インタビュー
フェローシップ生インタビュー
カフェイン、その“効き方”を科学する ~カフェイン摂取と運動パフォーマンスの関係性に迫る~
スポーツ健康科学研究科 スポーツ健康科学専攻
松村哲平さん
- 2025年度 取材当時
日本学術振興会(以下、学振)の特別研究員に採用されると、2~3年間にわたり研究奨励金や科研費を受けられる。研究奨励金の用途は自由、科研費は申請により年間で最大150万円が支給される。もちろん誰もが簡単になれるわけではなく、狭き門となっている。今回紹介するのは、卒業論文が専門誌に掲載され、RARA学生フェローを経て、学振特別研究員に採用された、スポーツ健康科学研究科博士後期課程2年の松村哲平さんだ。
選手時代から関心のあったカフェインの効果
――中学・高校時代、そして学部時代を通じてハードルの陸上競技選手だったそうですね。
松村:中学時代のメインは110mハードルで、高校からは同じハードル走でも400mをメインに取り組んでいました。
――中学の時は全国大会にも出られていたと聞きましたが、転向された理由はなんだったんですか?
松村:高校になるとハードルの高さが高くなるんです*1。400mなら中学時代と同じ高さ*2で走れますし、そこまで身長が高くない自分の体型を考えれば、挑戦するのもアリだと考えました。
*1 男子110mハードル 中学生:91.4cm、高校生・一般:106.7cm
*2 男子400ハードル 高校生・一般:91.4cm
――直観ではなく、理詰めで選択するタイプに見えますね。
松村:いわれてみれば、たしかに数字をいじったりしながら考えるのが好きなタイプでした(笑)。走りの様子を動画撮影しておいて、あとでアプリなどを使って解析もしていましたね。こうしたプロセスの中で、「ある区間で遅れが生じているけど、なんでだろう?」「速く走るためには何をすれば良いんだろう?」、などと考えているといつの間にか時間が過ぎていく感じでした。
――どうすれば速く走れるかと考えた末に、現在研究しているカフェインに興味を持たれたんですか?
松村:そうですね。とはいえ高校時代には、エナジードリンクを飲んだら結果が良くなるのかといったレベルの話ですけど(笑)。そうした中で、学部2回生のときに受けた授業で、カフェインが運動のパフォーマンスに影響を与えるといった文献に出会い、これは面白いテーマではないかと思いました。そして、その授業を担当されていたのが、現在の指導教員である橋本健志先生です。先生に「運動に対するカフェインの効果について興味があります」と話したところ「じゃあ、一緒に研究しようか!」と誘ってもらったんです。ちょうど、そのタイミングで新型コロナウイルス禍になり、休講が増えたため、自宅で論文を片っ端から読んでいきました。
カフェイン研究の卒論が学会誌に掲載される
――大学院への進学は、早い段階から意識していたのですか。
松村:実はそうでもありませんでした(笑)。入学当初は研究に対する関心はあまりなかったのですが、学部2回生の頃、周りの友だちが大学院進学希望だったこともあり、大学院進学を意識するようになりました。「なるほど、そんな進路もあるのか」と思うとともに、分析することが好きだと自覚していたので、「向いているかもしれないなあ」と漠然と思っていました。ただ、最初はあくまで選択肢の一つぐらいのイメージでしたね。
――新型コロナウイルス禍のときに論文を読んだ経験が、大学院進学を後押ししたと聞きました。
松村:とにかく毎日自宅で、大量の論文を読み込み、授業の課題で出た大量のレポートをひたすら書いたおかげなのか、学部4回生の時に実験できる状況が復活した時点で、先行研究を分析して実験を起案できるだけの土台が一応できていました。その後、先生に大学院進学を相談しつつ、まずは卒業論文をしっかり仕上げようと集中しました。テーマは「カフェイン摂取が100m走のタイムに与える影響」です。12月に書き上げた論文ですが、先生に海外ジャーナルへの投稿を勧められ、内容を微調整したうえで、英語論文に書き直しました。これをアメリカスポーツ医学会の学会誌Medicine & Science in Sports & Exereciseに投稿したところ、博士前期課程1回生の9月に受理されました。その後、その論文の内容をプレスリリースしたところ、メディアを通じて大きな反響がありました。嬉しい反面、報道やSNS等では論文で言ってもいないことなどを書かれたりしたので、研究を社会に正しく発信する難しさを感じました。
――博士前期課程1回生の時点では、博士後期課程を視野に入れていたのですか。
松村:せっかくだから研究を続けたいと考えるようになっていましたね。論文を調べていく中で、カフェイン摂取と運動への効果に関する研究は多いのですが、分かっているようでわかっていないことも多いように感じました。そうであれば、自分がやってやろうと思いました。アクセルをしっかり踏み込まないと動かない性格なので、やるからには、徹底的に、思いっきり研究に取り組もうと決めていました。ただ、博士後期課程に進むためには経済的に工面をつける必要がありました。博士前期課程2回生になり、学振を申請したのですが落ちてしまったのですが、RARA学生フェローに応募して幸いにも採用していただきました。
カフェインがトレーニングの成果を落とす
――博士後期課程の研究テーマは一貫して、カフェイン摂取がもたらす運動パフォーマンスへの影響なのですね。
松村:博士前期課程のときに注目したのは、跳躍パフォーマンスでした。国際スポーツ栄養学会では、体重1kgあたり3~6mgのカフェイン摂取で効果が出るといわれています。体重60kgのヒトなら最大で360mg、この量だとコーヒーで考えれば4~5杯飲まなければなりません。競技前にこれだけ飲むのは難しいので、もっと少ない量でも効果は出せないのかと調べていきました。その結果、コーヒー1杯ぐらいでも、跳躍に良い効果があるとの結果が明らかになったんです。
――そうなんですね。ただここで、「カフェインをたくさん摂取すればよい!」という単純な話ではない気がするのですが、どうなんでしょうか?
