らせん

興味と大きな目標

2012年の4月からスタートした理論系の研究室です。一応「生物物理学研究室」という看板を掲げていますが、実際には物理学と他の科学が交差する境界領域でなにかユニークなことをやろうという意気込みで頑張っています。キーワードを挙げると、連続体(流体や弾性体)、生物、非平衡現象、ソフトマターの物理学ですが、流れや変形のかかわるマクロな自然現象全般を対象としています。とくに、バクテリアから植物まで、生物界にみられる多様なかたち(form)と動き(motion)を生み出すメカニズムに関心を持って取り組んでいます。どんなに複雑にみえる生命現象も、対称性や保存則といった基本的な物理法則に逆らって生じることはありません。逆にいうと、いくつかのマクロな物理法則にもとづいて、いっけん複雑な生命現象のある側面を、より深く、より見通しよく理解できることがあります。力学と幾何学をよりどころとして生命現象の謎に挑む科学精神は,ダーシートムソンの古典"On growth and Form" 以来の歴史ある分野ですが、近年ますます輝きを増す科学のフロンティアのひとつです。主流の生物物理学とはちがうアプローチで、生命現象の科学にとっても価値あるものを創り出すべく努力しています。その境界が日常の現象や工学と交わるところに、さらに興味深い研究分野が広がっていると考えています。

リバネスさんによる研究紹介ページ(芽が出る理系マガジン+R)

これまでの卒業研究紹介 (2012-2014)

Undergraduate research projects (2012-2014)

和田研究室で行われた過去の卒業研究テーマを以下に紹介します。これらの研究は内容的にはすでに知られている科学的成果の再現を含みますが、テーマは学生の興味に沿って設定しています。また、すべて学生がゼロから実験系を組み立て計算と考察までを行っています。さらには、(僕の知る限り)科学的に新しい内容を含む研究成果もあります。これらのうちいくつかはより厳密で制御された研究を行うことが将来的に望まれます。内容に興味のある方は気軽にご連絡ください。より詳しい情報提供をいたします。将来的にはいくつかのテーマを学術論文として出版するレベルまで高めたいと思っていますが、まだその途上です。和田自身のこれまでの研究については論文のページをご覧ください。

Here is a brief introduction of the graduation work that the previous undergraduate students made in our laboratory. (The comments are Japanese only.) The aim of the project is pedagogical. They do not aim a rigorous and original scientific study, but are mostly reproductions of already known scientific achievements by others (a few key refereences are shwon). Each project is designed to lead a student to find it fun by oneself to better understand how our macroscopic world is organized from the viewpoint of physics and mathematics. However, to my limited knowledge, some of our resutls seem to be scientifically novel and would deserve a more controlled investigatetion in future. We welcome any comments and are happy to provide any information on what we have obtained so far.

シャジクモの原形質流動

Flow of cytoplasmic streaming in Chara
2012年度数物会賞

chara 水草のシャジクモ(車軸藻)の節間細胞は長さ数センチにもなる巨大細胞で、原形質流動と呼ばれる細胞内物質の自発的な流動現象が細胞内および細胞間の物質輸送を担っています。この原形質流動は細胞内壁にあるアクトミオシン系によって駆動される境界駆動型の流れ場です。我々はまずシャジクモを育て、実体顕微鏡で原形質の流れ場を観測し、さらにストークス流れの流体計算を行ってその結果と実験データを比較しました。最後にスケーリング理論をもちいて、細胞内輸送にかんする流動の効果を議論しました。(松本大地 2012)

  • N. Kamiya and K. Kuroda, Bot. Mag. Tokyo 69, 544 (1956).
  • J-W. van de Meent, I. Tuval and R. E. Goldstein, Phys. Rev. Lett. 101, 178102 (2008).

