RBS通信
2025.10.01
記事
挑戦と創造、その先へ。
「想定外の景色が見えるから、やめられない」―トライアスロン世界選手権に挑む教授が語る、挑戦し続ける人生の価値

立命館大学ビジネススクール(RBS)は、多様な人々が挑戦を通じて自らの可能性を切り拓く「挑戦するプラットフォーム」です。この連載では、挑戦し、創造し、その先へ進むストーリーをお伝えします。第3回は、トライアスロン歴27年、世界選手権に挑戦し続ける村上啓二教授。三菱商事から研究者へ、そして現在は企業との共同研究でイノベーションを追求する、その挑戦の哲学に迫ります。
今回の「挑戦する人」

村上啓二(むらかみ けいじ)教授
立命館大学大学院経営管理研究科教授。大阪大学工学部卒業、早稲田大学大学院商学研究科修士課程修了、京都大学経営管理大学院博士後期課程修了。博士(経営科学)。三菱商事㈱のリスクマネジメント・経営企画・金属事業部門、京都大学大学院経営管理研究部特定准教授を経て、現職。1998年からトライアスロンを始め、2015年から世界選手権に連続出場。現在は3Dデジタル技術とファイナンス理論を融合した革新的研究に取り組んでいる。
- インタビュアー
- 八幡一平さん(RBSマネジメントプログラム1回生/積水ハウス株式会社)
積水ハウス株式会社財務部に所属し、米国上場戸建メーカーの買収に際しての資金調達プロジェクトにて、劣後債など複数案件のディール・リーダーを経験。現在は資金計画や財務戦略の策定などを担当するチームのマネジメントを行っている。以前は関東のジャズクラブでベーシストとしても活動しており、現在は地元のオーケストラにコントラバス奏者として所属している。

- インタビュアー
- 藤本奈緒子さん(RBSマネジメントプログラム1回生/京都信用金庫)
京都信用金庫にて法人営業に従事し、過去にはベンチャーキャピタルへの出向経験を有する。2023年には一般社団法人日本ウエイクボード協会主催の全日本選手権大会において、ウエイクスキムボード・プロセレクト女子部門で優勝し、文部科学大臣賞を受賞。現在は同協会のウェイクスキムボード・プロライダーとしても活動し、仕事とスポーツの両面で挑戦を続けている。

27年間のトライアスロン歴、世界選手権への挑戦、商社マンから研究者への転身。一見異なる挑戦は、「心技体のバランス」という一本の軸で貫かれています。
村上教授:「困難を乗り越えた時には、当初想定していなかった景色が見えてくる。それがすごく楽しい。だからチャレンジをやめられないのです」
転機は長崎での出会い―「練習より飲み会の方が多い」チームから世界へ
村上教授がトライアスロンを始めたのは27年前、1998年のことでした。
村上教授:「元々はアルペンスキーをやっていたのですが、転勤で長崎に行ったらスキーが難しくなって。そこで趣味でやっていた水泳の仲間がトライアスリートばかりで、誘われたのがきっかけです」
長崎のトライアスロンチーム「長崎バッカス」での経験が、その後の人生を大きく変えることになります。
村上教授:「バッカスはローマ神話のお酒の神様の名前で、練習よりも飲み会の方が多かったというチームでした。最初はハードなスポーツなので嫌がっていましたが、始めてみると楽しかった。長崎は離島が多いのでトライアスロン大会も結構多いんですよね」
世界選手権への道―商社マンとしての体力づくりが原点
趣味として始めたトライアスロンが、なぜ世界を目指す競技になったのか。その背景には、商社マンとしての過酷な日常がありました。
村上教授:「商社の仕事はタフで出張も残業も接待も多い。心身ともにストレスの高い仕事でした。そんな中で体力をつけておかないと、途中で脱落していく、体を壊していくということもあるため、健康増進のために始めたトライアスロンですが、継続するとだんだん成績が上がっていきました」
2015年、国内大会での好成績により世界選手権出場権を獲得。スウェーデンでの初出場を皮切りに、コロナ禍の2年間を除き毎年世界選手権に出場し続けています。
村上教授:「スウェーデンはなんか綺麗そうな国だなと思い、これはせっかくの機会だから出ようということで世界選手権に出場しました。その時にストックホルムのノーベル賞博物館を訪れて、世界トップの研究者が研究を通じて社会に貢献していることに感銘を受けて、研究への興味が湧いたのです」

