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2017.12.02

2017年度 立命館西園寺塾 12月2日講義「人間の再定義」を実施しました。

2017年12月2日(土)
 ・13:00~14:30 講義
          講師:
東京大学 教授
                     中島 隆博

 ・14:45~17:00 ディスカッション


【指定文献】
 『思想としての言語』中島隆博【著】岩波書店
 『道徳を基礎づける』フランソワ・ジュリアン、中島隆博、志野好伸【共著】講談社

 

 

2017.11.25

2017年度 立命館西園寺塾 11月25日講義「文明は<見えない世界>がつくる」を実施しました。

2017年11月25日(土)
 ・13:00~14:30 講義
          講師:
千葉工業大学惑星探査研究センター 所長
                     松井 孝典
 ・14:45~17:00 ディスカッション


【指定文献】
 『文明は<見えない世界>がつくる』松井孝典【著】岩波新書





2017.11.11

2017年度 立命館西園寺塾 11月11日講義「古気候学が映し出す未来~人類は気候の激動期をどう生きたか~」を実施しました。

2017年11月11日(土)
 ・13:00~14:45 講義
          講師:立命館大学総合科学技術研究機構 教授
                     古気候学研究センター長
             中川 毅
 ・15:00~16:30 ディスカッション
 ・16:30~17:00 質疑応答


【指定文献】
 『禁断の市場フラクタルで見るリスクとリターン』
   ベノワ・B・マンデルブロ、リチャード・L・ハドソン【共著】東洋経済新報社
 『チェンジング・ブルー―気候変動の謎に迫る』 大河内 直彦【著】岩波書店




 

 


2017.11.05

2017年度 立命館西園寺塾 京都フィールドワークを実施しました。

11月3日(金・祝)~5日(日)、京都府京都市においてフィールドワークを
実施しました。概要は、以下のとおりです。

【概要】
 11月3日(金・祝)
  午後:・六角堂およびいけばな資料館 見学
     ・講義および華道体験
       講師:華道家元池坊次期家元 池坊専好

 11月4日(土)
  午前:・講義およびお庭「白沙村荘」見学
       講師:植治 次期十二代 小川勝章
  午後:・講義および組香体験「お香の楽しみ方」
          講師:株式会社松栄堂 経営計画室長 畑元章
     ・臨済宗建仁寺塔頭 霊源院 座禅体験および法話
       講師:雲林院宗碩

 11月5日(日)
  午前:・西本願寺 おつとめおよび特別拝観
       解説:立命館大学文学部教授 本郷真紹
     ・講義およびお茶席
         講師:裏千家 今日庵業躰 倉斗宗覚
  午後:・聖護院 見学および法話
       講師:聖護院門跡門主 宮城泰年


 

池坊 専好 先生

 

小川 勝章 先生

 

畑 元章 先生

 

雲林院宗碩 先生を囲んで                西本願寺    

 

倉斗 宗覚 先生

 

宮城 泰年 先生

2017.10.28

2017年度 立命館西園寺塾 10月28日講義「美術による地域づくり」を実施しました。

2017年10月28日(土)
 ・13:00~15:00 講義
          講師:アートディレクター
                     北川 フラム
 ・15:15~17:00 グループディスカッション


【指定文献】
 『直島から瀬戸内国際芸術祭へ』 福武總一郎・北川フラム【著】現代企画室
 『美術は地域をひらく: 大地の芸術祭10の思想』 北川フラム【著】現代企画室

 

▼受講した塾生のレポート(T.K.さん)▼
 著書を読んでいて感じたことは、理想と現実と⽭盾と妥協という様々な感情の中で、あえて障害になりうるであろう「公⾦」を利⽤し、精緻なプロセスで清濁を併せ呑みながら、⾮常に⼤きな意義のある「芸術祭」を⽣み出している、その意志⼒とパワーだった。都市と地⽅の格差・南北問題や、無視されがちな芸術振興など、とてつもなく複雑で困難な問題を⽬の前にして⽴ち向かう姿には、その基盤となる考え⽅や価値観には違いはあるが、何も⾏動していない⾃分には何かを発⾔する権利もないと感じた。今回の講義のメッセージとしては『⼩童共、いいから動け。ごちゃごちゃ⾔わずにまずは参加しろ』だったと、肯定的に思っている。

 講義を通じて「芸術」が持つ⼒についても再考することができた。昔から度々⾔われていることですが、「芸術」とは「体制へのカウンターであり、それは反逆であるべきだ」という考え⽅は、正しくないと思っている。「芸術」がその構造の中に持っているのは、永遠に「分化」していくことが「良し」とされていることであって、体制へのカウンターも「良し」とされながらも、体制派の芸術作品も同時に「良く」、とにかく”多様性・個性・他と異なること”が「正しい」とされる価値基準だと考えている。
 ⼀⽅で、世界の⼒の⼤半を占め、実際に富を作り出している資本主義やベースとしている合理主義は、その構造上、画⼀的/効率的であることを追求するのが「正しい」ことであり、そこに向かうパワーは強⼤なものがある。確かに貧富の差が広がっているが、実際に多くの⼈類の⽣活を⽀えているのは、この画⼀的/効率的な仕組みの⼒であろう。まずはこの資本主義が成し得た成果を冷静に認めるところがないと、その現実世界の中で⽣きている⼈間が、理想の世界を考えて変⾰を興すことは難しいのではないかと思う。そのうえで、資本主義の「画⼀性/効率性」が持つ⼀⽅通⾏のパワーと、その構造の中に「分化」の⼒で「画⼀性/効率性」に抗う「芸術」のパワーのどちらの⼒も必要であることも認め、それをどのように組み⼊れてバランスを取れる仕組みに出来るか、を考えていくことが、本質的な活動なのではないかと考えた。

 上記の内容にも絡むが、やはり個⼈的な理想としては「公⾦」を利⽤しない「芸術振興」を追求できないかという思いがある。「公⾦」は、その性質上、やはり⺠主主義的に構成員全員が認めるものである必要があり、それはスタンダードで突⾶なものではなく(画⼀的)、費⽤対効果があること(効率的)を求める。これはそもそも「芸術」が持つ「分化」の⼒とは間逆であって、構造的に無理が⽣じる。講義中に、学校が「芸術」をツマラナイものにしているという議論があったが、これも同様で、学校は⼦どもたちを「画⼀的/効率的」に揃えることを求められているので、やはり「芸術」が求めるものとの差分が⼤きすぎるのだと思う。この構造から考えれば、古来から⾏われていたように、貴族・富裕層・パトロンという少数の成功した⽅々や企業により、(⺠主主義とは真逆の)完全個⼈的な独裁的な感覚によって、勝⼿に芸術家をサポートしていく、そして世間や株主はそれを好ましいものとして受け⼊れるのが当然であるという意識・制度変⾰が必要なのではないかと考えた。⾮常に感覚的ではあるが、若い経営者の中には、このような考え⽅を⾃然に持っている⽅が増えている気がする。

 

▼受講した塾生のレポート(Y.N.さん)▼
 芸術祭の様子や作品をご紹介いただくとともに、芸術祭を通して北川先生が目指していること、その背景について教えていただいた。
 目的は「依るべき世界を作る」ことであり、アートや芸術祭はあくまでも「手段」である。地域に人を呼ぶこと(観光)も途中段階であり、そこから第一次産業を再興させたいとのお話だった。第一次産業は、即ちその地域で昔からやってきたことであり、その尊さの再認識が、地域と人に誇りを取り戻すことに結び付くのだと感じた。それは、「海の復権」というテーマにもつながる。その目指すところに、とても共感を覚えた。
 指定文献を読み、その地域の自然や歴史をテーマにして、アーティストがその場所で作るという方法や、お祭り以外の時間の地域の人たちとの関わり方を大切にするアプローチが、肝だと感じていた。講義でも、写真ではわからない「空間体験」「空間感覚」といったお話があり、印象に残った。西園寺塾の奈良フィールドワークにおいて、事前に本(写真)で見た時には正直あまり感じるところのなかった釈迦如来坐像を実際に見ると、その厳かさに感動したことを思い出した。また、作品の物理的な色や形そのものが重要なのではないというお話から、アートの役割はその「場」を歴史背景含めて”感じとる”ための手助けなのだろうと理解した。是非現地を訪れ、土地の人たちとの関わりを含めて、体験しようと思う。
 「アート」「お祭り」は、地域が輝きを取り戻す普遍的な手段になり得ることを学んだが、特に過疎の町だからこそ、地域の人びととの「協働」による効果が一層大きいのかもしれないと感じた。講義の中で、都会の景観が画一的というご指摘もあった。都会であっても、「似通っていない景観」が必要なはずではないだろうか。「都会」という呼び名ではなく、例えば「東京都という地域」ととらえた時、その歴史を含めた地域性が、どれだけ今そこ(例えば東京都)に住む人々に共有されているのか。「都会」に原風景を感じさせるような景観の構築は可能なのだろうか。都会に生まれ育った身として、気になった。都会であればこそ、実はアイデンティティの再構築から必要なのかもしれないと感じた。
 「美術による地域作り」というテーマ内容だけでなく、北川先生の冷徹な視点も、とても勉強になった。指定文献『美術は地域をひらく:大地の芸術祭10の思想』の中の、「あらゆる反対意見が出ることで、根底的な課題が見えてくる」という考え方が印象に残った。講義の中でも、美術館は内輪だが地域を舞台にパブリックにすることで「様々な意見(文句)が引き出せる」、「フラム」という名前は相手にとっては「壁になりやすいので”良い”」というお話があった。また、持続性のために「公金」にこだわり、付随して出てくる様々な「リアルな」課題に対応なさってきたことも感じられた。
 「地に足をつけて」、「実行する」ことの大事さを改めて学んだ。


