2025年4月に開幕した大阪・関西万博。そのテーマである「いのち輝く未来社会のデザイン」は、「学園ビジョンR2030」のもと未来社会のあるべき姿の実現をめざす立命館大学の挑戦と重なります。
「未来社会の実験場」である万博に、立命館大学の教員も研究者として参画。今回は、「未来の防災体験」の展示監修を務める政策科学部の豊田祐輔准教授と、「2050年のヘルスケア」をテーマにした展示ブースのデザインを担当した政策科学部の山出美弥准教授に、万博への取り組みや万博に対する思いをお伺いしました。
地域の防災力を高める仕組みづくり
豊田祐輔先生の専門分野はコミュニティ防災と防災教育。少子高齢化が進み、地域住民の関係が希薄化する中で、どうすれば効果的な防災活動ができるのかを研究しています。

地域住民のうち、とくに若い世代は共働きが多いため地域活動への参加率が低く、まず防災活動に参加してもらうことから進めていく必要があります。そこで豊田先生が取り組んでいるのは子どもを対象とした防災イベントです。これらイベントでは、参加した子どもの保護者にも防災の啓発を図ることができるからです。「防災ゲームやイベントといった参加ハードルの低い防災活動に参加してもらうことで地域とのつながりを深め、より本格的な防災訓練への参加にステップアップできるような仕組みを考えています」と豊田先生。
研究の実践として豊田先生は、立命館大学と大阪府茨木市の地域交流イベント「いばらき×立命館DAY」に、子どもを対象とした防災ブースをゼミの学生たちと毎年出展しています。2024年も豊田先生はゼミ生たちと、同イベントの万博共創チャレンジ「防災ミッションラリー」という企画の一環として、非常用トイレの使い方を体験するブース(茨木市総務部危機管理課と共同)を出展。これが「未来の防災体験」の展示監修を務めるきっかけになったと説明します。
「防災ミッションラリーの参加企業である西菱電機(せいりょうでんき)株式会社さんは、防災システムや情報通信システムを扱う企業です。万博への出展にあたって、展示内容が国の政策やコミュニティ防災のトレンドに沿ったものになるよう専門家の意見を必要とされていたので、監修を引き受けることになりました」

豊田先生が監修する「未来の防災体験」の展示は、未来の暮らしが体験できるフューチャーライフ万博「フューチャーライフエクスペリエンス」内の期間展示(2025年5月13日~5月19日)になります。「この展示では、10年後の未来の防災をコンセプトに、新しい技術が支える未来の避難を、臨場感をもって体験してもらえる場にしたいと考えています。未来の避難はこんなに変わるんだと期待してもらえるのではないでしょうか」
民間企業と研究者のコラボで防災の未来を描く
展示の監修で豊田先生がとくに大切にしたのは「共助」です。AIやロボット、ドローンなど防災で活躍する技術が次々と開発されていますが、人と人とのつながりが重要であることは変わりません。技術は人と人とのつながりに置き換わるものではなく、つながりを強化するものだと考える豊田先生は、技術と人がどう付き合っていくかを念頭に置いて監修したと述べます。

今回、新たに生まれた西菱電機とのつながりは、大阪・関西万博にとどまらず、今後の研究を進めるうえでも大きな刺激になったと、豊田先生は振り返ります。
「西菱電機さんとやり取りしていると、いろいろな防災技術のアイデアが出てきて驚かされました。今回の万博には使われませんでしたが、災害時には避難誘導などで活躍してくれるペットロボットのアイデアも出されました。家族の一員であるペットロボットが災害時に助けてくれるのは心強く、とても良い考えです。このアイデアを受けて、私からはペットロボット同士を通信でつなげることを提案しました。大きな災害では、自衛隊など行政の救助はすぐには届きません。ロボット同士で通信すれば、たとえばまだ避難できていない高齢者を若い人が助けに行くといった地域での救助活動を促進できます。これも技術と研究のコラボによる共助のサポートですね」
さらに万博への取り組みにより、技術とコミュニティ防災との関係を強く考えるようになったと豊田先生は言います。「これまでは、地域の人々のつながりを深めることや、防災活動に参加してもらうことを中心に研究してきました。それに加えて今は、技術を導入することでコミュニティ防災の課題をどこまでサポートできるのか、反対に人同士の協力に力を入れるべきなのはどこか、またどのような技術であれば地域の住民に受け入れられるのかということを考えています」。コミュニティ防災にもっとも効果的な人と技術のかかわり方を提案していきたいと、豊田先生は抱負を語りました。
宇宙での生活にも美しさを求めたい
山出美弥先生の専門分野は、都市計画やまちづくり、コミュニティ・デザイン。研究テーマの一つとして取り組んでいるのが、宇宙建築です。現在、世界各国で進められている宇宙開発は技術開発が中心ですが、山出先生は宇宙でのQOL(クオリティ・オブ・ライフ)向上のために、宇宙建築のデザインにも美しさや楽しさを取り入れたいと考えています。
「地球と宇宙では働く重力がまったく違いますから、地球とは異なるデザインを提案する必要があるでしょう。たとえば月の重力は地球の6分の1なので、階段の一段の高さや天井は地球より高くした方がいいかもしれません。どのようなデザインが最適なのか、実際に宇宙へ行った宇宙飛行士の方々にヒアリングして、模索しています」

