RBS通信
2025.11.25
記事
挑戦と創造、その先へ。
自ら体験し、観光の未来を描く―異業種出身の教授が貫く教育哲学

立命館大学ビジネススクール(RBS)は、多様な人々が挑戦を通じて自らの可能性を切り拓く「挑戦するプラットフォーム」です。この連載では、挑戦し、創造し、その先へ進むストーリーをお伝えします。第4回は、ゼネコン、ITベンチャー起業を経て観光研究の道へ。40歳でアメリカ留学、45歳で博士号取得、そして現在は日本の観光業界の変革に挑む山田雄一教授。異業種を渡り歩いた経験から見えた「本物の経営教育」とは何か、その信念に迫ります。
今回の「挑戦する人」
山田雄一(やまだ ゆういち)教授
立命館大学ビジネススクール教授、公益財団法人日本交通公社理事(観光研究部長、旅の図書館長兼務)。筑波大学大学院博士後期課程修了、博士(社会工学)。ゼネコン、ITベンチャー起業を経て、30歳で日本交通公社研究員に。経済産業省観光チーム調査企画官、フロリダ大学客員研究員などを歴任。観光地マネジメント、観光政策、DMOを専門とし、産官学で日本の観光振興に取り組んでいる。
- インタビュアー
- 佐藤純一さん(RBS観光事業マネジメントプログラム1回生/沼津市役所)
観光畑が長く、観光地域づくり法人(DMO)「美しい伊豆創造センター」や「静岡県東部地域コンベンションビューロー」への出向経験から、観光行政のありかたについて深く学びたいと考え、RBSの門を叩く。現在、山田ゼミで研究テーマを探索中。
バブル崩壊が導いた、観光への道
山田教授のキャリアは、実は観光から始まっていました。大学時代、都市計画を学びながらJTB財団(当時・日本交通公社)でアルバイトをしていました。マレーシアに住む両親のもとを訪れ、リゾート開発に魅力を感じていた20代の山田青年は、観光開発のコンサルタントを目指していました。
しかし、1993年の修士課程修了時、バブル崩壊後の就職氷河期で財団への新卒採用はゼロ。やむなくゼネコンに入社しましたが、そこで待っていたのは開発事業の赤字処理でした。
山田教授: 「ハウステンボスが典型例でした。都市計画的には完璧な設計で、将来1万人が住める上下水道インフラまで地下に埋め込んでいました。でも、観光的には何の価値も生まなかったのです。地面の下に膨大な資金を投入したことが資金繰りを悪化させ、倒産したのです」
建築や土木の視点で「良いもの」を作っても、経済的に成立しなければ意味がない――。この気づきが、山田教授をマーケティングやブランディングの世界へと導いていきました。
ITベンチャー起業、そして30歳で財団へ
27歳で、ゼネコンから出向という形でITベンチャーを起業。資本金1億円超を調達しましたが、描いたビジネスモデルを実現するリソースが足りず、事業は頓挫しました。
山田教授:「このままではダメだと思っていた時に、財団で中途募集があったのです。30歳で、ようやく20歳の頃に目指していた観光の世界に戻ってきました」
波乱万丈の20代を経て、山田教授はようやく本来の夢を実現する場所にたどり着きました。
40歳の決断―アメリカ留学が人生を変えた
財団での仕事は充実していました。35歳の時には経済産業省の事業で、観光経営人材育成の調査を担当。海外の観光教育を視察する中で、アメリカ・フロリダ大学のホスピタリティマネジメント教育の圧倒的なレベルを目の当たりにしました。
山田教授:「海外に比べて、日本の取り組みは正直なところ大きく遅れていると感じました。これは本気で学ばないといけないと思い、40歳でフロリダ大学に客員研究員として1年弱留学しました」
帰国する際、学部長から言われた一言が、その後のキャリアを決定づけます。
山田教授:「『次に来る時は、博士号を取ってきなさい』と。海外では博士号がないと研究者として認められません。日本だと博士号なしでも教授になれますが、アメリカでは准教授以上は必ず博士号が必要です」
コンサルタントとして実務を続けるためにも、学術的な基盤が必要だと痛感した山田教授は、帰国後3年の準備期間を経て博士課程に進学。45歳で博士号を取得しました。
経産省での経験
博士号取得の前後、山田教授は経済産業省に出向していました。そこでの経験は刺激的でした。
山田教授:「経済産業省は柔軟な発想で、省庁の垣根を越えて積極的に動く文化がありました。菅政権の観光ビジョン策定の際も、前日に経産省が外されたことを知り、夜のうちに調整をして、翌朝の閣議には経産大臣がしれっと座っていたということがありました」
山田教授が笑いながら語るこのエピソードは、霞が関の内幕を垣間見せます。熊本地震後の「復興割」も、山田教授が中心となって設計したものです。
山田教授:「危機の時に支援するのは国の役割です。でも、危機が去った後まで支え続けるのは違います。民間企業は自分たちで黒字を出せる経営をすべきです」
この信念が、後のRBSでの教育方針にもつながっていきます。
「人材育成セミナー」の限界
20年以上、観光人材育成に関わってきた山田教授ですが、率直に語ります。
山田教授:「従来の短期的なセミナーには限界があると感じています」
