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  • ISSUE 22:
  • 観光/ツーリズム

日本のホテル・旅館に求められるマーケティング

「稼ぐ観光」を後押しする宿泊ビジネス

石崎 祥之経営学部 教授

    sdgs03|

コロナ禍を経て再び多くの外国人観光客が日本を訪れる中、存在感を増す外資系ホテルの一方で、日本のホテル・旅館の停滞が深刻になっている。石崎祥之は、外資系ホテルの発展の要因をひも解くとともに、日本のホテル・旅館に必要なマーケティングについて語った。

マーケティングと戦略で成長する外資系ホテル

2023年に発行された令和5年度版『観光白書』(観光庁)には、持続可能な観光地域づくりのカギとして、観光地や観光産業の「稼ぐ力」が明示されている。中でも稼ぎ頭と目されるのが、「宿泊業」だ。「訪日外国人消費動向調査によると、日本に来た外国人旅行者が最もお金を使うのが宿泊費で、消費全体の約30%に及びます。つまり宿泊業の『稼ぐ力』の向上が、『稼ぐ観光』につながるはずです」。観光マーケティングを研究する石崎祥之は、宿泊ビジネスに着目する理由をこう語る。最近の研究では、ホテルビジネスについてマーケティングの観点から分析している。

「2010年代以降、ホテル産業はグローバル化、巨大化し、日本でも各地に外資系高級ホテルが次々と開業しています。これらと日本のホテルとの大きな違いは、マーケティングと戦略にあります」として、マーケティングの基礎理論である「4P」すなわち「製品差別化(Product)」「価格差別化(Price)」「流通差別化(Place)」「宣伝・広告差別化(Promotion)」の観点からそれを説明した。

まず「製品差別化」において重要だと指摘したのが、「立地」と、ホテルの「デザイン」である。「最近、京都の観光名所近くに建設されて話題を集めたグローバルホテルチェーンは、徹底的にデザイン性を追求して高い評価を得ました。ホテルのデザイナーは、外観・内観のデザインだけでなく、例えば客室のドアノブに掛けられる表示札のデザインにまで配慮したと述べています。こうした細部に至るこだわりが差別化ポイントになり、高級ホテルが林立する京都にあって、頭一つ抜けた存在となっています」と言う。

次に「価格差別化」においては、時節によって価格が変動するレベニューマネジメントの普及と、外資系ホテルを中心に進む「個性化」の重要性に言及した。均質なホテルばかりになると価格競争に陥ってしまう。個性を明確化し、「そこに泊まりたい」と思われるホテルなら、高単価を維持できるというわけだ。

日本の宿泊産業を取り巻く状況の中で、最も変化を遂げたのが、三つ目の「流通差別化」に関わる変化だという。「高度経済成長期以降、旅行会社を介した団体旅行が主流になるのに伴って、大手旅行代理店からの送客に依存した構造が形成され、ホテル・旅館の均質化・コモディティ化が進みました。ところがバブル経済崩壊以降、団体旅行という形態が個人旅行へと変化し、それに対応できないホテル・旅館が衰退していく結果になりました」

さらに四つ目の「宣伝・広告差別化」においては、近年のネット化の進展に即し、SNSやインフルエンサーを活用した情報発信が旅行者誘発のカギになるとした。これら「4P」のいずれにも長けた外資系ホテルに対し、日本のホテルは大きく後れを取っていると指摘する。

石崎によると、日本では「御三家」と呼ばれた「帝国ホテル」「ホテルオークラ」「ホテルニューオータニ」が、長くホテルを代表する存在だった。1964年の東京オリンピック以降、「ホテルの大衆化」が進むとともに、大規模なホテルチェーンが展開されていく。しかしそのビジネス形態は、欧米とは大きく違っていた。「欧米のホテル専業チェーンが、経営・運営に特化しているのに対し、日本の主流は、土地を所有してそこにホテルを建設し、自社で運営も行う経営形態でした」。つまりホテルビジネスで収益をあげるというよりも、不動産業としての「含み益」を見込んだビジネスの色合いの方が強かった。こうした経営形態は、バブル経済の崩壊以降、地価の下落とともに行き詰まり、外資系ホテルに取って代わられることになったというわけだ。

多様化・個性化の時代の旅館のマーケティングとは

近年、日本でも外資系ホテルのマーケティング戦略を採用し、成功するケースが登場しているという。大手総合リゾートチェーンは、経営に行き詰まった地方旅館を次々と再生させていることで知られる。土地・建物を所有せず、経営・運営に特化。マルチタスクに代表される合理的な経営の推進と、旅館の個性やその地域の特性を最大限に引き出すことで差別化に成功し、全国展開を実現している。一方では、価格競争力の点で優れたビジネスホテルの多様化・拡大も進んでいる。

「ホテルが増加傾向にある一方で、減少し続けているのが、旅館です」として、「旅館にこそマーケティングによる差別化が求められている」と強調する。「中には早くに団体客を当て込んだ大規模化路線から脱却し、50室近くあった客室を10室程度にまで絞り込んで、高級路線に転換した旅館もあります。同旅館は、地産地消の料理や手厚いサービスなどで差別化し、高価格化を維持することに成功しています」と事例を挙げる。

旅行の多様化・個性化が進む現代において、持続可能な旅館を実現するためには、地域との連携が欠かせないと石崎は続ける。「地元の資源を活用することで旅館の個性化を図り、宿泊客を増やす。それを地域経済の活性化につなげる構造をつくっていく必要があります」

それに加えて急務なのは、時代に即したマーケティング戦略を展開できる人材の育成だという。2024年4月、立命館大学に経営管理研究科「観光マネジメント専攻」が開設される。そこでの教育も重要な責務だと石崎は任じている。今後も研究と教育で、日本の旅館ビジネスの振興に力を尽くしていく。

石崎 祥之ISHIZAKI Yoshiyuki

経営学部 教授
研究テーマ

観光マーケティングによる地域再生

専門分野

経営学、社会システム工学