研究テーマ概要
近年,膨大な知識がWeb上に存在すると同時に,人の頭の中にしかない知識もあります. また,LLM に基づく生成AIでは,適切なプロンプト指示が困難で,不明確な根拠に基づいて間違う(Hallucination)ことがあります. 当研究室では,知識を明示的に記述することで,人間の知的的活動などをインタラクティブに計算機によって支援することを目指しています. オントロジー工学や知識グラフ技術などに基づいて,計算機に「意味を理解」させることで,さまざまな知識を計算機に格納し(知識モデリング), 分野を越えた知識の共有(知識ネットワーキング)や,人間の知識の継承や学習,知的活動を支援する(知識インタラクション)ソフトウェアの開発を行います.
研究トピックの例
当研究室では,哲学にも関連するような理論的研究や汎用ツール開発から,特定の対象分野(ドメイン)における知識モデリングや応用アプリケーション開発まで,幅広い研究活動を行っています.特に,社会の現場における「リアルな知識」を重視しており,対象分野を専門とする学術機関や,現場知識を保有/実践する民間企業などとの,共同研究にも積極的に取り組んでいます.以下にそれらの例(過去のものを含みます.順不同)を示します.一部には短い説明へのリンクがあります.
- 人工物の「機能的知識」の記述と共有 [共同研究] →
- 鉄鋼材料の設計・製造に関する「設計根拠・意図」知識の共有・継承と支援 [共同研究] → → 論文誌論文
- 無機材料に関する「特許文書の分析」 [共同研究] → → 論文誌論文
- 無機材料の「分析手法の推薦」 NEW [共同研究] → → 研究成果発表
- 行為プロセスの「目的指向」モデリング [共同研究] →
- 「看護ノウハウ」の学習支援アプリ CHARM Pad [共同研究] → → 最新の研究成果論文
- 「がんサバイバーの生活再構築」を支援するオントロジーを活用した看護システムの開発 [共同研究]
→ プロジェクトHP → 研究成果発表 - 行為分解木の「適応的構造化システム」.LLM とRAGを用いた自然言語検索 NEW
研究トピックの説明
上記の研究トピックの一部についての一般向けの短い説明です.今後,他の研究トピックについても紹介するとともに,詳しい説明も掲載していく予定です.

機能オントロジーと機能的知識のモデリング
「機能」概念は人工物に関する知識に必須の概念であるにも関わらず,学界でも定義は定まっておらず,機能的知識を統一性をもって記述することは難しい.我々は,「機能」概念を,客観的な「振る舞い」や,機能を達成するやり方(How to achieve)を表す「方式」概念から明確に分離して定義し,目的(What to achieve)を表す機能を表現する語彙体系を構築した.
機能オントロジーに基づいて,機能分解木と呼ばれる構造化された機能的知識を記述・共有できるソフトウェアは,住友電気工業(株)などの産業界の設計・製造現場において実用化され,知的生産性が導入前に比べて約2倍に向上するなどの,大きな成果が得られている.

行為知識の目的指向モデリング
多くの「マニュアル」は行う行為の順序列だけが記述されており,「なぜ」「なんのために」行うべきなのかが暗黙になっている.上記の記述枠組みを人間の行為に用いることで,目的を明示化することができ,状況に応じた臨機応変な行動が可能になる.例えば,「歩く」,「走る」,「電車に乗る」は,いずれも「移動する」という同じ目的を達成するための異なる方式としてモデル化できる.NTTドコモとの共同研究による日常行動のモデル化に始まり,下記の看護行為や介護行為など,さまざまな対象領域における行為の達成プロセスのモデル化を行っている.
さらに,ひとつの行為が複数の目的をもっていることも表現できる.例えば,左の知識モデルが示すように,病院における点滴時に看護師が「腕を動かして良い範囲を患者に伝える」ことは,治療上の目的と同時に,点滴の副作用である「患者の拘束感」を低減するという精神的な目的の達成も意図していることが記述できる.