オジギソウはどうやってお辞儀するのか:紙を使ったモデル実験

How a wet paper changes its shape: An analog model for Mimosa bending

wetpaper オジギソウは接触や熱刺激に対してすばやく反応して葉を閉じるとともに、 お辞儀するように折れ曲がります。この動きには茎断面内でのすばやい水の移動がかかわっていると考えられています。我々は、トレーシングペーパーの一部を水に濡らすと膨潤差によって曲率が発生する現象をオジギソウ運動のアナロジーとしてとらえ、紙の曲率変化を実験的に観測し、拡散ダイナミクスによるモデル計算と比較しました。(山田 大智・三木 悠介 2013)

  • S. Douezan, M. Wyart, F. Brochard-Wyart and D. Cuvelier, Soft Matter 7, 1506 (2011).
  • E. Reyssat and L. Mahadevan, Europhys. Lett. 93, 54001 (2011).

カイワレ大根の光屈性

How a radish sprout bends towards light

radish すべての植物は光のほうに向かって(あるいは光から遠ざかるように)成長します。我々はカイワレ大根を種から育て、暗室内で一方向から白色の拡散光を照射し、光屈性する様子をデジタルカメラでインターバル撮影しました。観測データから、カイワレの各点における曲率とその変化速度がどのように時空間的に変化するかを定量的に算出し、ダーウィンらの先駆的な研究成果を定量的に検証および確認しました。(張野一樹・山内昂大・浅野杏太 2013)

  • C. W. Whippo and R. P. Hangarter, Am. Soc. Plant Biol. 18, 1110 (2006).

粘性流体を落下するらせん:細菌のべん毛が機能する仕組み

How and why a sedimentating helix rotates in a Stokes fluid

helix 大腸菌やサルモネラ菌は細胞表面から突き出たらせん状のべん毛を根元の回転モーターを使って回転させることで、粘性流体中を推進します。なぜらせんが回転すると推進力が発生するのか、その仕組みを理解するため、マクロスケールの実験を行いました。針金で作ったらせんをシリコンオイルに落とし、重力による落下の最中に回転する角速度を計測し、粘性流体の理論計算と定量的に比較しました。(山本健太・湯本真悟 2013)

  • J. Lighthill, SIAM Rev. 18, 161 (1976).
  • E. M. Purcell, Am. J. Phys. 45, 3 (1977).

2次元流体の可視化:石鹸膜の渦をみる

Watching a two-dimensional fluid flow using a soap film: How a flexible ojbect interacts with a fluid
2014年度数物会賞受賞

soapfilm 流体は物体と相互作用することで複雑な流れ場を形成しますが、3次元の流れを直接みることは容易ではありません。我々は、鉛直平行に張った2本のナイロンワイヤの間に安定な石鹸膜を生成しました。重力による自由落下で生じる準二次元的な流れ場を、ナトリウムランプを使った干渉縞で可視化し、ハイスピードカメラを使って撮影しました。膜中に柔らかいひもやアクリル平板などをおき、カルマン渦放出、乱流、ひもの自励振動現象など、流体と物体の相互作用が生み出す多彩で美しいパターンをいくつも観測しました。(桁山綾香 2014)

  • Y. Couder, J. M. Chomaz and M. Rabaud, Physica D 37, 384 (1989).
  • M. A. Rutgers, X. L. Wu, W. B. Daniel, Rev. Sci. Instrum. 72, 3025 (2001).
  • J. Zhang, S. Childress, A. Libchaber and M. Shelley, Nature 408, 835 (2000).


粘性流体のフラクタル的枝分かれパターン

Complex branching pattern of a viscous fluid film

finger 二枚のアクリル板の薄い間隙に洗濯のり(PVAという高分子溶液)をはさみ、上のアクリル板を一端から引きはがすと、下の板には配向性のある不思議な枝分かれパターンが残ります。この複雑な界面構造の起源はサフマン・テーラー不安定性と呼ばれる現象であることは知られています。ですが、今の場合、どうやって方向性のある枝分かれパターンができるのか、まだよくわかっていません。我々は液体の厚さをかえて枝分かれパターンのフラクタル次元を測定し、液体が薄くなるほどフラクタル構造が複雑化し、次元が大きくなることを観測しました。(藤井花圭 2014)

  • P. G. Saffman and G. Taylor, Proc. Royal Soc. Lond. A 245, 312 (1958).
  • 松下貢 フラクタルの物理I, II (裳華房 2010).

