012年、当時の日本の防衛大臣がモンゴルを訪問し、両国の防衛当局の間で「防衛協力・交流に関する覚書」が署名された。地理的にも歴史的にも異なる両国は、なぜ防衛分野で関係を深めてきたのか。また、両国間で進められている安全保障協力は、国際政治においてどのような意味を持つのだろうか。
2026.10.14
- 指導教員が開いてくれたモンゴルへの扉
- 日本とモンゴルの安全保障協力とは
- 単なる二国間関係から国際政治へとつなぐ
- 国際社会で重要な小国との外交
指導教員が開いてくれたモンゴルへの扉
モンゴルという国名を聞いた人は、その先に何を思い浮かべるだろうか。歴史に詳しい人ならチンギス・ハーン、地理をよく知る人は草原やゲルと呼ばれる住まい、相撲に興味があれば朝青龍や白鵬など横綱を何人も出した国といったところだろう。
阪井さんもその程度の知識しかなかったが、指導教員が研究でモンゴルと関わりがあったことが、運命の分かれ道となった。
「2024年2月、指導教員の宮脇先生が『モンゴルに行くから、一緒に来ないか』と誘ってくれました。現地に着いてまず強烈だったのが、マイナス28℃というかなり厳しい寒さ。まさに一瞬で何もかもが凍りつく感じでした。それからモンゴルの研究者や学生たちと交流を深めていく中で、モンゴルと日本との関係を調べるようになり、両国の間で進められている安全保障協力を知ったのです」
日本とモンゴルの間で安全保障に関する協力体制があり、それが強化されている。そんな事実を知る人は多くないだろう。そもそも国境を接しているわけでもなく、遠く離れた内陸国モンゴルと日本が、なぜ安全保障に関して協力するのだろうか。
「私も最初は、そんな素朴な疑問からスタートしました。ところが、考えるほどに謎が謎を呼ぶというか、次々と疑問が湧いてくる。これは研究テーマとして取り組む価値があると思ったのです」
しかし、少し調べてみただけで、本格的に研究しようとすればとてつもなく大変な作業となるのが分かった。なぜなら、確かに日本とモンゴルの間で安全保障協力は進められているものの、それをテーマとする先行研究はほとんどないからだ。
「先行研究が少ない分野で、何らかの成果を残せれば、大きなやりがいを感じます。その代わり参考文献や資料なども少ないため、文字通り何もないところからすべて自分で調べなければなりません。モンゴル語の勉強も不十分な状態でしたが、面白そうだという好奇心に惹かれて、モンゴルのことを考えるようになりました。同じ年の9月にもう一度モンゴルへ行くチャンスがあり、その際にモンゴル関連の発表をすることになりました。そこで、日本の防衛省の資料などを自分なりに調べて、日本とモンゴルの間で行われている活動について発表しました。これが研究の実質的なスタートです」
日本とモンゴルの安全保障協力とは
2012年、当時の日本の防衛大臣がモンゴルを訪問し、両国の防衛当局の間で「防衛協力・交流に関する覚書」が署名された。この覚書の締結については、今も防衛省のホームページに掲載されている。
「安全保障協力をするとはいえ、日本とモンゴルの間で結ばれているのは、日米同盟のような、有事の際に共同で敵と戦う軍事同盟ではありません。実際に行われているのはPKO(国連平和維持活動)分野における能力向上の支援や人的交流、あるいは防衛装備についての協力などです。そもそもモンゴルは、中国とロシアに挟まれている国ですから、安全保障で何かをしようという場合には制約が必ず伴います。それなのになぜ、日本と安全保障協力を行うのか。しかも、近年では協力関係をより深めています。その理由を説明する理論は、今のところどこにもありません」
先行研究の少ないテーマだからこそ、モチベーションが試されることもあった。
「資料集めも一筋縄ではいきません。日本サイドで安全保障協力に携わっているのは、まず防衛省であり次に外務省です。一度、防衛省に対して資料提供を正式に申請したところ、書類を出してくれましたが、ほぼ全ページにわたって真っ黒に塗りつぶされていました。そんな黒塗り書類の存在は、テレビニュースなどで見た記憶はありますが、まさか自分が手にすると思いませんでした。国家間のことですから、こういうこともあると重く捉えず、研究を進めることにしました」