松村:そうですよね。そのため、関連するこれまでの先行研究を集めてきて、そこから得られる知見をまとめる「メタアナリシス」もやってみました。その結果、摂取量と効果の間には単純な相関関係は確認できませんでした。つまり。カフェインの摂取量を増やせば増やすほど、トレーニング効果が上がるという話ではありません。このあたりからの研究は、博士後期課程での内容になってきます。次に着目したのがトレーニング効果とリカバリーへの影響です。
――カフェイン摂取はトレーニングの効果にも影響するのですか。
松村:実際にカフェインを摂取してから、筋トレするような人もいます。何らかの効果があると考えているからの行為ですが、実際に習慣的なトレーニング効果にどれだけ影響しているのかはあまり解明されていません。さらに1回の運動後の影響については、運動中の効果と比べるとあまり目が向けられていない状況です。仮に、一旦はパフォーマンスが上がったとしても、その後に反動一時的にパフォーマンスが予定以上に低下してしまっては継続的なトレーニングにとって妨げになるかもしれないですよね。これがいま、学振DC2で取り組んでいるテーマです。今のところ、カフェインを摂取して特定の筋トレをすると、運動中の筋力は高まるけれども、その運動後には筋力が一時的に低下する現象が明らかになりました。なぜ、そのような現象が起こるのか。その原因究明が、現在の研究テーマとなっています。
過去の研究にある穴を埋める、それが研究の面白さ
――そもそもカフェインが運動能力を高めるメカニズムは、明らかになっているのでしょうか。
松村:一般的にはアデノシン受容体をカフェインがブロックするために、疲労感が下がったり、神経の活性が高まったりして運動パフォーマンスに効果があるといわれています。ただ、カフェインによって運動後のパフォーマンスがより落ちるかもしれない理由はまだわかっていません。だから、その要因を明らかにしたいと思って研究に取り組んでいます。いろいろ論文が出ているのですが、それらを俯瞰してみると「穴」がたくさん見えてくるんです。その穴を自分の研究で埋めていくのは、かなり好奇心を刺激される作業になります。
――ご自身が競技者でもあったから、一人の選手として素朴な疑問が湧いてくるのですね。
松村:その点が、自分の取り柄かもしれません。要は選手として高いパフォーマンスを出せれば、それが喜びにつながります。とても単純な話ですが、速く走れるとそれだけでうれしいじゃないですか(笑)。こうした研究を何とかして続けたかったので、RARA学生フェローに採用された後、博士後期課程1回生の時に学振に再チャレンジして、採用されました。
――申請に際しては、どのような点に注意したのでしょうか。
松村:元々、自己アピールが苦手な方で、DC1の時は業績をシンプルに客観的に書けば採用されるくらいに考えていました。博士前期課程2回生の時点で、筆頭論文が2本あり、学会発表も何度かやっていたので、それで十分だと勘違いして、結果的に審査員に対する配慮が欠けた申請書になっていました。この経験から、業績だけに頼るのではなく、分野外の人が申請書を見ても、どんな研究をやりたいのかが伝わる内容に仕上げなければならないと反省しましたね。なのでDC2の申請に際しては、情報を吟味したうえで伝えたい内容がひと目でわかるように図なども加えて、工夫を凝らしました。
――RARA学生フェロー時代、中高生への講義も行ったと聞きました。
松村:RARA学生フェローでは、「RARAコモンズ」という中高生に向けて、研究を分か易く紹介する機会がありました。カフェインはセンセーショナルなトピックになりがちですし、特に中高生は影響を受けやすいと思い、注意しながら紹介しました。カフェインには良い面と悪い面の両方があるのだと、きちんと伝えるよう意識していましたね。とても貴重な経験となりました。
――今後のキャリアパスはどう考えていますか。
今後については、やはり自分が興味のある研究を突き詰めていきたいと思っています。そのための環境としては、国内外は問わないし、アカデミアや企業にとらわれず、幅広い選択肢を考えています。ただ研究を深めるにつれて、関連する領域が広がっているので、どこに軸足を置くべきかを悩んでいるところです。いずれにしても興味のある方向を突き詰めるんだという、強い自分の意志が大切だと思っています。