教員紹介

SHIINO Tomoko

椎野 智子

椎野 智子
所属領域
人間科学研究科
職位
嘱託講師
専門
臨床心理学、精神医学
主な担当科目
臨床心理面接特論Ⅰ、臨床心理査定演習Ⅰ、臨床心理査定演習Ⅱ、臨床心理学実習(心理実践実習)
おすすめの書籍
身体はトラウマを記録する―脳・心・体のつながりと回復のための手法べッセル・ヴァン・デア・コーク (著) 紀伊國屋書店 2016年
夜と霧ヴィクトール・E・フランクル (著) みすず書房2002年
野の医者は笑う:心の治療とは何か?東畑開人(著) 誠信書房2015年

現在の研究テーマ(または専門分野)について教えてください。

もともと臨床志望だった私が研究の道に進んだきっかけは、つらさを抱える患者さんとの出会いの中で「もっと効果的な介入を知りたい」という思いからでした。人をみるためには、からだ=生物学的視点、こころ=心理学的視点、環境=社会的視点の多面的アプローチが必要だと考えたのです。 そこで研究テーマは大きくわけて3つあります。
一つ目は遺伝子研究です。精神疾患の発症に関与する遺伝子多型について解析を行ってきました。遺伝子解析というと基礎研究のイメージが強いかもしれませんが、臨床データとの関連を検討することで、基礎と臨床をつなぐ研究をしています。また、遺伝子の発現が環境要因によって変化する、エピジェネティクスとよばれる研究領域にも関心を持っています。
二つ目は産後うつ病研究です。うつ病発症には遺伝と環境の両方が影響し、特に産後は発症リスクが高いことが知られていますが、明らかになっていないことも多いのです。産後は授乳の関係上、薬物療法に消極的な患者さんが多く、心理社会的介入が特に重要となります。
三つ目は眼球運動研究です。「目はこころの窓」「目は口ほどに物を言う」などと表現されるように、こころの動きは目の動きに現れると考えられています。そこで眼球運動と精神活動の関連を臨床応用するための研究を進めています。最近では眼球運動を用いた治療的介入も多数開発されており、これらの作用機序にも関心を持っています。
今後はこれまでの研究を基に、私の臨床の専門である心的外傷(トラウマ)に対する心理療法の効果検証や作用機序の解明、そして科学的根拠に基づいた心理療法を確立し、トラウマ臨床につながる研究を進めていきたいと考えています。

研究の社会的意義について、教えてください。

日本では何らかの心的外傷(トラウマ)体験がある人は60.7%であるのに対して、PTSD(心的外傷後ストレス障害)の有病率は1.3%とも報告され、その病態には遺伝要因を含む心理生物学的要因の関与も示唆されています。臨床的には従来のPTSD診断基準には該当しないものの、心的外傷症状に苦しむ人は多く、いざケアを受けようとしても診断治療のために、そのつらいことを話さなければならない事態も生じます。さらにそれらの症状がうつ病などの二次障害を引き起こすことや、心的外傷の有無が精神疾患の薬物療法における治療効果にも影響を及ぼすことなども指摘されていますが、その詳細はまだよくわかっていません。特に複雑性PTSDは新たな診断概念で、PTSDよりも症状が多様で治療が困難になることが多いのですが、治療法は確立されていません。そこで、症状に基づく詳細な検討と生物学的エビデンスに基づいた治療・介入法の確立が必要であると考えています。
心的外傷に限らず、人のこころの痛みや苦しみなどの心理状態を客観的に評価することで、クライエントにとって負荷の少ない治療・介入法への展開が期待できます。さらに客観的指標があれば、セラピストが介入を行う際にも役立つでしょう。生物学的視点から臨床心理学を捉え、人々の健康に寄与することを目指しています。

この研究科でめざしたいこと、院生へメッセージをお願いします。

院生のみなさんはいま、心理臨床家を志し、日々たくさんのことに取り組んでいると思います。院生の間には、幅広く奥深い心理臨床の世界における基礎的な知識と技術を身につけ、大学院修了後の臨床現場で専門職として活躍できる人材に成長してほしいと願っています。しかし心理臨床は幅広く奥深いからこそ、大学院という短い期間の中で学ぶことができる内容は残念ながらほんの一部分でしかないでしょう。今後、みなさんが心理臨床家として生きていくためには修了後も常に継続して主体的に学び、研鑽していくことが必要です。したがって大学院生の間には、修了後も専門職として成長し続けるために必要な基礎的能力と広い視野を養っていくことが重要だと考えています。
2年間はとても短くて、それなのにやることはたくさんあって、気付くとあっという間に終わってしまうでしょう。でも修了してからが本番。院生時代は心理臨床という長い長い道程の入り口に立とうとしているところなのです。だからこそ、いまは焦らずに、落ち着いて、目の前のひとつひとつと丁寧に向き合い、悩み、理解し、考えてください。その積み重ねが、短くも深みのある、充実した院生時代を築くことになると思います。皆さんが素晴らしい日々を過ごすことができるように願っています。