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2018/07/22

蚊帳ぁ逆さまん吊ったぁ話


 むかーし、増間にゃぁ、蚊がいなーったらしゅうって、蚊帳ぁ見た者(もん)がいなーった。そんだーかん、蚊帳っちゅう物(もん)は、何(あん)のためん作(つう)らえた物(もん)か知らなーったのは、しょうがねゃー事(こん)だった。 昔、増間には、蚊がいなかったらしく、蚊帳を見た者がいなかった。だから、蚊帳という物は、何のために作られた物か知らなかったのは、無理もない事だった。

 忙しい田ん草取りが終わったぁ頃、二(ふた)組の増間ん若(わけゃ)ー夫婦が草鞋(わらじ)・脚絆(きゃはん)で、下総の鹿取・鹿島様へ参(めゃー)りん出かけたぁ。そんで、佐原ん宿ん泊まったぁけん、町はずれの安宿ん事(こん)だぁかん、特別ん御馳走(ごっつぉー)も出なーった。御飯やお茶だぁたって、ほんの一時しのぎっちゅう位(くれゃー)んもんだった。 忙しい田の草取りが終わった頃、二組の増間の若夫婦が、草鞋・脚絆で、下総の鹿取・鹿島様へ参詣に出かけた。そして、佐原の宿に泊まったが、町はずれの安宿の事なので、特別な御馳走も出なかった。御飯やお茶にしても、ほんの一時しのぎといった位のものだった。

 さぁ寝べえっちゅう時んなっと、宿は、一つん部屋ん寝かすのも悪(わり)いと思ったんか、ちょうど空いてたぁ隣ん部屋へ、別々ん分かれて寝てもらぁことんした。女中が、 さて寝ようとする時になると、宿は、一つの部屋に寝かすのも気の毒だと思ったのか、ちょうど空いていた隣の部屋へ、別々に分かれて寝てもらうことにした。女中が、

「これが布団で、これが蚊帳です。吊り手の糸は、短い麻糸に足して吊ってください。」 「これが布団で、これが蚊帳です。吊り手の糸は、短い麻糸に足して吊ってください。」

っちゅって、押し入れから出して出て行った。 と言って、押し入れから出して出て行った。

 四人の中で一番年ぃ取ってたぁのは、弥助っちゅう男(おとう)で、そん次が喜作っちゅう名前(なめゃー)だった。そん次が弥助ん女房のおきん、一番年ん若(わけゃ)ーのがおふでっちゅう喜作ん女房だった。年嵩(としかさ)ん弥助も、そん蚊帳にゃぁ、ちっとばぁ困っちまった。弥助は、おきんに手伝わせてそれぇ開(ひれゃ)ぁてみた。 四人の中で一番年を取っていたのは、弥助という男で、その次が喜作という名前だった。その次が弥助の女房のおきん、一番若いのがおふでという喜作の女房だった。年長者の弥助も、その蚊帳には少し困ってしまった。弥助はおきんに手伝わせてそれを開いてみた。

「でっけゃー物(もん)だなぁ。まんで四ツ手網みてゃーだなぁ。」 「大きい物だなあ。まるで四つ手網みたいだなあ。」

「ああ、こぉにおもりがぶら下がってるよ。」 「ああ、ここにおもりがぶら下がっているよ。」

「そうだな、蓋(ふた)んねゃー物(もん)だ。」 「そうだな、蓋のない物だ。」

「こうやって吊るばぁりんしといて、布団を敷(しゅ)うべぇよ。」 「こうして吊るばかりにしておいて、布団を敷こう。」

「そんがいいや。」 「それがいいや。」

って話し合った。 と話し合った。

 隣ん部屋でも喜作ん夫婦が、蚊帳ぁ拡げて見てたぁけん、さっぱぁ分かんねゃーかん、 隣の部屋でも喜作夫婦が、蚊帳を拡げて見ていたが、さっぱり分からないので、

「弥助どん、あじして吊んだぁよ。」 「弥助さん、どうして吊るのかい。」

って、襖越しん聞いた。 と襖越しに聞いた。

「蓋がねゃーかん、吊るばぁりんしといて、そん上ぇ布団敷いたぁよ。」 「蓋がないから、吊るばかりにしておいてその上へ布団を敷いたよ。」

「そーけぇ。」 「そうかい。」

っちゅって、二人(ふたーん)で吊るみてゃーな仕掛けんして、そん上ぇ布団を敷いた。そっから四隅を麻糸で縛って、そん端を部屋ん四方にぶら下がってる紐ん結びつえた。 と言って、二人で吊るような仕掛けにして、その上へ布団を敷いた。それから四隅を麻糸で縛って、その端を部屋の四方にぶら下がっている紐に結びつけた。

「弥助どん、あじょうだぁかよ。俺等方(おらほう)はできたよ。」 「弥助さん、どうだい。俺達の方はできたよ。」

って、喜作が言(ゆ)った。おふでは傍(そば)かん、 と喜作が言った。おふでは傍から、

「彼方(あっち)ん蚊帳にも蓋がねゃー、此方(こっち)ん蚊帳にも蓋がねゃー。」 「彼方の蚊帳にも蓋がない、此方の蚊帳にも蓋がない。」

っちゅった。隣ん部屋ん弥助が、 と言った。隣室の弥助が、

「俺ん方もやっとできた。」 「俺の方もやっとできた。」

って、襖ん向こうん方かん言(ゆ)った。 と、襖の向こうの方から言った。

 そんで寝っ時んなっと、おきんは入り口がねゃーかん困っちまって、彼方此方(あっちこっち)ぐるぐる廻(まあ)って、 それで寝る時になると、おきんは入り口がないので困ってしまい、彼方此方とぐるぐる廻って、