看護行為知識学習用アプリ CHARM Pad
上記の目的指向型行為プロセス記述枠組みに基づいて,看護行為に関する実用レベルの知識モデルを記述している.さらに,そのモデルをタブレット端末で閲覧可能な学習用アプリCHARM Pad を開発している.病院における研修や大学における学習の現場で運用され,目的を意識する効果が確認されている.
さらに,患者ごとの状況に応じた看護を支援するために,手術内容や既往症といった患者の「要因」に応じて,特に「要注意」な看護行為をハイライト表示する機能を設計・実装している.これは合併症のリスクに関する知識モデルに基づいており,例えば,患者に「喫煙歴がある」ことをユーザが入力すると,「喫煙歴」から「無気肺」という合併症のリスクが高まることが推論され,その兆候として呼吸音を注意深く観察すべきであることが,リスクが高まる理由とともに,提示される.

鉄鋼材料の設計・製造に関する「設計根拠・意図」知識の共有・継承と支援
効率の良い材料設計と品質不具合の防止のためには,多くの文書では数値データの背後において暗黙的になっている設計根拠・設計意図を共有・理解することが重要である. そのために,上記の目的指向型行為プロセス記述枠組みに基づいて,設計行為・製造プロセス・加工プロセスなどを統合的に記述する枠組みを提案し, 一般的な鉄鋼材料設計指針を表す実用レベルの知識モデルを記述するとともに,個別設計事例の設計意図を表現した.
また,設計目的に応じて知識モデルを要約して表形式で表示するツールを試作した(左図). さらに,製鉄会社内における本格的展開を見据えて,Webブラウザ上で動作するソフトウェアが開発され,試用を通して定性的な評価を受けた. その結果,本枠組みの鉄鋼材料設計における設計根拠の理解と異なる専門分野の研究者の間の知識継承への有効性が示された.

無機材料に関する特許文書の解析
特性の多くはコンテキスト依存である.例えば,「粒径」という特性は,「粒子」という「もの」の幅を表すというコンテキストにおいて,「長さ」という基本属性が果たす役割(ロール)と捉えることができる. 既存オントロジーは基本属性や単位の定義を扱っており,コンテキストとの関係性の定義は不十分である. そこで本研究では,そのような特性を基本属性がものなどのコンテキストに依存している「性質ロールタイプ」として定義した.また,製造工程や発明行為に依存した概念を定義した.
このようなオントロジーを活用して,共同研究先企業において特許文書解析システムが開発された.本システムは,特許文書を〈もの,特性,値〉の三つ組で捉え,特許文書で省略されている要素を補完 できる.またグラフ的解析手法も実装された.評価実験によって,実際の特許解析における効果と,材料技術者によるタスク評価における効果が示された.

無機材料の分析手法・装置の推薦
無機材料を分析する手法は数多くあり,分析の目的に加えて,材料の特性などの条件に応じて,適切なものを選ぶ必要がある. 例えば,目的が材料内の空洞の有無の分析である場合にはX線CTや走査電子顕微鏡が候補になるが,求める分解能や試料の非破壊性やX線変色可能性などに基づいて,適切に選択する必要がある. 本研究では,オントロジーに基づいて,そのような条件をユーザにインタラクティブに提示・取得して,適切な分析手法・装置を推薦するシステムを実現した. その際に,各分析手法の定義に直接的に分析目的を記述するのではなく,中間層として分析行為を記述することで,記述量を55%削減した. 推薦システムを Chatbot 形式で試作(左図)と共同研究先企業において実装を行い,ユーザとのインタラクションによって,分析目的の確認と条件による分析手法・装置の絞り込みを実現した. 企業内開発システムの動作を過去の実際の分析依頼書・報告書と比較する評価実験を行い,非常に高い評価が示された.
学生向けの研究紹介スライド
学生さん向けに簡単な研究紹介スライドを作りましたので,掲載しておきます.学生さん向け研究紹介(17pp., 2025/05/26版)