インタビュー
フェローシップ生インタビュー
飛び級で修士へ、そして学振特別研究員に ~高速化したAIを開発・活用し、古代文献修復に挑む~
理工学研究科
金子隼太さん
- 2024年度 取材当時
日本学術振興会の特別研究員(以下、学振)に採用されると、2~3年間にわたり研究奨励金や特別研究員奨励費(科研費)を受けられる。研究奨励金の用途は自由で報告も不要、一方の科研費は申請により年間で最大150万円が支給される。もちろん、誰もが簡単に学振に採用されるわけではなく、狭き門となっている。今回紹介するのは、大学院飛び入学を果たした上で学振DC1に採用された、理工学研究科博士後期課程1回生の金子隼太さんだ。
学部3年からM1へジャンプアップ
―― 飛び級進学した経緯を教えてください。
金子:学部3年生のときに、研究室の孟先生から声をかけていただきました。そもそも当時は飛び級という制度さえ知らなかったので、びっくりしましたね(笑)。もちろんうれしかったとはいえ、その後の状況も心配ですから最初は迷ってもいました。何しろいきなりM1になるわけですから。しかも修士卒で就職するつもりなら、M1の半ばぐらいから進路を考えなくてはなりません。ただ、いろいろ先生と話をする中で、「せっかくのチャンスなんだから、やれるだけやってみよう」と思ったんです。
―― その後、修士卒では就職せず、博士後期課程に進む道を選んだのですね。
金子:就職しようと思えば、M1に入るとすぐにインターンなどに取り組む必要が出てきます。そうなると研究している時間は十分に確保できないかもしれないので、何らかの納得できる成果を出せるのかと当時は不安に思っていました。なので、ともかく飛び級で入れてもらったからには、「なにか早く研究成果を出さなければならない」と思い、必死に研究に打ち込みました。すると、自分でも気づかないうちに、研究の面白さに引き込まれ、もっと研究を深めたいと思い、博士後期課程への進学を決意しました。
―― 2022年、M1の10月に早くも孟先生と論文を出していますね。
金子:AIに興味があり、ソフトウェアを活用した画像作成をやってみたいと思っていました。そこで、おそらく日本でも初めてとなる、敵対的生成ネットワーク(GAN)を使った劣化文字の自動修復に挑戦してみました。その成果をまとめた論文が「敵対的生成ネットワークを用いた日本古典籍修復に関する試み」で、孟先生との共著としてART RESEARCH(立命館大学アート・リサーチセンター発行)vol. 23-1に掲載されました。AIを用いた古代文献の修復および文化遺産の継承は、後に学振に申請したテーマでもあります。
ゲームマニアからの大転身
―― 以前から古代文字などに興味を持っていたのですか。
金子:特別に好きだったというほどではありません(笑)。子どもの頃、ピラミッドなどには関心があり、昔の文字に対する興味自体はありました。けれども正直に言えば、元々はゲームが大好きで自分で作るほどハマっていたんです。作品を完成させてゲーム会社に持ち込めば、入社できるんじゃないかと思ったりもしていました(笑)。ただキャラや状況設定などを丁寧に作り込んでいくと時間がとてもかかるので、完成まで仕上げたゲームは1つだけです。今から振り返ると、ゲーム作りって、自分でゴールを決めてひたすら作り込む作業で、研究に似ているところがあったなと今振り返ると思います。
―― 2023年には先輩たちと共著で論文を出していますね。
金子:”Deteriorated Characters Restoration for Early Japanese Books Using Enhanced CycleGAN”, Heritage 2023, 6, 4345–4361. (https://doi.org/10.3390/heritage6050230)ですね。これは日本の古代文献をGANを用いて修復したものです。画像生成を活用した文献修復は、目に見える形で結果を出せるのでやりがいがあります。これまで読めなかった文字をきれいに修復できたとき、嬉しさがぐっと込み上げてきました。この先修復の精度を高めるためにはデータ量が必要ですが、そもそも古代文献はデータ量が限られています。そのための工夫が今の研究の根幹の一つとなっています。
―― 問題解決の方向性は見えているのですか。