2017.10.14

2017年度 立命館西園寺塾 10月14日講義「文化力―日本の底力」を実施しました。

2017年10月14日(土)
 ・13:00~15:00 講義
          講師:静岡県知事
                     川勝 平太
 ・15:15~17:00 ディスカッション


【指定文献】
 『文化力―日本の底力』川勝平太【著】ウェッジ
 『「鎖国」と資本主義』川勝平太【著】藤原書店
 『鉄砲を捨てた日本人―日本史に学ぶ軍縮』
      ノエル ペリン【著】 川勝 平太【訳】中央公論社


 

▼受講した塾生のレポート(M.U.さん)▼
 現職の静岡県知事でもあり、高名な学者でもいらっしゃる川勝先生の講義は、地方都市の首長としての視点から、交通・教育・地方分権・後継者の考え方、そこから癌免疫療法であるオプジーボまで話が広がったかと思うと、そこに留まらず首都移転・4州制、そして学者としての視点で歴史をふりかえったうえで、これからの日本の目指すべき姿をご示唆いただくなど非常に多岐にわたった分野についてご教示いただいた。 
 そのなかで「振り返ること」が「未来をみること」と、一見矛盾するテーマをご提示いただいたうえで、「モノ」を例示されながらこれまでの日本の歴史を対比させて未来の目指すべき姿を示していただいた。具体的には奈良時代は朝鮮半島を経由した大陸文化を取り込み、いれきった時代であり、平安時代はその大陸文化から離れ、国風文化を醸成した時代。鎌倉時代・室町時代は南宋をはじめとして中国文化から南蛮文化まで取り込み、いれきった時代であり、江戸時代は鎖国により国内文化を醸成した時代。それではこれからの時代はどこに向かうべきなのかという課題に対して、明治・大正・昭和は、西洋文化を取り込み、いれきった時代として「東京時代」と位置付け、これからの時代は国内文化を醸成していく時代であるという捉え方である。しかし、それは江戸時代のように内に向かう文化の醸成の仕方ではない。日本式に醸成された文化を世界に発信していく、よりグローバル化を意識された視点であった。その文化は、日本は「和」であり、いろんなものを許す、足していくという寛容の文化であり、「Dreams come true in Japan」(日本に来れば夢がかなう)と言われる国を目指すという一連の流れは非常に腑に落ちた。
 私は長野で3年半、現在は中央に近いがやはり地方の顔をもつ神奈川で現在営業を担当している。投資が少ない地方において、その住民のみを消費者とした投資には限界があるし、特に「箱もの」と言われる地方住民で完結する地方自治体の投資は必ず税金の無駄遣いという批判を受ける。海外の観光客をいかに呼び込むか、いかに地方を活性化させるかは世界にその土地の文化を示していく、開いていくということに答えがあり、そのための投資をいかにつくり込むかといった地方における営業のヒントをいただいたと思う。
今回の指定文献での木綿や香辛料を媒介とした中世から近世の捉え方もそうであったが、講義では紙を媒介としての宗教革命の話をしていただき、先生の「モノ」を媒介として歴史の出来事をとらえていかれる説明は、学生時代に暗記の題材でしかなかった歴史の出来事を肌感覚でイメージすることができた。講義後帰宅して、受験生でもある息子に、講義の受け売りで「モノ」を媒介とした宗教革命や海洋史観に基づいた中世から近世について話してやった。「とてもわかりやすい」と言ってくれた。父親としての株が少しあがったようだ。

 

▼受講した塾生のレポート(A.M.さん)▼
 第二次世界大戦以前までは軍事政策を中心に国家が形成され、最終的には米国との経済力の格差で敗戦に至った。戦後は経済政策に基軸がおかれ、高度経済成長を実現、20世紀終盤には世界経済を席巻するまでに飛躍した。そして現在では、人口減少、内需停滞により、民族としての成長の限界に直面している。
講義では川勝知事から、国の基礎は「力の体系(軍事政策)」「利益の体系(経済政策)」「価値の体系(文化政策)」の3つの体系で構成される、という理論が紹介された。
 経済力と軍事力は国力の両輪であり、両者のバランスが崩れると国としての安定性を失うことは数多の歴史が証明している通りだが、これに文化力も含めて国の基礎と整理する考え方には新鮮な気づきを得た気がした。
 文化のなかには、衣・食・住といった見えるものと、言葉や宗教といった見えないものが存在するという議論があった。確かに日本民族にとって、「見えない文化」のなかには「士道」や「和」、「絆」といった言葉で表される、「信義」「道徳」「受容・寛容」の風潮や、「匠」の技として脈々と承継されてきた技術や芸能、民族として永年育み重んじてきた伝統・慣行が存在する。
 文化には、国民の心の豊かさを醸成し、国力の両輪である経済力・軍事力とともに、国政の安定化をもたらす。それと同時に、民族文化への魅力・憧れが、諸外国からのインバウンド経済を活性化させるとともに、文化の広がりは経済圏の広がりに繋がり、アウトバウンドの経済政策としても有効となる。
 求心力がある文化は遠心力を以って広がり、文明は時空に偏在する、という話もあったが、日本民族が有する文化、特に民族に内在する上述の「見えない文化」には、十分、文明として昇華するだけの魅力と価値があると思う。
 元来日本民族は、応用・受容力には長けつつも、多くを語ることを美としない奥ゆかしさを重んじるが故か、交渉・発信力は得意とはしていないように思えるが、2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催という日本文化の魅力を発信する絶好のチャンスを控えた今こそ、改めて国民一人一人が、我が国が育んできた文化の魅力を認識し、自らの言葉と行動により、また積極的に海外に発信していくことを心掛けていくことにより、我が国が誇る「見えない文化」を「見える化」していくことができれば、さらに遠心力を増して、魅力・憧れの広がりに繋げていくことができるのではないかと感じた。

2017.08.05

2017年度 立命館西園寺塾 8月5日講義「アメリカ海兵隊の知的機動力」「知的機動力経営」を実施しました。

2017年8月5日(土)
 ・13:00~14:45 講義「アメリカ海兵隊の知的機動力」

            「知的機動力経営」
          講師:一橋大学名誉教授
                     野中 郁次郎
 ・14:45~15:35 ディスカッション
 ・15:35~17:00 発表・まとめ


【指定文献】
 『失敗の本質 戦場のリーダーシップ篇』野中郁次郎【著】
 『知的機動力の本質 アメリカ海兵隊の組織論的研究』野中郁次郎 他【著】

 

▼受講した塾生のレポート(K.H.さん)▼
 指定文献を読み始める前には、アメリカ海兵隊の存在意義や、第二次世界大戦における日本軍の敗戦原因など、戦争に関する内容かと思いながら読み進めていたが、講義を拝聴してみると、経営論という内容であり、かつ現在我々が企業内において置かれている立場の「ミドル」に関するところは非常に印象深かった。
 仕事においては、とかく形式知化することを求められるが、アメリカ海兵隊では暗黙知を重視する現場マネジメントであり、この暗黙知によるマネジメントはアートであるといった視点は非常に斬新だと思った。形式知化は客観的であり継承しやすく、その反面暗黙知は主観的かつ直感的であることから、細かなニュアンス含めて非常に継承が難しい。それでも本田宗一郎氏はこの両方の相互作用をうまく引き出していたという話しを聞き、両立させることから引き出せる情報をうまく活用できることがマネジメントにおいては重要だということを知った。
 ディスカッションにおいて、我々のグループでは、トップとフロントを結びつけるにはミドルの役割が最も重要であり、その果たす役割によって組織の融合が生まれるといったことを議論した。いつの世も現場では、「そうは言っても上は現場のことをわかっていない」といった批判は表面化せず、社員の腹でくすぶっていることがよくある。そんな中社員に「理解・納得・行動」させるために、単なる伝書鳩ではなく、トップの思いをいかに現場に納得するまで話しをし、また現場の現状を受け止め、それをトップに理解させるといったトップへの教育もミドルとして果たすことで、このどちらからも共感を呼び、思いを共有できる環境になると強い企業文化を形成できる。ただし、これにはトップが実行に向けた仕組みづくり(what、whyの構築)と、やり方を現場に任せること(howの一任)のバランスが非常に重要であり、これさえできれば組織は回るということを学んだ。これをしっかり回していけるようにする為に、ワイガヤやコンパが役立ち、「小さく、速く、行動しながら微調整を」といったことで、より成果を発揮できるようになる。よく組織を回す際に耳にする「PDCA」サイクルよりも「OODA」を回すことが出来た先に、PDCAがあるということも大変参考になった。
 経営においては「二者択一(あれか、これか)」ではなく、「二者両立(あれも、これも)」にシフトできるようになるにはいかにミドルが活躍できる環境を作るか、さらにはそういった人材をいかに育成するかがこれからの時代では大きく問われる。これから自身がミドルとして役割を果たしつつ、普段の忙しさにかまけず、後継者となるミドルの育成をしていくことに時間を割いていくことの大切さを実感した。そういった意味においても、今回の講義は今後の企業人としてどう生きるかを考えるにあたって大いに役立つ内容だった。


 

