RBS通信
2025.07.28
記事
挑戦と創造、その先へ。
「将来にはつながらない」と言われた踊りが、私の未来をつくった

立命館大学ビジネススクール(RBS)は、多様な人々が挑戦を通じて自らの可能性を切り拓く「挑戦するプラットフォーム」です。
この連載では、挑戦し、創造し、その先へ進むストーリーをお伝えします。
第2回は、伝統芸能の新たな可能性を切り拓こうとする安藤采子さん。インタビュアーは、ホテル経営者として観光ビジネスの第一線で活躍する社会人学生・千葉陽二郎さんです。世代やキャリアの壁を越えて学び合う、RBSならではの刺激的な対話。経営者の視点は、若き情熱にどのような光を当てるのか。その化学反応をお届けします。
今回の「挑戦する人」

安藤采子(あんどう あやこ)さん
RBS観光マネジメント専攻・観光事業キャリア形成プログラム2回生。幼少期から琉球舞踊に親しみ、伝統芸能の担い手が経済的に自立できる仕組みの構築を目指している。現在は牧田教授の指導のもと、「観光事業による地域の伝統芸能の担い手の経済的自立」をテーマに研究中。卒業後はIT業界で経験を積み、将来的には沖縄で琉球舞踊の価値向上に取り組む予定。
- インタビュアー
- 千葉陽二郎さん(RBS観光事業マネジメントプログラム2回生/オリックス株式会社)
観光マネジメント専攻観光事業マネジメントプログラムM2生。 2020年オリックス・ホテルマネジメントに出向。現在施設運営部長として経営管理・クオリティマネジメント・DX・開業準備を管掌。 西本ゼミで、旅館における人材不足の課題について研究中。

幼い頃から親しんできた琉球舞踊。しかし高校時代、舞踊仲間は次々と琉球舞踊から離れ、片手にも満たなくなり、「将来にはつながらないよね」と悩み立ち去っていった。伝統芸能の担い手が経済的に自立できる仕組みをつくりたいと、観光マネジメント専攻で学ぶ安藤采子さん(観光事業キャリア形成プログラム2回生)。ITリテラシーを武器に、伝統と革新の架け橋となる挑戦が始まっています。

安藤さん:「いま本当に自由に試せる環境にあると感じているので、細かく検討するよりも、まずはいろいろやってみたいという気持ちがありますね」
コロナ禍が後押しした「学び直し」への決断
安藤さんがRBSへの進学を決めたのは、意外にもコロナ禍での学習不足を実感したことがきっかけでした。
安藤さん:「大学入学が2020年で、ちょうどコロナの時期だったんですね。2年間のオンライン授業で人との交流も少なく、琉球舞踊の活動も止まってしまった。正直、研究も勉強も思うように進まず、このまま就職していいのかという迷いと、本当に琉球舞踊の経済的自立というテーマに向き合いきりたいという気持ちが強くなったんです」
観光マネジメント専攻を選んだ理由も明確です。
安藤さん:「大学時代の観光学の授業で、琉球舞踊って観光とすごく密接なんじゃないかと思ったんです。ただ“稼げるコンテンツ”をつくりたいというだけじゃなくて、伝統芸能としての側面も大切にしながら、地域独自の文化としての価値を伝えていける方法を考えたいと思いました」
「舞台出演だけでは月に10万も稼げない」――師匠の現実と仲間の離脱
琉球舞踊の経済的課題を実感したのは、身近な現実からでした。
安藤さん:「自分の師匠の受け取る報酬が、舞踊研究時間やお稽古時間による技術の成果に見合ったものでないと、高校生、中学生くらいの頃から感じていました」
琉球舞踊を取り巻く現状は厳しいと言います。
安藤さん:「沖縄で開催されている琉球舞踊の舞台は、チケット代が2,000円〜3,000円程度。客席は100〜200席ほどで、招待席や関係者に配布されるケースが多いです。1回の舞台で数万円の収入になれば良いほうで、それを複数人で分けるとさらに少なくなる。月に10万円も稼げるかといえば、支度時間やリハーサル時間で割ると最低賃金すら難しいのが現状です」
さらに、同期の離脱が追い打ちをかけました。
安藤さん:「高校を卒業する頃には、同期も歳の近い先輩後輩も次々と離れていき、片手にも満たない人数になりました。印象的だったのは、『将来にはつながらないよね』と言って去っていく姿を見たとき。経済的に自立できないことが、若手が引退していく一因にもなっていると思います」
「毎月ひとつ、新しいことを話してる」――実践的な学びの衝撃
RBSでの学びは、安藤さんの想像を超えるものでした。とくに石崎教授のインバウンドマーケティングの授業が印象に残っているそうです。
安藤さん:「学問と実践のバランスがすごく良かったです。萩の呉服店を事例に、交通インフラと観光コンテンツの結びつきについて体系的に学べて、自分の琉球舞踊を観光資源として活かす方向性に直結していました」
また、授業の8割がディスカッションで構成されることに衝撃を受けたと語ります。
安藤さん:「大学時代のインプット中心の講義とは大きく違って、聞く姿勢が“受け身”から“考えながら聞く”に変わりました。琉球舞踊の関係者と話すときにも、“この前の講義でこういうことを学んで…”と話す機会が、大学時代はゼロに近かったのに、いまでは毎月ひとつ、新しいことを話してるなと感じています」
社会人学生との出会いが広げた視野
「観光業で働くってどういうことだろう?」という漠然とした疑問が、現実味を帯びてきたと安藤さんは話します。
安藤さん:「ホテル業界の方、旅行業の方、行政の方など、さまざまな背景を持った社会人学生と接することで、視野がすごく広がりました。同じホテル業界でも、運営に関わる人もいれば、どこにホテルを建てるかという戦略に関わる人もいる。本当にいろんな関わり方があるんだと、解像度高く知ることができました」
また、舞台にこだわらず琉球舞踊を提供する可能性にも気づいたといいます。
安藤さん:「舞台だけじゃなくて、たとえばホテルの鏡開きの場でのお祝いとして披露するなど、海外のお客様への接待としてコンテンツ提供できる状態があれば、すごくいいなと感じました」

