戦争が続く世界で、何を学ぶのか(志村 真弓)

#Column

2026/04/03

戦争が続く世界で、何を学ぶのか

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6歳のとき訪れたサイパンのバンザイ岬では、非戦闘員の自決の歴史を知りました。
私の専門は国際関係論です。戦争はなぜ起こるのか、そして平和はどのような条件のもとで可能になるのかに関心をもち、主に国際政治学と平和研究の分野で研究をしています。
皆さんは、「戦争」と聞いて、まず何を思い浮かべるでしょうか。その答えは、生まれた時代や育った国・地域、どの戦争の何を見聞きし、あるいは実際に経験してきたかによって、大きく異なると思います。
私は冷戦の終わりごろ、日本の東京で生まれ育ちました。同時代に起きた戦争として、私が最初に記憶しているのは1991年の湾岸戦争です。湾岸戦争は、衛星放送を通じて、その映像が世界中の家庭に生中継された初めての戦争でした。映像を繰り返し目にするうち、私はしだいに二つのことを考えるようになりました。ひとつは、戦争の時代は過ぎ去っていないということ。もうひとつは、ミサイルをとらえたその映像に、犠牲者の姿は映っていない、ということでした。
戦争は、あのミサイルが着弾する地上で起きている。そのことを強く意識するようになった背景には、私が『火垂るの墓』、『うしろの正面だあれ』、『はだしのゲン』、『ひめゆりの塔』、『大地の子』といった作品を通じて、第二次世界大戦下の日本における非戦闘員の経験の記憶に触れてきたことがあります。
当時、私がもっとも感情移入して見ていたのは、子どもや女学生たちでした。彼女たちの目を通して見えた戦争とは、絨毯爆撃や原爆による無数の惨い死であり、一夜にして孤児になることであり、目の前の傷病者に自死を選ばせることでした。あまりの惨さにやっとの思いで作品を見終えた後、戦争になれば自分は生き延びられないだろうと、絶望的な気持ちになったことを覚えています。以来、戦争は、たとえ日本から遠く離れた国の出来事であっても、私にとってはどうしても気になってしまう問題であり続けました。これが、現在に至る私の研究の原点です。


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初めて沖縄を訪れた際、第二次世界大戦の戦跡や冷戦期に使用されていた核ミサイル発射基地の跡地を訪れました。しかし当時は、沖縄がいまなお米軍の前線基地として使われ続けていることを知りませんでした。
高校生になってから、私はもう一つの重要なことに気づきました。戦争には、被害者としてだけでなく、「加害者」として関わってしまう可能性がある、ということです。2001年9月11日、アメリカで同時多発テロ事件が起こると、米軍は翌月にはアフガニスタンに対する軍事行動を開始し、日本もその後方支援に加わりました。
その展開がきわめて急速であったことが、私にとって大きな衝撃でした。とりわけ不安を覚えたのは、戦争放棄等を定めた日本国憲法第9条との関係について十分な議論がなされないまま、自衛隊の海外派遣が可能になってしまったことです。目的は国際テロに対する「自衛」であると説明されていましたが、それでもなお、アフガニスタンの人々に被害を与えることになる現実に、強い動揺を覚えました。
振り返ってみると、それまで私は、自国の戦争加害の歴史についてはほとんど学んでこなかったことに気づきました。日本は、すでに朝鮮戦争やベトナム戦争でも米軍の後方支援を担っていたのです。東京で育った私がそうした事実を強く意識せずにいられたのは、日本の軍事的負担が長年にわたり沖縄に集中してきたからでもあります。高校の修学旅行で沖縄を訪れたとき、私は初めて、自分がその構造の中で「加害する側」に立っていることを自覚しました。

「戦争を防ぐための戦争」に陥らないために

研究者としてのもう一つの原点は、広島と長崎への訪問です。学部時代に広島を訪れ、原爆犠牲者の中に、朝鮮半島から徴用工として強制的に連れてこられ、被爆した人々が含まれていたことを初めて知りました。「唯一の戦争被爆国」という日本の自己イメージには、大きな歪みがあることを痛感しました。
アニメ映画『火垂るの墓』の高畑勲監督は、戦争の悲惨さを知るだけでは、その悲劇を回避するために戦争が必要だとする予防戦争論に克てず、将来の戦争を止める力にはならない、と警鐘を鳴らしました(『君が戦争を欲しないならば』岩波ブックレット、2015年)。「もっと学ばなければならないのは、そうなる前のこと、どうして戦争を始めてしまったのか、であり、どうしたら始めないで済むのか、そしていったん始まってしまったあと、為政者は、国民は、いったいどう振る舞ったのか」だと、監督は遺しています(同、7頁)。
国際政治学の知見が示唆するように、戦争に陥る原因の一つは、相手国の「防衛の意図」を「攻撃の意図」と誤って受け取ってしまうことにあります。自国が他国との関係において「加害」の歴史を持っていることを自覚しなければ、恐怖や不安に駆られて軍拡へと向かい、同じ過ちを繰り返してしまう危険性は高まります。
こうした論点も含めて、GLAの国際政治学と平和研究の授業では、戦争被害を数字や表面的な指標だけで捉えるのではなく、その人間的な意味を深く理解し、国際的に共有していくことの重要性を学びます。世界各地から集まるGLA生は、戦争についてそれぞれ異なる記憶や理解を持っています。教室では、互いの意見に丁寧に耳を傾けながら、現在進行中の武力紛争を終わらせるために何が必要なのか、将来の戦争を防ぐために何ができるのかを議論し、国際政治や平和についての視点を深めていきます。その過程を伴走できるよう、私の試行錯誤の毎日も続きます。