「こん蚊帳は何(あん)だかおっかしい。」 「この蚊帳は、どうも変だ。」

って言(ゆ)ってたぁ。それぇ見た弥助は、おきんを肩んかっちいで、蚊帳ん上ん方かん中へ入れてやった。そっかん自分は柱ん上って、鴨居んつかまぁって、障子ん桟に片っぽん足んつま先ぃかえて、蚊帳ん中へ飛び込んだ。そうすっと、その音がズシーンてすげぇでっけゃー音だったもんだかん、宿ん主人の部屋まで響いた。主人は、そん音を聞ゅうとすぐん、 と言っていた。それを見た弥助は、おきんを肩にかついで、蚊帳の上の方から中へ入れてやった。それから自分は柱に上がって、鴨居につかまり、障子の桟に片方の足のつま先をかけて、蚊帳の中へ飛び込んだ。すると、その音がズシーンというかなり大きい音だったので、宿の主人の部屋まで響いた。主人はその音を聞くとすぐ、

「何だか変な音がしたから見てこい。」 「何だか変な音がしたから見てこい。」

って女中に言いっつえた。女中が、 と女中に言いっつけた。女中が、

「はーい。」 「ハーイ。」

っちゅって、廊下ぁ歩(あり)いて部屋ん方へ行ぐと、またズシーンてさっきと同(おんな)じでっけゃー音がした。喜作が蚊帳ん中へ飛び込んだ音だった。喜作と女房のおふでは、あじして入(ひゃー)んのか分かんねゃーったかん、襖ん隙間かん弥助んやんのぉ見てたら、女房ぉかっちいで中へ入れといて自分が飛び込んだかん、喜作もそん通りんやったぁだ。 と言って、廊下を歩いて部屋の方へ行くと、またズシーンとさっきと同じ大きな音がした。喜作が蚊帳の中へ飛び込んだ音だった。喜作と女房のおふでは、どうして入るか分からなかったので、襖の隙間から弥助のやるのを見ていたら、女房をかついで中へ入れて置いて自分が飛び込んだので、喜作もその通りにやったのだ。

 二回(けゃー)もでっけゃー音がしたぁかん、主人もじーっとしてらんなぁなって、何事(あにごと)だっぺと自分も廊下へ出て来た。そうすっと、廊下を女中が腹ぁ抱(かけゃ)ーて笑いながら、バタバタと駆えて来て、長火鉢ん傍へ笑い転げた。主人が廊下かん中ぁ覗いて見っと、蚊帳ぁ逆(さあ)さまん吊ってあっかん、たまげちまった。口ぃ両手で押せゃーながら、長火鉢ん所(とうろ)へ帰(けゃー)って来て、 二回も大きい音がしたので、主人もじっとしていられなくなり、何事だろうと自分も廊下へ出て来た。すると、廊下を女中が腹を抱えて笑いながら、バタバタと駆けて来て、長火鉢の傍へ笑い転げた。主人が廊下から中を覗いて見ると、蚊帳を逆さに吊ってあるのでびっくりした。口を両手で押さえながら、長火鉢の所へ帰って来て、

「アッハッハ、アッハッハ。」 「アッハッハ、アッハッハ。」

って笑ってたぁ。お内儀(かみ)も何(あん)だっぺと思(も)って行ってみっと、蚊帳が逆(さあ)さまん吊ってあっかん、帰(けゃー)って来て三人で笑い転げちまった。 と笑っていた。お内儀も何だろうと思って行ってみると、蚊帳が逆さまに吊ってあるから、帰って来て三人で笑い転げてしまった。

 次ん朝、御飯の時ん女中さんが、 翌朝、御飯のときに女中さんが、

「お客様、昨夜(ゆうべ)はよくやすめましたか。」 「お客様、昨夜はよくやすめましたか。」

っちゅって、クスクス笑い始めたら抑えきれなぁなって、廊下へ出て笑っちまった。四人は何(あん)が何(あん)だかわかんねゃーけん、女中がいねゃーかん、自分達で飯ぃ盛って食った。 と言って、クスクス笑い始めたら抑えきれなくなって、廊下へ出て笑ってしまった。四人は何が何だか分からないけれど、女中がいないので、自分たちで飯を盛って食べた。

「姐さんは、何(あん)がおかしいかい。」 「姐さんは何がおかしいですか。」

って弥助が聞ゅうと、女中はただウフウフ笑ってばありなんで、 と弥助が聞くと、女中はただウフウフ笑っているばかりなので、

「此処(こお)ん姐さんは、すげぇ愛嬌がいいねぇ。」 「此処の姐さんは、とても愛嬌がいいねぇ。」

って喜作が言(ゆ)うと、女中がまたウフウフ笑い出した。 と喜作が言うと、女中はまたウフウフ笑い出した。

 四人が支度ぅして出かけっ時、主人もお内儀さんも出て来て、女中さんと一緒ん四人の顔を眺めながらクスクス笑って、蚊帳んことは一言も言(ゆ)わねゃーで送り出した。そんで、 四人が支度をして出かける時、主人もお内儀さんも出て来て、女中さんと一緒に四人の顔を眺めながらクスクス笑って、蚊帳のことは一言も言わないで送り出した。そうして、

「あのお客さん達の住んでる増間という所(ところ)は、一体どんな所だろう。」 「あのお客さん達の住んでいる増間という所は、一体どんな所だろう」

って話し合った。 と話し合った。


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