IT × 観光 × 伝統芸能――未来への戦略的キャリア設計
修了後のキャリアビジョンは、非常に戦略的です。
安藤さん:「短期的には、大学院で学びきれなかったIT分野に挑戦したいです。観光業はすでにオンライン化が進んでいますが、伝統芸能はさらに大きな壁があると感じています」
その背景には、確かな信念があります。
安藤さん:「若い世代として、できる限り多くのスキルを身につけて、『こういうこともできます』『ああいうこともできます』と発信していきたい。20代ではIT活用を積極的に試して、5年後には、形はどうあれ琉球舞踊家に向けた事業を研究成果に基づいて立ち上げたいと思っています」
「もう走り抜けるだけ」――確信に満ちた未来への挑戦
現在は、牧田教授の指導のもと「観光事業による地域の伝統芸能の担い手の経済的自立」をテーマに研究を進めています。
安藤さん:「すでに土台は整っている気がしていて、あとは走り抜けるだけ。私のアプローチとしては、学問や専門性の面で説得力を持たせること。それをこの2年間でしっかりと形にしていきたいです」
沖縄に戻った際の構想も具体的です。
安藤さん:「首里城の再建までに、琉球王国時代を中心とした沖縄文化を体験できる観光コンテンツを育てていきたいです。晴天の海以外にも、沖縄観光を支える軸を増やしたいと思っています」
新しい学び方を手に入れた実感
最後に、入学を検討している方に向けて、メッセージをいただきました。
安藤さん:「きっかけは何であれ、大学院という選択肢を知れたことに私は価値を感じています。RBSで私は、新しい学び方を手に入れました。これまでの経験をディスカッションの中で表出させ、言葉にして伝えることで、自分の中で明確な“手札”になっていく。そして他の受講生からも“手札”を見せてもらい、取り入れることができる。情報にあふれ、変化の早い社会で生き抜くために、新しい視野と人間関係を得られるこの場所に、魅力を感じる人が増えてほしいです」

インタビュアーから
いつも笑顔で活発にコミュニケーションをとる安藤さんは、社会人学生からも非常に親しまれている存在です。今回のインタビューを通じて、安藤さんが沖縄、そして琉球舞踊家としてのアイデンティティを非常に大切にしており、冷静に分析しながらも、夢に向かって自己成長のために貪欲に学ぶ姿勢が伝わってきました。RBSでの学びと人とのつながりが、彼女の夢への近道になってほしいと願っています。(千葉陽二郎)
取材日:2025年5月15日