単なる二国間関係から国際政治へとつなぐ
日本での情報収取で限界を悟った阪井さんは、早々とモンゴルでの情報収集に着手する。
「日本ではなく、モンゴルでインタビューすることにしたんです。モンゴル人の日本研究者やモンゴル国防大学の教官など、指導教員が紹介してくれた人やオーストラリア国立大学で留学中に教えてもらった研究者などを通じて、出会えることができました。モンゴルの人は大変親切で、困った時に助けてくれる人が多いですが、そのせいか、とても協力的でした。つい先日には、モンゴルの元国連大使にもインタビューしました。元大使からは、私の研究について温かいエールをいただきました。モンゴル側の話を聞きたいという思いが強かったために、日本でのインタビューが疎かになっていましたが、これからは、日本の外務省や防衛省などからも話を聞く展開を考えています」
日本とモンゴルの関係について書かれた論文も、わずかながらある。しかしながら、そうした論文とも異なる視点で研究していると語る。その理由は、二国間の関係に関する事実の記述にとどまり、理論研究との接続が不十分であるからだ。
「国際政治では、国家間の関係を説明する理論が発展しています。日本とモンゴルの関係について書かれた論文もありますが、それらは基本的に時系列での記述にとどまり、理論に基づく考察や理論研究への貢献が十分ではありません。そこで国際政治学にすでにある理論を用いながら二国間の関係を読み解いていけば、新たな発見につながるのではないかと考えています。その際、日本とオーストラリアの関係などとの比較を踏まえて、戦略的パートナーシップのあり方まで考察を深めていけば、面白い研究になるのではと考えています」
国際政治に関する理論的な枠組みと照らし合わせて、モンゴルとの関係を見てみれば、そこからは日本にとっても新たな価値を見いだせるだろう。モンゴルはロシアと中国に挟まれた国だ。以前はロシア(ソ連)に強く影響され、今では政治・経済の両面で中国の影響も強く受けるなど、複雑な過去を経て現在に至っている。
「冷戦が終わり世界に民主主義が拡散する中で、モンゴルでも民主化が進みました。ソ連を中心とするコメコン(経済互助援助会議)も1991年に解散し、中国との経済的な結びつきが強くなっていきました。日本にとって中国との関係性が難しい中で、モンゴルから得られる示唆もあると思います。さらにモンゴルは、中国やロシア、北朝鮮のような日本と関係が難しい国々とも良好な関係を築いています。モンゴルのような国は、日本外交にとって欠かせない存在と言えます」
国際社会で重要な小国との外交
あえて先行研究の少ない領域に取り組む意義を、阪井さんはどのように考えているのだろうか。
「国連に加盟している国は、現時点で193カ国。その大多数はいわゆる小国です。ただし、小国だからといって大国ほど重要ではないということはありません。国連で議決する際には小国も大国と同じ一票を持っています。そんな小国との外交を考えるうえで、自分の研究が貢献できるのではないかと期待しています」
参照できる資料が限られている上に、教えてくれる相手もほとんどいない領域で研究を進めていくには、さまざまな困難を乗り越えていく必要がある。
「最も大きな課題の一つは、言語の壁です。研究を進めるためにはモンゴル語の資料を読み解く必要があります。モンゴル語はまだ十分に習得できているとは言えないため、辞書に頼りながら資料を読み進めています。それも我々が日常生活で馴染みがあるローマ字ではないキリル文字で書かれた文章です。同時に、より研究を深めていくために、できるだけ現地に赴いて資料を収集したり、インタビュー調査を行うよう心がけています」
先駆者のいない領域で進める研究、その行き先や自らの今後についてはどのように考えているのだろうか。
「アカデミアの道を進んでいきたいと考えています。厳しい世界ではありますが、安全保障を学びながら両国の関係や地域の安定に貢献することができれば理想です。モンゴルの田舎で住むのも楽しそうですが」
先行研究も十分に蓄積されていない「日本とモンゴルの安全保障協力」という領域に挑み、自ら現地で情報を集めながら研究を進める阪井さん。その姿は、まさに未踏の研究分野を切り拓くパイオニアである。

