Report #02

Theme:“自分のものにして臆せず”

システムデザインが拓くおいしいメロンゼリー“multi-purpose Jelly Food”の可能性

Guest:野中 朋美/立命館大学 食マネジメント学部 准教授

Moderator:

松原 洋子

学校法人立命館副総長 立命館大学 副学長

<専門分野> 科学史、生命倫理、科学技術社会論

Host:

仲谷 善雄

学校法人立命館総長 立命館大学 学長

<専門分野> 防災情報システム、人工知能、ヒューマンインタフェース、認知工学、思い出工学、感性工学

第2回のYs salonは、びわこ・くさつキャンパスで開催されました。ゲストは野中朋美・食マネジメント学部准教授。2018年に設置された食マネジメント学部は日本初となる食を総合的に学ぶ学部で、人間の最も根源的な活動である「食」を人文科学・社会科学・自然科学の領域から包括的に学びます。学部コンセプトの「世界をおいしく、おもしろく。」を体現するような野中准教授の発表に刺激され、参加者からは研究者としての生き方に関する相談も。研究者としての視点やアプローチ、チャレンジに対する姿勢など、仲谷総長、松原副総長と大いに話が盛り上がりました。

ハイブリッド車から気付いた「持続可能な生産」の大切さ

野中食マネジメント学部の野中と申します。今日は「クルマから日本酒へ 未来へつながる食のシステムデザイン」と題して、食をめぐる持続可能性について皆さんと一緒に考えたいと思います。

私の専門はシステム工学で、「サステナブル・マニュファクチャリング(持続可能な生産)」をキーワードに生産システム工学やサービス工学の研究をしています。食マネジメント学部に着任する前は、自動車生産について研究を行っていました。そう言うと、「車の研究をしていた人がなぜ食の学部に?」と不思議に思われるかもしれません。でも私にとっては研究対象が車から食に変わっただけで、“すべてをシステムデザインとして捉える”というアプローチは変わっていません。つまり対象をシステムとして捉えて、その対象がどのような要素から構成されているのか、要素間や外部との関係性を多視点で分析しながら、全体の系をデザインしていく、という方法論は一貫しているんです。

私が行っていた自動車の研究とは、電気自動車(EV)やハイブリッド車などのクリーンエネルギー自動車について、普及シナリオの持続可能性を評価するという内容です。技術や経済の発展、消費者の好みや人口動態などをシナリオ分析で組み合わせながら、環境評価や経済性の観点から持続可能性を研究していました。ちょうど、ハイブリッド車のプリウスが国内販売台数2位を記録して話題になり、俳優のレオナルド・ディカプリオがプリウスに乗っていると報じられるなど、「環境に配慮した車に乗るのはクール」だと盛んに言われていたころです。「2050年の車種ポートフォリオは、EV100%、もしくはガソリン車ではなく、EVとハイブリッド車だけの世界を目指す」というシナリオを環境省が発表したことさえありました。

しかし、本当にEVやハイブリッド車だけでよいのでしょうか? それを検討するには、車のライフサイクル全体を考慮する必要があります。例えばハイブリッド車と、ハイブリッド車と同じ車格のガソリン車とで、製品ライフサイクルにおける1台あたりのCO₂排出量を比較してみましょう。すると、評価当時のデータを用いたものなので現在のデータと結果は異なるものの、トータルのCO₂はおよそ半減する一方で、生産フェーズの絶対量はハイブリッド車の方が若干ですが増えていました。

これはバッテリーを製造するときに特別な素材や技術が使われることに起因します。実は車に限らず、環境に配慮した商品は、生産フェーズの環境負荷が増大する傾向にあることが分かっています。環境配慮商品がこれからますます増える社会において、「モノの生産をサステナブルにする」ことがどれほど重要なのか、想像していただけると思います。限られた側面だけに着目するのではなく、生産から廃棄までというシステム全体を、短期・中期・長期の視点で、技術進歩やグローバル生産など時間軸と空間軸の複数の観点から俯瞰して見ることで、持続可能性の多面的なあり方が浮かび上がってきます。

サステナビリティは「我慢して達成すること」ではない

では、そもそも「サステナビリティ(持続可能性)」という言葉にはどんな意味が込められているのでしょうか? すでに聞き慣れているとは思いますが、改めて確認したいと思います。

サステナビリティという言葉は1987年に国連の報告で宣言されて以来、広く世界に認知されるようになりました。この中で、サステナビリティは「将来の世代のニーズを満たす能力を損なうことなく、今日の世代のニーズを満たすような開発」と定義されています。将来を見つめる中長期的な視座の大切さはもちろんですが、「今日の世代のニーズを満たすような」というところもポイントです。将来世代のために現代人が我慢を重ねて達成する、という意味合いではないのです。

また、当初はCO₂削減や資源枯渇の回避など、環境に着目した議論が多かったのですが、「環境性」「社会性」「経済性」という3本柱を軸に、多視点からサステナビリティを評価する重要性が強調されています。

食マネジメント学部への着任で研究対象が自動車から食へ

そして今、サステナビリティの観点から世界的に注目を集めているテーマが「食」という社会課題です。

最近、フードロス削減や培養肉、さらには昆虫食と、さまざまな食の可能性や研究について耳にする機会が増えていると思います。このような議論の根底にあるのは、ひとえに切迫する食料需給の問題です。現在の食のあり方では今後増大する人口に対応しきれないことがすでに分かっていて、FAO(国連食糧農業機関)は「2050年までに食料生産を現在よりも60%増やす必要がある」と言っています。この課題は、何をどう食べて幸せに暮らすのかという、まさにシステムデザインの問題と見ることができます。

このような背景から、私は食マネジメント学部に着任してから、持続可能性の研究を食に適用して、食のサステナビリティを多視点から評価する研究を行っています。そして、食を対象にしたことで分かってきたのは、「従来の製造業の常識では食のサステナビリティを捉えきれない」ということでした。