▼受講した塾生のレポート(T.S.さん)▼
 「主観、五感を大切にする」。私の仕事経験での思いから、昨年から担当している社内意識改革のテーマと、偶然にも一致しており、とても嬉しく、興味深く拝聴した。「人の想い」を置き去りにした仕事が多すぎる、仕事において最も大事にすべき「人」を軽視すれば、絶対良い仕事にならず、よい経営に行きつかないという自分の日々の思いが、今回の講義にとても通じていたと解釈している。自分のアンテナがそこに立っているからかもしれないが、前半の西園寺塾の講義は、必ずと言っていいほど「対話」「共感力」が重要との視点が出てきており、自身の思いを強くしている(ただし、その具体的仕掛け、仕組みには苦慮しているところであるが)。
 近年の日本企業において不足しがちな共感力、人間の感性を大事にする経営。経済成熟による拡大発展の厳しさ、人手不足などから、効率のみを追求する方向へ走り続け、成果主義などもうまくいかなかった。忘れてはいけない家族型経営のよいところを今一度学び直すことが必要ではないかと感じる。あるべき論だけではなく、事実として起こっている現象から掘り起こし、修正を加えていく作業。今回紹介のあったいくつかの企業事例も極めて参考になった。野中先生の書籍でさらに勉強してみたい。若い世代に早くこの重要性を伝え、実践の中で体感させていかないと、仕事の仕方がどんどん閉鎖的になってしまう。コミュニケーション不足、縦割り、プレイングマネージャー化によるミドルの疲弊、若手の冷めた態度など自社特有の課題かと思っていたが、今回のグループワークで他企業でも同様な問題を抱えていることを知った。早急に、いやじっくりと、「チームで」よい仕事をする経営文化をつくっていかないといけない。一方で、効率化は徹底的に追求しなければいけない。時間を使うべきこと、緊急ではなくても重要な事項を定め、ミドル同士が話し合って自らの役割を定義づけ、文化を変えるよう行動、実践し、次世代へつなぐことしかないのではないか。動く人間が複数出れば、少しずつ変化することを期待し、動きたい。
 今回の講義でいただいたキーワードを反芻し、自分なりに理解した形で社内展開により、できる限り具体的な形に落とすよう実践を試みたい。

・数値だけに意味があるのではない。その背後にあるものを理解し、
 次につなげることが必要。
・マネジメントはサイエンスでありアートである。
「あれか?これか?」ではなく、「あれも、これも」、
 矛盾の両極にある背後からあぶりだす。
存在論を問い続けることで、共通善、文脈が共有でき、進化を生みだす。
ミドルが声を上げろ!現状を否定し知的論争を起こせ!強い企業文化は、
 必ず強いミドルがいる。
アジャイルスクラム開発型、ホンダのワイガヤ
 (→チームプロジェクト手法として極めて興味深い、勉強してみたい。)
・PDCAの前にやることがある。See-Thinkを徹底的にやる。
組織におけるコアスキルを育て、共感できる土台をつくる。

2017.07.29

2017年度 立命館西園寺塾 7月29日講義「タケダのグローバル化への挑戦」を実施しました。

2017年7月29日(土)
 ・13:00~14:30 講義
          講師:武田薬品工業株式会社
                     相談役 長谷川 閑史
 ・14:45~17:00 ディスカッション


【指定文献】
 『マッキンゼーが予測する未来―近未来のビジネスは、4つの力に支配されている』
                 リチャード・ドッブス 他【著】ダイヤモンド社

 

▼受講した塾生のレポート(Y.N.さん)
 まず、長谷川先生の経営者としてのご覚悟に感銘を受けた。日常生活を律することにおかれても、会社の成長の持続に向けても、非常に強いご意思のもとに、「不退転の決意で実行」されてきたのだと感じた。
指定文献を直接参照されることはなかったが、講義でご紹介いただいたタケダの取り組みは、同書で提起している問題に対する、一つのアプローチを示していただいたと理解した。医薬品産業の状況についても丁寧に教えていただいたので、業界動向とタケダと長谷川先生にとっての問題意識をつなげて感じることができた。

 医薬品産業の状況についてのご説明のなかで、ここ10年の間にプラットフォーム技術が大きくシフトし、創薬元についても、10年足らずの間に製薬企業以外のプレイヤーが半分以上を占めるようになってきたというお話は、衝撃的だった。『マッキンゼーが予測する未来』にある”テクノロジーの変化のスピードと普及”の実例である。その際に「論理的/批判的な分析/検証/考察に基づき戦略立案」を行い、グローバル化と共にM&A戦略を進められたのは、まさに”直観力のリセット”を行ったということだと思う。Cross BorderのM&Aにおいても、テクノロジーの補完だけではなく新興国という成長市場を意識した買収を実施したことも、”破壊的な力を持つ4つのトレンド”の一つへの対応をとられていたということである。

 ディスカッションにおける”直観力のリセット”についての質問に対して、「もがき苦しんで結論を出す」「結論が出てもまた考える」「過去の成功体験ではなく虚心坦懐に見ているかを考える」というお答えをいただいた。それを実践してこられた方のお言葉は、とても説得力があった。

 また、製薬業界はグローバルにフラットな業種であり、「千の技術」と言われるほどの様々な技術が開発されている状況を踏まえ、一社で全てに対応するという発想ではなく、自社でできない(やらない)部分は他社で補完するというお話があった。これは、私の携わる業界にも通じる方向性である。
そのなかでご紹介いただいた、バイオテクやアカデミアと認証試験前のコラボレーションを行い、製薬化ビジネスにつなげるというやり方は、技術開発とビジネスの形として、参考になった。

 「変化の時代に何も変革しないことが最大のリスクテーキング」を自らの命題ととらえ、「変化に懸命」になろうと思った。


 

▼受講した塾生のレポート(T.K.さん)
 前段の講義では、ダーウィンの『⽣物の進化の歴史を⾒ても、最も強いものや最も賢いものが⽣き残った訳ではない。最も変化に懸命だった者、最も環境変化に適応した者が⽣き残った』という⾔葉から始まり、グローバル化/技術⾰新の進展によって加速度的に変化する環境下においては、常に変⾰を起こし続けるのがリーダーの最⼤の役割というお話をいただいた。

 その後、医薬品産業の概況を学んだ。主に莫⼤な研究開発費の負担に耐えるために統合が進んだ経緯や、各種イノベーションにより低分⼦化合物から⽣物学的製剤への基盤技術がシフトしている現状、そして統合を繰り返し、⼤きな研究開発費を捻出している製薬企業が⽣み出す医薬品よりも、ボストン・ケンブリッジに集積しているバイオテク/アカデミア/NPO が⽣み出した医薬品の売上の⽅が⼤きくなっている事実をお聞きしました。この現状認識は、私が所属しているIT 業界と似ている。この10 年間の技術⾰新によって、当初の黎明期を⽀えてきたIT ⼤企業は消滅するか、⼤きく役割を変えてきている。IT 技術も製薬技術と同様に、基本的にはアカデミアの研究の成果、または数名の天才的な技術者によって⽣み出されるものが多く、特⾊のあるベンチャーが⼀点突破で⼤企業に伍することは珍しいことではない。もちろん製薬であれば、物流や製造、各国ごとの規制対応、賠償リスクなどについてはベンチャーでは荷が重いと思われるが、⼤企業としてはこのベンチャーの⼒をどのように⾃陣内に⼊れていくか、が今後もポイントとなるように思う。それがリサーチセンターのような場作りなのか、M&A なのか、様々な⼿法はあるが、⽇本企業の悪い癖である「⾃前主義」を抑えるのは並⼤抵のことではないように思う。⻑⾕川先⽣は事も無げに仰っられたが、相当の勇気を持ったうえで、緻密に活動した結果なのではないかと想像した。

 他の企業とはレベルが異なる武⽥製薬⼯業のグローバル化について、様々な視点でお話をいただいたが、特に後任者の選定プロセスを具体的に聞けたのは⼤きな学びとなった。ヘッドハンダーを使わなかった理由や、①Relocatability ②10 years commitment ③Live up with Takeda-ism という"Gentleman's Agreement"についても、とても実際的で⾃分の腹に落ちたように思う。

 今回のお話をうかがい、製薬業界がグローバル化の是⾮を語っているレベルではなく、グローバル化するのが当然であり、さもないと⽣き残れない、という切迫感が強いことを感じた。そのトップが切迫感を持っていることと、その切迫感をしっかりと伝えていることによって、業界・社員の共通感覚となり、このような⼤きな変⾰を起こせる原動⼒・遂⾏⼒に繋がったのではないかと想像している。私は事前レポートのなかで「この指定文献は⾮常に興味深いものだと感じているが、ここに⽰されている事例や⾒出される⽅向性について、しっかりと⾃分・⾃社の事に置き換えて検討し、次の⽇から⾏動を変え、アクションを起こす社⻑はいるのだろうか」と書きました。未だにその気持ちには変わりはなく「⼤⽅のエグゼクティブは変わらないだろうな」と思う⼀⽅で、⻑⾕川先⽣のように危機感と好奇⼼を持った⽅であれば、このような本を使いこなせるのだろうと思った。他⼈の事を、上から⾔っているばかりでなく、私も学び続けなければならない。プロにはなれませんが、昨年はプログラミングに⼊⾨し、⾃社のプログラマーの⾔うことが少しは分かるようになった。最近はAI や統計が流⾏っていますので、夏休みには”STEM”の1 つ"Mathmatics"を学び直そうと思っている。

2017.07.22

2017年度 立命館西園寺塾 7月22日講義「JAL再生と意識改革の必要性」を実施しました。

2017年7月22日(土)
 ・13:00~14:00 講義
          講師:京セラコミュニケーションシステム株式会社
                     顧問 大田 嘉仁
 ・14:15~17:00 ディスカッション


【指定文献】
 『JAL再生―高収益企業への転換』 引頭麻実【編】日本経済新聞出版社
 『稲盛和夫の実学―経営と会計』 稲盛和夫【著】日本経済新聞出版社
【参考文献】
 『心を高める、経営を伸ばす』 稲盛和夫【著】 PHP研究所; 新装版

 

