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  • ISSUE 19:
  • 地域/Regional

災害を超えて、尊厳ある暮らしを再建する

福島県双葉地方で実践する地域循環型人材育成

丹波 史紀産業社会学部 教授

    sdgs11|

2011年3月11日に発生した東日本大震災は、その後の原子力発電所事故が重なって複合的な災厄をもたらしたという点において、これまでに類を見ない災害だった。とりわけ発電所に近接する双葉地方の受けた被害は甚大で、多くの人が長期にわたって困難な生活を余儀なくされることになった。

当時福島大学の教員だった丹波史紀らを中心とした調査グループは、災害から半年後の2011年9月から10月にかけて、双葉郡8町村の全2万8,000世帯、約8万人を対象とした大規模な実態調査を実施した。災害から間もない時期にこれほど多くの被災者の実態を捉えた調査は初めてのことだ。「回収率は48.2%、1万3,000人を超える住民の方から貴重な回答をいただきました」と丹波は語る。調査によって浮き彫りになったのが、多くの人が幾度も避難場所を変えなければならない現状だった。「およそ35%の方が半年間で5回以上も避難先を変えていました。福島から遠く離れ、東京や関西地域などへ広域避難した人も少なくありません。転々とする中で家族が離散し、仕事を失い、困難な生活から抜け出せない人が大勢いることが分かりました」

調査は大きな反響を呼び、これを機に、国や自治体によって被災者実態を掴むための調査が継続的に行われるようになった。丹波らによる双葉地方の実態調査も、その後2017年2月と2021年12月、計3回にわたって行われた。

「問題なのは、長期にわたって避難を強いられている人たちの生活をいかに再建するかということです」と丹波。第2回の調査では、生産年齢人口といわれる15歳から64歳までの約3割が、震災から6年を経てもなお職に就くことができていない現状が詳らかになった。しかもその状況は第3回の調査に至っても改善されていなかった。双葉地方には、いまだ避難指示が解除されていない帰還困難区域があり、地元に戻る見通しが立たないことも、この状況に拍車をかけているという。

「復旧・復興の取り組みでは、建物や道路などのハードの再建に目が向けられがちです。しかしそれ以上に重要なのは、人々の生活を再建し、暮らしを取り戻すことです」。そう強調した丹波は、「複線型復興」という視点を提示している。「生活再建の道筋は決して単線ではありません。元の場所で再び家を建てるだけでなく、避難先で仕事を見つけ、生活が成り立つこともあり得ます。どんな経路を辿っても、場所がどこであっても、生活を再建することが大事なのです」

一方で被災地では、人口減少や高齢化、地域を支える担い手不足が深刻な問題となっている。丹波は「復興計画に必要なのは、住みやすい環境の整備や魅力あるまちづくりを行い、『そこに住みたい』と思える新たな意味をつくること」と指摘する。その一助となるべく今、新たな取り組みを進めている。立命館大学と東京大学、福島大学が共同で、双葉地方の自治体と連携し、地域循環型の共同教育を実践しようというものだ。

立命館では震災後、災害復興支援室を設置し、学園全体で被災地支援を継続してきた。2015年には福島県庁と連携協定を締結。2017年度から「チャレンジふくしま塾」と題し、学生が現地に赴くスタディツアーを実施してきた。それを継続、発展させるとともに、研究や支援活動を通じて蓄積してきた『復興知』を地域に還元し、被災地への貢献も果たそうというのが今回の取り組みだ。「学生が現地に行って学ぶだけでは、被災地を『消費』するだけになってしまいます。課題解決型の教育プログラムを通じて地域の課題解決に貢献するとともに、受講した学生が地域の担い手になったり、次代の担い手のロールモデルになるような地域循環型の教育を実践したいと考えています」と狙いを語る。

学生向けのプログラムだけでなく、地域の小中学生や住民を対象とした教育プログラムも実施する。震災によって奪われた地域の社会関係をつなぎ直す試みもその一つだ。学生が現地に通い、地域の中高齢者と一緒にノルディックウォーキングに取り組むなど、地域住民の健康寿命増進と関係づくりに寄与するプログラムを計画している。

「どんな環境に置かれたとしても、人間らしい尊厳ある生活が奪われるべきではありません。たとえ建物や道路が再建できても、人々が尊厳ある暮らしを取り戻せなければ、復興とはいえない」と丹波。福島大学に赴任中の2005年、新潟県中越地震が発生。その直後から学生とともに被災地に入り、避難所の運営や被災者の生活支援に携わった経験が、現在につながっている。「災害に限らずさまざまな事情で生活に困難を抱えている人は数多くいます。復興とは何か、生活再建とは何かをきちんと追究し、エビデンスとともにその答えを示していくことが、我々福祉領域の研究者の役割だと思っています」と力を込めた。

丹波 史紀TAMBA Fuminori

産業社会学部 教授
研究テーマ

貧困・低所得問題、ひとり親家庭の社会的自立、災害復興研究

専門分野

社会学、社会福祉学