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インタビュー

フェローシップ生インタビュー

アニマシー研究の先に見えた社会との接点 ~博士後期課程で築いた研究と実践の架け橋~

人間科学研究科 博士課程後期3回生

喜田悠功さん

  • 2024年度 取材当時

RARA学生フェローは、日々どのように研究に取り組んでいるのか。研究活動を通じて、どんな学びを得ているのか。博士課程後期でぶつかる壁をどのように乗り越えているのか。RARA学生フェローの学びや、思い描いているキャリアパスを紹介するインタビューシリーズ第3回目に登場するのは、人間科学研究科博士課程後期3回生の喜田悠功さんだ。

人間とは何かを科学的に突き詰めたい

――総合心理学部から人間科学研究科へと進んでいますが、研究に対する興味の原点は何だったのでしょうか。

喜田:最初のキッカケは、やはり心理学に対する興味でした。高校時代に哲学や心理学に関心を持ちつつ、一方では自然科学部の部長を務めてもいました。多分、「人間とは一体何なのだろうか」という問いをいろいろな方面から考えてみたかったんだと思います。いくつか関心を持った中で心理学を選んだ理由は、科学的に人間を突き詰めて考えることが可能な学問領域と考えたからです。

――喜田さんは心理学の中でも、アニマシーを研究していると聞きました。アニマシーとはどういうものなのでしょうか?

喜田:アニマシーは、無生物の対象を生物であるかのように感じてしまう現象です。たとえば道端に落ちているゴミが、妙に生き物っぽく見えたりしたことがあると思います。アニマシーについては学部1回生の授業で知り、興味を持ちました。ただ、アニマシーをテーマとしている研究者は、日本はもとより世界を見ても多くいません。なので、学部時代の研究テーマはアニマシーではなく、目からの刺激情報を研究していました。そんな中、人間科学研究科に進んだ時に数少ないアニマシーの研究者、高橋康介先生が立命館大学に着任され、アニマシーを本格的に研究するようになりました。

――アニマシーがまだ新しい研究領域なら、面白いテーマがたくさんありそうですね。

喜田:面白いのはそうなのですが、難しいというのが正直なところでしょうか(苦笑)。実際には「アニマシー」という言葉の定義も、まだ明確には定まっていませんから。この用語は言語学で使われていたり、高次の認知的処理の概念として捉えられていたり、あるいはロボット工学でも扱われています。そんな中で私自身は、主に視覚的な感覚として捉えています。たとえば普段なにげなくモノを見ているけれども、はたしてこの知覚は正しいのだろうか、などとよく考えています。

――なぜ無生物の対象を生物であるかのように錯覚してしまうんでしょうか?

喜田:アニマシー研究はまだ歴史が浅く、「なぜ生き物らしく錯覚してしまうのか」というメカニズムはまだはっきりとは分かっていません。認知心理学の分野では、「こういう動きをすると生き物っぽく見える」という条件を一つずつ探っている段階です。

――なるほど。

喜田:仕組み自体はまだ十分に解明されていませんが、代わりに「なぜ私たちにはそうした機能が備わっているのか」については、進化の過程で有利だったから、という仮説で説明されることが多いです。たとえば森の中で、ヘビに気づけないのは命に関わるリスクですが、逆にツタをヘビと見間違えるのならリスクは少ないですよね。もちろん、本当はヘビにも気づけて、しかも見間違えないのが一番いいのですが、火災報知器と同じで、完璧な検出システムにするのはなかなか難しい。だからこそ、どちらの間違いの方がリスクが少ないかというバランスの中で、自然淘汰や学習を経て、今の私たちの知覚の仕組みが形作られてきたのだと思われます。

フェローシップ生インタビュー

心理学の再現性問題からオープンサイエンスへ

――心理学の研究を進めるうえで、再現性の問題を意識していると聞きました。

喜田:再現性問題はいま、心理学に限らずさまざまな研究分野で取り上げられています。要するに発表された研究成果について、別の研究者が同じ条件で追試しても同じ結果を得られない問題です。特に心理学の領域ではある時期、著名な論文の結果を再現できない事例が多発しました。私たちはその後の世代ですから、研究を進める際には特に再現性に気を使っています。具体的には計画段階から丁寧に記録を残したり、実験手法やデータなども公開できるように努めています。研究プロセスのすべてに誰もがアクセスできるようにする、オープンサイエンスの手法を大切にしています。