▼受講した塾生のレポート(M.U.さん)
 今回の講義はJALの見事な再生を実例として、急速なAI化やグローバル化といった我々を取り巻く環境が大きくかわりつつある現代において、変化に強くかつ柔軟な対応力をもつ企業に改革する方法について学んだ。
 企業改革には構造改革と意識改革がある。構造改革だけがピックアップされるが、それは一時的な効果を得ても、やがて陳腐化してしまう。理由はいろいろ考えられるが、その後の環境の変化に取り残されてしまう、社員が1回の構造改革に満足してしまい現状に甘んじてしまう、一度の成功体験にしばられ、それが行動規範となり組織が硬直化してしまうなどである。
 むしろ大事なのは意識改革であり、意識改革が成功すれば、環境が変化してもそのときそのときで自分たちで考えて、スピードをもって対応できる企業風土ができあがり、その風土は継続する。
 では、意識改革とはなんであろうか。講義では6つの原則を学んだ。①自社の文化は自社でつくる。②リーダーから帰る、③全社員に一体感をもたせる、④現場社員のモチベーションを少しでも高める、⑤変化を起こし続けることで本気度を示す、⑥スピード感を重視する、である。
 そのなかで自分のなかで特筆すべきは③であった。JAL再生において、全社員に一体感をもたせるため、JALフィロソフィという行動規範を作成した。これを浸透させる過程で、まずは、部門間の壁をとっぱらった。かつ一番効果が大きいと感じたのが、社員共通の行動規範が出来ることで、社員一人ひとりの判断が会社の方向性、あるべき姿に反しない。そのため、社員に大きな裁量を与えることができる。逆に社員も自分で考えて判断する経験をつめる。このことが徹底されることで、段階的に上司に了解をとる、上司を使って根回したり調整したりするといった時間・労力を極力最小化することが可能となり、自分で考えるスピードのある組織となる。こういった組織はルールでがちがちになった、硬直した組織の対局にある。このような企業風土をもつ会社には細かいルールは邪魔になるだけだからだ。
 あわせてその意識改革を浸透させる方法が素晴らしかった。まずトップの意識改革を先行したことである。そしてその方法は短期かつ徹底的であった。トップが本気になれば、その浸透は早い。
 そしてフィロソフィー自体が秀逸であった。決して売上げをあげるためとか、社員に我慢を強いるものではなく、内容は性善説にたった、社員の幸せを第一に考えられたものであることから、社員にも受け入れやすいものとなっていた。グループ学習でフィロソフィーにある行動規範の内容は、会社の経営状況に埋没しがちだが、経営状況に関係なく一所懸命真面目にがむしゃらに働いている社員の普段やっていることをすくいあげるものであり、そういった社員を認めてあげるものでもあったから浸透しやすかったのではないかという意見もあった。そして、意識改革をはかることと並行して社内のシステムも改革している。主には稟議や人事等であるが、社員にとっては身近で大事なことである。会社が意識改革を一方的に図るだけでは冷める社員もいると思われるが、意識改革にあわせて、その効果が最大限発揮されるシステムに変えることで会社の本気度が社員にも伝わる。
 講義の最後は米ギャラップ調査の結果についての新聞記事であった。各国比較のなかで日本は「熱意ある社員」は6%のみであり、139ヵ国中132位という強烈な内容である。自分もつい思うところがあり、下を向いてしまったが、逆に6%しかいないのに日本は先進国の面目を保っているのだから、「まだまだ君たちにはやれる余地があるんだ」と大田顧問に大きく背中を押していただいた気がした。


 


▼受講した塾生のレポート(Y.N.さん)
 JAL更生という事例から、意識改革の重要性と、それが”可能”であることを、教えていただいた。
 指定文献(『JAL再生―高収益企業への転換』引頭麻実【編】日本経済新聞出版社)を読んで、なぜそこまで社員一人一人が変わることができたのか、正直、不思議に思っていた。
 大田先生のお話を伺い、会社更生法の適用や人員削減などを目の当たりにした社員たちは、自身とJALの拠り所、存在意義を感じられる”何か”に飢えていたのではないかと感じた。その”何か”に応えたのが、「人として正しいこと」に基づく共通の価値観=フィロソフィと、それを実行するために社内制度まで変えるという、経営者の示した”本気”だったのだろう。小手先の変更では、社員の心をつかむことはできない。稲盛会長(当時)の「社員への愛」と「絶対性善説に基づく信頼」も、社員たちに伝わったに違いない。
 その先には全社員が一体となった新しいJALがあると信じられたからこそ、一人一人が変わり得たのだと、納得した。「人間の心は変えられる」とおっしゃった大田先生の言葉は、とても重く説得力があった。

 質疑とディスカッションにおいても、京セラの事例や稲盛会長(当時)のお言葉など、貴重なお話を伺った。例えば「ホウレンソウ」に重点を置いた行動規範についての質問に関して、「(ホウレンソウは大事だが)京セラには根回しは全くない」と、きっぱりとおっしゃった。「階層をとばした相談」もOK。
 弊社の働き方改革の一環で、生産性向上の施策を職場で議論しているが、減らしたい負の時間の筆頭が、残念ながら「根回し」「同じ案件を何層にも報告」である。
 京セラの企業風土は、経営者の意思(=フィロソフィ)と、それに矛盾しない社内制度(=組織の主体性と組織間の透明性を支える、アメーバ経営・管理会計システム)の両輪から成っていると思う。とすれば、経営者ではない私自身には何ができるのか。現場からできることはあるのか。
 講義の内容や指定文献を反芻したが、やはり「人として正しいこと」に帰結するように感じた。

 「絶対性善説」と信賞必罰についての質問に関して、なかなか成果が出なくても、稲盛会長(当時)は機会を与え続けたというお話があった。その代わり「不正」は厳しく追及する。ここでの不正は、合法性だけでなく、人として・企業人として「正しくないこと」だと理解した。
 「(階層を重んじるのは)顧客より上司に気に入られたい、叱られたくないという”利己心”である」
 「社員を信用できないなら上司をやめろ」
 「プロダクトアウト型は”意図的”な顧客軽視」
痛烈な言葉である。そしてこれらは、現場リーダーにも通じる戒めである。
 社内制度を変えることは難しいかもしれないが、自分自身が「人として正しいこと」に判断基準を置き、発信し、議論することを、実践していきたいと思う。

2017.07.16

2017年度 立命館西園寺塾 九州フィールドワークを実施しました。

7月14日(金)~16日(日)、宮崎県および大分県においてフィールドワークを実施しました。
概要は、以下のとおりです。

【概要】
 7月14日(金)
  ・宮崎神宮
  ・黒木本店工場、農業生産法人「よみがえる大地の会」、尾鈴山蒸留所 見学
    講師:株式会社黒木本店 代表取締役 黒木 敏之

 7月15日(土)
  ・天岩戸神社、天安河原、高千穂峡 見学

 7月16日(日)
  ・立命館アジア太平洋大学(APU)の概要説明、役職者との懇談会
    立命館アジア太平洋大学 副学長 横山研治
  ・APUの国内学生および国際学生との懇談会
  ・学生によるキャンパスツアー

 

 

 

 

2017.07.08

2017年度 立命館西園寺塾 7月8日講義「バリアバリューから未来を創る~ユニバーサルデザインが生み出す4,000万人の市場~」を実施しました。

2017年7月8日(土)
 ・12:30~14:30 講義・質疑応答
          講師:株式会社ミライロ 代表取締役社長
             日本ユニバーサルマナー協会 代表理事
             2020東京大会組織委員会 アドバイザー
                     垣内 俊哉
 ・14:40~16:40 ユニバーサルマナー検定(3級)
 ・16:50~17:50 高齢者体験・車椅子体験 実技講習
 
【指定文献】
 『
バリアバリュー 障害を価値に変える』垣内 俊哉【著】新潮社


 

 

 


2017.07.01

2017年度 立命館西園寺塾 7月1日講義「マツダのブランド価値経営 ~ロマンとソロバン~」を実施しました。

2017年7月1日(土)
 ・13:00~15:30 講義

          
講師:マツダ株式会社 代表取締役会長 金井 誠太
 ・15:45~17:00 ディスカッション
 ・17:00~19:00 1~4期生合同懇親会




▼受講した塾生のレポート(Y.N.さん)
 金井会長の“エンジニア魂”に、深く感銘を受けた。
 相反する技術課題に対して、バランス点を探るのではなく、ブレークスルーによって全体を持ち上げることにエンジニアとしての付加価値があるという考え方や、「これ以外に道はない」と思える目標が必要というお話など、同じ製造業に携わる身として非常に共感するとともに、現実問題として、なかなか実践しきれていない自分を猛省する機会になった。特に「10年先のビジョン」に関して、営業・企画部門が否定的だったのに対してエンジニアから発信したというお話は、頭を殴られたような衝撃があった。
 私自身は、研究開発部門において、企画・プロマネを担当している。顧客や市場を見据えて商品やソリューションを考え、開発・設計部門に「要求仕様」を出す立場である。分業の形態・開発プロセスとしては正しいと思うが、ともすると開発・設計部門のメンバーが、我々の作る「要求仕様」を自分の考えのスタート点にしてしまうことがある。特に経験の浅い若い社員にその傾向を感じることがあり、残念に感じている。ひと昔前の、腹の座ったエンジニア諸先輩にはなかったことだ。
 「エンジニアだからこそ、技術で作る将来を語れる」というお言葉(=“信念”と理解した)に、マツダの底力を感じた。このマインドは、自身の職場でも広めたいと思う。

 うかがったお話の中で、「Zoom-Zoom」という明確なブランドとターゲット戦略が、やはり重要な鍵だと感じた。「Zoom-Zoom 走る歓び」は、お客様自身を主語としてお客様にとっての価値を端的に表した、素晴らしいコンセプトだと思う。まさに「モノではなくコト」である。この”お客様自身を主語として、お客様にとっての価値を端的に表す“ことが、長年、機器の機能やスペックによって特定領域で勝負してきた身にとって、非常に難しい。お客様にとってのコトを生むべく、日々悪戦苦闘している状況である。
 また、「インコース高めのストライク」は、具体的な顧客層やマーケティング戦略を考えるにあたっての指針になるのだと理解した。我々の通信業界では、近年プレイヤーが変わりつつあり、(我々にとって)新領域の顧客にもビジネスを広げねばならないが、その際に、各論に入る前に、改めてこういった指針や狙いを確認することが必要だと痛感した。