金子:やはりソフトウェアだけで解決するのは難しいと考えるようになりました。孟先生はソフトウェアとハードウェアの両面から研究にアプローチされていますが、私は当初、ソフトウェアを中心としたアプローチで研究を進めたいと先生にお話していました。けれど研究を進めていくためには、どうしてもハードウェアを何とかしなければならないと考えるようになりました。そこで修士2年の1年間を費やして、ハードウェアの基礎を徹底的に学びました。
AIそのものをもっと強力に、そして高速に
―― ソフトウェアの研究から一転して、ハードウェアを学ぶのは大変だったのではないですか。
金子:参考書をひたすら読み込んで学ぶ、いわゆる独学でした。それでも今はインターネット上に、オープンソースなど色々な情報が公開されているので、それらを参考にしながら自分でハードウェアを組み立てていけます。もちろん、一からすべて自分で作り上げようとすれば、とんでもなく大変だったと思います。
―― ハードウェアの自作までしたのも、すべては研究に役立てるためですね。
金子:その通りで、いかにコンパクトかつ高速な処理を実現するかが、AI開発の成否を分けます。AIのなかでもニューラルネットワークの計算では、積和演算が使われます。これは2つのベクトルについて、対応する要素同士の積の総和を求める演算です。ただし計算量が膨大になるため、複数の計算プロセスを同時に処理する並列演算を活用して高速化します。その際に使われるのがNVIDIAで有名になった画像処理用のプロセッサーGPUですが、とても高額なため簡単には使えません。そこで何とか工夫してCPUだけを使い、小規模でも可能な限り早く計算できるハードウェアを作ろうとしているのです。
―― とはいえ自分で作るのは、相当な力仕事だと思いますが。
金子:正直にいえば、時間をかなりとられる作業ですね。何しろ1つバグが出るだけで、コンピュータが止まってしまい、そうなるとひたすらデバッグするしかないので……。最近は、そのデバック作業に研究時間を費やしています。それでも新しい構造のAIを自分で考えて、ハードウェアに新しい演算機能を追加して、予想通りの結果を得られたときのやりがいが、次へと進む強力なモチベーションとなっています。今はシミュレーションを繰り返しながら確認しているところですが、かなり速くなっていますよ。あと2カ月足らずで学会があるので(2025年3月末予定)、何とかそれに間に合わせようと頑張っているところです。
ソフト✕ハード、スケールの大きな研究で学振に採用
―― 最近の課題について教えてください。
金子:ハードウェアの演算機能は強化できてきましたが、それ自体が本来の目的ではありません。自分にしかできない何かを突き詰めた結果、ソフトウェアからもアプローチして高速化する手法の開発に取り組んでいます。ソフトウェアに関しては、日々膨大な論文が出されていますから、トップジャーナルに掲載された論文のまとめサイトなどを参照しながら研究に取り入れています。だからといって1日中、研究だけに費やしているわけでもないです。
―― 普段はどんなふうに時間を使っているのですか。
金子:研究しているのは、おそらく8時間ぐらいだと思います。集中力には限界があるので、家に帰ったら映画や動画を見たりしてくつろいでいます。ただいったん研究室に入ったら、集中力を切らさないよう意識しています。また計画段階では絶対に諦めないようにと心がけ、考え込みすぎず、とにかく一度やってみるということを意識しています。自分が好きだと思える分野とはいえ、やってみないとわからない領域でもありますから。
―― 学振の応募申請書を書くときに注意された点を教えてください。
金子:何より注意したのが研究の規模感です。3年かけて取り組む研究なのだから、それなりの規模感が伝わるよう意識しました。もちろん自分自身としても、20代半ばの3年間を捧げるのだから、大げさにいえばここでいったん人生を決める、くらいの思いも込めました。そこまで思うようになったのは、まわりに多くいた留学生の影響があると思います。彼らを見ていると、まさに人生を賭けている様子がひしひしと伝わってきます。そして、申請書は孟先生に何度も添削していただきました。あとは博士前期課程の間に論文を出せていたのもよかったです。論文に使用した図などを申請書に利用でき、研究をより分かりやすく伝えられたかなと思っています。
―― 今後のキャリアパスはどう考えているのでしょうか。
金子:孟先生のようにソフトウェアとハードウェアの両方をやりたいと思いながらも、今はとにかくハードハードウェアのアーキテクチャ系を突き詰めていきたいです。学位取得後については研究職、それもできれば企業ではなく大学などアカデミア系の機関などで研究に取り組んでいきたいと思っています。