観光地の経営を理解するには、経営の基礎知識が不可欠です。しかし、その基礎なしに表面的な観光マネジメントの話をしても、実践には結びつきません。
山田教授:「講師として柔らかく抽象的に話すから、聞いている人は『勉強になった』と感じます。でも実践できないのです。20年間、それを繰り返してきました」
本当に必要なのは、MBAで経営の基礎をしっかり学んだ上で、その応用としてホスピタリティマネジメントを学ぶこと。さらに、日本のビジネススクールの多くは製造業中心で、サービスマネジメントを教えていないという課題もありました。
山田教授:「立命館のRBSで観光マネジメント専攻を立ち上げたのは、この課題を解決するためです」
旅館の二代目・三代目にも、この学びを
RBSの観光マネジメント専攻には、DMO(観光地域づくり法人)関係者が多く入学しています。DMOで活躍する人材も重要ですが、それに加えて、山田教授は特に次のような層にも学びを広げてほしいと考えています。
山田教授:「旅館やホテルの二代目、三代目に入ってきてほしいのです。DMOの人材は、極端に言えば日本に100人いれば足ります。でも、宿泊事業の経営者は1,000人、下手をすれば1万人必要です。日本の観光を本当に変えるには、現場の経営者のレベルを上げないといけません」
観光地づくりがどれだけ進んでも、肝心の宿泊施設の経営が弱ければ、観光地全体が立ち行かなくなってしまいます。
山田教授:「DMOだけが頑張っても難しい。宿泊事業の経営者が、ちゃんと黒字を出せる経営をすることが大前提です」
教員として感じる「多様性」の価値
RBSで教鞭を執るようになって2年目。多様なバックグラウンドを持つ学生との関わりは、山田教授自身にも新たな気づきをもたらしています。
山田教授:「年齢も業種も立場も違う学生たちが、それぞれ異なる視点で質問してきます。みんな見ているところや感じているところが違うから、その辺りを丁寧に指導しないといけないと思いますね」
RBSでの学びは、すぐに劇的な変化をもたらすわけではありません。しかし、山田教授は自身の経験から、その価値を確信しています。
山田教授:「40歳でアメリカに留学した時、すぐにスーパーマンになったわけではありません。でも、その後、霞が関のキャリア官僚と対等以上に議論できるようになりました。学術的な基盤があるから、ロジカルに話せる。相手も『この人には勝てない』と思うようになるのです」
経産省に出向した際も、通常、事業を受託する側は受け身の姿勢になりがちですが、気づけばこちらが議論を主導する関係性になっていました。
山田教授:「それはすべて、40歳の時にアメリカで学術的なホスピタリティマネジメントを勉強したことがきっかけです。今のRBSの学生にも、私がその時に感じた感覚を味わってほしいと思っています」
自ら体験しなければ、教えられない
山田教授はスキーやマウンテンバイクなど、アウトドアスポーツを楽しみます。これも、実は観光研究と深く結びついています。
山田教授:「20年前にスキー場が子供向けスクールを充実させた結果が、今になって現れています。当時教わった子供たちが、20代になって戻ってきているのです」
観光、特にアウトドア系のリゾートは、次世代の顧客を育てなければ持続できません。そして、顧客を育てるには、自分自身がその楽しみ方を体験していなければなりません。
山田教授:「海外のスキー場では、午後1〜2時には滑るのをやめて、ゲレンデを眺めながらワインを飲んでいる人が多いです。日本人は『もったいない』と思うかもしれませんが、彼らは1週間滞在するから、1日2時間滑れば十分なのです」
日本の旅館経営者に「連泊を推進する」と言われても、山田教授は問います。
山田教授:「では、あなた自身は3泊4泊したことがありますか? 自分が体験していないことを、お客様に提案することは難しいのではないでしょうか」
自ら体験し、価値を理解し、それを伝える。これが山田教授の信念です。
これから学ぶ人へのメッセージ
最後に、入学を検討している社会人に向けて、山田教授はこう語りました。
山田教授:「日本が抱える課題は多いですが、観光は最も成長の可能性がある分野です。しかも、ゼロから考える必要はありません。世界にはすでに、観光振興や観光事業改善の知見が蓄積されています。それを学んで実践するだけで、かなりのことができるはずです」
成長の可能性があり、キャッチアップの方法も分かっている。これほどエキサイティングな領域に、挑戦しない手はないのではないか。
山田教授:「ビジネススクールの枠組みで観光を学べるRBSは、そうした可能性を広げる絶好の機会です。ご自身のキャリアの可能性を広げたい方に、ぜひ挑戦してほしいですね」

インタビュアーから
改めて、懐がものすごく深い方だという印象を受けました。ゼミで、学生が投げかける多様な疑問に対して、的確なアドバイスと鋭い気づきをもたらす様は、間近で見ているだけでも勉強になります。それは、文字どおり世界を股にかけている多様な経験値を、長年の研究活動をつうじて培われた深い洞察力によって、高速に分析し続けている賜物なのだと実感しました。先生のもと、僕の現場経験の理論化を深めていきたいです。(佐藤純一)
取材日:2025年10月4日