 まずありたい姿を描き、それをバックキャスティングして日々挑戦する。根性論ではなく、失敗を市場に持ち込まないマネジメントを含めて実践してこられた金井会長のお話は、とても勉強になった。




▼受講した塾生のレポート(A.M.さん)
 「マツダのブランド価値経営」として金井会長には、2015年ビジョン策定の概要と背景にある考え方、策定時の議論の様子なども交えつつ、経営者としての思いとともに大変実践的で貴重なご高話をいただいた。
特に、「お客様」「取引先」「従業員」「地域」というステークホルダーを重視するという、一般的には抽象化し易い経営指針について、(直接的なご付言はなかったものの)マツダの中では、金井会長のリーダーシップの下、一貫した経営メッセージとして、現場実務の中で実践・徹底され浸透している様子を伺い知ることができた。
 なかでも、2015年ビジョンの策定にあたって「共に夢を語り、夢を描く」「経営者の役割は、社員に夢と希望を与え、自信と情熱と誇りを持って仕事をしてもらえるようにすること」という経営者としてのメッセージにも示唆を受けたが、それに止まらず、Know-whyや鳥瞰図の策定などを通じて、経営者と従業員、従業員間で徹底的な議論・コミュニケーションが図られ、これらが実践に繋げられているというカルチャーには、個人的に特に感銘を受けた。これは繁忙を極める経営者やマネジメントにとって、余程強い信念とリーダーシップがないと実行することは容易ではないはずである。しかしながら、こうした経営者との直接的な議論を通じてこそ、現場に至るまで社内全般に浸透させ実践できるものだと思う。
 また、永らく脚光を浴びているPDCAについては、「PDマネジメント」と「CAマネジメント」という類型により、「PD重視のマネジメント」の重要性を説かれ、非常に納得感のある示唆をいただくとともに、日ごろの自らのマネジメントスタイルを見直すきっかけとすることが出来た。
 更に、外部ステークホルダーに対する目線では、「自分は出し惜しみせず、たまに少し相手に要求する」「Give×3、Take×1」くらいでちょうど良い、という貸し借りに対する人の認識特性や、強者の強みを受け入れ弱者の強みに違和感を覚える人の深層心理にある「思い込み」を踏まえたブランド戦略の考え方についても、大変示唆に富むものであった。
 何より、「走る歓び」というキャッチフレーズが公表された際には大変感銘を受けた記憶があるが、それを表象する「Zoom-Zoom」を自社ブランドのコンセプトの軸に据え、安易に事業ポートフォリオの分散に走らず、特定のエリアにおいて「絶対的価値」の創出を追求するという経営者としての明確な思いが示された点、その一例として、人が主役=無人運転は(安全性向上の手段とするが)目的とはしない、という経営方針に繋げられている点にも、社内での徹底した議論により醸成されたマツダとしての一体感や、それを実現した金井会長の強い思いとリーダーシップを感じることが出来た。

 経営者として夢を思い描くことの重要性は言うまでもないが、ややもすれば大企業病に陥りかねない巨大な組織の中で、経営者の思いを共有し具現化していくための負担は計り知れない。その労苦を惜しまず、従業員との徹底した議論を通じ実践に繋げている金井会長の経営者としての強い思いに大きな感銘を受けると同時に、自身もマネジメントの立場として、少しでも今後の実務で実践していければという思いに至った講義であった。



2017.06.24

2017年度 立命館西園寺塾 6月24日講義「目指すべき社会を考える」を実施しました。

2017年6月24日(土)
 ・13:00~15:00 講義
          講師:大阪大学大学院経済学研究科 教授
                     堂目 卓生
 ・15:15~17:15 グループワーク
 ・17:15~17:45 ディスカッション
 ・17:45~18:00 総括

【指定文献】

 『アダム・スミス―「道徳感情論」と「国富論」の世界』 堂目卓生【著】中公新書




▼受講した塾生のレポート(Y.N.さん)
 アダム・スミスのみならず、色々な考え方、その考え方が出てきた時代背景を丁寧に教えていただいた。
 「私たちが為すべきこと」についての講義の中で、最も重要=価値があるのは「行い」であるというお話がとても印象に残った。「行い(行動)」を起こすためには、問題を一般化せずに具体化すること、自分の問題に落とし込むことが重要なのだと、改めて感じた。
 グループディスカッションで「目指すべき社会」を構想したが、課題抽出においても社会・国家の問題のレベルにとどまってしまったため、自分たちの行動につながるような課題に結び付けることができなかった。例えば「自由な競争による社会の発展を阻む各国の保護政策」という課題が挙がった。自分の仕事に置きかえてみると、「自由な競争による通信業界の発展を阻む自社製品にクローズした販売戦略」と言えるのかもしれない。今の通信業界においては、明らかに「自社製品にクローズした販売戦略」ではなく「エコシステム構築型」のビジネスが求められており、我々も新しいビジネスモデルを模索しつつある。その時の課題は、エコシステムによるビジョンの構築と、自社の強みを明確に認識した上で、我々の「売り物」を定義することにある。「各国の保護政策」の問題も、自国の強みの認識とそれによる提供物(貢献)を定義することが第一ステップなのかもしれないと思った。
 自分の仕事に置きかえることで、課題がより実感できたと共に、自分が自身のフィールドにおいてやるべきことのヒントを得られた気がする。西園寺塾最初の講義「人類史からフィールドへ」での、「鳥の目と虫の目」のお話を思い出した。問題をグローバルに俯瞰(鳥の目)した上で、取り組むべき課題は虫の目を用いて考え、そして自分が「行動」することを、実践しなければと再認識した。
 また、行動を決める大きな要因として、「真」を追求するとは別の、「命の輝き」に根本を置き本能に根差した意思決定のサイクルをご提示いただいたことや、行動には必ずしも筋道の通るモチベーションがある訳ではないというお話も心に残った。意思をもって行動することの大切さは認識しているつもりだったが、知識を蓄える中で「何かを”感じるから”意思を持つのでしょう」というお言葉は目から鱗だった。 
 「真」の追求のみならず、「善」「美」に対する「感受性」を磨くことも重要なのだと理解した。
 「感受性」を磨くにはどうしたらよいのか、まだ整理がついていないが、頭で考えるのではなく、幅広い興味と、寛容さを持つことなのかもしれないと感じている。




▼受講した塾生のレポート(T.S.さん)
  共感すること、されることを中心とした感情、その感情に基づく行動、それら行動がもたらす様々な影響によって経済が動く。ミクロの世界でも、どうすれば財 やサービスが人の気持ちを動かすことができるか、購入に至らしめるか、これらの集合体で経済社会が成立。心理学的、哲学的にも思え、あまり意識していな かったが、社会が共感から始まっているという点、深く納得した。最近よく耳にし、自分もよく口にするが、「共感力」というキーワード、大切にしていきた い。
 今回の講義で示された「弱者を中心に据えた社会の成立」について、自身含め多くのグループが経済成長を目指しつつ両立させる方向でアプローチ した。これまでの資本主義の世界しか想像できないため、このアプローチになるが、経済成長を脇に置いて、人間、人類の幸福を目指す社会という広い視点での アプローチの順序にすると、新しい考え方が生まれるか。ベーシックインカムや社会主義的発想に近づくのかもしれないが、アプローチ方法を変え、発想転換し てみることから始めるべきか。答えはすぐには見受からないが、一方、努力が報われることだけは譲れない。
 様々な価値観を通じて、国という枠を超え てつながるという考え方は新しい発見である。島国の日本人、普段から他国との交流がないから、国という縄張りに縛られ、今までの考え方だけに守られていた ことに気づかされた。これからのグローバル社会では、国という枠(○○人)ではなく、考え方や価値観で共感できることがたくさんある。国家の争いを超え る、変える原動力になるのかもしれない。
 国同士のWIN-WINを目指すことが究極の外交であり、今、グローバルに開かれた公平な観察者を形成す る環境が整ってきている。爆発的に広がる情報を学習や交流によって、様々な価値観に触れ、共感の幅を広げることができる環境はある。一方、あふれる情報を さばききれず、判断できず、かえって自己の世界に凝り固まり閉じる傾向もある。意識的に外を向く姿勢を強くもって、共感の幅を広げる必要がある。
 日本社会はチャレンジと失敗を許容できない、だから自身の失敗を許容できず、動く前に考えすぎる。自分を振り返るとまさにその通りである。自分から変わらな ければいけない。周囲には変えなくてもよいと思っている大勢があるのも確かである。成長が見込めなくなった時代だからこそ、いや昔から普遍的なのか、変化 に価値を置き、失敗は成功の糧とし、仲間とともに、ありたい世界をつくっていく。そんな社会になるよう、子供たちにつないでいく必要がある。子供時代から アクティブラーニングのような学びを習慣化していくことに大賛成。先生から示された「知る」「考える」「話す」サイクルが大人も子供も習慣化し、対話中心 の学びの世界が広がるとよい。現在、組織内で試行を始めたところである。
 過日、デザインシンキングを実践、世界に普及している米国IDEO社から 学ぶ機会があった。まさに、先生から紹介のあった「すぐミーティングする」「まずやってみる」という米国文化と重なった。顧客に徹底的に寄り添い、超多様 なメンバー間で対話を繰り返し、まずはやってみる、失敗の中から最適解を見つけ、ビジネスへ発展させる、このやり方をチャレンジしたい。行動を起こすこと からである。
 これも提言をいただいたが、ありたい社会を考え、これを続け、周囲に広げていくこと、共感から愛着、愛情へ広がることを念頭に置き、 共感を大事にし、まずは身の回りにある場のありたい姿を考え、考える場をつくり、習慣化することを意識したい。その習慣が社会の変化を促すことを期待す る。
 今回の書籍・講義は、経済学的講義かと思っていたが、人間の本性等を考え、目指すべき社会を考えるというアプローチは大切であると感じ、非常に興味深く受けた。その機会をいただいた経済学者の堂目先生に感謝したい。



