遺伝子(DNA)がメッセンジャーRNA (mRNA)に転写され、タンパク質に翻訳される仕組みはよく知られています。ところが、おおよそ2.9Gbからなるヒトゲノムのうち、タンパク質にまで翻訳されるDNAは、わずか2〜3%に過ぎません。一方、網羅的なトランスリプトーム解析によって、DNAの90%以上はRNAに転写されることが分かっています。つまりRNAの大部分は、mRNAではなく、タンパク質をコードしないRNA(非コードRNA)なのです。この非コードRNAにはTUFs(Transcripts of unknown function)と呼ばれ、いったいどんな役割を果たしているのか分かっていないRNAが多く含まれます。
そのような中で私は、TUFsとされていた非コードRNAの大部分を占める内因性のアンチセンスRNAが、特定の遺伝子の発現を転写後性に制御していることを明らかにしました。
DNAの2本鎖のうち、mRNAに転写されない鎖(逆鎖)からの転写産物をアンチセンスRNAと呼びます。従って、アンチセンスRNAは、mRNAと相補的な(mRNAと結合する)塩基配列を持つことになります。TUFsの大部分を占めるのは、200塩基以上の配列を持つ長鎖のアンチセンスRNAです。
IFN-αタンパク質は、感染に対する生体の防御応答の要である自然免疫において重要な役割を果たす機能因子です。私は、このIFN-α遺伝子から転写されたアンチセンスRNAが、転写後性にIFN-α遺伝子のmRNAを安定化し、発現を増大させることを明らかにしました。加えて、このアンチセンスRNA上の安定化に関わる部分(約25塩基の長さ)を決定し、この部位と同じ塩基配列を持つアンチセンスリボオリゴヌクレオチド(ASORN)が、アンチセンスRNAと同程度にIFN-αmRNAを安定化することも見出しました。
この結果を応用し、アンチセンスRNAを発現する細胞にASORNを加えれば、両者が協調的に機能し、IFN-α mRNAの発現を亢進できることをつきとめています。これらの結果は、これまで不可能とされてきた自然免疫によるウイルス感染に対する防御応答の制御を可能にする革新的な成果です。これを応用すれば、インフルエンザの流行に備えて、IFN-α mRNAからタンパク質を体に準備し、感染予防をはかることも夢ではなくなります。
一方、IFN-αアンチセンスRNAに対して相補的なセンスオリゴヌクレオチド(SODN)を用いると、アンチセンスRNAの機能を阻害し、結果としてIFN-α mRNAの発現を抑制できることも見出しました。この結果は、体内でIFN-αタンパク質が過剰に作られた際に問題となる副作用の軽減を可能にし、SLEや皮膚筋炎といったIFN-αタンパク質の産生異常が原因となる自己免疫疾患の治療手段としても期待できます。
この発見を創薬シーズとして展開するためには、生体内での検証実験が不可欠です。現在、モルモットを用いるモデル動物実験系の構築に成功し、いよいよASORNの効果を生体中で確認できる準備が整いました。成功すれば、実用化も現実味を帯びてきます。ぜひ製薬会社などと協力し、創薬につなげたいと考えています。
現在の研究の発端は、実は1980年代後半に始めたHIV病原遺伝子の発現制御の研究にさかのぼります。この研究で私たちは、HIVの病原遺伝子の一つであるrev遺伝子が標的とするウイルスmRNAをどのように認識するか、そのメカニズムを明らかにしました。つまりHIV遺伝子がmRNAに転写された後、revによって認識され、その作用で核外の細胞質に運ばれ、そこでタンパク質に翻訳されるというわけです。この転写後性の発現制御の段階を明らかにしたことが、今回のIFN-αmRNAの発現制御の解明につながりました。
自分の追い求めているものを信じ、結果を出すまで実験を続けることが、大きな成果に結びつきます。研究は苦しいことの連続です。しかし世界の誰も知らないことを自分が見つける醍醐味は、研究でしか味わえません。若い方々にもその喜びを知ってほしいものです。
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企業のみなさまへ
IFN-α mRNAの発現調節によって、ウイルス感染に対する防御応答の制御が可能になりました。ぜひ製薬会社のみなさまと協力し、創薬につなげたいと考えています。
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若手研究者のみなさまへ
研究は苦しいことの連続です。しかし世界で誰一人知らない事実を自分が見つける醍醐味は、研究でしか味わえません。若い方々にもその喜びを知ってほしいものです。
木村富紀
Tominori Kimura
薬学部 教授
1985年 関西医科大学大学院医学研究科微生物学専攻博士課程修了。医学博士。1988年 MRC Laboratory of Molecular Biology(UK)博士研究員、1995年 関西医科大学助教授、2007年 立命館大学教授、2010年 滋賀医科大学客員教授、現在に至る。日本分子生物学等に所属。