コアンダ効果:曲率をもつ境界面で水流はどう流れるのか

Coanda effect: How a curved surface bends a fluid rope

coanda 流体は壁面での接着条件のため、壁面の曲率に沿って流れるという性質を持ちます。また、その反作用として物体は流れのほうに引き寄せられます。この現象には現在コアンダ効果という名前がついていますが、すでに1800年にはThomas Youngによって指摘されています。蛇口からでる細い水流に円筒表面を近づけると、接触するやいなや、水のロープは強く折り曲げられて流れます。接触深さと屈曲角度の関係を実験的に測定し、境界層とレイノルズ数の観点から流体力学的な考察を行いました。(井上尊淑 2014)

スターリングエンジンの熱効率

What is an actual thermal efficiency of a toy Stirling engine?

stirling 高校物理では、熱機関を実現するには、温度の異なる二つの熱浴が不可欠であること、そしてその熱機関の最大効率カルノー効率は熱浴の温度差のみで決まることを学びます。ですが、準静的でなく理想気体でもない実際の熱機関において、その熱効率はどれほどになるのでしょうか。また、熱効率はどうやって測ればよいのでしょうか。我々はおもちゃのスターリングエンジンの動きを観測するとともに、その排熱量を測定することで、熱効率を外から観測によって見積もりました。(鎌倉久一郎 2014)

3次元的にみたバネの性質:フックの法則を再考する

Why a Slinky untwists during stretching?: Revisiting the Hooke’s law

hook バネの伸びと復元力が比例するフックの法則は高校物理の基礎知識です。けれども、実際のバネは1次元ではなく3次元的ならせん構造を持っており、その変形の様子はフックの法則よりずっと複雑です。我々はスリンキーというばねのおもちゃを用いて、引っぱりとともにそのねじれが解けていく様子を実験的に測定しました。またスリンキーの力学特性を測定し、3次元的な動きとの関係性を定量的に議論しました。(天野俊也・雁瀬雅彦 2014)

  • B. Audoly and Y. Pomeau, "Elasticity and Geometry" (Oxford Univ. Press 2010).


水滴の衝突と音の発生

How a water droplet creates sound upon impact on a water surface

impact 水琴窟は、地中に埋めた空洞内で水滴が水面に衝突するさいに生じる反響音を楽しむ日本庭園の装飾です。では、水滴が水面に衝突するとき、音はどのようにして生成するのでしょうか。我々は水滴と静水面とのインパクトの瞬間をハイスピードカメラと集音マイクを使って同時測定しました。音の時系列の強度分布と水面および水滴の形状変化のダイナミクスを比較し,音の発生機構に関する考察を行いました。比較実験として、ピンポン球やスーパーボールと水面とのインパクトについても調べました。(山中大輔 2014)

  • Y. Tomita, T. Saito and S. Ganbara, J. Fluid Mech. 588, 131 (2007).

踊るパスタ:パスタはどのように茹でられるか

Dancing and twirling Pasta: How pastas behave in a boiling water

pasta 物体と流体の相互作用はたいへん重要な基礎科学・工学上の研究課題です。かぜになびく旗や舞い散る花びらはその身近な例ですが、台所にも豊富な例があります。パスタ(やその他の食材)は一体、沸騰する水の中でどのようにふるまっているのでしょうか。われわれは透明な鍋をもちいて、パスタの動きとそれらの相互作用を観測しました。ねじれたパスタが自身の長軸まわりにスピンしながらお互いのまわりをまわるダンスのような運動や、鍋の底面で六角格子状に整列する構造形成など,複雑で多彩な運動を観測し、それらを分類し、定量的に解析しました。(岡崎さおり 2015)



したたる水滴

Dripping viscous liquid: Gravity-driven Rayleigh-Taylor instability

droplets ガラスやアクリル基盤上に液体を薄く広げ、これを逆さまにして重力下に放置すると、液体は集合して落下していきますが、これはランダムに起きるわけではありません。実際には、表面張力が液膜の変化を妨げる結果、典型的にはミリ長程度の間隔をもって、六角格子状の規則的な液滴の形成が進行します。その後、液滴の落下と融合にしたがって規則的な六角格子パターンは徐々にくずれていきます。われわれはこの現象の制御された実験をおこない、6回対称パターンの時空間的な発達と崩壊を定量的に特徴づけました。(中村圭吾 2015)