2017.06.17

2017年度 立命館西園寺塾 6月17日講義「私の履歴書からみたリーダー像」を実施しました。

2017年6月17日(土)
 ・13:00~14:00 講義-交遊抄について

          
講師:日本経済新聞社 京都支社長
                     金丸 泰輔

 ・14:15~15:30 講義 「私の履歴書からみたリーダー像」
 ・15:45~17:00 ディスカッション

【指定文献】
 『100年企業の改革 私と日立 ―私の履歴書』川村隆【著】日本経済新聞出版社
【事前課題】
 
交遊抄の作成





2017.06.10

2017年度 立命館西園寺塾 6月10日講義「BIG HISTORYのなかの資本主義」を実施しました。

2017年6月10日(土)
 ・13:00~14:30 講義

          
講師:立命館大学国際関係学部 教授
                     山下 範久

 ・14:45~17:00 ディスカッション

【指定文献】
  『21世紀の貨幣論』フェリックス・マーティン【著】東洋経済新報社
  『サピエンス全史 上・下―文明の構造と人類の幸福』
             ユヴァル・ノア・ハラリ【著】河出書房新社

▼受講した塾生のレポート(M.U.さん)
 今回の講義のテーマは、マネーの膨張や科学技術の急速な発達に対して、今、我々が感じている違和感は近代化を進めた結果生じている現代の問題でなく、認知革命以降の人類が歩んできた歴史に内在している問題であり、これらマネーの膨張や科学技術の進化にみられる無限性に対して自分はどう向き合っていくべきかということであった。
 我々が感じている違和感は、人類が過去に経験した認知革命・農業革命・科学革命に匹敵する大きな転換期にきている兆しであると考える。
マネーの膨張でいえば、信用創造等により実際の預金の何倍ものマネーが市場で取引され、膨らんだ市場は急速に収縮する。2008年の金融危機を例にとれば、経済のグローバル化とあいまって、その影響範囲は一国に収まらず、大きな財政負担を強いられた国もあるほどのインパクトを与えた。今後も同様の危機が発生するリスクを内在しており、何度も発生すれば、いくつかの国が破たんするだろうと推測される。
 科学技術でいうと、核技術の保有国の裾野が広がってきている。また遺伝子の解明により新たな生物の創造や飛躍的に進む医療技術と機械の融合によるサイボーグ化、そして人間の活動範囲は地球に留まらず宇宙までおよび、軍事利用される可能性もある。AIの急速な発達は生活を便利にし、人類を労働から解放する可能性がある一方、これまで直面したことのない大規模な失業を生む可能性もある。
 違和感の正体とは何か、それは生物工学の進化により人類が人類でなくなる可能性、そしてマネーの膨張や科学技術の進化により、一国ではなく、人類自体が自ら破滅する可能性が、これまでの人類全史上一番身近かつ簡単になっていることから生じているのではないだろうか。
 サピエンス全史は最後に、「私たちは何になりたいか」ではなく、「私たちは何を望みたいか」というのが真の疑問ではないかと問いかけている。講義で欲求と欲望は区別されており、欲望とは他人に認めて欲しいという承認欲求であり、非常に近代的な考え方ではあるが、現代においてその欲望が非常に低下しているという話があった。欲望・目的のない社会では進化はますますスピードがあがり、コントロールがきかなくなるという。それは日本が目的のないまま戦争の道を歩んでいった過程にも似ていると感じた。しかし、昭和初期と違い、現代ではその影響は最早一国に留まらない。
 認知革命以降、人類が手に入れ、進化の原動力となった「虚構を生み出す力」は無限性を伴っていたが、そのまま無限性をもとめるのか、ここで踏みとどまるのか、人類史上の分岐点にきているのかもしれない。無限性を止める制度として、21世紀の貨幣論ではナローバンクと自己責任を示唆している。イスラム金融もひとつのヒントになるだろう。そして科学技術の進化という点で企業人である我々が取り組むべき課題は、この世界を変える技術ではなく、環境や食糧問題といったこの世界を今の姿に留める技術ではないだろうか。

▼受講した塾生のレポート(T.K.さん)
 今回の講義では、課題図書のテーマを追いながら、「ヒト」とは何であるか「ヒト」が⾃ら⽣み出した技術により「ヒト」を超えることが出来てしまう時代に「ヒト」に留まる意味は何かなど、⾮常に⾼度な哲学的考察を⾏うことになった。
 チンパンジーとヒトの差異は、⽣化学的(ゲノム配列)にはほぼ同⼀ですが、進化論的に「結果的に」得た「虚構」を信じる特性によって、DNA に規定された⾏動を超え、「宗教(科学)」「帝国」「貨幣(資本主義)」を作り上げ、現在のヒトの覇権につながっている。そして遂にはそのゲノムや脳内ホルモンなどをもコントロールするテクノロジーを⼿に⼊れてしまったことは、ヒトは重すぎるテーマを抱えてしまった気がする。
 「⼈間は⼈⼯物を利⽤することで情報処理をオフロードすることが得意」であり、いろいろなツールを作り出し、そのモジュールを脳内に「インストール」して利⽤できるが、これはヒトが最初からサイボーグ化を進めているのではないか、という論も⾮常に興味深く感じた。実際、既に私の記憶構造は、PC のツリー状のファイル形式で作り上げられ、その記憶の実体としても外部のPC やクラウドに外在化されているので、⽬の前にある現実的な話として拝聴した。
 技術的に不⽼不死や成りたい存在(亜⽣物含む)などの「ポストヒューマン」になれる時代に、それをどう受け⼊れていくか、もしくは否定するかという議論にもなった。この議論⾃体も楽しいものでしたが、個⼈的には、「ヒューマン」と「ポストヒューマン」が併存する世界が現実化することに興味がある。通常の進化はDNA の変質によって⾏われるので、⾮常にゆっくりと世代交代が進むはずですが、「ポストヒューマン」の発⽣は、既に確⽴されつつある「技術」と、虚構が⽣じさせている「宗教(神に近づくことを許すか否か)」「資本主義(それを施すだけの費⽤が払えるか)」に依存するだけであり、ある世代内で起こり得ると思っている。その世界にはどうしても「格差」は⽣じるであろうし、最悪の場合、ホモ・サピエンスがネアンデルタールなど、他の⼈類を虐殺した歴史をなぞってしまうのではないか、そんなことも考えた。
 上記、⽣命科学が現実化することは、不⽼不死や若返り、美味しいものを、病気になること無く⾷べ放題など、これまで⼈類が宗教的な枠組みでの「天国」に⾏けば享受できると思っていたものだったような気がする。今、現世で「天国」⽣活が出来るとなったのに、これはこれで悩み始めるというのは、やはり「宗教」という虚構がそうさせるのであろうか。

2017.06.03

2017年度 立命館西園寺塾 6月3日講義「トランプ政権と日米関係 緊迫する東アジア情勢」を実施しました。

2017年6月3日(土)
 ・13:00~14:30 講義
          講師:立命館大学国際関係学部特別招聘教授・元外務事務次官
                     薮中 三十二

 ・14:45~17:00 ディスカッション

【指定文献】
 『日本の針路―ヒントは交隣外交の歴史にあり』 薮中三十二【著】岩波書店
 『世界に負けない日本―国家と日本人が今なすべきこと』 薮中三十二【著】PHP新書

 

▼受講した塾生のレポート(K.H.さん)▼
 これまで4回の講義のなかで最も親しみやすい内容であり、世界における日本の位置づけを考えさせられる非常に内容の濃い講義であった。
 ここ最近の世界情勢においては、トランプ大統領就任から目まぐるしく日々いろいろな問題が噴出している。そのようななか、ドイツと日本では、貿易赤字額が同じくらいであり、かつ国防経費のGDP比もたいして変わらないにもかかわらず、メルケル首相と安倍首相の対応によって、トランプ大統領の圧力が変わっているあたりの見解は、新聞を読んでいるだけでは見えてこないところであり興味深く聞くことができた。
 トランプ大統領のアメリカ第一主義実践に対するアメリカ国内世論の状況については大変興味があったが、やはり国民も国内優先であり、「アメリカは世界の警察ではない」といったトランプ氏の発言に賛同していることなど、なぜそうなるのかといった背景含めて説明いただいた内容が特に印象に残っている。
 また東アジア情勢においては、中国の南シナ海における横暴な主張やASEANにおける日本の信頼感の高さを知り、もっとアジアのリーダーであることを自覚した言動が求められていることを改めて認識した。先般行なわれたサミットでのトップ外交では、やはりアメリカと中国の二大国家を中心に世界が動いており、今後の日本の立ち位置を高めるためにも安倍首相のリーダーシップには大いに期待したい。
 グループディスカッションでは、北朝鮮との外交問題での解決策を考えた。問題の背景をしっかり認識しておくこと、さらにはそれに伴う各国の主義主張や思惑などを理解しておくことの必要性を痛感した。我々のグループでは答えまでたどり着けなかったこともあり、各グループの発表を聞いて、なるほどと感心するばかりであった。北朝鮮の核の脅威に晒されている日本にとっては、決して他人事ではなく、自分ごととして捉えなおし、改めて考えてみたいと思う。
 新聞ではこれまで経済面を中心に読んでいたが、今回の講義に向けて指定された藪中先生のご著書を読了して以降、海外情勢や外交に関する記事が興味深く読めるようになった。こういった問題への距離が縮まったと肌で感じることのできた大変有意義なテーマであった。

 