山出先生と万博をつなげたのが、この宇宙建築の研究です。宇宙インテリアの可能性に関する研究テーマで、公益財団法人ユニオン造形文化財団の研究費助成に応募したところ、見事採択されました。財団の外部監査を担当するタカラベルモント株式会社の社長の目に留まり、同社が出展する「大阪ヘルスケアパビリオン」のブースのデザイン及び設計を引き受けることになりました。「タカラベルモントの『美しい人生を、かなえよう。』というスローガンと、宇宙開発にも美しさを追求したいという私の姿勢がリンクしたのだと思います」と山出先生は振り返ります。
2050年の美は自分自身で作っていくもの
「2050年のヘルスケアサロンを自由にデザインしてほしい」と依頼されたという山出先生。宇宙へ運ぶために小さく折りたたむことができる「インフレータブル構造」に着想を得て、宇宙探査に出かけた宇宙飛行士がクリスタルの洞窟を見つけるというコンセプトをもとにデザインしました。

「実際のインフレータブル構造は、小さく折りたためるように同じような形が組み合わさってできていますが、万博のブースでは多様な美を表現するために、クリスタルを構成するアクリル板はあえて一枚一枚異なる形にしました」と山出先生は説明します。
パビリオンを訪れた人には、クリスタルに映り込んだ自分自身を撮ってほしいと山出先生。「私自身は研究者として一人の時間を大切にしていますが、日々時間に追われて自分と対峙する時間がなかなか取れないという人は多いのではないでしょうか。タカラベルモントのブースを自分と向き合う空間にしてほしいと思っています」

実は、研究の時間が削られるのではと思い、最初は万博のデザインを断ろうかと悩んでいたと山出先生は打ち明けます。「今となっては、やってよかったと心から思っています。今回設計したタカラベルモントのブースは、実際に宇宙QOLを高める宇宙建築のインテリアデザインにつながるものであり、自身の宇宙建築研究の集大成となりました」
また万博を通して知ったタカラベルモントの取り組みには、興味深いものがたくさんあったと振り返ります。たとえば同社の頭皮用炭酸美容液は、効果に加えて気持ち良さ(QOL)を追求して開発されました。これは、宇宙建築のほか、山出先生が10年以上取り組んできた福島の災害復興の研究にも活かすことができる技術です。今回、築いたつながりから、共同研究の話が広がる可能性もありそうです。
万博への取り組みで広がり加速する研究
研究者として、大阪・関西万博に深くかかわるようになった豊田先生と山出先生。お二人にとって、万博とはどのようなものなのでしょうか。
豊田先生は、企業の技術者と研究者がコラボすることで、未来について考える良いきっかけになったと話します。「従来の防災の研究は、すでに起こった災害をベースとして、いかに被害を軽減するかといった後追い的な側面が多いのですが、より安全な未来を描くという万博の取り組みを通じて、わくわくするようなポジティブな視点を自分の研究に取り入れることができました」
山出先生は、人と人とのつながりを挙げます。「タカラベルモントさんをはじめ、展示ブース案内スタッフの衣装をデザインしたコシノジュンコさんなど、分野の違う方々と知り合えたことに大きな意味があると考えています。この万博でのつながりが、20年後30年後の研究発展へと広がっていくのではないでしょうか。また私が万博に取り組む姿が、人生を楽しみ、チャレンジすれば道は開けるという学生へのメッセージになればよいと思っています」
豊田先生、山出先生ともに、万博への参画によって自身の研究をさらに発展させる構想が得られたと話します。万博での共創を新たなエネルギーとして、未来へ大きく加速する先生方の研究に注目です。