「社会貢献の実感が薄くなってきた」商社マン時代の問題意識
世界を舞台に大きなビジネスを手がける商社の仕事。村上教授も大きなやりがいを感じていました。しかし、キャリアを重ねる中で、ある問題意識が生まれます。
村上教授:「商社の魅力は世界を舞台に大きなビジネスをして社会に貢献できることです。ただ、ポジションが上がってより大きなビジネスを扱うようになるほど、現場との距離が広がり自分の実務がどう社会貢献につながっているか実感しづらくなってきた。ダイレクトに社会への貢献とか、自分自身の成長とかを実感したいと思うようになりました」
そこで選択したのがMBAへの挑戦でした。入社10年目にハーバード・ビジネススクールのエグゼクティブMBAプログラムで経営学に触れ、「経営学って面白いな」と実感。帰国後、早稲田大学のMBAで体系的に経営学を学びました。
村上教授:「現場のマネジメントからは『実務に専念してほしい』と色々言われましたよ。でも、そこでくじけたらあかんと思い、仕事はきっちりやった上で、夜間と土曜日を活用して通学しました。MBAに通っている時はタイムマネジメントが一番大変でしたね」
博士課程、そして大学教員へ
MBA取得後はリスクマネジメント部や経営企画部に異動。より専門的な知識が必要になり、上司と相談の上、京都大学の博士課程に進学しました。
村上教授:「博士課程では土曜日に東京から京都に通いました。最初は企業のマネジメント層として専門知識を活用するつもりでしたが、研究を通じてダイレクトに社会貢献したいという思いが強くなりました」
決定的な転機となったのは指導教員との会話でした。
村上教授:「将来大学教員をやりたいと相談したら、『君、そう簡単に大学教員になれるものじゃないよ。本当にやりたいなら早く応募した方がいい。5年くらいは受け続けて、それでもやっと1回受かるかどうかだ』と言われました。それなら早めに挑戦してみようと公募に応募したら、3、4つ目で京都大学から採用をいただいて。そんなに早く受かると思っていなかったので結構慌てて、家族会議をしてどうするか相談しました。せっかくのチャンスだからチャレンジしようということで、研究者の道を歩み始めました」
プラント資産価値評価への挑戦
現在、村上教授が取り組んでいるのは、京都のベンチャー企業DiOとの共同研究です。3Dデジタル解析技術とファイナンス理論を融合させ、プラント施設の資産価値評価モデルを開発しています。
村上教授:「従来は数値化が困難であったプラント施設の資産価値を、デジタルツイン技術で点群データとして収集し、財務データと掛け合わせて正確に評価するモデルです。これは世界でも前例のない最先端の研究なのです」
この研究の社会的インパクトは計り知れません。
村上教授:「日本のプラント施設は老朽化が進んでいます。いつ投資して更新するかは重要な経営判断です。このモデルがあれば、M&Aや銀行融資、保険査定など多様な場面で活用できます」