▼受講した塾生のレポート(A.M.さん)▼
 講義前半では、トランプ政権と日米関係、緊迫する東アジア情勢についてのご高話を頂いた。
 世界中が、トランプ大統領の今後の動きに関心を高めつつも、間合いを測りかねていた大統領誕生直後に、他国に先んじて安倍首相が会談を持つなど、積極的なアプローチを展開することにより、瞬く間に安全保障条約5条が尖閣諸島に適用される旨の言質を取るなど、世界で先んじて両国の距離感をグローバル社会に示せた我が国政府の初動は、個人的にも見事であったと感じている。
 対比的に他国の初動として、早々にOne China Policyを打ち出しつつ出鼻を挫かれた中国が、経済政策に焦点を切り替え信頼関係構築と協調の路線を模索している点、独メルケル首相が、米国への牽制と対立を全面に出してきている点、シリアに対する「瞬間芸」に対してロシアがこれまでのところ表立った動きを見せていない点など、対米を取り巻く相関図が刷新されつつある状況も興味深く目が離せない。 
 ただし、ホワイトハウスの布陣が固まっていない現時点において、トランプ大統領からは一貫性に欠く言動が散見されている点にも留意する必要がある。その一例が先のOne China Policyに関連した中国とのやり取りであり、一度は同政策に同調したトランプ大統領が、台湾総統とコンタクトした際には「level playing field」を主張し正当化を試みている点などを見ても、当初より熟慮された戦略的な対応であったとは考えにくい。
 こうした中では、現時点の主要国との関係相関図も、今後、些細なきっかけで瞬く間に翻る可能性も十分にあり、当面の間は、対米関係の行方はいずれも余談を許さない。
 特に初動に成功した我が国としては、山積する二国間の課題解決は急ぐことなく、両国にメリットがあるアジェンダをチェリーピックしながら、合意と協調の実績を積み上げていくことで、当面は現在の距離感を保つことが良いように思う。
 同時に、従来は、強力な日米同盟を前提として、中国・ロシア・北朝鮮など周辺諸国に対する政策が検討されてきたが、今後はより自律的に、これらに対処していく必要性があると感じた。
 私は外交の専門家ではないが、一国民としての目線から愚見を述べると、今後米国トランプ政権との間では遠からず、コンフリクトが生じるアジェンダを議論せざるを得ない局面が想定される。そこで米国に迎合することなく、一定の緊張感をもって議論に臨むためにも、中国との距離感を縮めておくことで、3国間での牽制関係が働くようにしてはどうかと考える。日中関係は、経済・技術面で既に相当な相互依存の関係にある。政策面でも中国は、これまでの日本の経済政策や金融システムの成否などを研究し、教訓としている面もある。安全保障の面では韓国の存在により直接的なコンフリクトが生じ易い状況にはない。このように、協調路線をとったとしても、両国に然したるデメリットは想定されない。とすれば、両国政府が、それが実質的ならず、表面的なものであったとしても、緊密関係を打ち出すことができれば、相互の国民感情の融和が促進され、より一層の協調関係が生まれるはずである。両国の関係性が緊密化していることを世界に打ち出すことができれば、対米関係における一定の牽制として機能し、また協調分野の拡大や我が国のプレゼンス向上にも資するのではないか。
 他方、ロシアについては、米ロ関係の距離感が見出しきれない状況にもあり、また現実的には、短期間での北方4島の完全決着も容易ではないと考えられる中、昨今の安倍政権によるロシアに対する接近は、十分な効果・メリットが期待できるとは思い難く、むしろその後の日米関係の不確実性を高めるファクターにもなりかねないのではないかと危惧する。少なくとも当面は、米ロ関係の着地点を見極めた上で対ロ関係の深追い是非を検討すべきであり、タイミングがそれを許さない場合には、4島問題については相互の主張が異なる点を共通認識とした上で、平和条約の締結を優先し、それ以上の深入りを求められる可能性のある議論については、一旦、クローズしておく方がよいのではないかと考える。


 

2017.05.27

2017年度 立命館西園寺塾 5月27日講義「日本の近代とは何だったのか?」を実施しました。

2017年5月27日(土)
 ・13:00~14:30 講義

          
講師:学習院大学 教授
                     井上 寿一

 ・14:45~17:00 ディスカッション

【指定文献】
 
『日本近代史』坂野潤治【著】ちくま新書

 

▼受講した塾生のレポート(K.N.さん)▼
 今回の講義では、明治維新から太平洋戦争に至るまでの期間に日本で起こった歴史上の出来事から、リーダーシップを発揮するために必要なことは何かについて学んだ。
 講義では課題図書同様、当該期間を6つの段階(改革・革命・建設・運用・再編・危機)に区分けして、各段階での史実とその背景について講義いただいた。それぞれの段階で国家として抱えていた課題は異なるが、日本人としてのメンタリティーである「一体感」は、危機の時代を除き発揮し進歩していった。改革期においては外圧に対抗するため体制改革の必要性、革命期においては富国・強兵・議会・憲法を目標とした指導者間の合従連衡、建設期以降日露戦争までのあいだは外交・内政においても様々な意見があったものの、結果としてリーダーとフォロワーがうまく役割を分担しつつ日本の発展という大きな目標に向かって力を合わせていた。しかしながら、日露戦争以降、リーダー層がそれぞれの思惑を実現することに力点を置いた結果、利害関係が異なる団体間での対立が表面化し、日本として目指すべき方向性が定まらなくなってきた。加えて日露戦争後の賠償金問題、第一次世界大戦後の軍縮の流れ、世界恐慌と日本を取り巻く環境変化に伴う危機の時代を経て、崩壊の時代を迎えるに至った。
 今回の講義ではリーダーシップとは何か、という点を中心にディスカッションが行われた。リーダーに求められる資質として、①リーダーシップとフォロワーシップを併せ持つ柔軟性、②目標を共有すること必要性、が重要であることを学んだ。民間企業で働く身として、その重要性を再認識するとともに実行の難しさについて考えさせられた。
 企業内には部署によって様々な考え方がある。大きな組織で目標を共有するためには、実行力と人間的な魅力を併せ持つことが重要であることを議論を通じて感じた。


 


▼受講した塾生のレポート(A.M.さん)
 明治維新革命期における富国・強兵・議会・憲法といった複数の国家目標に対し、政治指導者(リーダーシップ)の「柔軟性」、「可変性」がうまく機能し、「ナショナルな一体感」の醸成と低コスト革命を実現した、との話があった。
 これらの複数の政策の間にはコンフリクトも生じ得たはずであるが、その時折のリーダーにより、少しずつウェイトが変えられ、バランスが採られることで、総じて政府によるリーダーシップが支持・維持されていたと推察される。
 他方、ミクロな時系列で見た場合、各時点における政策目標は必ずしも連続・一貫しておらず、ある種、政策目標のローテーションのような状態にあったのではないかとも考えられる。
近代でも、政権が交代する度に政策目標のフォーカスやウェイトの変更は生じているが、結果として見れば、国民は都度その変化を受容しつつ推移してきているとも言える。
 例えば、橋本内閣による消費税導入時には、一時的に「ヒステリックな状態」も見られたが、一度導入された今となっては、それが何に使われているかなど、ほとんどの国民は関心を示さないまま受容されている状況にある。
 直近の民主党への政権交代時には、少子高齢化問題や、多額の政府債務に表される企業・世帯・政府間のアンバランスな富の再配分といった構造的問題にフォーカスが当てられ期待が寄せられたが、抜本的な政策が打ち出せないまま、東日本大震災の対応に疑問が呈される形で政権が倒れた。
すると、その後の自民党政権では、経済政策という形にフォーカスが変えられ、国民の支持を集めたが、最近では改憲議論や外交政策にウェイトが置かれ、少子高齢化問題対策や多額の政府債務問題への優先順位はすっかり劣後してしまっているにもかかわらず、特に大きな疑問を呈することなく、漠然と現政権の政策が受容されているようにも思える。これらにみられるように、我が国民は、良く言えば政策変化に対する「受容性」が高く、言い換えれば政治的なパフォーマンスやプロパガンダに流され易い風潮があるように感じられる。
 また別の議論では、「日本人は事を始める前にとことん議論を尽くすが、やると決めたら確り対応する」という話も出た。この事前調整型の合意形成プロセスと、その後の実行確実性については、私の属する企業でも同様に当てはまる。
 第二次世界大戦についても、今でこそ、事後的な検証により、目的が不明確であったことから軍紀の乱れや前線の弛緩が生じ敗戦という結果に至った、との検証も成されているが、少なくともこの時の国民世論は、政府政策に同調し、その後ファシズム化した戦時中の軍部政策についても「盲目的」に受け入れられていたようにも見える。
 バーゼル合意やCOP、TPPといったグローバルベースでの政策合意についても、我が国ほど総花的かつ緻密・律儀に受け入れている国は少ない。
こうした設定目標の変化に対する柔軟な「受容性」と、決定した政策に関する実行過程における「盲目性」は、ある種、我が国国民固有の民族性とも言えるように思える。
 他方、政治的なパフォーマンス次第では、時にはそれが中長期的政策の立案・実行過程におけるリスクファクターともなり得るため、例えば二院制下での同一政党運営の制限、執行と監視の分離など、なんらかの監視・牽制システムの強化の必要性を感じた。



2017.05.20

2017年度 立命館西園寺塾 5月20日講義「平安貴族と宮廷文化」を実施しました。

2017年5月20日(土)
 ・13:00~14:50 講義
          講師:東京大学 教授
                     田島 公
 ・15:00~15:20 グループワーク
 ・15:20~17:00 ディスカッション


【指定文献】
 『近衞家名宝からたどる宮廷文化史―陽明文庫が伝える千年のみやび』
                     田島公 他【著】笠間書院
 『文庫論』田島公【著】岩波講座 日本歴史 第22巻 岩波書店(抜刷)
 『週刊朝日百科 新発見! 日本の歴史 15号 平安3 天皇と平安貴族の24時間365日』
                               朝日新聞出版社

 

