写真左より:松原 洋子副学長 / 仲谷 善雄学長 / 小川 さやか先端総合学術研究科 教授 / 森島 朋三理事長

Special Edition#21

第8回河合隼雄学芸賞・第51回大宅壮一ノンフィクション賞受賞報告会

既存システムとは異なる可能性に満ちた社会を描き
栄誉ある賞を手にした小川さやか教授を祝福

先端総合学術研究科の小川さやか教授が、著書『チョンキンマンションのボスは知っている-アングラ経済の人類学』(春秋社、2019年7月)において、第8回河合隼雄学芸賞、第51回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。その栄誉を称え、2020年10月26日、朱雀キャンパスにて受賞報告会が行われました。河合隼雄学芸賞の受賞は本学初、大宅壮一ノンフィクション賞とのダブル受賞となりました。森島朋三理事長、松原洋子副学長が祝意を表すなか、仲谷善雄学長が激励の言葉とともに記念品を授与しました。

「本書では、チョンキンマンションを起点に、香港社会を生きるタンザニア人コミュニティを観察し、彼らの生き方や既存の制度に期待しない人たちがつくる独自のセーフティネットや信用システム、シェアリング経済などを描きました」と説明した小川教授。続けて、小川教授は「日本社会とは異なる価値観で成立しているシステムや人々のたくましい生き方が、とりわけコロナ禍以降、新しい社会のあり方を模索する人たちに示唆や可能性を与えるところが評価されたのではないか」と語りました。松原副学長は「ノンフィクションとしての面白さとともに、消費文化論、経済人類学の確かな理論に裏打ちされた深い洞察が、目利きの審査員にも伝わった」と称賛しました。

続く4名による座談会では、小川教授が「研究者自ら応募できる研究支援が充実している」と立命館大学の支援体制を評価しながら、幅広い若手研究者への支援について要望しました。さらにはコロナ禍以降の大学のあり方や小・中・高校との連携についても議論が及びました。「大学がもっと流動化し、誰もが好きな方法で学べたらいい」と小川教授。「大学は、一芸に秀でた生徒や学生がより面白く学べる枠組みを作る必要があります」と述べた仲谷学長に同意しつつ、森島理事長は小川教授の今後の活躍に期待を込めて「ぜひ従来の『大学の常識』に風穴を開けてください」と期待が述べられました。

SPECIAL TALK 特別対談

小川 さやか教授

松原 洋子副学長

未知なる世界を探究する研究者になるまでのライフストーリー

「ここではないどこかへ行きたい」。それが研究の原点

松原
本日は、小川先生の背中を追いかける子どもたちや若い人たちに向けて、研究者になるまでのライフストーリーを語っていただきたいと思います。まずどんなお子さんだったのかを聞かせてください。
小川
子どもの頃から本が好きで、休日は家に籠り、推理小説を積み上げて片っ端から読むのが楽しみでした。当時から大人が読むような本もたくさん読んでいました。
松原
著書のあとがきに「変な子だと言われ続けてきた」と書かれていますね。
小川
仲の良い友達はいましたが、集団生活は苦手で周囲からは「風変わりな子」と受け止められていたかもしれません。今でも忘れられないのは、中学生の時、担任の先生が選んだ本を読み聞かせ、道徳的な教訓を話す時間がとにかく嫌いだったこと。本から何を感じ取るかはそれぞれの個人の自由ではないかと考えていました。世の中の常識や道徳的な教訓に疑問や反発を覚えたことが、文化人類学に関心を持つことに影響したと思います。とはいえ両親の他、中学でも高校でも、かわいがってくださる先生との出会いがあったおかげで、大きく道を逸れずに歩んでくることができました。
松原
小川先生の個性を理解・評価し、尊重してくれる大人が周囲にいたのですね。その後、信州大学に進学されましたが、進路を選んだ理由、また文化人類学の研究に進むいきさつを聞かせてください。
小川
ずっと「ここではないどこかに行きたい」という思いを強く持っていました。信州大学を選んだのは、高校時代に山岳小説を読み、大学で山登りをしたかったことと、実家を離れ、遠い場所で一人暮らしをしたかったから。大学時代は山登りの一方で、海外旅行にもよく行きました。文化人類学との出合いは、2回生のゼミ選択の時。未知なる世界の話はワクワクしますね。ただ、文化人類学に関心を持ったのは事実ですが、大学院に入学するまでは「海外で暮らす」目的のほうが大事でした。京都大学大学院のアフリカ・アジア地域研究研究科に進学し、アフリカを対象地域に選んだのも、アジアに比べて地理的にも文化的にも「遠い」ことが一番の理由でした。
松原
本好きと聞くと内向的なイメージですが、小川さんは本の中の想像世界に留まらず、山や海外のフィールドと「現実のここではない遠いところ」へ行って、活動することにも魅力を感じられたのですね。それからは文化人類学の研究一筋ですか。
小川
最初は漠然と「経済」について考えたいと考えていました。当時から資本主義経済とは異なるシステムで回っている経済に関心を持っていました。お金がなくても経済が回り、国家がなくても社会が成り立つなど、世界には、自分が当たり前だと思い込んでいるものとは異なるシステムがあると知り、「見に行きたい」との思いを強くしました。それが今日のインフォーマルエコノミーの研究へとつながっていきました。
松原
研究関心の原点はずいぶん早い時期にあり、それが「文化人類学」という学問との出会いによって、かたちを与えられたのですね。

うまくいかないことや失敗が、後に生きることもある

松原
もし中学生や高校生が大学で学ぶとしたら、どんな学びがあると楽しいでしょうか。
小川
フィールドワークや実験に参加したり、答えのない問題を議論したりできれば、きっと楽しいと思います。また大学での学びに触れて、「自分の考えていることなんて、大したことはない」と思えたら、もっと楽な気持ちで学びと向き合えるのではないでしょうか。
松原
コロナ禍で、留学や海外調査・研究に行けなくなり、頭を抱えている学生や研究者もたくさんいます。そうした方々にアドバイスをお願いします。
小川
中学・高校で皆が同じ授業や行事に取り組み、周囲と同じように大学を卒業したら就職するという均一のルートを内面化しすぎると、少しでも道を外れた瞬間に不安になるかもしれません。けれど「皆同じ」人生はいずれ終わります。それぞれ人間が多様な縁や偶然と関わりながら個々の人生を歩んでいくことになるし、どの人生が成功なのかに明確な答えはありません。研究がうまくいかないことも人生につまずくこともあるけれど、その失敗が10年後に別のかたちで生きることもあります。だから「ままならない」自分を責めすぎず、ままならない状況だからこそできることに創造力を働かせてみてください。