人道支援インターンシップに参加し、コソボ紛争の民族問題と復興を考える
土井玲奈さん(国際関係学部4回生)
1990年代、コソボを巡るセルビア人とアルバニア人との民族紛争。独立を訴えるアルバニア人。アルバニア人を抑圧するセルビア政府。ユーゴスラビア軍とコソボ解放軍の戦闘と、NATO軍空爆による犠牲者は数万人にのぼるといわれています。停戦合意以降も民族の対立が続き、現在もNATO軍が滞在するコソボ。セルビアとコソボの両政府の複雑な関係から、紛争の避難民は「国内避難民」と呼ばれています。
私は国際関係学部で紛争の予防や再発防止などの紛争解決学や、紛争後の社会がどのように復興していくのかといった平和構築ついて学んできました。2回生では学びを深めるため、アイルランドのダブリンシティ大学に9ヶ月間留学へ。紛争地でジャーナリストとしても活躍する先生から刺激を受け、“現場にいって自分の目で見てみたい。自分にも何かできることはないか”と思うようになりました。また、紛争解決の理論を知識として習得しただけで実際の「民族紛争」がイメージできなかったこともあり、理論と実践のギャップを見つけたいという想いから、NGO「国際ボランティア連絡会議」が企画する人道支援インターンシップの参加を決めました。

セルビア人の国内避難民は難民キャンプ「コレクティブセンター」に暮らし、セルビア政府から食糧の支給を受けています。しかし仲介業者の不正により、貧しい生活を余儀なくされています。私たちインターンシップの参加者7名は、コレクティブセンターを調査し難民の人々のコメントや支給された食糧の写真をSNSで公開し、不正を告発するプロジェクトを立ち上げました。そして帰国後も私たちの意志を引き継ぎ、コソボ難民の問題解決に協力してくれる現地のNGOや学生団体を探しました。しかし、難民の人々だけでなく、NGOの方々も私たちに食糧物資の支援だけを求めてきます。「それでは根本の解決にはならない」と私たちは滞在中、10団体以上のオフィスに足を運び、自分たちのプロジェクトや、どんな問題を解決しようとしているかを訴え、根気強く交渉してきました。その結果、3つ団体に継続的な支援をお願いすることができました。

現地NGOの代表と土井さん
今回の滞在で両民族に関わり、互いに認識の違いや被害者意識があることを実感しました。そして相手の民族に対する憎しみが子どもたち世代にも伝えられ、全く関わりがなくても憎しみの連鎖や武力衝突が残っているのです。これを少しでも解消できたらと、私たちは難民の子どもたちに他民族・他文化に触れてもらうため、JAPANフェアを開催しました。

コゾボにおける民族紛争の問題は、民族同志の交流がないことや、深刻な貧困が原因であると考えます。解決には地域の自発的な活動が必要です。帰国後、私はボスニア紛争の事例を分析し、コソボに照らし合わせて卒業論文を作成しました。各民族ではなくその地域に住む“隣人”という意識を芽生えさせることが最も重要だと考えています。
「もっと貧しい子がいるのではないか」「他の地域の難民は?」NGOの支援は限定的で限界もあり、難民の人々は「支援を受けること」に慣れていると感じました。今後は「支援」ではなく彼らと対等な関係で向き合える「ビジネス」という形で関わり、町の活性化で民族紛争の問題を解決することに貢献したいと考えています。

私は国際関係学部で紛争の予防や再発防止などの紛争解決学や、紛争後の社会がどのように復興していくのかといった平和構築ついて学んできました。2回生では学びを深めるため、アイルランドのダブリンシティ大学に9ヶ月間留学へ。紛争地でジャーナリストとしても活躍する先生から刺激を受け、“現場にいって自分の目で見てみたい。自分にも何かできることはないか”と思うようになりました。また、紛争解決の理論を知識として習得しただけで実際の「民族紛争」がイメージできなかったこともあり、理論と実践のギャップを見つけたいという想いから、NGO「国際ボランティア連絡会議」が企画する人道支援インターンシップの参加を決めました。
アイルランド人のルームメイトたち
セルビア人の国内避難民は難民キャンプ「コレクティブセンター」に暮らし、セルビア政府から食糧の支給を受けています。しかし仲介業者の不正により、貧しい生活を余儀なくされています。私たちインターンシップの参加者7名は、コレクティブセンターを調査し難民の人々のコメントや支給された食糧の写真をSNSで公開し、不正を告発するプロジェクトを立ち上げました。そして帰国後も私たちの意志を引き継ぎ、コソボ難民の問題解決に協力してくれる現地のNGOや学生団体を探しました。しかし、難民の人々だけでなく、NGOの方々も私たちに食糧物資の支援だけを求めてきます。「それでは根本の解決にはならない」と私たちは滞在中、10団体以上のオフィスに足を運び、自分たちのプロジェクトや、どんな問題を解決しようとしているかを訴え、根気強く交渉してきました。その結果、3つ団体に継続的な支援をお願いすることができました。
現地NGOの代表と土井さん
今回の滞在で両民族に関わり、互いに認識の違いや被害者意識があることを実感しました。そして相手の民族に対する憎しみが子どもたち世代にも伝えられ、全く関わりがなくても憎しみの連鎖や武力衝突が残っているのです。これを少しでも解消できたらと、私たちは難民の子どもたちに他民族・他文化に触れてもらうため、JAPANフェアを開催しました。
JAPAN DAYの様子
コゾボにおける民族紛争の問題は、民族同志の交流がないことや、深刻な貧困が原因であると考えます。解決には地域の自発的な活動が必要です。帰国後、私はボスニア紛争の事例を分析し、コソボに照らし合わせて卒業論文を作成しました。各民族ではなくその地域に住む“隣人”という意識を芽生えさせることが最も重要だと考えています。
「もっと貧しい子がいるのではないか」「他の地域の難民は?」NGOの支援は限定的で限界もあり、難民の人々は「支援を受けること」に慣れていると感じました。今後は「支援」ではなく彼らと対等な関係で向き合える「ビジネス」という形で関わり、町の活性化で民族紛争の問題を解決することに貢献したいと考えています。
コレクティブセンターの子どもたちと記念撮影