▼受講した塾生のレポート(A.M.さん)
 現代の民主主義・資本主義社会において、これらの歴史・史実をどのように位置付け、文書保存・解析にかかる費用を正当化すべきか、という疑問について、分類学の考え方が一つのヒントになった。
明らかになった史実は、主として次の3つの点で(能動的な)活用が可能であろう。
 ①歴史的な経験則、古代の知恵の承継と現代社会での活用(地域の伝承など)
 ②民族帰属意識・アイデンティティの醸成
 ③史実に基づく対外的な広報活動への活用(観光業など)
 *このほか、受動的な活用として、他国・他民族による自国・自民族の歴史的背景や価値観の理解・受容を促す、という側面もある。

 「分類学」や「目録学」では、歴史的な背景や当時の関係者の考え方を知るうえでは、文献に記載される史実そのもののみならず、その文献のセット(分類)も大変重要であるということ、これらが物納など引き渡しが行われる際に、関係者によって全く異なる分類に基づき再整理され、歴史家の批判を受けた事実を知った。一方で、これが物納された当時の関係者の価値観に基づき再分類された、と考えてみれば、能動的に分類の切り口を変えてみることで、新たな「価値化」ができるのではないか、という思いに至った。例えば、上述①で示した「歴史的な経験則」として伝承される「知」を活用する上では、例えば、苦境に陥った際の人々の心理や行動、主導者による打ち手の成否などに関連した史実が注目されることが想定される。
 また、上述②で示した民族の帰属意識を高めるうえでは、自民族の過去の栄華や承継されてきた価値観に焦点が当てられるシーンが想定される。
 ③の外国人に対するインバウンド情宣にあたっては、より近隣外国との繋がりが深い史実を全面に打ち出すなど、彼らの時代背景認識との関係性を結びつけることで親近感を覚えてもらうことが効果的かもしれない。
 こうして、多くの先生方の膨大な努力により分析・蓄積されてきた史実は、その切り口を変えることで、様々な局面で異なった「価値」を生み出すことができるのではないかと考える。その際に肝となるのが、アーカイブされた膨大且つ貴重な史実を使い道(価値観)に応じて如何に引き出し易くするか、ということであり、これこそが「分類学」の一つの重要性でなないか、と思った。
 上述のような用途に応じたユーザーへの訴求力を高め、新たに生み出し得る「価値」を「見える化」していくことにより、文書保存・解析にかかる費用の正当化に向けた一助となるのではないかと考える。

 


▼受講した塾生のレポート(M.U.さん)
 私たちが商活動を行っていくうえで全く影響のない活動に思える歴史を解き明かしていくという作業の意義はどこにあるのだろうか。
 例えば、企業が社史を編纂することも、直接生産性に寄与しない企業活動のように思われる。しかし、その活動により企業が過去に経験した失敗や輝かしい経験などを従業員が知り、その企業に対するアイデンティティが生まれる。従業員が帰属意識を強めることはその企業のコアとなる部分を創造する作業といえる。そして失敗から得た教訓、誇りを従業員が共有することで、たとえダイバーシティの推進などで異なる文化が企業内で共存しても、企業としてまとまることができる。
 そう考えると、歴史を解き明かしていく作業は、日本の過去を共有し、日本人が国民としてまとまることを促進させる作業といえよう。今回の講義のグループディスカッションで、「自然科学でいう基礎研究にあたる作業ではないか」という意見があり、非常に腑に落ちた。基礎研究は必ずしもビジネスに結びつくものではないが、日本の国力をあげる、ひいては世界文化に寄与する仕事として誰かが担うべき仕事といえるのではないか。
 古文書を研究・データベース化することは膨大な苦労を伴う作業である。しかし、その知識の解法により、私たち日本人はこれまで以上に日本人であることを感じることができる。そこから得る新しい知見は私たちの知る喜びを満たし、縁(ゆかり)のあるところを訪れた際には3次元でなく時間軸もいれた4次元で、ロマンをもってその場所を楽しむことができるなど、私たちの生活を豊かにしてくれる。
 さらにグローバルな視点でみると、その知識の解法は、関係が悪化している中国・韓国といった東アジアとの過去のつながりを得て、歴史を共有することで、東アジアとしてまとまっていくことも可能ではないだろうか。また、各国に日本をさらに深く知っていただく契機にもなり、そのことはビジネスにもいい影響を及ぼすだろう。
 企業に勤めていると、我々の仕事にどういった影響があるのかといった生意気なことをつい考えてしまうが、今回の講義を受け、もはやそういった一企業がどうこうという話ではなく、歴史を解き明かしていくことは、日本の国力をあげる仕事であることを改めて認識することができた。所有者の閉鎖的な保管状況、その原本を保管するのにかかるコスト、分類の問題、社会的になかなか認められづらい環境など、課題が山積していることも今回の講義で知ることができた。しかし、誰かがやらなければならない必要な仕事であり、私たちがそのために何が出来るか、ということも考えていかなければならない。

2017.05.13

2017年度 立命館西園寺塾 5月13日講義「人類史からフィールドへ  となりのトトロの世界をFWする」を実施しました。

2017年5月13日(土)
 ・13:00~14:30 講義

          
講師:立命館西園寺塾 塾長・学校法人立命館副総長
                     渡辺 公三

 ・14:45~16:00 ディスカッション

 ・16:00~17:00 グループワーク


【指定文献】
 『人種と歴史(新装版)』クロード・レヴィ=ストロース【著】 みすず書房
【参考文献】
 
『闘うレヴィ=ストロース』渡辺公三【著】平凡社新書
【事前課題】
 
『となりのトトロ』(監督:宮崎駿)を見てくること

 


▼受講した塾生のレポート(T.K.さん)
 今回の講義では、現代⼈類学の2 つの視点として、マクロな視点(⿃の眼)である⼈類史研究と、ミクロな視点(⾍の眼)であるフィールドワークという⼿法を学び、前者の成果であるレヴィ=ストロース『⼈種と歴史』を通じて「⽂化の差異と多様性」「⾃⺠族中⼼主義」「進歩と累積と停滞」などのテーマで議論し、また『となりのトトロ』を通じてフィールドワークを疑似体験した。
 講義中にも紹介のあった『銃・病原菌・鉄』ジャレド・ダイヤモンド【著】や『サピエンス全史』ユヴァル・ノア・ハラリ【著】など、現在の経済発展の進捗や内容の地域的な差を、その地域の⺠族間の能⼒差ではなく、根底にある「構造」や「仕組み」から解き表す書物がベストセラーになっている。同時に、⼀般的な社会規範としても、⼈種差別をなくし、平等や公平が善であるという認識は、少なくとも先進国と⾔われる国々では浸透しているように思われる。しかし今、その先進国で、その認識とは真逆のことが起こっているように思う。
 そして、それは単純な“⺠族”の対⽴ではないように⾒える。元々“⺠族”を意味のある塊としてグルーピング出来ていた条件(⽣活する空間が近接し、同⼀の情報を得やすく、結果として価値観が⼀致しやすい)は、その場所・空間を無視するような情報流通⾰命や、国の枠まで越えた企業活動によって⼒が弱くなっている(それを恐れる国は情報と企業活動を遮断する)。その結果、個⼈は個々独⾃の価値観を持ち、何にも依存や強制されることのない世界を持つことが出来ることになった。しかし、それはある意味孤独であり、精神的物質的な余裕が無いと耐えきれないのではないかと考えている。もし⽣活が脅かされ、尊厳やプライドが傷つけられた時には、ある仮想の、そして⾃らを利するような分かりやすいグループに取り込まれたくなるのではないか、それが先進国で起こったことのような気がする。
 上記の通り、空間を無視する情報流通や企業活動が、個⼈の独⽴化を推進した⼀⽅で、あくまでも空間的な国や地域に依存する政治がある訳だが、その彼らが⾃らの利益のためになるようなグルーピングを、意図的に⾏おうとしているのが最近の政治情勢ではないかと考えるようになった。


 


▼受講した塾生のレポートY.N.さん)
 指定文献を読んで講義に臨んだが、実際に参加することで、ようやく少し学び方がわかった気がした。『人種と歴史(クロード・レヴィ=ストロース)』という指定文献をもとに、人種問題について考えるのではなく(それはそれでよいのかもしれないが)、「考え方」を学び、自身の仕事にあてはめて考えてみることが重要なのだと気づいた。
 講義のあと、ディスカッションの内容も踏まえて、改めて会社における「多様性」「相対主義と寛容」について考えてみた。

 弊社でも、海外国籍や女性、家庭事情の異なる従業員など、みんなが力を発揮できるように、「ダイバーシティ」の取組みが行われている。一方で、我々の日常の業務の中では、そういった個人の属性の違いで苦労することは、あまり多くない気がしている(ある程度制度が整っていること、また私自身が当事者ではないことが多いからかもしれないが)。
 ディスカッションでM&Aの話が挙がったが、同じ社内でも、ビジネス(売り物)が異なる事業部門の間には大きな壁があり、協業が必要となるプロジェクトでは、互いのやり方と利害関係を認めつつ進めることに非常に苦労しているのが実情である。
 ディスカッションで「民族」(「クラスタ」)の定義について議論があり、「同じ価値観を共有する単位」という意見が出たが、自分の仕事の周りでは、まず「同じ目的(=ビジネス)を共有する単位」=事業部門から考えてみようと思った。自分の属する事業部門と他事業部門との違い(ビジネス、慣例、etc.)を、会社トータルとしてのミッションに照らして認識することで、よりよいやり方を考えていきたい。
組織は、「民族」とは異なりトップの判断でどんどん変わっていく。いまネットワークにまつわる環境は非常に大きな転換期にあり、技術と業態の変化が速く、組織変更も頻繁になっている。人(クラスタの最小単位でもあり属性そのもの)と組織(目的を共有する単位)を、どれだけ適切に認識できるか、どこまで視野を広げられるか(全体を自社と置くのか、或いは同業他社を含めた業界、ユーザを含めた社会全体と置くのか)が重要なのだと思う。
 あわせて、『となりのトトロ』を通してフィールドワーク(虫の目)を学んだ。職場でも、事例分析をしてみようと思った。


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