教育者として―「どんな発言でも歓迎します」
研究と並行して情熱を注ぐのが、RBSでの教育です。
村上教授:「RBSの学生は意識が高く、実務で活かそうという熱意があります。そういう人たちに教育することで、ダイレクトに社会への貢献を感じられます」
授業では、実務と学術のハイブリッドな経歴を最大限に活かします。
村上教授「一般的なケーススタディではなく、実際のビジネスでの成功例や失敗例を私の経験も含めて紹介します。業界は違っても普遍的な要素があるのです」
特に重視するのがディベートやディスカッションです。
村上教授「ビジネスには絶対の正解はありません。どんな発言でも歓迎するようにしています。発言の質ばかり気にすると発言できなくなるんですよね。どんな意見でもいいので発言してもらう。ビジネスの現場では失敗できませんので、授業で失敗を恐れず経験を積んでほしい」
心技体のバランス―朝4時からの挑戦
トライアスロンを続ける理由について、村上教授は「心技体」の重要性を強調します。
村上教授:「研究でもビジネスでも、心技体のバランスを高めることが目標達成や自己成長につながります。アスリートとしての競争の究極の目的は、自分自身との戦いに勝つことです」
練習は朝4時起きで行います。
村上教授:「いつも4時くらいに起きてストレッチやヨガをして体をほぐしてからトレーニングを1~2時間します。朝は仕事で遅くなることがないので、自分で時間をコントロールできます。体を活性化させてから仕事に取り組むと効率が上がります」
世界選手権では毎回印象的なゴールパフォーマンスを見せることでも知られています。
村上教授:「ゴールでジャンプします。普通であればクタクタになって飛べませんが、ゴールの1~2km前から人が見ていないところで小さく跳んで準備しておきます。表情も見せるためにサングラスを外して」

家族が見た挑戦する背中
村上教授:「チャレンジングな道を選べば、当然苦労もします。でも人一倍の努力を継続すれば、いつかは必ず道が開ける。困難を乗り越えた時には、当初想定していなかった景色が見えてくる。それがすごく楽しい」
この姿勢は家族にも影響を与えました。
村上教授:「息子は中学生の頃、「なぜお父さんは勉強しているのだろう」と思っていたようですが、必死で勉強している私の姿を見て、『勉強したくないという言い訳ができなくなった』と言っていました」
RBSへの想い―実践と学術の最適なバランス
村上教授:「RBSは実践的な教育と研究をしています。実務家教員と学術研究者のベストミックスで、普遍的な知見と実務での応用力を身につけられる。修了生と現役生の交流も活発で、将来的なビジネス創造や発想転換の場を提供しています」
タイムマネジメントに悩む入学検討者へのアドバイスは明確です。
村上教授:「まず優先順位を明確につけること。そして『やらないこと』を決めること。全てをやることはできませんから。協力者と密なコミュニケーションを取りながら、柔軟に調整していくことが大切です」
視野を広げる勇気を
また、社会人学生が直面する課題について、自身の実体験を踏まえたアドバイスをしてくれました。
村上教授:「悩んでいる時や迷っている時は、たいてい視野が狭くなっています。思い切って他の人と接し、違う業界の人と交流をして発想を変える。RBSはそんな機会を提供してくれる場所です。ぜひチャレンジを恐れずに飛び込んでほしい。きっと、あなただけの『想定外の景色』が見えてきますよ」

インタビュアーから
転職やRBS入学のような人生の転機において、私自身色々と悩みを抱えていました。インタビューで先生から「チャレンジしないという選択もあるが、ワクワクするためにチャレンジした方がいい」というお話を伺い、先生ご自身も同じように悩まれながらもチャレンジし、充実した人生を送られているというお話に大変勇気づけられました。RBSでも、学業はもちろん、タイムマネジメントや卒業後のビジョンなど、様々な壁に直面することがあると思いますが、チャレンジを楽しみながら仲間と共に乗り越えていきたいと思います。(八幡一平)
今回のインタビューを通じて、村上先生の高い志と挑戦を続けられる姿勢に強く感銘を受けました。タイムマネジメントの難しさを率直に語られながらも、工夫を重ねて取り組まれている点は大変参考になりました。また、エンジニアとしてのキャリアから研究者へと挑戦を続けてこられた姿は、私たちRBSの学生にとっても大きな学びであり、見習うべき点が多いと感じております。私自身もプロアスリートと金融機関勤務を両立している立場から、村上先生の姿勢には深い共感を覚えました。これからも挑戦者としての村上先生を応援してまいりたいと思います。(藤本奈緒子)
取材日:2025年8月20日