立命館大学サービスラーニングセンター(SLC)のアドバイザーというお役目をいただいています。2023年3月まではSLCの職員として学生コーディネーターのみなさんと一緒に活動をしていました。その前は京都で若者支援の仕事をしたり、学生時代には大学ボランティアセンターで学生スタッフをしていました。
今回、コラムへの寄稿を打診され、改めて過去に投稿された記事に目を通していましたが、専門家や日々現場での活動をしている方たちの熱い、興味深い記事を読んで、「今の自分は誰に向けて何を書き記すことができるのだろう」とずいぶん悩みました。
SLCの職員時代に授業のゲストスピーカーとして登壇した際に話していた自分自身の経験をまとめることで、漠然となにかを探していて、偶然このページにたどりついた学生や、これから大学生になろうとする人の目に留まり、ほんの少しでも何か気づきや行動のきっかけになれたらいいなと思って書くことに決めました。
あなたは、大人が何かに夢中になってのめりこんでいるのを、最近いつ見ましたか?
ボランティアやNPOなどの「誰かのため」「社会のため」の活動が紡がれている場所には、そういう大人の姿に遭遇できる確率が高いように思います。私が初めて「こんな大人になりたい」と思った人たちも、そこにいました。
「大人ってもっと淡々と生きていると思った」「大人らしくないですね」
出会った大人にそんな言葉を投げかけた記憶がありますし、今では自分が投げかけられる側になりました。ボランティアやNPOの活動にかかわることの魅力のひとつが「普段あまり目にする機会のない大人像に出会える」ということです。
みなさんが普段関わる機会のある大人は、保護者、親族、学校や習い事の先生・コーチ、バイト先の社員・店長、辺りでしょうか。あなたに近いところにいる大人ほど、あなたに対する役割や責任があるがゆえに、指導的あるいは評価的な関わりになることが多くなるかと思います。
地域やボランティア、NPOの活動現場にいる大人は、あなたではなく活動の対象となる誰か(あるいはなにか)に関心を向けているので、あなた自身に干渉されることがあまり無かったり(もちろん、活動の主催者には活動に関わる人が安全に活動できるように配慮するなどの責任はありますが)、もしかしたらそれが、置いてけぼりに感じるようなこともあるかもしれません。しかし、その背中から「何を大切にしているのか」「なぜそこまで熱意を注げるのか」を学びとっていくことは、直接言葉で教えてもらうよりも実感を伴って得られる学びになるでしょう。
また、大人の姿からだけではなく、ボランティアやNPOの活動で自分自身が実際に社会課題に触れることは、多くのことを学び、成長する機会につながっています。
私にとっての大きな契機は2011年3月11日、東日本大震災でした。
大学4回生になる前の春休み期間で、周囲よりずいぶん遅れて就職活動をし始めた矢先の出来事で、卒業も就職もできるかどうか怪しい状況だったにも拘わらず、4月上旬には、まず半年間は被災地支援の活動をすることを決意していました。被災地での支援活動を展開していた団体のボランティア募集説明会で投げかけられた「東日本大震災が起きた今、どんな行動をするのかを、過去と未来の自分から問われている」という言葉に背中を押されました。
現地での活動では、被災現場のあまりにも無残な状況に立ち尽くし無力感に苛まれたこと、善意の押し付けや勝手な正義感で他者を傷つけてしまうことへの気づき、「正解」の無い問いとの出会い、活動をきちんと回すことを優先して自分の感情に蓋をして活動に没頭することで心が限界に達してしまったことなど、これまで経験したことがないほど感情が揺さぶられました。悩み苦しみ、人とのつながりの温かさに涙し、諦めずにわずかでも一歩前に進むことを日々積み重ねることに精いっぱいでした。ですが、その精いっぱいが、あとから振り返ると自分にとって大きな学びになっていたのです。
あの時しんどくても活動を続けられたのは、どこの現場にも、一生懸命な大人の姿が身近にあったからだと思います。
冒頭の「学生時代のボランティア経験は何をもたらすのか?」という問いを考え始めたときに、ふと、当時の私は、大人からどういう風に見えていたのか気になって、在学中に一番お世話になったボランティアセンターの職員さんに連絡をして聞いてみました。
返信の冒頭は「そりゃーもちろん、一言でいうと、アホな学生でしたよ」でした。続くメッセージは「損得関係なしにまっしぐらやったやん」。
当時の私自身に、何か「世の中をこう変えたい」というような具体的な想いは無かったように思います。ただ、人の熱意はほかの人を動かす力があり、自分が持たない「何か」を持っている人たちを間近に見て、それを自分のできることで手伝ったり応援することは、ごく自然なこととしてやっていたように感じます。そこからいつの間にか自分が活動にのめりこんでいってしまうほどに活動に「ハマる」瞬間が来て、今度は自分が誰かの心を動かす側になっていく、という連鎖が、自分だけではなく周りの学生たちの間で起きていたなと今思い返してみて強く感じます。
そうして寝食を忘れるくらいに夢中になった経験は、その先の自分の人生において、迷ったときやしんどくなった時に、そっと寄り添ってくれたり、暗闇の中の灯りのような道標になりました。
そして「一生懸命にやっていた時の自分」を何年経ってもこうして覚えてくれている人がいることがこんなにも心強いということに、今回初めて気が付きました。
私も在職中にたくさんの学生と関わってきましたが、それぞれのひたむきに頑張っていた場面や姿を思い出すことができます。同世代の仲間だからこそ共有できる経験や感覚ももちろんあると思いますが、少し離れた位置から見守ったり、焚きつけたり、一緒に活動したりする立場だからこそ、見えていたことがあるな、とも感じます。
地域や社会の課題解決のための活動の現場には、そこに本気で向き合っている人たちがいます。そして、そこでともに活動をしていくことで仲間となり、ずっと先に渡って関係の続くつながりになります。学生生活4年間などの決まった期間に限らない出会いを探しに、地域に出てみませんか。どうやって一歩を踏み出してみたらいいかわからなかったり、不安を抱えている人は、ぜひ、サービスラーニングセンターも活用してみてください。