――心理学の実験を進めるためにプログラミングなども習得したのですか。

喜田:プログラミング言語はMATLAB、Python、JavaScriptを独学で身につけ、さらにjsPsychという心理学実験に特化したJavaScriptのライブラリも使って実験プログラムを組み立ててきました。またベイズ推定法などの統計手法も学び、得られたデータの解析やモデル構築に応用しています。心理学、とりわけオープンサイエンスの手法を通じて、常に俯瞰的に見る視点を養ったうえで、プログラミングや統計などの能力を身につけられました。一連の訓練が自分では気づかないうちに、自分にとっての新たな力を養ってくれたようです。

――サイエンスの視点で物事を捉え、データによる状況理解を行う。これはデータサイエンスの手法ともいえます。

喜田:まさに心理学をオープンサイエンスの考え方で突き詰めていった結果、いつの間にかデータサイエンスの手法を身につけられていたようです。これが自分にとっての強みになっているのをインターンに行って気づきました。

インターンで実感できた、自分の新たな価値

――インターンはかんぽ生命保険に行ったそうですね。

喜田:RARA学生フェローの企画で、「博士と企業の座談会」があり、そこでかんぽ生命の方と知り合いました。その際にたまたま話をしてくれた方がデジタルサービス推進部(2025年現在はDX戦略部に改称)に所属するデータサイエンティストでした。デジタルサービス推進部にはすでに心理学出身の方がおられたことで心理学がデータサイエンスであるという認識を持ってくださっていたこともあり、私に興味を持ってくださりました。いろいろ話をしている中で「データ解析できるなら、何をやってみたい?」と尋ねられ、話を重ねていく中で、インターンに誘っていただきました。

――インターンでは具体的にどんなテーマに取り組んだのですか。

喜田:心理学の実験手法を活用して、先方が抱えていた問題解決に取り組みました。具体的なテーマは「マイページデザインの検討」です。年齢によるデジタルデバイドの壁などを超えて、誰もが使いやすいマイページデザインとはどうあるべきか。オープンサイエンスの手法を活用して考えていきました。結果的に約7週間の長期インターンとして採用してもらえました。

――インターンとしては難易度の高いテーマのように思えます。

喜田:それまでは企業に所属した経験などないため、自分の専門性がアカデミアの外でどれだけ通用するのかがわかっていませんでした。たしかに簡単なテーマではないけれども、どのように進めればよいのかは、それまで経験してきた研究からなんとなく想像ができました。さらに研究を進めるうえで必要な統計手法も理解しているし、具体的なフォーマット作成やそのためのプログラミングなども活かせる。なので、インターンは本当にやりがいを持って取り組むことができました。

――研究室の中では気づかなかった、自分に対する新たな評価ですね。

喜田:そうですね。実際、研究を通じて身につけていた研究の立案から分析能力、さらにはプログラムを書く際のスピード感などを高く評価してもらえました。おかげで自分も企業で、データサイエンティストとしてやっていけそうだ、と気づかせてもらえました。

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いろいろな学問分野からつながるデータサイエンティストへの道

――そもそもRARA学生フェローに応募したきっかけは何だったのですか。

喜田:きっかけは、正直にいうと、学振に落ちたからですね。ただ、RARA学生フェローに所属して、企業との接点の機会に恵まれていることに気づきました。実際、私がかんぽ生命保険とのつながりができたわけで、RARA学生フェローシッププログラムのフォローの手厚さを実感しますね。博士後期課程の学生、特に文系の院生は孤独になりがちです。そんなときに企業との座談会をはじめとして、さまざまな学生フェロー同士の交流会を開いてもらっているのも、精神面での支えになっています。

――今後のキャリアパスはどのように考えているのでしょう。

喜田:インターン経験で得られたやりがい、さらにはある程度確認できた自分の価値を踏まえ、企業への就職を第一に考えています。それも漠然と総合職を目指すのではなく、データサイエンスの力を活かせる分野です。かんぽ生命保険で伺った話などを踏まえると、データサイエンティストが求められているのは、IT業界に限った話ではありません。今ではあらゆる業界にデータサイエンティストが求められています。データサイエンティストは理系、それも情報工学系の出身者に限った仕事ではありません。人文社会科学分野において、全体構成を考えたうえで、必要なプログラムを組み、データ解析も交えながら課題に対する答えを出していく研究手法に取り組んだ人であれば、課題を大局的に捉えつつ、細部の分析を丁寧に詰めてきた経験が強みになると思います。

――最後にRARA学生フェローへの応募を考えている人に、メッセージをお願いします。

喜田:まずRARA学生フェローに所属する価値は、とても高いということを強調したいと思います。メリットはいろいろありますが、懇談会、交流会を通じて孤独にならず、研究科の枠を超え、様々な人との交わりの中で自分の研究の価値を再認識できる点も大きいですね。私のように企業との接点ができ、アカデミアの外に対する視点も得られます。とにかくRARA学生フェローは「とても役に立つ」というメッセージをストレートに伝えたいと思います。

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