飛び跳ねる液滴

Leidenfrost droplet jumps on a hot plate

jumping 200度近い高温のプレートのうえでは、水滴は蒸発することなく、長時間(数秒から数百秒)にわたって液滴のまま存在します。これは、蒸気のクッションが断熱材として水滴を持ち上げるためで、ライデンフロスト現象として17世紀の古くから知られています。われわれはこのライデンフロスト液滴が自発的にジャンプし、ホットプレートから数十ミリの高さまで離陸する様子を高速度カメラによって捉えました。またライデンフロスト液滴は基盤から「浮遊」しているため、ほとんど摩擦抵抗を受けず、さかんに動き回ります。これらの動きを観測し、統計的に解析しました。(森本健太 2015)


カスピ海ヨーグルトのジェットは蛇行する

Meandering instability of a thread of Caspian sea yogurt

jet ある流体が別の流体に侵入するとき、しばしば、その界面は不安定化してさまざまなかたちを形成します。二枚の板に仕切られた狭い領域を水で満たし,そこへカスピ海ヨーグルトを流し込むと、ヨーグルトはジェットのように水中を進み、きれいな座屈パターンを示すことをみつけました。(カスピ海ヨーグルトは他のヨーグルトとは異なり、よく引き延ばされる性質を持ちます。) このパターンは振幅を増しつつ、ヨーグルトの落ちる速さとは異なる速さで波のように下方へ伝搬していくことがわかりました。(伊藤 建介 2016)

  • G. I. Taylor, "Instability of jets, threads, and sheets of viscous fluid", Proc. 12th Intern. Cong. Appl. Mech. (Stanford, 1968) 382-388.


ひらひらと舞い散る花びらとカルマン渦

A falling object in a fluid: Periodic motion and Karman vortex

vortex 花びらや落ち葉がひらひらと舞いながら落ちるさまは、戸外で見かけるありふれた現象です。ですが、このような規則的な(あるいは不規則な)周期運動はどうやって生じるのでしょうか。我々は二枚の板に仕切られた狭い領域を水で満たし、そこへ細い金属片を落としてその多様な落下運動の様子を観察しました。物体の後方に生じるカルマン渦列を可視化し、渦の回転方向と物体の軌道の関係を角運動量の観点から議論しました。(疋田 翔也 2016)

  • H. J. Lugt, "Autorotation", Annu. Rev. Fluid Mech. 15, 123 (1983).


液柱の不安定性とかたち

Plateau instability of a liquid column
2016年度立命館父母会賞

plateau 引き延ばされた液体は表面張力によっていくつかの液滴に分裂します(水道の蛇口から水を少しだけ出してみる)。これはプラトーによって最初に観測された現象で、これを理論的に調べたレイリーの名とともに、現在では Rayleigh-Pleateu 不安定性として知られています。われわれは密度マッチングした水とアルコールの混合液の中でごま油をひっぱり、それが分裂しつつ球形に戻る様子を観察しました。またこれを粒子ベースの流体シミュレーションによって再現しました。(末廣 和 2016)

  • 「表面張力の物理学 --しずく、あわ、みずたま、さざなみの世界」de Gennes, Brochard-Wyart, Quere 著(奥村 剛 訳)(吉岡書店)

かみばねのかたちと弾性力

Geometry and mechanics of a paper spring
2016年度立命館父母会賞

kamibane かみばねは二枚(以上)の紙をつかってつくる子供の遊びです。これは厳密には折り紙ではありませんが、二層からなる折り紙のひとつで、弾性力を発揮する興味深い物体であるという見方もできます。われわれはプラスチック板を使ってこの「かみばね」の実験模型を注意深く作製し、その変形のようすと弾性応答を実験的に詳細に調べました。また、簡単な幾何学的な理論モデルをもちいて、それらの結果を考察しました。(米田 大樹 2016)[この研究は現在も進展中]