研究会報告:アメリカにおけるリプロダクティブヘルスサービスへのアクセスと低所得者へのケア―価値観・宗教・国民の間にある神話の影
地域健康社会学研究センターは、2018年12月16日(日)、金沢を拠点とする医療・福祉問題研究会、ジェンダー・セクシュアリティ研究会と共催で、金沢市内・松ヶ枝福祉館にて、アメリカの医療機構に関する研究会を開催いたしました(参加者28名)。
今回の研究会は、医療関連法をご専門とされるノースカロライナ大学公衆衛生大学院ディーン・ハリス(Dean M. Harris)氏の来日にあたり、米国の医療機構、特に、低所得者へのケアとリプロダクティブ・ヘルスの問題について、歴史的背景を含めつつ、トランプ政権の制度運用との関わりで検討するものでした。
まず、日本語訳が追加されたスライドを用い、要約的通訳を交えつつ講演が行われました。その概要は、以下の通りです(ハリス氏による抄録を一部筆者が加工して作成)。
アメリカには豊富な資源があるにもかかわらず、ケアへのアクセスに関して深刻な問題を抱えている。これには、リプロダクティブ医療サービスへのアクセスの問題と、低所得者へのケアの問題が含まれている。これらの問題は、アメリカ国民の間にある特有の価値観、態度および神話によって発展し、存在し続けている。たとえば、アメリカ人の多くは、彼らの支持する政党が政権にあったとしても政府を信用していない。加えて、彼らは、アメリカの医療制度が世界で一番であるという神話をいまだに信じている。
アメリカ的価値観では、社会連帯ではなく、むしろ個人主義や自立(self-reliance)に重きが置かれている。こうした価値観は、低所得者は政府からの施しに頼るべきではないという文化的神話へと拡大していく。それ故、アメリカにおける低所得者への医療・福祉プログラムは、いわゆる「(支援を受けるに)値する低所得者」と「値しない低所得者」を区別する態度に基づいている。
アメリカは「政教分離」が確保された非宗教的社会とされている。しかしながら、アメリカの宗教団体は、政策、法律、そしてヘルスシステムに大きな影響力を持っている。現在のアメリカ大統領と彼の政権は、信教の自由の保護を増大するための措置をとる一方で、リプロダクティブヘルスサービスへのアクセスを減退させている。リプロダクティブヘルスサービスについてアメリカで継続されている論争は、実際には、信教の自由と女性に対する差別の間の対立と捉えることができる。
講演のあと会場を交えた質疑応答が活発に行われました。筆者が興味深く感じた論点の一つは、日本とはまったく異なる米国の憲法的枠組みと社会保障との関係です。日本では憲法25条等により、「社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努める」ことが国の義務とされていますが、消極的権利を基礎とする米国憲法の枠組みからすれば、社会保障法によって与えられる積極的権利は議会によってその限りにおいて付与されるものであるので、議会の決定によってこの権限が縮小することは、その限りでは憲法上の問題とはなりえない、ということです。このような仕組みからすると、米国では日本よりも激しく政治の影響を社会保障が受けやすいものと思われます。 もう一つの論点は、トランプ政権のもとで、オバマケア法の廃案がなされないまでも、低所得者の医療アクセスやリプロダクティブ医療サービスへのアクセスに実際に影響を及ぼす各種の連邦・州規制の見直しが行われているということです。この見直しはさらに検討されているということですが、執行過程の変更によっても法の理念がゆがめられる可能性があることを改めて考えさせられる内容でした。逆にいえば、法あるいは政策の理念や骨格となる制度だけでなく、その執行過程をつぶさに検討することの重要性を示している例ともいえます。これ以外にも多くの論点が議論され、今後の研究という意味でも多くのヒントを与えるような研究会でした。
最後に、研究会開催にご尽力いただいた医療・福祉問題研究会、ジェンダー・セクシュアリティ研究会のみなさま、とりわけこの研究会の実現に多大なる尽力をしていただいた金沢大学棟居徳子教授に心よりお礼申し上げます。
作成:松田亮三(地域健康社会学研究センター運営委員)