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[「政策過程モデルの検討」目次]
2.政策過程アプローチ
まず最初に「政策過程」なる語について予備的な考察を行っておきたい。ここでいう「政策過程」とは、近年の政治過程研究においてみられるアプローチの二つの特徴に注目するものである。一つは、政治過程を見るときに権力の交錯する過程の側面からではなく、政策が生成・加工される過程の側面から見ていこうという点である。むろん、この点は昨今の政治過程論が権力的側面を捨象した「合理的」決定論に接近しているということを意味しているのではない。後述するように、政策に注目して複数の部分的過程を発見したからこそ、権力の交錯する場についての十分な考察を行わずに多元的な力の相互作用だけを語ってきた、古典的な多元的集団過程論の平板な世界観を越えることができたのである(2)。二つ目は、政策に着目することで政治過程を複数の部分的過程に分類し、そうした諸過程の相対的位置付けを明らかにしたり、さらには過程をそのように位置付ける構造を探ろうという点である。この課題を中野実は以下のように端的に述べている。
「……(議会、官僚、政党、利益集団の)……、相互の関連をマクロ的に捉えると、どの部分が相対的に強いか影響力があるか、という問題の他に、どう相互に関連をもち、それは政策領域により異なるのか、それとも一貫して同じ系を形づくっているのかという問が重要となるであろう(中野1986、 304頁)」。
第一の特徴は第二の特徴に並立するものというよりその前提、あるいは出発点である。第一の特徴、すなわち特定の政策に注目するというアプローチをとることにより、異なるタイプの政策は異なる生成・加工の過程を持つことが見出され、権力の交錯のパターンも政策の類型により異なっていることが明らかになってきた。従来の政治過程論が集団圧力の交錯なり相互作用なり、いずれにせよある意味で単純で平板な社会像を提示していたにすぎなかったのに対して、政策アプローチ以降の政治過程論は、複数の政策過程を仕切る壁からなる構造やそうした壁の有機的組み合わせが全体として構築している体制を、その理論的射程に収めることが可能になってきたのである。
ゆえにこのアプローチの眼目は、政治過程から複数のパターンを抽出しそうしたパターンを構造上に位置付けるところにあるのであって、「政策が政治を規定する」(Lowi1964b, pp.688-9 )という命題が示す演繹的理論構成のみが絶対である訳ではない。ローウィのアプローチを過程と内容の因果関係を逆転させて内容を独立変数とした点で画期的である、と評価したラニーも、このアプローチの主たる関心は内容そのものにあるのではなく、過程に対する理解を深めるためにこそ内容に注目するものであるという点を押さえている(Ranney1968, p.14)。
むろん、政策アプローチが登場した際のインパクトの強さは、従来の発想を一八〇度転換させた、政策内容を独立変数とし政治過程を従属変数とするというとらえかたにあったことは否めない。この点がこのアプローチの大きな特徴であると考えられ、「政策が政治を規定する」という命題が喧伝された(3)。とりわけ、注目されたローウィが様々の論者からその政策領域の定義の恣意性あるいは困難さを指摘されて、より厳格な政策領域定義に向かったことが余計に政策過程アプローチと「政策が政治を規定する」という命題の結び付きを深めていったようである。簡単にローウィの議論を振り返ってみよう。
ローウィの議論の初出は一九六四年のニューヨーク市政研究(Lowi1964a)と『世界政治(World Politics)』誌上に発表された書評論文(Lowi1964b)である。この段階では後に有名になった「強制」をメルクマールとする政策領域定義(Lowi1970)は登場していない。この段階での彼の政策領域カテゴリーは「すべての事例研究につきものの『特殊性の問題』を乗り越えるために」、「多元主義者たちの記述的で主題別のカテゴリーに代わる」ものとして「政府の機能に着目した」という分配、規制、再分配の三つが提示されている(Lowi1964b、pp.686-9 )。
これらのカテゴリーを分かつメルクマールは「社会に対する期待される影響」というもので、余り明晰なものとは言いがたかった。したがって批判は主としてこの政策領域の定義に集中した。すなわち、ローウィの議論は政治過程に参加している人々の認識を介して政策領域を定義しようとするもので、多様な定義が出て来ることが考えられ分析者の恣意性を免れない、というものだった。つまり、同じ政策でも人によって期待する影響はまちまちであろう、というのである。これに対してローウィは「強制」概念の操作化による定義を行い(Lowi1970)、さらにはローウィの同調者スピッツァーによる、従属変数たる過程に含まれる要素で独立変数の定義を行おうとするのは議論をトートロジーに導く誤謬であるという指摘(Spitzer1983, p.27 )をこうした批判に答えるものと評価し、独立変数たる政策の定義は政治過程内の人々の認識ではなく、いかなる影響与えんとするかに関する政府の意思の表明であるところの法の文言をもって行うという方向に進んだ(Lowi1978, p.179 )(4)。
こうして政府を政治過程から切り離し、政策領域の定義から政治過程に属する要素を取り除いた後のローウィの場合は、政府の意思としての「法の文言」をもって政策領域を定義し、それがひるがえって政治過程の種差性を説明する、という論理構成を取るために、あらかじめ定義の段階で複数の政策領域からなる構造が見通せていることになっている。
なぜなら、社会的価値の権威的配分を小さな単位に分けて価値剥奪を伴わない、すなわち強制を用いなくてすむ形で行うと国家が決めたものが分配政策であり、価値剥奪を含んで価値の移転を行うために強制力発動の可能性を持つが、社会の側の行動を待って社会的なゲームの結果として価値移転が行われるようにするというのが規制政策であり、そうした社会的ゲームに配分を任せることが不正義であるとする観点から価値を細分化せず、大規模な価値移転を国家の手で行うのが再分配政策だからである(Lowi1970, pp.320-1、第4の領域についてはあまり説得力のある説明はない)。つまり、どのように強制の用い方を組み合わせるかについての国家の意思により政策領域は区別されている。その政策領域が異なった政治過程パターンを生むのであるから、政治過程は国家の意思による構造の中に位置付けられる(5)。ゆえに成功すれば、このスタイルの議論は複数の政治過程を展開している政治構造なり政治体制なりを描く一般理論たりうるだろう。政策規定説を出発点にして演繹的論理構成を取るということの利点はこの点にある。
しかし、政治過程に対する理解を深めるために政策に注目するという方法は、このようなもののみに限られる訳ではない。多くのモデルが「政策」と呼ぶものの定義には過程の特徴、パターンを抽出したものが多く混ざっている。こうした、ローウィに言わせれば不純な方法は、政治過程をよりよく理解するための政策内容への言及という本来の姿からいえば、かえってその目的に忠実であると言えるのかもしれない。過程に属すると思われる要素を徹底的に切って捨てることで、なにやら理論の袋小路に入ってしまいかねない印象を与える厳格な政策規定説に基づく論理構成は、美しくはあるが、政策と過程の二分法が明瞭には成り立たないものだとするならば(Van Dyke1968, pp.25-7 )、「政治過程のよりよき理解」という目的に資するために始めた理論的営為がその目標を見失うことになりかねないだろう。確定されすぎたモデルは、「それ以外の政策類型」、「これ以外の政策過程パターン」に対する探索を怠らせることにつながりかねないのである(6)。
われわれの目的は複数の政策過程をもつ政治過程の構造理解である、とするならば、複数の政策過程の定義づけを「経験的実証研究の発見的機能(大嶽1990、25頁)」を阻害しないようなものにとどめるべきであろう。昨今の政策過程アプローチの特徴を、以上のように、政治過程の中に複数の部分的過程を見出し、その総合的位置付けを探ることであると理解すると、こうした問題意識をかなり早くから提起していたのが篠原一であったということができる。
篠原は以下のように述べている。「……同じく政策決定といっても、政治過程の長さも異るし、そこに登場する政治勢力及びその行動様式も様々に相違する。……たとえばある外交政策の決定過程あるいは中小企業団体法の形成過程の研究から、一義的にわが国政治過程の特色を結論づけることは出来ない。それらはそれぞれわが国戦後の政治過程の一側面をなすものにすぎないからである。そこでわれわれとしては、まずこれら種々の特徴をもつ政治過程を類型化し、次に逆にそれら類型化し、細分化した諸要素を組み合わせることによって、全政治構造の特色を描き出すことが必要であろう(篠原1962(上)、24頁)。」(7)
ローウィの政策過程類型論の目的が、事例研究で得られた政治過程に関する知見を理論的な意味で蓄積可能なものにする方策を探ることであったことを思い起こすと、篠原のこの指摘も全くそれと軌を一にしていることがわかる。政策過程アプローチをとるものの間に方法論上のコンセンサスを探ろうとするとき、この「過程の類型化」という線が妥当なところのように思われる。まず類型化を行い、次に、類型化、細分化した諸要素を位置付ける理論を構築する、むろんその二段目の段階で政策規定説による定式化は力を持つことになるだろう。
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